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雪兎の家族話
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「桐ヶ谷さん、少し休憩に行きませんか?」
宮城さんに笑顔で声を掛けられ、断ることもできず頷いて彼の後に付いて行く
人気のない静かな屋上で先程買った缶コーヒーを渡される
「引き継ぎ、問題無さそうですね。本当に、優秀な方が来てくれてこちらも助かります。
むしろ、ずっとこっちで仕事をして欲しいくらいですよ」
人の良さそうな笑みを浮かべ、俺のことを褒めてくれる姿に無意識に笑みが浮かぶ
この人に認められるのは、嫌ではない…
苦手であるからこそ、認められることへの優越感があり、達成感を得られる
「ところで、桐ヶ谷さんにはご兄弟は居ませんか?」
不意に全身が、一気に鳥肌が立つほど冷たい空気に体が強張ってしまう
先程の優しい雰囲気など一切なく、刃物のような冷たい視線
「少し私的な独り言になるのですが、俺の番は少し不遇な過去がありましてね。
元番相手からはDVを受けていた為に、色々とトラウマを植え付けられていたんですよ。
そして、実の家族からも放置され、見捨てられた悲しい過去がありましてね…。
可愛い番は今はとてもしあわせだと言ってはくれるんですが、不安の芽は潰しときたいじゃないですか?」
爽やかな笑顔なのに、威圧がキツく、空気が凍えそうなほど冷たい
「桐ヶ谷さん…って、苗字は珍しいですよね。うちの雪兎の旧姓と同じなんて偶然、ですね」
彼の笑顔とは反対に目は一切笑っていない
射殺されそうなその視線に冷たい汗が流れ落ちる
その視線は、疑いではなく、確信を持っていての発言だと言うことが伺える
「宮城、さん…の番の方、雪兎…さんと言うんですね」
思っても見なかった名を不意に聞き、表情が強張る
ずっと探していた弟が、まさか、彼の番になっていることに…
でも、そうか…
ちゃんとした番が見つかったのか…
彼の番は、運命の番だと言っていた
つまり、これだけ怒りを露わにするほど、今は大切にして貰えているのか…
あの子が生きて、今しあわせなのか…
全身の力を抜くように深く呼吸を吐き出し、なんとか震えているのがバレないように気丈に振る舞う
「番の方は、悲しい過去をお持ちなんですね…
番の方が、宮城さんと幸せそうなのを聞いて安心しました…
元番のクズの実家は…あの後、父の圧力もあり、今は会社も倒産の危機に陥っているようです。
あの家も、父の代で終わりでしょうね…俺も帰るつもりは一切ないので、跡を継ぐ子は誰も居なくなりましたから。
オレにも、歳の離れた弟が居たのですが…あの子が今どうしているのか長年気掛かりで、ずっと探していたんです。
ただ、無事に居て欲しい。幸せになって欲しい…と願っています。
あの時に、助けれなかった後悔は、ずっと忘れないでしょうが…いつか、謝れるなら謝りたいです」
俺の話しを静かに聞いてくれてはいる彼の圧はまだ強く、恐怖で逃げ出したくなる
間違った回答をしてしまったのかと、握り締めた拳が恐怖で震えてしまう
フッと先程までの圧がなくなり、いつもの柔らかな笑みを浮かべる彼に安堵する
「そうですか。いきなり個人的な独り言を申し訳ない。桐ヶ谷さんにもそんな過去がお有りなんですね。
まぁ、雪兎が貴方に会う機会など、ありそうにもないですが…
桐ヶ谷さんとは今後も仕事でお世話になると思いますので、よろしくお願いします、ね」
笑顔で差し出された手を握り返すも、自分の手は指先まで氷のように冷たくなっていた
「では、先に戻ります。あ、まだゆっくり休憩していてください。落ち着いたら、また引き継ぎよろしくお願いします。」
話しが終わり、笑顔で先に戻る宮城さんの後ろ姿を見送る
完全に姿が見えなくなったのを確認すると、全身の力が抜け、その場に座り込んでしまう
今まで会ったどのαよりも高圧的な威圧を感じた
父親よりも優れたαの圧倒的な存在感とオーラに冷や汗が止まらない
あの人、なんで役職も付けずにこんな小さな支社で営業しているんだ…?
