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長い夜
しおりを挟むどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
待っている時というのは、実際よりも長く感じるものだとわかってはいるが、私は落ち着かない気持ちを持て余していた。
「アンナ?貴女も昨日から全然休めていないのでしょう?少し休んだら?」
「いえ。私は今まで風邪1つひいたことがない程、体力には自信がありますので、大丈夫です!」
「そうかもしれないけど、自分が考えるよりも疲れは蓄積しているものよ?このままでは貴女の方が倒れてしまうわ。
私から離れる事を気にしてるなら、そこの長椅子でも良いから、少し横になったら?」
「そんな!奥様の前で1人だけ休むわけには参りません」
「…わかってはいたけど、頑固ね。
でも、本当にきつい時には言ってね。あんまり我慢しないで?」
「ありがとうございます。奥様こそ、横にならなくて大丈夫でしょうか?」
「もう、散々休ませてもらったから大丈夫よ。今は吐き気もないし」
一呼吸おいた後、
「……奥様…いえ、今はお嬢様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか。
私がお嬢様にお仕えするようになった日を覚えていらっしゃいますか?」
アンナがポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「確か、私の15歳のお誕生日だったわね。それまでは姉妹のように育ったもの。
私が学園に行けない事で不貞腐れてる時に、アンナを専属侍女にって話になったのよね」
「私は小さな頃から、母に『絶対にレベッカお嬢様の侍女になるの!』って宣言してたんです」
「そうなの?」
「はい。母には、侍女になる為の勉強をイヤと言うほどさせられました。
母が認めてくれないと、伯爵様には推薦しないと言われておりましたので」
「カレンはアンナに特に厳しかったものね。私もよく叱られたわ。
でも、あの時の私を躾てくれたのは、乳母であるカレンだわ。
お兄様は甘やかすだけだったもの。
でも…何故私の侍女になりたかったの?」
「ふふっ。単純な理由です。
私がお嬢様の事を大好きだったからです」
「え?それが理由?」
「はい。私は小さな頃からお嬢様の事が可愛くて仕方ありませんでした」
「え?私達、歳は半年しか違わないのよ?」
「そうなんですよね~。
それでもお嬢様が可愛くて、可愛くて。
なので、お嬢様とずっと居れる方法を考えた時に、専属侍女になりたいと思ったのです。…単純過ぎますね」
「それでも、アンナは本当に私の専属侍女になってくれたわ」
「はい。しかも嫁ぎ先までついてくる事が出来るなんて、本当に私は幸せ者です」
「そんな…私の方こそ、アンナと一緒に居れて幸せよ?」
「…でも、私は…お嬢様の御子の乳母になることは出来ません。
私には子どもがいないので…なので、それがとても悲しいのです」
「…ねぇ、アンナ。私ね、なるべく自分の手で赤ちゃんを育てたいと思ってるの」
「ご自分でですか?」
「ええ。もちろん子育てが大変な事はわかってるの。
だから、乳母にはついてもらう事にはなると思うのだけど…でも出来る限り頑張りたい。
貴族としては変かしら?でもね、私は…もちろんカレンには感謝しているのだけど、お母様から目を向けられなくて、やっぱり寂しかったわ。特に幼い頃は。
今回の結婚で、お母様もお母様なりに私の事を大切に思ってくれていた事はわかったけど、私は自分の子どもに愛情を直接伝えたい。
私が小さい頃に感じた、カレンやお兄様達や、アンナからの愛情を全部私が伝えたいの。
だからね。アンナが乳母にならなくても、そんな私を支えて欲しいわ。お願い出来るかしら?」
「うっ……もちろん…です。
ずっと私は側でお支えいたします。このアンナにお任せ下さい…」
そう言って、アンナは静かに涙を流した。アンナがそんな事を悩んでいるとは思わなかった。私はこんなにアンナを必要としてるのに。
2人で静かな時間を過ごす。
レオ様は今どうしているのだろう。気になるが今は待つしかない。
そうしているとにわかに廊下が騒がしくなってきた。
