神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

05 ー 金色の狐

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「ああぁぁ…生き返る…」

 泣きそうになりながら頬張るレビに、周りは少し引いた。けれど食べ進めるスピードは緩まない。
 急遽朝食に参加することになったフレデリクとローゼスは、誠が作ったライ麦パンの食感に驚いていた。

「貴様達は、王族よりも美味い飯を食べていたのだな…」
「本当に。これはどこで買って来たものですか?」

 実は怒っているのだろうか、低い声を更に響かせるフレデリクとは対称的に、子供のように目をキラキラさせているローゼスの疑問に対し、誠は自分が作ったと説明した。

「パンは、酵母と製粉で全然違った物になんだよ」
「へぇ…初めて知りました」
「小麦粉のみのパンならワイン酵母とかビール酵母でも何とかなるけど、この国のパンの殆どはライ麦パンだろ?ライ麦を使うなら、それに合った酵母を使うと美味いパンが作れる。これはライ麦粉と小麦粉を半々の割合で混ぜてるから、食感もあるけど柔らかめなんだ」
「へぇ…そんな違いが」

 誠の話に興味があるのか、やけにローゼスは食いついてくる。そこに料理を始めた頃の自分を重ねてしまい、何とも微笑ましい気持ちになった。
 だが、この場は戦争だ。最後の一切れとなったパンを前に、アレクセイとフレデリクが無言の攻防を繰り広げている。レビ達はその雰囲気に飲まれ、すでに戦線離脱していた。
 同じアイスブルーが、普段よりも冷たく煌めいている。
 フレデリクが、不意に誠の方に視線を向けた。アレクセイはつられて見てしまう。その隙にフレデリクがパンを掠め取ったのを、誠は見逃さなかった。
 顔を顰めたアレクセイは、何も言わずに自分の皿に確保していたナスのチーズ焼きにナイフを入れていた。

「ローゼス。話を聞きたいのは分かるが、君も食べなさい」

 先程の戦利品をローゼスの皿に置くと、フレデリクは大皿から玉ねぎスライスと一緒にしたスクランブルエッグを取る。意外な優しさを見てしまった誠は、フレデリクに対する評価を変えるべきかと少し悩んでしまった。

「けれど、フレデリク様。このパンは…」
「君の分だ。食べられる時に食べなさい」
「はい…ありがとうございます」

 頬をピンクに染め、ローゼスはパンを小さく千切って口に入れた。気に入ったのか、ニコニコと笑みを浮かべている。
 どう見ても、誘拐犯が幼児にお菓子を与えている図にしか見えない。
 誠は思わず「ロリコン」と呟いてしまった。
 途端にレビ達は咽せたり吹き出してしまったりと、忙しない。アレクセイでさえ、明後日を向いてわざとらしく咳き込んでいる。隣に座っているルイージがこっそりと、

「第一部隊では、部隊長のことをロリコンと呼んでいる者が一定数居るんです」

 と教えてくれた。彼らの歳は知らないが、見た目で言うとフレデリクは三十半ばでローゼスは二十歳前後だ。ローゼスは若いが、側近ということは騎士団に入団してから数年は経っているのだろう。
 そう考えると別におかしくはないが、いかんせんフレデリクの悪の帝王然としたオーラが誠の思考の邪魔をする。どう見ても、魔王と囚われの姫の図式が頭から離れない。

「ついでにあのお二人は、夫婦です」
「うえぇぇ!?」

 つい大声を出してしまった自分は悪くないと胸を張って言える。
 嘘だろう…?
 誠はつい、二人を凝視してしまった。

「どうした?」

 アレクセイが聞いてくるが、誠は「だって…あれ…あの二人…」と言うだけで、文章を話せない。それだけ衝撃が大きいのだ。

「ああ」

 そんな誠の言いたいことが分かったのか、アレクセイは誠を落ち着かせようと頭を撫でる。

「兄上は、俺の元部下を手込めにした犯罪者だ」

 キッパリと言い切るアレクセイに、誠は目を丸くする。そんな誠に対し、本人から訂正が入った。

「バカを言うな。ローゼスとツガイになったのは、この子が成人になってからだ」
「それでも、その絵面は犯罪臭しかしないんですよ」
「何を言うか。私はきちんと法に則り、嫁にしただけだ」
「よく言いますよ。幼い頃から囲っていたくせに」
「…光源氏かよ」

