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バターの微笑み
04 ー 金色の狐
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手を洗い、厨房の作業台の前に立つと気持ちがピンと張るのは、誠がパティシエといえど料理人だからだろうか。
材料を出してメニューを考えていると、手を拭き終わったアレクセイが隣に立った。少し距離を詰めると、ここが自分のポジションだと分かり、安心する。誠が傍に来たのが嬉しいのか、アレクセイの尾は揺れていた。
「さて…」
アレクセイの顔を見上げると、口元が緩んでいた。宝物を見るような目に、頬が上気してしまう。誠はその頬を両手でむにゅっと挟んでやった。
「あの二人が来たってことは、アレクセイと話す時間はそんなに取れないってことだよな」
団の上層部に居る黒豹が、まさかこのタイミングでバカンスに来るはずはないだろう。それくらいは誠でも理解できている。おそらくは、この領で起こった事件と魔剣のことについて。弟の状態を見るのは、ついで…いや、その理由も半分だと誠はみている。
この国の政治的なことに、首を突っ込むつもりは無い。だが、アレクセイが騎士団に所属していて、なおかつ自分も先の事件の当事者だ。どこまで介入すれば今後が楽になるのか。アレクセイと擦り合わせをしなければならない。
「作りながら、その話して良い?」
野菜を洗いながら聞くと、アレクセイは誠の目を見ながら頷いた。
「でもまぁ、その前に」
水と風の力を使いレタスの水分を飛ばすと、誠は厨房の外に向かって結界を飛ばした。アレクセイは眉間に少し皺を寄せていたので、彼も誠と同じく気付いていたのだろう。ふよふよと捕らえた人物を浮かせせて厨房の中に入れると、同じタイミングで小さな溜め息を吐いた。
「何を聞きたいんだ?猫チャン」
結界を解き、ニヤリと笑いながら追い詰める。すると、天から落ちてきたかのような容姿を持つ白い猫は、両手を頭の高さに上げた。
「いつ気付いたんですか?」
「さぁ。とりあえず、お腹が空いてんならこれ食っとけよ」
誠は大きめの紙袋をローゼスに投げた。中身はただのマフィンだが、プレーンとドライフルーツ入りの物が入っている。皆のおやつ用に作っておいたものだが、今渡しておいた方が良いだろう。
「…甘い匂いがする」
「だろ?マフィンって言うんだけど、それ皆に渡しといて。朝食ができるまでの繋ぎにしてて」
「僕も食べても?」
「もちろん。でも、アンタが聞きたいことは、先にアレクセイに話したい」
「分かった」
ローゼスは大事そうに紙袋を抱えると、素直に頷いてから厨房を出て行った。それを見ながら、アレクセイはまた溜息を吐いた。
「…すまんな、マコト。アイツは兄上の側近だから」
「別に気にしてないよ」
側近と言いつつ、その職務は雑用より間諜の方の割合が大きいのかもしれない。
誠はバッグからマフィンを取り出し、アレクセイの口に突っ込んだ。優しい甘さが口に広がったのか、アレクセイは目をぱちくりさせながら食べる。それを見て、誠は幸せな気持ちになっていた。
「何これ、すっげー美味ぇ!しかもフワフワ!」
ダイニングからレビの叫び声が聞こえる。いつも通りの反応だ。「取るな」「それは俺のだ」と一気に向こうは騒がしくなったが、こちらはそうもいかなくなる。
誠はアレクセイに向かい合った。
「先に聞いとく。俺に聞きたいことは?」
アレクセイは誠の頬をするりと撫でると、その手で自分の胸を指差した。
「まずは、俺の傷について。マコトが瘴気を浄化していたのは分かっている。けど、あの魔剣だ。どうやって傷を治せた?」
「それは…」
誠は勢い良く頭を下げた。
「ゴメン、アレクセイ。あの時は、ああするしかなかったんだ…」
「…頭を上げてくれ。何となくは分かっているんだ。ここに、君の温かな気配が埋まっていることが」
