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痛み

緊張

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「サミュエル!会いたかった!」

眩しいほどの笑顔で僕に笑いかけてくれるエイデン様を、真っ直ぐな気持ちで、手を伸ばして抱きしめる事は許されない気がした。

エイデン様に引き寄せられるその手からスルリと逃げた僕は、多分強張った顔だったんだろう。空気を読んだエイデン様にまで、あっという間に感染したそれは、僕たちの間に埋められない空気を生みおとした。


「…エイデン様、僕貴方に告白したい事があるんです。」

僕は緊張して吐き気さえ覚えた。でもそんな事は大した事じゃなかった。これから伝える事が、エイデン様をどんな気持ちにするかわからなくて、恐ろしさに出来れば逃げ出してしまいたいほどだった。

エイデン様は、強張った顔で僕に頷くと、付いてくるように言って歩き出した。


この時点でさえ、僕はエイデン様を傷つけたのだと、じわじわと後悔の気持ちが襲って来た。会って早々言うべき事じゃ無かったのかもしれない。かと言って、楽しい時間を過ごしてから告げるようなことはもっと酷い事だと分かっていた。

エイデン様がいつもの定宿の部屋に僕を招き入れると、窓際まで歩いて行き、外の景色を見ながら掠れた声で言った。

「…その様子じゃ、きっと私に取って良くない事なんだろう?」


僕はエイデン様の、その寄せ付けない背中に抱きついて慰めたかった。僕のエイデン様を思う気持ちに迷いはなかったから。でも一方で、僕はアルバートの事も愛していた。

それは僕の中では揺るぎない事だったけれど、エイデン様がそれを受け入れられるかは分からなかった。もしエイデン様から僕以外の人間も愛していると告げられたら、僕もまた、息をするのも苦しいだろう。


僕は想像しただけで苦しくなって、それをエイデン様に告げる事に迷いさえ感じた。けれどもエイデン様の、覚悟を決めたような眼差しを感じた僕は、正直になる必要があると思った。

エイデン様は、嘘でたぶらかして良い人では無い。ロッキンの嘘をつくなと言う言葉が僕の背中を後押しした。僕は深呼吸してエイデン様を見つめると、強張った口を開いた。

僕の声は哀れにも震えていた。ああ、同情を誘うような事は卑怯だ。僕は喉に力を込めて言葉を続けた。


「エイデン様にお話しなくちゃいけない事があります。最後まで僕の話しを聞いてくれますか?」

僕たちの穏やかで満ち足りた時間は、この瞬間にバラバラに崩れ落ちていった。


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