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第一章 因縁の世界へ転生
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もしマリー・ヴァイス公爵令嬢が主役の物語があるのなら、ものの数ページで結末を迎えるだろう。
虚ろな瞳で沸き立つ群衆を見下ろす。次期王妃という立場でありながらマリーは極めて臆病な性格だった。
「殺せ!セイラ様に仇なす者なんて消えちまえ!!」
「天女のように心優しきセイラ様を苦しめた悪女め、国の恥さらしが」
身におぼえのない罪を着せられても反論のひとつもできないほどに。
高圧的で自分の思い通りにならないと気が済まない両親のもとで育てられたマリーにとって自分の意見とは不必要なものでしかなかった。意に沿わない発言をすれば服で隠れる部分を殴られ一日中暗い部屋のなかで罵詈雑言を浴びせられる。気分屋である両親の顔色を常に伺い、決して反抗しない姿はさも御しやすくみえたのだろう。王家から婚約の打診がきたのは八歳のころだった。
国の安寧のために結ばれた関係は政略という言葉を体現したかのように冷めきっていた。それは十年たった今でも変化していない。変化どころか今まさに殺されようとしているのだから冷えるとこまで冷えた溶けない氷のようだ。
マリーを斬首刑に処することを決定した王太子アレンは沸き立つ群衆から少し離れた場所にいた。その傍らには聖女セイラ。大きな瞳とこの世界にはない漆黒の髪が特徴的な、庇護欲をそそる少女だ。マリーが冤罪をかけられた要因といっていい。
異世界から突如現れた彼女は持ち前の優しさで瞬く間に国民を虜にした。それは保護という名目で王宮にて寝食をともにしていた婚約者の王太子も例外ではなく。セイラに好意を抱きながらも婚約者のいる身を疎ましく思い、処刑といったところか。
聖女を嫉妬で貶めたという虚偽の証拠を捏造し、刑に相応しい悪役に仕立てあげるのにたいした時間はかからなかった。あの王太子の性格は最悪としかいいようがないが頭と顔だけは一級品だ。よほどはやくカイラと婚約したいらしい。
冷静に判断をくだす。自分の意志が介在しない人生は物語をなぞるように現実味がなく、どこか他人事だった。この名前にも、身分にも清々しいほど何の未練も感じない。
視線の先にある透けるような銀の髪がそよ風に揺れる。絹糸のような柔らかな横髪が頬をくすぐるのも厭わず彼の視線は一点に集中していた。すぐ隣にいるセイラの愛らしい横顔。彼女を陥れたことになっているマリーには一瞥もよこさずただ幸せそうに見つめていた。対するセイラも彼の美貌にうっとりとした笑みを浮かべている。
二人からマリーに対する憎悪は微塵も感じられない。あるのはお互いに対する愛情だけだ。あまりの無関心さに乾いた笑みが零れそうになる。
これほどまでにどうでもいい存在と認識しているのなら殺さなくてもよいでないか。そんな考えが頭をよぎったがすぐに思い直す。たとえ生き延びたとしても輝かしい未来なんてやってこない。いつかはこときれるのなら幕切れははこれでいいだろう。
群衆のなかに両親の姿を探す。何故そうしたのかは分からないが勝手に目を走らせていた。どこを探しても、当然ながら彼らの姿はない。
刑が決まった瞬間、両親はすぐさまマリーを切り捨てた。娘を存在しないこととして扱ったのだ。その判断にマリーは数年ぶりに安堵していた。
――たとえ両親がわたしのせいで陰口を叩かれたとしても、震えるばかりの唇では彼らを庇うこともできなかっただろうから。
死刑執行人が踏み出した気配を肌で感じて、自分の弱さに目を伏せる。マリーの首筋めがけて持ち上げられた剣が鈍い光を放った。
虚ろな瞳で沸き立つ群衆を見下ろす。次期王妃という立場でありながらマリーは極めて臆病な性格だった。
「殺せ!セイラ様に仇なす者なんて消えちまえ!!」
「天女のように心優しきセイラ様を苦しめた悪女め、国の恥さらしが」
身におぼえのない罪を着せられても反論のひとつもできないほどに。
高圧的で自分の思い通りにならないと気が済まない両親のもとで育てられたマリーにとって自分の意見とは不必要なものでしかなかった。意に沿わない発言をすれば服で隠れる部分を殴られ一日中暗い部屋のなかで罵詈雑言を浴びせられる。気分屋である両親の顔色を常に伺い、決して反抗しない姿はさも御しやすくみえたのだろう。王家から婚約の打診がきたのは八歳のころだった。
国の安寧のために結ばれた関係は政略という言葉を体現したかのように冷めきっていた。それは十年たった今でも変化していない。変化どころか今まさに殺されようとしているのだから冷えるとこまで冷えた溶けない氷のようだ。
マリーを斬首刑に処することを決定した王太子アレンは沸き立つ群衆から少し離れた場所にいた。その傍らには聖女セイラ。大きな瞳とこの世界にはない漆黒の髪が特徴的な、庇護欲をそそる少女だ。マリーが冤罪をかけられた要因といっていい。
異世界から突如現れた彼女は持ち前の優しさで瞬く間に国民を虜にした。それは保護という名目で王宮にて寝食をともにしていた婚約者の王太子も例外ではなく。セイラに好意を抱きながらも婚約者のいる身を疎ましく思い、処刑といったところか。
聖女を嫉妬で貶めたという虚偽の証拠を捏造し、刑に相応しい悪役に仕立てあげるのにたいした時間はかからなかった。あの王太子の性格は最悪としかいいようがないが頭と顔だけは一級品だ。よほどはやくカイラと婚約したいらしい。
冷静に判断をくだす。自分の意志が介在しない人生は物語をなぞるように現実味がなく、どこか他人事だった。この名前にも、身分にも清々しいほど何の未練も感じない。
視線の先にある透けるような銀の髪がそよ風に揺れる。絹糸のような柔らかな横髪が頬をくすぐるのも厭わず彼の視線は一点に集中していた。すぐ隣にいるセイラの愛らしい横顔。彼女を陥れたことになっているマリーには一瞥もよこさずただ幸せそうに見つめていた。対するセイラも彼の美貌にうっとりとした笑みを浮かべている。
二人からマリーに対する憎悪は微塵も感じられない。あるのはお互いに対する愛情だけだ。あまりの無関心さに乾いた笑みが零れそうになる。
これほどまでにどうでもいい存在と認識しているのなら殺さなくてもよいでないか。そんな考えが頭をよぎったがすぐに思い直す。たとえ生き延びたとしても輝かしい未来なんてやってこない。いつかはこときれるのなら幕切れははこれでいいだろう。
群衆のなかに両親の姿を探す。何故そうしたのかは分からないが勝手に目を走らせていた。どこを探しても、当然ながら彼らの姿はない。
刑が決まった瞬間、両親はすぐさまマリーを切り捨てた。娘を存在しないこととして扱ったのだ。その判断にマリーは数年ぶりに安堵していた。
――たとえ両親がわたしのせいで陰口を叩かれたとしても、震えるばかりの唇では彼らを庇うこともできなかっただろうから。
死刑執行人が踏み出した気配を肌で感じて、自分の弱さに目を伏せる。マリーの首筋めがけて持ち上げられた剣が鈍い光を放った。
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