臆病な元令嬢は、前世で自分を処刑した王太子に立ち向かう

絃芭

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第一章 因縁の世界へ転生

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 かたん、と何かが床に落ちた音でわたしはハッと我にかえる。視界の端で落とした筆箱を拾う腕が目に入ったがそんなことはどうでもいい。

 ここはどこ?そもそもなぜわたしは生きている?

 確かに首を切られて生涯を終えたはず。でもそれなら今の状況に説明がつかない。混乱する頭に今すぐ叫びだしたい衝動に駆られるが、意識の底にある何かがそれを強く押さえつけた。

 声を出したいのに出せない。何かがわたしの存在を主張を出すことを阻む。前方では教師と思わしき男性が眠たくなる声で授業をしていた。授業をしているといっても顔をあげる勇気がないわたしには声しか聞こえないのだが。

 とりあえず、机に置いてあるものを確認する

。まずはノート。罫線の上にはびっしりと文字が書かれていて‪”‬わたし‪”‬は真面目な性格であったことが窺える。木製の机の左端に並んだ二本のシャープペンシルは機能性重視で色も紫と水色と清楚な印象。そして教科書。太字のところにマーカーが引かれていて大事なところがよく分かる。こういう授業の受け方もあるのか、とひとり感心していると資料集の裏表紙が目に留まった。黒の油性ペンで書かれた文字列をゆっくりと指でなぞる。

 2年2組  雪見 茉衣

 ゆきみまい、と心のなかで復唱してこの異変にようやく気づいた。

なぜはこの文字が読める?

母国とは似ても似つかぬ書体。それでも、分かる。読み方もこれが漢字というものであるということさえも知識として頭の中に入っている。

 ぞくりと背筋が寒くなった。こんな文字を習った記憶は当たり前だがどこにもない。ノートに視線を落とすがやはり読める。文章も数式の意味も理解ができた。なのに、それに紐付く記憶がない。いつ習ったのか、そのときどんなことを思ったのか全く思い出せない。

   文字だけじゃない。シャープペンシルもマーカーなんて道具もわたしの時代には存在しなかった。

 なぜ知っているのだろう。じわじわと恐怖が頭の中を侵食していくのを感じていると、授業の終わりを知らせる鐘の音が響いた。突如鳴り出した大きな音に反射的に顔をあげて。今度こそ、わたしは気を失いそうになった。

 教室を埋め尽くす、黒。髪の色。わたしの世界では金に銀、赤など色とりどりだったのに。
 
 何より、その色は。

 からすのように真っ黒なそれは、聖女セイラと同じ色だった。

 
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