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教育期間

もう一人のサミュエルside忍び寄る悪夢

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私は自分が3歳の頃に亡くなった、両親の肖像画の前に毎日佇むのが習慣になってしまっていた。少しでも似ているところを見つけたくて見ているんだ。

鏡を見る度に、自身に何処にも両親の面影がない事に恐怖を感じている私は、最近は夢の中でもヒタヒタと黒い影が私を捕まえに来る気がして、恐怖で飛び起きる事がある。

そして一方で、私があの人達に何処かしら似てくるのを受け止めきれない。


「サミュエル、家庭教師の先生がいらっしゃったわ。王都でも評判の先生で、予約を取るのが大変だったのよ?早くいらっしゃい?」

後見人のゲッダム男爵夫人は、品の無い化粧と濃すぎる香水で私を辟易とさせる。けれども、あの人の瞳は、私が鏡の中で見つめる自分の色とまるで一緒だった。それが私には恐ろしい。

私は早くこの後見人から逃れて、恐ろしい考えから逃れたいんだ。あと一年立たないうちにデビューが迫っている。それから半年すれば学院へ入学だ。私を可愛がってはくれるけれど、私の存在を脅かす男爵夫人と離れたいんだ。


「サミュエル、貴族界のデビューの準備は整ったのか。」

目の前で恰幅の良いゲッダム男爵が葉巻を燻らせて私に尋ねた。この男は、私の後見人を良い事にケルビーノ伯爵家の財産を食い潰している。私は嫌味ったらしく尋ねた。

「ゲッダム男爵は、ご自分の屋敷に戻られなくても大丈夫なのですか?領地の運営も大変でしょうね。」


するとゲッダム男爵は、面白い事を私が言ったかのようにせせら笑って、馬鹿に丁寧な口調で言った。

「私の領地など雀の涙ですからね。サミュエルのケルビーノ領の管理をしないとあなたの代まで残りませんから。ハハハ。」

そう言われてしまえば、弱冠9歳の私に何が出来るというのだろう。私が黙りこくってしまうと、むせかえるような香水の匂いをさせながら、男爵夫人が私を抱きしめて言った。


「まぁあなた。サミュエルは随分大人のように考えられるようになったのではなくって?私は嬉しく思いますわ?ホホホ。」

私をそう言って抱きしめる時の男爵夫人はまるで母親のように振る舞うので、私は戸惑いと、微かに喜びを感じながらも、どうして良いのか分からなくなってしまうんだ。

そしてそんな時は、決まって目の前の男爵が私たちを、満足げな眼差しで何も言わずに見つめるんだ。ああ、今夜も私は悪夢を見るのかもしれない。
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