アレクセイは誠の肩を支えて頭を上げさせると、おもむろに制服のボタンを外しだした。中のシャツのボタンを外し終える。すると、魔剣に貫かれた場所には真っ赤だが、花弁の先になるほど色が薄くなっている牡丹の花が一輪、描かれていた。
「俺の家に、ツガイ同士を結ぶ契約の魔法がある。これは、その魔法に似ている」
「…魔法じゃないけど、強制的に俺とツガイにした」
「そうか」
「ゴメン」
恋人同士に、そして将来を誓い合ったといえど、それは結果論だ。これからの話を聞けば、アレクセイは自分を嫌ってしまうかもしれない。
そう考えると、誠は怖くなった。
「マコト…」
アレクセイが自分の名前を呼ぶ。誠は祈るように、その瞳を見てしまった。
「そんな顔をしなくても良い。そこまでして俺を助けようとしてくれたんだろう?俺は、それが嬉しいんだ」
「でも…」
誠はいつの間にか滲んでいた涙を乱暴に拭った。
「それは、牡丹さんのツガイである諏訪さんに由来する、龍玉という物なんだ」
「リュウギョク?」
「ん。龍が大事にしている玉。遠野でも、諏訪さんの力が強く出た子供が持っている物で、自分の伴侶に渡す物なんだ。そして、それは…遠野の者だという証。それと、俺と寿命が同じになる…」
「ツガイの契約魔法と同じだな」
誠の目元を優しくなぞりながら、アレクセイは誠を腕の中に囲った。
アレクセイの素肌に触れてしまう。誠の鼓動が少し跳ねた。
「俺達獣人は、平均寿命が五百年と言われている」
「…人間よりも、長生きだな」
「だろう?だから、長い方に寿命を合わせるんだが…後で、俺も君にその契約魔法をかけても良いか?」
「うん。でも、俺の方が長生きするよ」
「そうなのか?」
「どれくらい生きるか分からないけど、俺は人間の要素が一つも入ってない。半分は牡丹さんだし、半分は諏訪さんの血だ。だから、もしかしたら数千、数万年生きるかもしれない」
これから、どれだけの命を見送ることになるのだろうか。
それを考えると、少し怖い。それをアレクセイにも強制的に味わわせることになる。誠がアレクセイをツガイと認めたくなかった要因の一つが、これだ。
「だったら、それだけ長くマコトと生きられるんだな」
「でも、フレデリク様もレビ達も、見送ることになるよ」
「そうだな。でも俺たちは騎士だから、遅かれ早かれ、誰かを見送ることになる。…ああ、そうだ。ボタン殿から伝言があった」
そう言えばアレクセイは夢で牡丹に会ったと言っていた。何を話していたのか、少し気になる。
人を喰ったような性格だし、そこが妖狐らしいと言えばらしいのだが、ある意味諏訪よりも過保護な妖怪だ。きっと自分のことを良いように言っていたに違いないと、誠は邪推している。
少し身構えていると、アレクセイはふと笑った。
「素直になれ、そう言っていた」
「それ、前にも言われた」
「そうなのか?マコトは俺を立ててくれていながらも、我が強いしな」
「…我が強いのは、自覚してる」
「俺としてはそんなマコトも好きだが」
サラリとそんなことを口にするアレクセイに、誠は口をポカンと開けてしまった。
危険だ。この男は危険だ。
恋愛に耐性がない誠だ。告白をしたことでブレーキが壊れたアレクセイの目は、今まで以上に甘さと熱を含んでいる。このままグズグズに甘やかされる未来は、目に見えている。
思わずアレクセイの腕から逃げようとしたが、その腕はびくともしなかった。
アレクセイの目が光る。
「俺の予想だが」
アレクセイは誠の手を掬い上げ、指先にキスを落とす。
「君は俺の未来を案じて、避けていた…とか?」
的確に心中を当てられ、誠は一瞬止まってしまう。それを見逃すアレクセイではなかった。
「そうか。だからボタン殿は…。ボタン殿は俺を認めてくれるし、君を花嫁に迎えることも許可をしてくれた。そして、ボタン殿のところに来ても良いとも。…そうだな。皆を見送った後は、ボタン殿の所に行って、一緒に仕事をしようか。それも楽しそうだ」
そこまでの話をしていたなんて、誰が予想していただろう。
