77 / 97
目覚め
しおりを挟むアンナが病室へ戻ってきた。
「今、邸へ使いの者をやりました」
「ありがとう」
「レオナルド様…いえ旦那様はいかがですか?」
「先程、お医者様から説明を受けたわ。
まだ目を覚まさないけれど、容態は安定してると」
「そうですか。少し安心しましたね」
カーテンは引いてあるが、窓の外がうっすらと明るくなってきた。
「もう、夜が明けるのね」
長い長い夜が終わろうとしていた。
その後、邸からの使いが言付けを持ち帰った。
「お義母様の具合があまりよろしくないみたい…。
きっとレオ様の事でショックを受けられたのね」
「では、まだお屋敷に?」
「もう少しお義母様の体調が良くなってから病院に来るそうよ。
まだレオ様も目を覚まさないし、アンナも少し休んでね」
「はい。私はあちらで少し腰かけておきます。何か御座いましたら、何なりとお申し付け下さいね」
とアンナは部屋の隅の椅子に腰かけた。
その後、お医者様が2回様子を診に来られ、今の所、何も問題ないと言われた。
顔色も少し回復してきたようだ。
すっかり夜が明けて、カーテンの隙間からは明るい光が部屋に差し込んできた。
私は窓辺へ行き、カーテンを少し空けて外の様子を眺める。
朝早くから働く行商人であろうか、挨拶を交わし、忙しそうに道を行き交う。そんないつもの日常がそこにはあった。その姿に何故かホッとする。
「すっかり朝になりましたね。何か食堂で朝食になるものを貰って来ます。
何か食べたい物はございますか?」
「そうね…あっさりとしたスープが良いかしら。あればそれをお願い」
「畏まりました。
では外の護衛に声をかけておきますので、私は少し席を外します」
「わかったわ。いってらっしゃい」
アンナは朝食を取りに食堂へ向かった。
レオ様の目はまだ覚めない。
窓の外は少しずつ朝の賑わいをみせていた。
私は結局、ずっとレオ様の手を握っていた。
この温もりを離してしまうのがまだ怖い。
レオ様を失うのではないかという恐怖をまだ私は拭えないでいた。
…私のレオ様への気持ちは考えるまでもなかった。今回の事でその事が痛い程わかったから。
私はこの手を一生離したくないのだ。
恋だとか、愛だとか、言葉にする事は難しいし、頭で考えてもわからない。
でも、レオ様の居ない人生を生きる未来が私には見えない。
ずっとこの人の側に居たい。心がそう叫んでいるようだった。
自分よりも大切に想う人が出来るなんて、思ってもみなかった。誰だって、自分が1番可愛い。
でも、私には今、自分よりも大切だと言えるモノが2つある。1つはレオ様、もう1つは私の中に宿る頼りない小さな命。この2つは私の命に代えても守りたいと強く思う。
これを愛だと言うのならそうなのだろう。ただ言葉の枠に収まりきれない程の大きな気持ちである事は間違いなかった。
「………レオ様。早く目を覚まして下さいね。
私、レオ様に報告したい事があるんです。みんな、レオ様が目を覚ますのをお待ちです。
レオ様。私…貴方が好きです。
誰よりも何よりも大切に思っています…だから、早くレオ様の声が聞きたい…』
そう握った手を見つめながら独り呟いた。
「………レベッ…カ?………今の…言葉は…本当?」
その少し掠れた声を聞いて私は急いで顔を上げた。
そこにはまだボンヤリと視線は定まってはいないが、確かにレオ様が目を開けていた。
「!レオ様!気が付きましたか?お医者様を…お医者様を直ぐに呼んで参ります」
「待って…。側に…。レベッカ…側に居て」
さっきまで私が握っていた手で、レオ様は私の手を掴んだ。
私は立ち上がりかけたが、もう1度椅子に腰かける。
「レオ様。痛みはどうですか?」
「あ…あ。痛いな…確かに」
随分と視線はしっかりしてきた。
「お水を飲みますか?あ、でも飲ませて大丈夫なのかしら?やっぱりお医者様を…」
私があたふたとしていると、レオ様は微笑んで
「レベッカ。さっきの言葉…もう1度言って?」
「さっきの言葉?」
「そう」
私は聞こえていないと思っていた独り言を思いだし頬が赤く染まる。でも、
「……レオ様。私はレオ様が好きです」
恥ずかしかったけど、きちんと目を見て伝えた。
「嬉しいよ。本当に嬉しい。俺もレベッカが大好きだ。愛してる」
「私もです。だから、ずっと側に居させて下さい」
「もちろんだよ。レベッカが嫌だと言っても離してあげない」
「ふふっ。私は絶対に嫌なんて言ったりしませんから」
「あ~抱きしめたいのに、体が動かないや」
「まだ、麻酔が完全に切れた訳じゃないのかもしれませんね。
やっぱりお医者様を呼んで来ましょう」
そう私が言って、席を立とうとした瞬間、
「奥様、遅くなりました。スープはお熱いので、お気をつけくだ………旦那様?!」
とアンナが朝食をワゴンに乗せて戻って来て、目を覚ましたレオ様に目を丸くする。
「アンナ、丁度良かったわ。
今、レオ様が目を覚まされた所なの。直ぐにお医者様を呼んで来てもらえる?」
「か、畏まりました!直ぐに!!」
そう言って、アンナは物凄い勢いで部屋を出ていった。私は改めて椅子に座り、
「レオ様…もう1つ聞いて欲しい事があるんですが…」
「ん?何?」
「…あの…赤ちゃんが出来ました…」
「え?!赤ちゃん!?」
とびっくりしたレオ様はいきなり起き上がろうとして、直ぐに痛みに顔をひきつらせてベッドにポスンと倒れこんだ。
「レオ様、まだ起き上がってはダメです。傷口が開いたらどうするのですか!」
「だ。だって…赤ちゃん…赤ちゃんが出来たって…」
「はい。私とレオ様の子どもです」
「俺とレベッカの……レベッカ…ありがとう…ありがとう…」
そう言ってレオ様が静かに涙を流しました。
「レオ様。泣かないで下さい。出来れば笑って欲しいです」
「そ、そうだな。嬉しい事だから、涙より笑顔だな。
俺が父親になるのか…そうか…嬉しいよ…本当に…嬉しい」
そう言ってまた、レオ様は涙を一粒流した。
私達2人は、泣き笑いの顔を見つめ合いながら、完全に2人の世界に入り込んでいて…その場に、アンナと、急いで駆けつけたお医者様が生暖かい目で私達を見守っている事に不覚にも全く気づく事が出来なかった。
応援ありがとうございます!
12
お気に入りに追加
916
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる