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貴族学院

お兄様の名前

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「…マシュー様だよ。」

そう言って、僕から目を逸らしたエドワードは頬を赤らめていた。僕はどう感じていいのかよく分からなかった。でも、さっきの激しい鼓動はちょっとだけ静まった気がする。

エドワードの告白を聞くからって動揺したのだろうか。僕はエドワードが話し始めるのを辛抱強く待った。エドワードは諦めたように僕を見つめて言った。


「寮生活に入る時に私たちはお兄様契約をするんだ。貴族としての細かい作法や、知っておいた方が良いことなどをマンツーマンで教えて貰えるこの制度はとても効率的だ。…私は今12歳になったけれど、12歳になると閨の手解きも希望により行われる。
私は剣士としてのマシュー様を尊敬しているからね。何度か剣の訓練を通してお会いするうちに、どうしてもマシュー様にお兄様になって欲しいと思うようになったんだ。だから私からマシュー様に頼んだんだよ。」


僕はエドワードに小さな声で尋ねた。

「その、…エイデン様には頼もうとは思わなかったの?」

するとエドワードは僕を見てクスクス笑い始めた。

「ハハハ、そうか。納得したよ。いや、ごめん。エイデン様はもう誰のお兄様になるかを決めていたからね。最初から頼もうとは思わなかったよ。」


そう言って僕にウインクした。僕は今のエドワードの言葉をどう受け取って良いのか分からなかった。僕が不安げな顔をしていたのか、エドワードは僕の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜると僕をベッドに放り出して言った。

「さあ、心配していてもまだ来年の話だよ。もっとも契約はデビュー後にもう始めている貴族はいるけどね。人気のある騎士科の令息は場合によっては二人と契約するとも聞いたことがあるよ。アルバート兄様も申し込みがひっきりなしに来ているって執事が言っていたね。」


僕はハッとして顔を上げた。アル兄様…。アル兄様も誰かのお兄様になって、手解きするの?僕は何だかそれは嫌な気がした。僕は思わずエドワードに尋ねた。

「エドワード。僕がアル兄様に頼むことは出来るの?」

エドワードは驚いたように僕を見つめると言った。


「…サミュエルはエイデン様に頼むものだと思っていたけど。頼めないことは無いけど、普通従兄弟には頼まないよ。何か特別な事情が無い限りは。アル兄様もサミュエルを他の令息に託すのは嫌かもしれないけれど、だからこそエイデン様をサミュエルに引き合わせたんだと思うんだ。…エイデン様じゃ嫌かい?」

僕は顔をフルフルと強く振って言った。

「そうじゃない。…そうじゃ無いよ。ただ、アル兄様が他の誰かのものになる気がして寂しくなっただけ…。」






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