同じαでも屈服させられる上位のαが居るとは聞いたことはあるが、あの人みたいなことを言うんだろ…
腰が抜けてしまったのか、直ぐに立ち上がることが出来ず、そんな自分の姿に笑いが出てくる
雪兎は、彼に出会えてしあわせになったんだな…
彼なら、雪兎にあんな悲しい想いは二度とさせないだろう
幼い頃の雪兎の嬉しそうに笑う顔を不意に思い出し、涙が溢れ落ちる
「あぁ…そういえば、雪兎はあんな風に笑うんだったな…
理央とは…全然似てないじゃないか…」
鼻を啜りながら、溢れる涙を手の甲で拭い
なら、俺も、俺の大切な人を幸せにしよう
笑顔の眩しい彼に、俺の素直な気持ちを打ち明けよう
『今晩、どうしても会いたい。いつもの場所に来てくれるか?』
仕事終わりに会えるよう、約束を取り付けようとスマホを打つ
先程の宮城さんとの対話よりも何故か指が震えてしまう
断られるのではないか、「会いたくない」と言われるのではないか、不安が胸を過ぎるも、ピロンと軽やかな音がし、スグに返事が返って来る
『店の近くの公園でえぇ?今日バイトないから…。時間は龍月さんに合わせるから』理央らしい可愛らしい犬のスタンプと共に送られてきた返信にホッと笑みが溢れる
「さって、俺も腹を括るか…。まずは定時を目指して働くか…」
先程までの恐怖は一切なく、強張っていた身体を解すように伸びをする
今まであった重たい気持ちは一切なく、空が澄んで見える
今日は早く帰ろう
早く、理央に会いたい
あの子の笑顔を早く見たい
宮城さんに笑顔で声を掛けられ、断ることもできず頷いて彼の後に付いて行く
人気のない静かな屋上で先程買った缶コーヒーを渡される
「引き継ぎ、問題無さそうですね。本当に、優秀な方が来てくれてこちらも助かります。
むしろ、ずっとこっちで仕事をして欲しいくらいですよ」
人の良さそうな笑みを浮かべ、俺のことを褒めてくれる姿に無意識に笑みが浮かぶ
この人に認められるのは、嫌ではない…
苦手であるからこそ、認められることへの優越感があり、達成感を得られる
「ところで、桐ヶ谷さんにはご兄弟は居ませんか?」
不意に全身が、一気に鳥肌が立つほど冷たい空気に体が強張ってしまう
先程の優しい雰囲気など一切なく、刃物のような冷たい視線
「少し私的な独り言になるのですが、俺の番は少し不遇な過去がありましてね。
元番相手からはDVを受けていた為に、色々とトラウマを植え付けられていたんですよ。
そして、実の家族からも放置され、見捨てられた悲しい過去がありましてね…。
可愛い番は今はとてもしあわせだと言ってはくれるんですが、不安の芽は潰しときたいじゃないですか?」
爽やかな笑顔なのに、威圧がキツく、空気が凍えそうなほど冷たい
「桐ヶ谷さん…って、苗字は珍しいですよね。うちの雪兎の旧姓と同じなんて偶然、ですね」
彼の笑顔とは反対に目は一切笑っていない
射殺されそうなその視線に冷たい汗が流れ落ちる
その視線は、疑いではなく、確信を持っていての発言だと言うことが伺える
「宮城、さん…の番の方、雪兎…さんと言うんですね」
思っても見なかった名を不意に聞き、表情が強張る
ずっと探していた弟が、まさか、彼の番になっていることに…
でも、そうか…
ちゃんとした番が見つかったのか…
彼の番は、運命の番だと言っていた
つまり、これだけ怒りを露わにするほど、今は大切にして貰えているのか…
あの子が生きて、今しあわせなのか…
全身の力を抜くように深く呼吸を吐き出し、なんとか震えているのがバレないように気丈に振る舞う
