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転生令嬢は大切なあなたと式を挙げたい
7.横抱きにされて
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オスカーは私を横抱きにしたまま神殿の外に出る。寝ている間に使っていた毛布はジョージ神父から借りたままだ。私は毛布に包まれて、外部の冷えから守られていた。私の体重と毛布を合わせると相当な重量があるはずだが、オスカーはいつものように平然としている。
まあ、鍛えているらしいことは、裸を見たことがあるからよくわかってるつもりだけど。
このまま寝たふりを続けようか、そのまま寝てしまうかと迷っていると、オスカーがクスクスと笑った。
「レネレットさん。あなた、いつから起きていたんですか?」
声をかけられた。
だが、その問いに正直に答えるのは自分が不利になる感じがして、目を閉じたまま黙ってやり過ごすことに決める。
「いいですか、レネレットさん。気絶している人間を運ぶのはとても大変なんです。なので、こうして軽々と運べるということは、あなたが起きていることの証拠に充分なり得るのですよ」
私にだけ聞こえる声で、オスカーは続けた。
う……オスカーにはバレてるってことか……
それでも私は黙った。寝てしまいたい。
「レネレットさん、僕から逃げる時に靴が脱げたままにしたでしょう? 怪我をされていることは存じております。起きているからといって下ろしたりしませんから、その点はご安心を」
私が黙っている理由を彼なりに考えているようだ。なお、歩きたくないからだんまりを決め込んだわけではない。
「……僕と口を聞きたくない、ですか?」
そう、それが私の答え。まだ私は事情を聞いていない。
だいたい、オスカーらしくないのよ。私にキスを見られた程度のことで動揺するなんて。不意打ちだったからという理由以外に、何か後ろめたい事情ややましい感情があるに違いないのだ。
私はずっと黙っている。身体を動かすこともせず、オスカーの言葉を待つ。
「口を聞きたくないなら、ジョージのところに残ればよかったのに。彼はあなたをもてなしてくれたと思いますよ。手が早いことで有名ですけど、優しく慰めてくれたんじゃないですかね?」
どこか棘を含んだ口調になってきた。最初に声をかけてきた時には労わりが感じられたのに、だんだんと苛立ちの成分が多くなってきている。
おっと、雲行きが怪しくなってきたぞ……
そうは思うが、どういう態度を取ったらいいのかわからない。私は澄ました顔を維持するように努める。
ってか、《手が早い》と説明したあとに《優しく慰める》と続くと、なんか、別の意味で聞こえるんですが。まさか、私、寝てる間に何かされた?
言葉を反芻して内心焦るが、きっと表に出てはいないだろう。戻ってこい、平常心。
オスカーは少しだけ沈黙を挟み、言葉を続ける。
「怪我をさせてしまったことについては完全に僕の落ち度ですけど、よりにもよってジョージに素足を触らせるなんて、しかも寝ている状態でとは、いかがなものでしょうかね?」
待て、オスカー。それは私、仕方がないと思うんだけど! 処置してくれたんだからいいじゃない。
反論したいが、こっちも意地である。どうして私が誤解されねばならないのだ。
それに、先に誤解するようなことをしたのはオスカーでしょっ!
「こんなにも綺麗な足なのに傷をつけさせて、君はどうとも思わないのかと説教されたのですが、どう解釈したらいいでしょうかね?」
そこは素直に言葉のまま受け取っておけばいいと思うんだけど。ってか、反省しろ、オスカー。
私のことよりも、あの女性とのキスについての弁解はないのだろうか。
キスをする場所が頬だったら挨拶の延長と解釈できる。シズトリィ王国ではメジャーなものではないが、近隣諸国ではよくある挨拶の類いであることは知っている。
だけど、あの女性は確実にオスカーの唇を狙っていたわ。口紅が残ってるんだもん。サイッテー。
私が責められるいわれはないはずだと、オスカーのことを心の中でなじった。
「レネレットさん、あなたが弁解をしないで寝たふりを続けるのであれば、僕は連れ帰ったあなたを好き勝手に調べますからね。覚悟なさい」
な、何をするつもり?
オスカーの語気が強かったので思わず反応しそうになった。でも、ここは黙って寝たふりだ。オスカーが何を考えているのかよくわからないが、私への弁明が済んでいないんだから、無視しよう。
「……思った以上に強情ですね」
その言葉、そのまま返すわ。
「その態度でいたことを、後悔しないといいですけど」
ふふと笑うオスカーがどんな顔をしているのか、私には見えていなくともよくわかる。
これ、絶対に悪い顔してるっ!