 胡乱な目で黒豹を見てしまうのは、仕方が無いことだ。しかし当の本人は、ニヤリと笑うだけで、どこ吹く風だ。誠は思わず、ローゼスにマフィンが入っている紙袋をそっと渡した。
 卓上の戦いが終わると、テーブルの上には空になった皿が残るのみだ。腹がくちるて眠たくなったのか、ドナルドは船を漕いでいる。ルイージがスクエアポーチから毛布を出してドナルドにかけているのを横目に、誠は皿をワゴンに乗せて厨房に持って行った。
 食器を洗いながら、誠は密かに先程の一連の濃密な時間から逃れられたことに、安堵の息を漏らしていた。
 パンでソースを綺麗に拭われた皿を洗う。
 少し、一人の時間が欲しかった。思考の整理。そして、気持ちを落ちつかせたいのだ。
 ツガイ。その言葉が誠に安心感を与えている。確かに今後の人生を左右させるほどの事柄だが、アレクセイとなら何とかなる。そんな妙な自信が芽生えている。
 それには、片付けない問題が山積みだ。最終的には全て「お話し合い」で解決できるだろうが、アレクセイの立場を悪くすることだけはしたくない。それには何か企んでいそうなフレデリクに乗るしかないのだろう。
 まだ苦手意識はあるが、アレクセイとローゼスを優しく見ていた目は本物だ。彼なら、アレクセイの不利になるようなことはするまい。
 皿を片付け終えた誠が戻ると、テーブルの上にはティーセットが用意されていた。

「朝食の礼だ」
「どうも」

 フレデリクが偉そうに言っているが、きっとローゼスが用意したんだろう。貴族のやり方には慣れないけれど、神の態度と同じだと思えばそれほど違和感は無い。それに、礼は礼だ。誠は素直に受け取ることにした。
 ティーカップからは、オレンジとレモンの香りがする。口に含むと、柑橘類の爽やかな香りが広がった。

「…うん、美味しい」
「本当ですか?良かった」

 天使の微笑みとは、このような笑顔のことを言うのだろう。普段はつんと唇を尖らせているローゼスは、誠の言葉で綺麗に笑う。それだけに、彼の旦那の悪の帝王具合には非常に残念に思ってしまう。
 弱みを握られているのかと思ったが、ローゼスのフレデリクを見つめる目は、尊敬と敬愛、そして彼が一番大事だと語っていた。

「破れ鍋に綴じ蓋か」
「ん?何か言ったか?」
「いや。このブレンドも美味いなって」

 アレクセイにそう言うと、誠はしばし、まったりとした時間を過ごすこととなった。


 料理をすれば、片付けをしなければならない。それと同じく、事件が起こり解決した後には、その片付けというものがある。
 ゆっくりとしたティータイムは、辺境伯の部下の来訪によって終わりを告げられた。
 その部下はフレデリクが来ていたことを知らなかったようで、黒豹の姿を目に映した途端に姿勢を正したままで固まってしまった。何とか聞き出した内容は、誠についての処遇を言い渡すというものだった。
 日を改めると、逃げられるとでも思っているのか、集合の時間は今すぐだ。誠は部下が持っていた書状をアレクセイと一緒に見ながら、鼻で嗤った。

「逃亡する場合は、辺境伯の権限において処刑だってさ」

 随分と乱暴な呼び出し方だ。ただの呼び出し状なら誠もここまで呆れないだろう。しかし、明らかに誠の殺生与奪権は向こうが握っている、そう書いてあるのだ。呆れて物が言えないとは、このことだ。
 アレクセイも、まさか領地を救った功労者をここまでコケにするとは思わなかったのだろう。怒りでアイスブルーは冷めざめと煌めき、耳は後ろに倒れ、もう臨戦態勢をとっている。更に魔力が漏れ出し、室内には雪が降り出してしまっていた。
 アレクセイからその書状を抜き取って目を通したフレデリクは、それをローゼスに渡してから誠に向き合った。

「アレクセイの様子から予想はついているが、君はツガイになることを認めたんだな?」

  これまでの、どこか違う次元で物事を見ながら皮肉な笑みを浮かべている表情ではなく、これがフレデリク本来の姿なのだろうか。権力に見合った威厳のあるオーラを発しながら、真剣な表情になっている。
 誠はそれを見て頷いた。

「はい。そしてすでに俺の方で、家に伝わる方法でツガイ契約を済ませています」
「…そうか。なら、それで良い。ローゼス、支度を」
「は」

 ローゼスは自分のスクエアポーチから黒いマントを取り出すと、フレデリクの肩に取り付ける。そして黒く長い髪を一つに纏めると、フレデリクの斜め後ろに控えた。

「さあ、行こうか」

 どうやらフレデリクも一緒に行くらしい。アレクセイはレビ達に後のことを頼むと、誠の腰を抱いてフレデリクの後に続いたのだった。
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