確かに誠は、アレクセイとツガイになった後のことを心配していた。寿命のこともそうだし、その後のことも。
牡丹は誠が銀狼…アレクセイとのことを応援しているようなことを、自分の夢に来た時に言っていた。そこまで見越していたなら、今後のことも必然的に彼なりに考えていただろう。
と、いうことは。
数十年に一度あるかないかの、夫夫喧嘩も勃発してしまうのかもしれない。
誠はそれを想像し、身震いしてしまう。
「マコト?」
「…いや。あの、さ…牡丹さんは妖狐っていう、狐の妖怪なんだ。妖怪ってのは…何だろ。妖術っていう魔法とは違う力を使えるんだけど」
「ああ」
「姿は狐の獣人に似てて、でも獣人でも人間でもなくて…」
「それで?」
アレクセイは気長に誠が言いたいことを待ってくれるようだ。
誠はそれに安心し、言いたいことを何とか纏めようとした。
「ウチの…遠野の始祖は、その牡丹さんで。伴侶は諏訪さんって言う、龍神なんだけど」
「リュウジンとは?」
「神様の一種。こっちにドラゴンって居る?」
「ああ」
「その仲間って言ったら怒られるんだけど…とにかく、神様なんだ」
見てもらった方が早いと、誠はバッグからタブレットを取り出した。そして本を検索して龍神が載った物を探し出す。
ああ、地球のことも説明しなければならない。
そのことを失念していた。アレクセイには話さなければならないことがたくさんあるが、時間が無い。
「…この魔道具は、凄いな」
「魔道具じゃないんだ。これの説明は、また後で。んで、これが龍神」
「フォルムは蛇に似ているが、何とも迫力があるな」
「俺は牡丹さん似だけど、力の半分は龍神の力が宿っている。だから水とかの力が使えるんだけど…俺の故郷には、神様がたくさん居るって前にも言ったよね。諏訪さんはその中でも、高位の神様なんだ。それで…牡丹さんバカで、牡丹さんに似た子孫は大切にしている」
ここまで言うと、アレクセイも何が言いたいのか分かったのだろう。
だが、これはただの婿舅戦争ではない。
「アレクセイ。神殺しになる気、ある?」
誠でも絶対に勝てない相手だ。アレクセイは言わずもがなだろう。けれど、知りたいのは、彼の覚悟だ。
「…君を娶るためなら、俺は何にでもなるさ。どんな手を使ってもな」
「うん」
それだけ聞ければ、十分だ。
誠はアレクセイの手を、ぎゅっと握った。
「だったら、諏訪さんを説得するの、手伝ってくれ。牡丹さんも一緒だと思うから大丈夫だと思うけど…」
「ああ、もちろん。殴られるのは覚悟しているよ」
「大叔母の時も、諏訪さんが暴走してたらしいけど、牡丹さんが居たから何とかなったらしいから…。でも、アレクセイが殴られたら、俺がやり返すよ」
牡丹の庇護下に居るのは安全だが、それだけではいけないことは誠自身が一番分かっている。それに、大事な自分のツガイだ。いくら諏訪でも、アレクセイを傷付けるのなら負けると分かっていても、やり返さなければ気がすまない。
普通の話し合いができれば良いのだが、相手は勝手気ままな神なのだ。人間の常識が通用する相手ではない。
誠が内心燃えていると、厨房付近で数人の気配がした。誠とアレクセイがそちらを向くと、そこには悲しそうな顔をしたレビ達が入り口から半分顔を覗かせていた。
「どうした?」
誠が聞くと、こういう時の代表者であるレビが、力なく答えた。
「さっきのマフィン?美味かったけど、余計にお腹が空きました。マコト、申し訳無いんだけど、ご飯ください」
なぜか畏まって言いながら、耳が寝てしまっている。ルイージも同じように耳がへたり、オスカーとドナルドも悲しそうな表情を浮かべていた。先程のマフィンが呼び水となってしまったか。彼らの空腹は、もう限界だろう。
誠は吹き出しそうになるのを堪え、アレクセイからそっと離れる。
「悪い悪い。すぐに作るから」
「頼む…」
ゾロゾロと欠食児童が戻って行くのを見て、アレクセイは誠の髪をそっと梳いた。
「次にいつ時間が取れるか分からんが、その時は俺の話も聞いてくれ。…そうだな、家族の話とか」