「番の方は、悲しい過去をお持ちなんですね…
番の方が、宮城さんと幸せそうなのを聞いて安心しました…
元番のクズの実家は…あの後、父の圧力もあり、今は会社も倒産の危機に陥っているようです。
あの家も、父の代で終わりでしょうね…俺も帰るつもりは一切ないので、跡を継ぐ子は誰も居なくなりましたから。
オレにも、歳の離れた弟が居たのですが…あの子が今どうしているのか長年気掛かりで、ずっと探していたんです。
ただ、無事に居て欲しい。幸せになって欲しい…と願っています。
あの時に、助けれなかった後悔は、ずっと忘れないでしょうが…いつか、謝れるなら謝りたいです」
俺の話しを静かに聞いてくれてはいる彼の圧はまだ強く、恐怖で逃げ出したくなる
間違った回答をしてしまったのかと、握り締めた拳が恐怖で震えてしまう
フッと先程までの圧がなくなり、いつもの柔らかな笑みを浮かべる彼に安堵する
「そうですか。いきなり個人的な独り言を申し訳ない。桐ヶ谷さんにもそんな過去がお有りなんですね。
まぁ、雪兎が貴方に会う機会など、ありそうにもないですが…
桐ヶ谷さんとは今後も仕事でお世話になると思いますので、よろしくお願いします、ね」
笑顔で差し出された手を握り返すも、自分の手は指先まで氷のように冷たくなっていた
「では、先に戻ります。あ、まだゆっくり休憩していてください。落ち着いたら、また引き継ぎよろしくお願いします。」
話しが終わり、笑顔で先に戻る宮城さんの後ろ姿を見送る
完全に姿が見えなくなったのを確認すると、全身の力が抜け、その場に座り込んでしまう
今まで会ったどのαよりも高圧的な威圧を感じた
父親よりも優れたαの圧倒的な存在感とオーラに冷や汗が止まらない
あの人、なんで役職も付けずにこんな小さな支社で営業しているんだ…?
同じαでも屈服させられる上位のαが居るとは聞いたことはあるが、あの人みたいなことを言うんだろ…
腰が抜けてしまったのか、直ぐに立ち上がることが出来ず、そんな自分の姿に笑いが出てくる
雪兎は、彼に出会えてしあわせになったんだな…
彼なら、雪兎にあんな悲しい想いは二度とさせないだろう
幼い頃の雪兎の嬉しそうに笑う顔を不意に思い出し、涙が溢れ落ちる
「あぁ…そういえば、雪兎はあんな風に笑うんだったな…
理央とは…全然似てないじゃないか…」
鼻を啜りながら、溢れる涙を手の甲で拭い
なら、俺も、俺の大切な人を幸せにしよう
笑顔の眩しい彼に、俺の素直な気持ちを打ち明けよう
『今晩、どうしても会いたい。いつもの場所に来てくれるか?』
仕事終わりに会えるよう、約束を取り付けようとスマホを打つ
先程の宮城さんとの対話よりも何故か指が震えてしまう
断られるのではないか、「会いたくない」と言われるのではないか、不安が胸を過ぎるも、ピロンと軽やかな音がし、スグに返事が返って来る
『店の近くの公園でえぇ?今日バイトないから…。時間は龍月さんに合わせるから』理央らしい可愛らしい犬のスタンプと共に送られてきた返信にホッと笑みが溢れる
「さって、俺も腹を括るか…。まずは定時を目指して働くか…」
先程までの恐怖は一切なく、強張っていた身体を解すように伸びをする
今まであった重たい気持ちは一切なく、空が澄んで見える
今日は早く帰ろう
早く、理央に会いたい
あの子の笑顔を早く見たい
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