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上級騎士科

温かな微睡み

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精神的に不安定になっている僕を落ち着かせるように、エイデン様は僕と一緒に温かい湯船に入った。僕は恥ずかしがる余裕もなくて、ただ、呆然と目の前の事実に懸命に向き合おうとしていた。

エイデン様は僕を後ろから抱き抱えながら言った。

「サミュエル、皆誰でもその残酷な事実にいつかは向き合わないといけないんだ。サミュエルがそれに気づいたのは人より早いかもしれないね。」


僕は水面をぱちゃりと指で叩いてエイデン様に尋ねた。

「…エイデン様もやっぱり自分の剣が、敵であろうと生身の身体を切り刻むという事に悩んだのですか?」

エイデン様は僕の指をそっと包んで答えた。


「私の家はバッファー辺境伯だ。きっと他の貴族よりその手の事が身近だろうね。国境を越えて侵入して来る身元不明な輩を取り締まる必要があるし、場合によっては武装した集団と戦う事もある。

子供の頃から敵だろうと、自分の味方だろうと流血した姿を見て育った様なものだ。だが、はたから見ているのと、自分が実際に剣を振るって傷をつけるのとではまるで違う。

私が最初にそれをしたのは黒騎士団に入って一年目の事だった。遠征先の武装集団との戦闘に出陣して、私は目の前で領民の子供を攫った人身売買の組織を追い詰めたんだ。

私は若かった。賊に囚われている子供と、組織の敵と優先順位を間違えたんだ。目の前で子供が傷つけられて、私は後手ながら苦戦の末に相手を斬った。私が判断を迷わなかったら、きっとあの子供も怪我などしなくて済んだ筈だ。」


僕はエイデン様に尋ねた。

「でも敵に囚われていたとするなら、元々子供が傷つけられるのは防げなかったのではないですか?」

エイデン様は僕の手を一緒に持って水面を叩きながら、話し続けた。


「私は敵に剣を向けられて一瞬迷ってしまったんだ。このまま剣を交わせば必ず相手を斬ると分かっていたからだ。その一瞬の迷いの内に子供が囚われた。だから私の落ち度なんだよ…。

それ以来、私は迷う事をやめた。迷いは守りたいものを守れなくなる。私の剣は人を斬るためにあるのでは無く、守るためにあるのだと知ったからだ。だから、サミュエルの剣も大事なものを守るためのものなんだよ。」


僕は温かさと共に、エイデン様の柔らかな声が僕の中に染み渡って来る気がした。僕の剣は大事なものを守るためにある。迷いは大事なものを守れない。

僕は湯を揺らしてエイデン様に向き直ると、僕を気遣って心配そうな表情を浮かべたエイデン様の頬を両手で包んで言った。

「エイデン様ありがとう。…辛い過去を話してくれて。僕の剣は大事なものを守るためにあるんですね。それなら僕は、…迷わずに鍛錬出来そうです。エイデン様を守るためなら、僕は剣を振り下ろす事が出来ますから。」


そして感謝を込めて柔らかく、エイデン様の唇に自分のそれを押し付けた。





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