「分かった。俺もまだ話さないといけないことがあるから、その時に」
どちらからともなくキスをすると、笑い合う。そして誠は辺境伯との会議について話し合いながら、急いで朝食を作り上げていった。
材料を出してメニューを考えていると、手を拭き終わったアレクセイが隣に立った。少し距離を詰めると、ここが自分のポジションだと分かり、安心する。誠が傍に来たのが嬉しいのか、アレクセイの尾は揺れていた。
「さて…」
アレクセイの顔を見上げると、口元が緩んでいた。宝物を見るような目に、頬が上気してしまう。誠はその頬を両手でむにゅっと挟んでやった。
「あの二人が来たってことは、アレクセイと話す時間はそんなに取れないってことだよな」
団の上層部に居る黒豹が、まさかこのタイミングでバカンスに来るはずはないだろう。それくらいは誠でも理解できている。おそらくは、この領で起こった事件と魔剣のことについて。弟の状態を見るのは、ついで…いや、その理由も半分だと誠はみている。
この国の政治的なことに、首を突っ込むつもりは無い。だが、アレクセイが騎士団に所属していて、なおかつ自分も先の事件の当事者だ。どこまで介入すれば今後が楽になるのか。アレクセイと擦り合わせをしなければならない。
「作りながら、その話して良い?」
野菜を洗いながら聞くと、アレクセイは誠の目を見ながら頷いた。
「でもまぁ、その前に」
水と風の力を使いレタスの水分を飛ばすと、誠は厨房の外に向かって結界を飛ばした。アレクセイは眉間に少し皺を寄せていたので、彼も誠と同じく気付いていたのだろう。ふよふよと捕らえた人物を浮かせせて厨房の中に入れると、同じタイミングで小さな溜め息を吐いた。
「何を聞きたいんだ?猫チャン」
結界を解き、ニヤリと笑いながら追い詰める。すると、天から落ちてきたかのような容姿を持つ白い猫は、両手を頭の高さに上げた。
「いつ気付いたんですか?」
「さぁ。とりあえず、お腹が空いてんならこれ食っとけよ」
誠は大きめの紙袋をローゼスに投げた。中身はただのマフィンだが、プレーンとドライフルーツ入りの物が入っている。皆のおやつ用に作っておいたものだが、今渡しておいた方が良いだろう。
「…甘い匂いがする」
「だろ?マフィンって言うんだけど、それ皆に渡しといて。朝食ができるまでの繋ぎにしてて」
「僕も食べても?」
「もちろん。でも、アンタが聞きたいことは、先にアレクセイに話したい」
「分かった」
ローゼスは大事そうに紙袋を抱えると、素直に頷いてから厨房を出て行った。それを見ながら、アレクセイはまた溜息を吐いた。
「…すまんな、マコト。アイツは兄上の側近だから」
「別に気にしてないよ」
側近と言いつつ、その職務は雑用より間諜の方の割合が大きいのかもしれない。
誠はバッグからマフィンを取り出し、アレクセイの口に突っ込んだ。優しい甘さが口に広がったのか、アレクセイは目をぱちくりさせながら食べる。それを見て、誠は幸せな気持ちになっていた。
「何これ、すっげー美味ぇ!しかもフワフワ!」
ダイニングからレビの叫び声が聞こえる。いつも通りの反応だ。「取るな」「それは俺のだ」と一気に向こうは騒がしくなったが、こちらはそうもいかなくなる。
誠はアレクセイに向かい合った。
「先に聞いとく。俺に聞きたいことは?」
アレクセイは誠の頬をするりと撫でると、その手で自分の胸を指差した。
「まずは、俺の傷について。マコトが瘴気を浄化していたのは分かっている。けど、あの魔剣だ。どうやって傷を治せた?」
「それは…」
誠は勢い良く頭を下げた。
「ゴメン、アレクセイ。あの時は、ああするしかなかったんだ…」
「…頭を上げてくれ。何となくは分かっているんだ。ここに、君の温かな気配が埋まっていることが」
アレクセイは誠の肩を支えて頭を上げさせると、おもむろに制服のボタンを外しだした。中のシャツのボタンを外し終える。すると、魔剣に貫かれた場所には真っ赤だが、花弁の先になるほど色が薄くなっている牡丹の花が一輪、描かれていた。