夜になった王都の空気はとても冷たく息も白くなるほどなのに、私は冷や汗をかきながらオスカーの腕の中で寝たふりを続けたのだった。
まあ、鍛えているらしいことは、裸を見たことがあるからよくわかってるつもりだけど。
このまま寝たふりを続けようか、そのまま寝てしまうかと迷っていると、オスカーがクスクスと笑った。
「レネレットさん。あなた、いつから起きていたんですか?」
声をかけられた。
だが、その問いに正直に答えるのは自分が不利になる感じがして、目を閉じたまま黙ってやり過ごすことに決める。
「いいですか、レネレットさん。気絶している人間を運ぶのはとても大変なんです。なので、こうして軽々と運べるということは、あなたが起きていることの証拠に充分なり得るのですよ」
私にだけ聞こえる声で、オスカーは続けた。
う……オスカーにはバレてるってことか……
それでも私は黙った。寝てしまいたい。
「レネレットさん、僕から逃げる時に靴が脱げたままにしたでしょう? 怪我をされていることは存じております。起きているからといって下ろしたりしませんから、その点はご安心を」
私が黙っている理由を彼なりに考えているようだ。なお、歩きたくないからだんまりを決め込んだわけではない。
「……僕と口を聞きたくない、ですか?」
そう、それが私の答え。まだ私は事情を聞いていない。
だいたい、オスカーらしくないのよ。私にキスを見られた程度のことで動揺するなんて。不意打ちだったからという理由以外に、何か後ろめたい事情ややましい感情があるに違いないのだ。
私はずっと黙っている。身体を動かすこともせず、オスカーの言葉を待つ。
「口を聞きたくないなら、ジョージのところに残ればよかったのに。彼はあなたをもてなしてくれたと思いますよ。手が早いことで有名ですけど、優しく慰めてくれたんじゃないですかね?」
どこか棘を含んだ口調になってきた。最初に声をかけてきた時には労わりが感じられたのに、だんだんと苛立ちの成分が多くなってきている。
おっと、雲行きが怪しくなってきたぞ……
そうは思うが、どういう態度を取ったらいいのかわからない。私は澄ました顔を維持するように努める。
ってか、《手が早い》と説明したあとに《優しく慰める》と続くと、なんか、別の意味で聞こえるんですが。まさか、私、寝てる間に何かされた?
言葉を反芻して内心焦るが、きっと表に出てはいないだろう。戻ってこい、平常心。
オスカーは少しだけ沈黙を挟み、言葉を続ける。
「怪我をさせてしまったことについては完全に僕の落ち度ですけど、よりにもよってジョージに素足を触らせるなんて、しかも寝ている状態でとは、いかがなものでしょうかね?」
待て、オスカー。それは私、仕方がないと思うんだけど! 処置してくれたんだからいいじゃない。
反論したいが、こっちも意地である。どうして私が誤解されねばならないのだ。
それに、先に誤解するようなことをしたのはオスカーでしょっ!
「こんなにも綺麗な足なのに傷をつけさせて、君はどうとも思わないのかと説教されたのですが、どう解釈したらいいでしょうかね?」
そこは素直に言葉のまま受け取っておけばいいと思うんだけど。ってか、反省しろ、オスカー。
私のことよりも、あの女性とのキスについての弁解はないのだろうか。
キスをする場所が頬だったら挨拶の延長と解釈できる。シズトリィ王国ではメジャーなものではないが、近隣諸国ではよくある挨拶の類いであることは知っている。
だけど、あの女性は確実にオスカーの唇を狙っていたわ。口紅が残ってるんだもん。サイッテー。
私が責められるいわれはないはずだと、オスカーのことを心の中でなじった。
「レネレットさん、あなたが弁解をしないで寝たふりを続けるのであれば、僕は連れ帰ったあなたを好き勝手に調べますからね。覚悟なさい」
な、何をするつもり?
オスカーの語気が強かったので思わず反応しそうになった。でも、ここは黙って寝たふりだ。オスカーが何を考えているのかよくわからないが、私への弁明が済んでいないんだから、無視しよう。
「……思った以上に強情ですね」
その言葉、そのまま返すわ。
「その態度でいたことを、後悔しないといいですけど」
ふふと笑うオスカーがどんな顔をしているのか、私には見えていなくともよくわかる。
これ、絶対に悪い顔してるっ!
夜になった王都の空気はとても冷たく息も白くなるほどなのに、私は冷や汗をかきながらオスカーの腕の中で寝たふりを続けたのだった。
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