誰かが廊下の護衛と話しているようだ。
ノックと共に、護衛から
「ランバード夫人。近衛騎士団のカルロス団長がおみえです。お通ししてもよろしいでしょうか?」
と声をかけられた。
レオ様をここまで運んでくれたカルロス団長だ。
一言御礼を言いたかった私はアンナに扉を開いて貰った。
「こんな時間に申し訳ありません。
今回の事では奥方に心配をかける事となってしまい、本当に申し訳ない。
これは王太子殿下からの言付けでもありますが、団長として私からも一言謝罪をと思いまして」
「謝罪だなんて、そんな。
こちらこそ団長様がレオ様をこちらに連れて来ていただいたお陰で、馬車で到着するよりも早く処置を始める事が出来ました事、心より感謝申し上げます」
そう言って私は頭を下げた。
「頭を上げて下さい。
部下の命を守るのも団長である私の仕事です。私は私の仕事をしただけですから」
そう団長様は仰ると、
「私はまだ今回の事の事後処理があります故、ここで失礼させていただきます。
レオナルドは絶対に大丈夫です。
あいつはこんな事でくたばる奴じゃない。安心して下さい」
「ありがとうございます。私もレオ様を信じておりますので」
そう言ってお互いに目を合わせると、2人で頷いた。
団長様が退出して、少し経った頃、レオ様の治療にあたっていた医師から、処置が終わったとの連絡を受けた。
私とアンナは急いでレオ様が休んでいる病室へ向かった。
ベッドに寝かされたレオ様の顔色はやはり青白く、そして滑落の影響だろう擦り傷がたくさんついていた。
「ランバード殿の切創は脇腹に1ヶ所。これは剣でつけられた傷です。
それと滑落した時に木の根か…岩か…はっきりとはわかりませんが太股が大きく切れていました。この2ヵ所は縫合済み。
そして…これがちょっと…原因がわかりませんが頭を打ったのか…。滑落した時に岩などで打っているなら、外傷を伴ってもよさそうなものなんですがね。それか…殴られたか…。」
「殴られた?」
私は医師からの説明に眉を顰めた。
「はい。それによって意識が失くなり、沢に浸かっていた事で血が止まりにくくなり、その為に傷のわりに出血が多くなってしまったようですね。
今は出血も止まってますし、輸血も上手くいきました。
容態は落ち着いています」
「では、いつか意識が戻るのですね?」
「はい。頭への打撃と、出血で意識を失っていた上に、先程処置の為に、麻酔をしてますからね。麻酔が切れて、出血によるショックが治まれば意識は戻るでしょう」
「脚の傷ですが…今後の歩行に影響はありますでしょうか?」
私はレオ様が騎士を続けられなくなるような事がないか聞いておきたかった。
「腹の傷も、脚の傷も、完治には少し時間がかかるでしょう。
しかし今後の生活に影響が出る事はないと思います。
彼は若い。そして体も鍛えている。
普通の人だったら、もっと酷い傷になっていたはずです。
リハビリは必要でしょうが、また騎士として活躍できますよ」
「そうですか……良かった……。
先生、ありがとうございました」
「いやいや。カルロス団長が早く連れて来てくれたお陰ですよ。
それに向こうの街でも適切に処置してくれていた」
「皆さんに改めて感謝をしなくてはいけませんね。
では、このまま、私は目が覚めるまで側に居てもよろしいでしょうか?」
「看護をする者もおりますが、奥様がそう望まれるなら是非。
ランバード殿も目が覚めた時に奥様の顔が見れた方が良いでしょう。
でも、絶対に無理はしないように。
奥様も休憩を取りながらにすると約束して下さい」
「はい。お約束いたします」
「では、私はカルロス団長に今の経過をお知らせしてきます。廊下には護衛もおりますので、ご用の際には遠慮せず。
後、1時間毎に医師が様子を診にきますので」
「わかりました。本当にありがとうございました」
私は深々とお医者様へ頭を下げた。
医師が退出して、私はアンナにランバード邸への連絡をお願いし、レオ様のベッドの横に椅子を持ってきて座った。
顔も、腕も傷だらけだ。そっと手を握ると、ちゃんと温かさが伝わってきて、やっと、レオ様が生きていると実感する事が出来た。
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