「俺の家に、ツガイ同士を結ぶ契約の魔法がある。これは、その魔法に似ている」
「…魔法じゃないけど、強制的に俺とツガイにした」
「そうか」
「ゴメン」
恋人同士に、そして将来を誓い合ったといえど、それは結果論だ。これからの話を聞けば、アレクセイは自分を嫌ってしまうかもしれない。
そう考えると、誠は怖くなった。
「マコト…」
アレクセイが自分の名前を呼ぶ。誠は祈るように、その瞳を見てしまった。
「そんな顔をしなくても良い。そこまでして俺を助けようとしてくれたんだろう?俺は、それが嬉しいんだ」
「でも…」
誠はいつの間にか滲んでいた涙を乱暴に拭った。
「それは、牡丹さんのツガイである諏訪さんに由来する、龍玉という物なんだ」
「リュウギョク?」
「ん。龍が大事にしている玉。遠野でも、諏訪さんの力が強く出た子供が持っている物で、自分の伴侶に渡す物なんだ。そして、それは…遠野の者だという証。それと、俺と寿命が同じになる…」
「ツガイの契約魔法と同じだな」
誠の目元を優しくなぞりながら、アレクセイは誠を腕の中に囲った。
アレクセイの素肌に触れてしまう。誠の鼓動が少し跳ねた。
「俺達獣人は、平均寿命が五百年と言われている」
「…人間よりも、長生きだな」
「だろう?だから、長い方に寿命を合わせるんだが…後で、俺も君にその契約魔法をかけても良いか?」
「うん。でも、俺の方が長生きするよ」
「そうなのか?」
「どれくらい生きるか分からないけど、俺は人間の要素が一つも入ってない。半分は牡丹さんだし、半分は諏訪さんの血だ。だから、もしかしたら数千、数万年生きるかもしれない」
これから、どれだけの命を見送ることになるのだろうか。
それを考えると、少し怖い。それをアレクセイにも強制的に味わわせることになる。誠がアレクセイをツガイと認めたくなかった要因の一つが、これだ。
「だったら、それだけ長くマコトと生きられるんだな」
「でも、フレデリク様もレビ達も、見送ることになるよ」
「そうだな。でも俺たちは騎士だから、遅かれ早かれ、誰かを見送ることになる。…ああ、そうだ。ボタン殿から伝言があった」
そう言えばアレクセイは夢で牡丹に会ったと言っていた。何を話していたのか、少し気になる。
人を喰ったような性格だし、そこが妖狐らしいと言えばらしいのだが、ある意味諏訪よりも過保護な妖怪だ。きっと自分のことを良いように言っていたに違いないと、誠は邪推している。
少し身構えていると、アレクセイはふと笑った。
「素直になれ、そう言っていた」
「それ、前にも言われた」
「そうなのか?マコトは俺を立ててくれていながらも、我が強いしな」
「…我が強いのは、自覚してる」
「俺としてはそんなマコトも好きだが」
サラリとそんなことを口にするアレクセイに、誠は口をポカンと開けてしまった。
危険だ。この男は危険だ。
恋愛に耐性がない誠だ。告白をしたことでブレーキが壊れたアレクセイの目は、今まで以上に甘さと熱を含んでいる。このままグズグズに甘やかされる未来は、目に見えている。
思わずアレクセイの腕から逃げようとしたが、その腕はびくともしなかった。
アレクセイの目が光る。
「俺の予想だが」
アレクセイは誠の手を掬い上げ、指先にキスを落とす。
「君は俺の未来を案じて、避けていた…とか?」
的確に心中を当てられ、誠は一瞬止まってしまう。それを見逃すアレクセイではなかった。
「そうか。だからボタン殿は…。ボタン殿は俺を認めてくれるし、君を花嫁に迎えることも許可をしてくれた。そして、ボタン殿のところに来ても良いとも。…そうだな。皆を見送った後は、ボタン殿の所に行って、一緒に仕事をしようか。それも楽しそうだ」
そこまでの話をしていたなんて、誰が予想していただろう。
確かに誠は、アレクセイとツガイになった後のことを心配していた。寿命のこともそうだし、その後のことも。
