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転生令嬢は大切なあなたと式を挙げたい
6.御迎え
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扉が開くのを待っているが、外の様子は妙だ。
「ジョージ。その部屋にレネレットさんがいるのでしょう? そこからどいてください。連れて帰ります」
「――嫌だと言ったら?」
待て、どういう展開だ⁉︎
低めた声はとても真剣で、ジョージ神父がオスカーをにらんでいるのではと想像できる程度には威圧感があった。
「はい?」
聞き間違いかと疑ったのだろう。オスカー、私も同じ気持ちよ。
少し沈黙があって、ジョージ神父が返す。
「……彼女があの時の娘の生まれ変わりであるなら、元は俺のための生贄のはずだろう? 所有権を主張するつもりはなかったが、君が隠し事をするのであれば、俺だってそれなりの手段を講じて対抗するぜ?」
な、ん、で、す、と?
起点の世界、そこで私は神さまに捧げられた。私が住んでいた村というか里というか、そんな小さな集落が飢饉に遭って存続の危機に陥り、神さまに助けを求めたのである。成人したものの病気がちだった私は、村にとって都合がいいからと生贄に選ばれたというわけで――それが、オスカーとの出会いに繋がっているのだが。
私が捧げられた相手は、オスカーではなく、ジョージ神父だったって?
衝撃で混乱している間にも、二人の会話は続く。
「ほう……今さら、所有権を」
オスカーは否定しなかった。
じゃあ、ジョージ神父が私のそばにいることも、私自身と関わりがあるってこと……?
バカにするような調子で告げるオスカーに、ジョージ神父は声を荒らげた。
「レネレット嬢がかわいそうだろ。結局君は、自分のために彼女を利用しようとしているんじゃないのか? 彼女と結ばれたいなら、生まれた瞬間から籠絡するのが一番簡単だろ? それをしなかった理由を俺に説明してみろよ。いや、君はそれができなかった理由を、俺が理解できるように説明すべきなんじゃないのか?」
私が前世の記憶を取り戻す前に籠絡するのがセオリーであるとは、オスカー自身も告げた言葉だ。だから、私への想いは愛情ではないのだとも言った。
オスカーは、どうして私がいいんだろう? 何に利用しようと言っているの?
沈黙。それはオスカーの迷いを感じさせた。
「……僕はこれまで失敗し続けました。だから、そうしなかっただけですよ。やっと上手くいきそうなんです、邪魔をしないでいただきたい」
熱を感じさせるジョージ神父の言葉に対し、オスカーの声はずっと冷ややかだ。ただ、冷静という感じとは違う。なにかを必死に抑えている、そういう気配がある。
「なんだよ、俺との縁を切るか?」
「あなたには借りがたくさんあります。返済を終えるまでは腐れ縁を繋いでおきますよ」
ジョージ神父が煽れば、オスカーは軽く流した。
借りがあるなら、もっと感謝してもいいと思うんだけど……。ジョージ神父、気の毒すぎる。
「そう言って俺を利用するんだろ? 詳細は明かさずに」
そうそう。ジョージ神父はオスカーを怒っていいと思うし、これを機に関係を見直していいと思うわ。オスカーに説教できそうなのって、ジョージ神父くらいだもの。
「あなたにしてはとてもよく頭が回っているようですね」
「俺でもわかるくらい、君の様子が変なんだ。俺はレネレット嬢を案じるのと同程度には、君の心配をしているつもりだ、オスカー」
オスカーが言葉を詰まらせた。だが、ジョージ神父が喋る前にオスカーは話し始める。
「……優しいですね、あなたは」
そんなにお人好しだと、あなたが気づかないうちに利用されてしまいますよ、とオスカーが忠告すれば、君のように冷淡な神父が珍しいんだ、とジョージ神父は返していた。
「――そういえば、僕に伴侶が必要だと告げたのもあなたでしたね。あの時、あなたが変な気を回さなかったら、こんなややこしいことにはならなかったのに」
「起点の世界で君たちがちゃんと夫婦をしていたら、そもそもこうはならなかっただろうが」
ジョージ神父の指摘に、オスカーにも思うところがあったらしい。ふんと小さく鼻を鳴らした。
「……そういう考えもありますね。とにかく、今はレネレットさんをお返しください。どうせ来週からしばらくあなたに預けることになるんです。その間に、説得でも籠絡でも洗脳でも好きなようにしたらいいではありませんか。僕の力が及ばず、あなたの力が最大限に活きる場所でしょう? ゴットフリード伯爵領は」
オスカーの煽りに、ジョージ神父はチッと舌打ちをした。
「嫌な言い方をするな」
全くその通りである。
籠絡されることはないと思うけれど、洗脳って……
ジョージ神父の正体を知っている私としては、彼にどの程度の能力があるのかはわからずとも、ちょっと怖い。この態度から想像するに、今すぐ洗脳をしてくる気はないようでよかったけれども。
私がいろいろ考えている間に、ようやっと扉が開かれる。廊下の明かりが部屋に入ってきた。
「あと、レネレット嬢を泣かせるな。女の泣き顔は見たくない」
「肝に銘じておきます」
二人が入ってきて、オスカーが近づいてくる気配がある。私は目を閉じたまま、寝たふりをして待った。
「レネレットさん、帰りますよ。ジョージに世話になりたいなら、そう言いなさい」
オスカーは私の耳元で囁いてくる。私が起きていることに気づいているのだろうか。
私は寝たふりを続けた。
「……仕方がないですね。家に帰ったら、事情を説明いたします」
そう告げると、オスカーは私の額に口づけした。人前でそういうことをするのはらしくないのだが、所有権を主張しだしたジョージ神父への牽制の意味合いがあるのだろう。
くすぐったくて、私はちょっとだけ身じろぎする。でも、目は開けないように頑張った。
オスカーが小さく笑う。そして私を横抱きにした。
「ジョージ、世話になりました。あの場にあなたがいてよかった」
「まあな。夜になったら危険が増す。彼女の手は離すなよ」
「ええ、そうします」
短いやり取りののちに、オスカーは私を豊穣の神殿から連れ出してくれたのだった。
「ジョージ。その部屋にレネレットさんがいるのでしょう? そこからどいてください。連れて帰ります」
「――嫌だと言ったら?」
待て、どういう展開だ⁉︎
低めた声はとても真剣で、ジョージ神父がオスカーをにらんでいるのではと想像できる程度には威圧感があった。
「はい?」
聞き間違いかと疑ったのだろう。オスカー、私も同じ気持ちよ。
少し沈黙があって、ジョージ神父が返す。
「……彼女があの時の娘の生まれ変わりであるなら、元は俺のための生贄のはずだろう? 所有権を主張するつもりはなかったが、君が隠し事をするのであれば、俺だってそれなりの手段を講じて対抗するぜ?」
な、ん、で、す、と?
起点の世界、そこで私は神さまに捧げられた。私が住んでいた村というか里というか、そんな小さな集落が飢饉に遭って存続の危機に陥り、神さまに助けを求めたのである。成人したものの病気がちだった私は、村にとって都合がいいからと生贄に選ばれたというわけで――それが、オスカーとの出会いに繋がっているのだが。
私が捧げられた相手は、オスカーではなく、ジョージ神父だったって?
衝撃で混乱している間にも、二人の会話は続く。
「ほう……今さら、所有権を」
オスカーは否定しなかった。
じゃあ、ジョージ神父が私のそばにいることも、私自身と関わりがあるってこと……?
バカにするような調子で告げるオスカーに、ジョージ神父は声を荒らげた。
「レネレット嬢がかわいそうだろ。結局君は、自分のために彼女を利用しようとしているんじゃないのか? 彼女と結ばれたいなら、生まれた瞬間から籠絡するのが一番簡単だろ? それをしなかった理由を俺に説明してみろよ。いや、君はそれができなかった理由を、俺が理解できるように説明すべきなんじゃないのか?」
私が前世の記憶を取り戻す前に籠絡するのがセオリーであるとは、オスカー自身も告げた言葉だ。だから、私への想いは愛情ではないのだとも言った。
オスカーは、どうして私がいいんだろう? 何に利用しようと言っているの?
沈黙。それはオスカーの迷いを感じさせた。
「……僕はこれまで失敗し続けました。だから、そうしなかっただけですよ。やっと上手くいきそうなんです、邪魔をしないでいただきたい」
熱を感じさせるジョージ神父の言葉に対し、オスカーの声はずっと冷ややかだ。ただ、冷静という感じとは違う。なにかを必死に抑えている、そういう気配がある。
「なんだよ、俺との縁を切るか?」
「あなたには借りがたくさんあります。返済を終えるまでは腐れ縁を繋いでおきますよ」
ジョージ神父が煽れば、オスカーは軽く流した。
借りがあるなら、もっと感謝してもいいと思うんだけど……。ジョージ神父、気の毒すぎる。
「そう言って俺を利用するんだろ? 詳細は明かさずに」
そうそう。ジョージ神父はオスカーを怒っていいと思うし、これを機に関係を見直していいと思うわ。オスカーに説教できそうなのって、ジョージ神父くらいだもの。
「あなたにしてはとてもよく頭が回っているようですね」
「俺でもわかるくらい、君の様子が変なんだ。俺はレネレット嬢を案じるのと同程度には、君の心配をしているつもりだ、オスカー」
オスカーが言葉を詰まらせた。だが、ジョージ神父が喋る前にオスカーは話し始める。
「……優しいですね、あなたは」
そんなにお人好しだと、あなたが気づかないうちに利用されてしまいますよ、とオスカーが忠告すれば、君のように冷淡な神父が珍しいんだ、とジョージ神父は返していた。
「――そういえば、僕に伴侶が必要だと告げたのもあなたでしたね。あの時、あなたが変な気を回さなかったら、こんなややこしいことにはならなかったのに」
「起点の世界で君たちがちゃんと夫婦をしていたら、そもそもこうはならなかっただろうが」
ジョージ神父の指摘に、オスカーにも思うところがあったらしい。ふんと小さく鼻を鳴らした。
「……そういう考えもありますね。とにかく、今はレネレットさんをお返しください。どうせ来週からしばらくあなたに預けることになるんです。その間に、説得でも籠絡でも洗脳でも好きなようにしたらいいではありませんか。僕の力が及ばず、あなたの力が最大限に活きる場所でしょう? ゴットフリード伯爵領は」
オスカーの煽りに、ジョージ神父はチッと舌打ちをした。
「嫌な言い方をするな」
全くその通りである。
籠絡されることはないと思うけれど、洗脳って……
ジョージ神父の正体を知っている私としては、彼にどの程度の能力があるのかはわからずとも、ちょっと怖い。この態度から想像するに、今すぐ洗脳をしてくる気はないようでよかったけれども。
私がいろいろ考えている間に、ようやっと扉が開かれる。廊下の明かりが部屋に入ってきた。
「あと、レネレット嬢を泣かせるな。女の泣き顔は見たくない」
「肝に銘じておきます」
二人が入ってきて、オスカーが近づいてくる気配がある。私は目を閉じたまま、寝たふりをして待った。
「レネレットさん、帰りますよ。ジョージに世話になりたいなら、そう言いなさい」
オスカーは私の耳元で囁いてくる。私が起きていることに気づいているのだろうか。
私は寝たふりを続けた。
「……仕方がないですね。家に帰ったら、事情を説明いたします」
そう告げると、オスカーは私の額に口づけした。人前でそういうことをするのはらしくないのだが、所有権を主張しだしたジョージ神父への牽制の意味合いがあるのだろう。
くすぐったくて、私はちょっとだけ身じろぎする。でも、目は開けないように頑張った。
オスカーが小さく笑う。そして私を横抱きにした。
「ジョージ、世話になりました。あの場にあなたがいてよかった」
「まあな。夜になったら危険が増す。彼女の手は離すなよ」
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