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それはまだ、わたくしが五歳になったばかりの頃。
どこぞの国王の即位だかで、お父様の外交について行った時。どこの国だったかも今では覚えていないけれど、帝国として脅威を示す――というよりも、ただ『面白そうだから』という理由で遊びに行くと言ったお父様について行った時のことよ。
即位の式典に一応出ていたのだけれど、お父様ったら途中で「飽きた」って言い出して。わたくしを連れて勝手に散策を始めたの。まあ、当時五歳。王侯貴族でもお子様には、威厳云々な式典は長かった。わたくしも飽きていたところだったので、散策には賛成だったの。
庭園でも連れていってくれるものだと思ってたら、お父様ったら騎士団の訓練場へどんどん入っていってしまって。気づいた時には、騎士団に混じって――遊んでいたわ。そういえば、あの騎士団の人たちも黒い服だったわ。式典の方は、白い服の人たちだったけれど――式典仕様だと思っていたけれど、そうか。ブルーム国なら、あれは近衛騎士たちだったのね。
お父様は騎士団に知り合いもいるようで、楽しそうに遊んでたわ――幼女ほったらかしでスゴいよね!? 思い出した限り、まわりに使用人もいなかったよね!? くっ、これはついていったわたくしが悪いって言われるやつだから抗議はしないけれどもッ。くっそー……。
まあ、影が護衛でついていたんだろうけどさ。何をどうしてか、このとき思ったのが「お父様だけズルい」だ。
五歳児、当然むくれて……訓練場のすぐ横の庭園っていうか、ちょっと開けた中庭へ散歩に行ったのよ。ひとりで。
訓練場は当然訓練中でしたので、剣を交える音が鳴り響いていましたわ。だから、淑女としてはダメでしたがトトトッと走っていった先に、人がいるとは思いませんでしたの。
塀近くにあった小さな花壇の中で何か珍しい花でもないかと覗いていたら、シュッと風を切る音が裏から聞こえてきましたわ。最初は、気のせいだと思っていましたの。訓練場も近かったですしね。
花壇に目を戻そうとした時に、山吹の低木が風を切る音とともに揺れるのが見えたの。その揺れに誘われるように、気づいたら歩を進めていました。
塀と訓練場の間をそっとうかがうと、そこには一心不乱に剣を振る黒髪の少年がいましたの。
…………どれほど時間が経ったかはわかりませんでしたが、目にとめた瞬間からずっと剣を振る彼を見続けていましたわ。
振った剣から広がる風、一緒になって広がった黒い髪先からキラキラと光り飛ぶ汗。
剣先にだけ集中する真剣な眼差し。
息があがってもやめずに剣を振り続ける彼が、とても綺麗で――美しかったの。
ずっと、見ていたい。そう思ってしまうほど、剣に向ける真剣さがかっこよかったのよ。
しばらくして、息をついた彼に見ていたことがバレて……驚いて目を真ん丸にしていたのを見て、かわいいと思ってしまったの。その真剣だった顔とのギャップに。
たぶん、一目惚れだったんだと思う。
勝手に見ていた罪悪感と、始めたばかりの淑女教育からくるはしたないと思ってしまった恥ずかしさ。
剣に真剣な彼をまだ見ていたい自分と、それを口にできずにためらっていた自分。
目があった瞬間にそれらが一気に押し寄せて、脳が処理を拒否したのよ。キャパオーバー。
ちらっと目に入った山吹の花をひとつ摘んで、剣を持っていない方の彼の手に押し付けて――走り去ったのよ、わたくし。
懐かしい初恋の思い出。あれ以来、彼には会わなかった。
「まさか、だって……もう、十年も前の……」
驚くわたくしを見つめる彼の頬には、うっすらと朱が走っていた。
どこぞの国王の即位だかで、お父様の外交について行った時。どこの国だったかも今では覚えていないけれど、帝国として脅威を示す――というよりも、ただ『面白そうだから』という理由で遊びに行くと言ったお父様について行った時のことよ。
即位の式典に一応出ていたのだけれど、お父様ったら途中で「飽きた」って言い出して。わたくしを連れて勝手に散策を始めたの。まあ、当時五歳。王侯貴族でもお子様には、威厳云々な式典は長かった。わたくしも飽きていたところだったので、散策には賛成だったの。
庭園でも連れていってくれるものだと思ってたら、お父様ったら騎士団の訓練場へどんどん入っていってしまって。気づいた時には、騎士団に混じって――遊んでいたわ。そういえば、あの騎士団の人たちも黒い服だったわ。式典の方は、白い服の人たちだったけれど――式典仕様だと思っていたけれど、そうか。ブルーム国なら、あれは近衛騎士たちだったのね。
お父様は騎士団に知り合いもいるようで、楽しそうに遊んでたわ――幼女ほったらかしでスゴいよね!? 思い出した限り、まわりに使用人もいなかったよね!? くっ、これはついていったわたくしが悪いって言われるやつだから抗議はしないけれどもッ。くっそー……。
まあ、影が護衛でついていたんだろうけどさ。何をどうしてか、このとき思ったのが「お父様だけズルい」だ。
五歳児、当然むくれて……訓練場のすぐ横の庭園っていうか、ちょっと開けた中庭へ散歩に行ったのよ。ひとりで。
訓練場は当然訓練中でしたので、剣を交える音が鳴り響いていましたわ。だから、淑女としてはダメでしたがトトトッと走っていった先に、人がいるとは思いませんでしたの。
塀近くにあった小さな花壇の中で何か珍しい花でもないかと覗いていたら、シュッと風を切る音が裏から聞こえてきましたわ。最初は、気のせいだと思っていましたの。訓練場も近かったですしね。
花壇に目を戻そうとした時に、山吹の低木が風を切る音とともに揺れるのが見えたの。その揺れに誘われるように、気づいたら歩を進めていました。
塀と訓練場の間をそっとうかがうと、そこには一心不乱に剣を振る黒髪の少年がいましたの。
…………どれほど時間が経ったかはわかりませんでしたが、目にとめた瞬間からずっと剣を振る彼を見続けていましたわ。
振った剣から広がる風、一緒になって広がった黒い髪先からキラキラと光り飛ぶ汗。
剣先にだけ集中する真剣な眼差し。
息があがってもやめずに剣を振り続ける彼が、とても綺麗で――美しかったの。
ずっと、見ていたい。そう思ってしまうほど、剣に向ける真剣さがかっこよかったのよ。
しばらくして、息をついた彼に見ていたことがバレて……驚いて目を真ん丸にしていたのを見て、かわいいと思ってしまったの。その真剣だった顔とのギャップに。
たぶん、一目惚れだったんだと思う。
勝手に見ていた罪悪感と、始めたばかりの淑女教育からくるはしたないと思ってしまった恥ずかしさ。
剣に真剣な彼をまだ見ていたい自分と、それを口にできずにためらっていた自分。
目があった瞬間にそれらが一気に押し寄せて、脳が処理を拒否したのよ。キャパオーバー。
ちらっと目に入った山吹の花をひとつ摘んで、剣を持っていない方の彼の手に押し付けて――走り去ったのよ、わたくし。
懐かしい初恋の思い出。あれ以来、彼には会わなかった。
「まさか、だって……もう、十年も前の……」
驚くわたくしを見つめる彼の頬には、うっすらと朱が走っていた。
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