牡丹は誠が銀狼…アレクセイとのことを応援しているようなことを、自分の夢に来た時に言っていた。そこまで見越していたなら、今後のことも必然的に彼なりに考えていただろう。
と、いうことは。
数十年に一度あるかないかの、夫夫喧嘩も勃発してしまうのかもしれない。
誠はそれを想像し、身震いしてしまう。
「マコト?」
「…いや。あの、さ…牡丹さんは妖狐っていう、狐の妖怪なんだ。妖怪ってのは…何だろ。妖術っていう魔法とは違う力を使えるんだけど」
「ああ」
「姿は狐の獣人に似てて、でも獣人でも人間でもなくて…」
「それで?」
アレクセイは気長に誠が言いたいことを待ってくれるようだ。
誠はそれに安心し、言いたいことを何とか纏めようとした。
「ウチの…遠野の始祖は、その牡丹さんで。伴侶は諏訪さんって言う、龍神なんだけど」
「リュウジンとは?」
「神様の一種。こっちにドラゴンって居る?」
「ああ」
「その仲間って言ったら怒られるんだけど…とにかく、神様なんだ」
見てもらった方が早いと、誠はバッグからタブレットを取り出した。そして本を検索して龍神が載った物を探し出す。
ああ、地球のことも説明しなければならない。
そのことを失念していた。アレクセイには話さなければならないことがたくさんあるが、時間が無い。
「…この魔道具は、凄いな」
「魔道具じゃないんだ。これの説明は、また後で。んで、これが龍神」
「フォルムは蛇に似ているが、何とも迫力があるな」
「俺は牡丹さん似だけど、力の半分は龍神の力が宿っている。だから水とかの力が使えるんだけど…俺の故郷には、神様がたくさん居るって前にも言ったよね。諏訪さんはその中でも、高位の神様なんだ。それで…牡丹さんバカで、牡丹さんに似た子孫は大切にしている」
ここまで言うと、アレクセイも何が言いたいのか分かったのだろう。
だが、これはただの婿舅戦争ではない。
「アレクセイ。神殺しになる気、ある?」
誠でも絶対に勝てない相手だ。アレクセイは言わずもがなだろう。けれど、知りたいのは、彼の覚悟だ。
「…君を娶るためなら、俺は何にでもなるさ。どんな手を使ってもな」
「うん」
それだけ聞ければ、十分だ。
誠はアレクセイの手を、ぎゅっと握った。
「だったら、諏訪さんを説得するの、手伝ってくれ。牡丹さんも一緒だと思うから大丈夫だと思うけど…」
「ああ、もちろん。殴られるのは覚悟しているよ」
「大叔母の時も、諏訪さんが暴走してたらしいけど、牡丹さんが居たから何とかなったらしいから…。でも、アレクセイが殴られたら、俺がやり返すよ」
牡丹の庇護下に居るのは安全だが、それだけではいけないことは誠自身が一番分かっている。それに、大事な自分のツガイだ。いくら諏訪でも、アレクセイを傷付けるのなら負けると分かっていても、やり返さなければ気がすまない。
普通の話し合いができれば良いのだが、相手は勝手気ままな神なのだ。人間の常識が通用する相手ではない。
誠が内心燃えていると、厨房付近で数人の気配がした。誠とアレクセイがそちらを向くと、そこには悲しそうな顔をしたレビ達が入り口から半分顔を覗かせていた。
「どうした?」
誠が聞くと、こういう時の代表者であるレビが、力なく答えた。
「さっきのマフィン?美味かったけど、余計にお腹が空きました。マコト、申し訳無いんだけど、ご飯ください」
なぜか畏まって言いながら、耳が寝てしまっている。ルイージも同じように耳がへたり、オスカーとドナルドも悲しそうな表情を浮かべていた。先程のマフィンが呼び水となってしまったか。彼らの空腹は、もう限界だろう。
誠は吹き出しそうになるのを堪え、アレクセイからそっと離れる。
「悪い悪い。すぐに作るから」
「頼む…」
ゾロゾロと欠食児童が戻って行くのを見て、アレクセイは誠の髪をそっと梳いた。
「次にいつ時間が取れるか分からんが、その時は俺の話も聞いてくれ。…そうだな、家族の話とか」
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