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「皇女殿下には、婚約者がいらっしゃったので……この想いを伝えるつもりはありませんでした」

 そう言って手にするわたくしの左手を、ゆゆっ指先をっ親指で撫でないでくださいましぃぃぃ――っ!

 指先から伝わる推しの体温と、映りたかった推しの瞳が恍惚とした輝きをはなって目の前に……恥ずかしいのに、喜んでいる自分がッ。お落ち着け、落ち着くのよハルフリーダ。推しとは直接の・・・接触は初めて・・・のはず! なっなの、に、熱を帯びているようにみ、える瞳……なんで? いや、ますますわからないんですけど!?

 とっととりあえず、まず確認せねば! わたくしなんかと接触するのは所詮得られる『地位』のため。そう、そうよ。そう考えると、すこ、し……ぅう、ガンバって落ち着くのよハルフリーダッ!



 右手で隠れているあたりで、ゆっくりと深呼吸をして……赤みが引くことはない頬は仕方がないけれど、ほんの少し落ち着くことができた。ドキドキと鼓動は高鳴るが、少しでも落ち着きを取り戻せたので淑女の仮面をギリギリ装着。鼓動が聞こえないよう胸元で押さえる形にはなっているが、右手を顔の前から移すことができた。

 彼の本心を探るため、左側に体を向けると――はうっ、やっぱりかっこいいぃぃッ!

「皇女殿下。いえ、ハルフリーダ様。私は、」

 話始めた彼の顔の前に、スッと右手を出して話を止めた。ギリギリ装着した仮面が落ちないよう、淑女の微笑みで返したわ。

「――その先を聞く前に、ひとつお伺いしたいことがありますの」

 少し驚いていた瞳から真剣な瞳に変わり、了承の意で頷き返してくれたわ。推しの、最推しのいろんな表情が! 心のアルバムにたまってい――お、落ち着け。落ち着け。先に進まないわ。ガンバるのよわたくし!!



 ふぅーと少し長めに息を吐き、推しへの愛に内側の奥底へお帰りいただいた。

「わたくし、ジャック様と直接お話ししたことも、元婚約者の護衛としてお会いしたこと以外にお会いしたこともないはずでは?」

 そう言うわたくしに、ジャック様は胸ポケットから大事そうに何か取りだし、彼に捕まっていたはずの左の掌に乗せてくれましたの。これは――栞?

「……あの、これ――え? 山吹の花?」

 よく見ると、わたくしの愛用の――先程壊してしまった扇の房飾りと同じ山吹の花がそこにあった。これは、山吹の花の押し花?



 栞から視線を彼に移すと、目を細めて山吹の花を見つめていたの。とても、う れ し そ、うな?

 そんな彼の口から、懐かしい話がポツリポツリと聞こえてきましたわ。

「その花は…………私が無我夢中で、訓練にあたっていたときに。うすべにの――春色をした瞳の天使様に、いただいた宝物です」
「……うす、べ に、の?」

 だって、薄紅の瞳は――

 不意に山吹の花から顔をあげた彼と、絡まる視線。

 はい、と嬉しそうに微笑まれたジャック様のお顔が、遠い記憶の……幼かったあの日に出会った黒髪の少年と重なった――。
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