神さまのレシピ

yoyo

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前進⑶

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「よし、じゃあ行こうか。今日は天気がいいから一旦病室に上着を取りに行ってから、ちょっと中庭に散歩に行こうか」

「え、でも、湖城さん仕事あるでしょ」

「颯くんと散歩するのも、俺の仕事だから大丈夫、大丈夫」そう言うと、湖城は葉那に声をかけて車椅子を押し始めた。


   外に出ると、日は差していたけど冷たい風が頬に当たる。暦的には11月の半ばだった。事故から3ヶ月が経とうとし、季節の景色はガラッと変わってしまっていた。


「晴れてても、もう風が冷たいね~。颯くん、寒くない?」

「大丈夫……もう、冬なんですね。なんかこの空気感というか、匂いというか……もう、冬の匂いがする」

「ここ2、3日でぐっと冷えたからね」


   季節をまざまざと実感してしまうと、急に現実に戻されたように、事故のことや両親のことがふっと記憶に蘇ってくる。最近は、事故のことは考えないように、心の奥底に閉じ込めてしまっているが、ふと思い出した瞬間に、自分は両親のことを忘れて自分のことしか考えない薄情な奴なのではないかという思いに駆られてしまう。そうなるとまた、闇に引きずられるように前に進むのが怖くなってしまう。

   この感じ……やばいなと思っているところに頭の上に重みを感じる。少し目線を上げると、車椅子の後ろから抱きしめるように腕を回して、頭の上には、湖城の顎が乗っかっている。


「な、なにしてるんですか……」

「なんか、よくないこと考えてるんじゃないかな……と思って。そういう時は、人肌があった方が落ち着くでしょ」

「えっっ?」

「最近、ちょっと颯くんのことわかってきたと思うんだよね~颯くんは1人でグルグル考えて、どんどん落ち込んでいくタイプでしょ。俺じゃあんまり頼りないかもしれないけど、1人で考えてるよりはマシだと思うんだよね。ちょっとずつでも俺に吐き出してもらえたら、俺も嬉しいんだけどな」

「……」

「まあ、俺じゃなくても吉志先生でもいいと思うよ。まだ先生とは診察続いてるだろ?」


   そう言いながらも、まだ顎も腕もそのままの状態で、湖城の体温がじんわりと伝わってきた。湖城の温かさで、闇に乗れそうな気持ちが少し引いていく。
   もともと、感情を表に出すのは得意な方ではなくて、なんて言ったらいいのかわからないのと、こんなこと言って変に思われないだろうかと考えて結果1人で悶々としてしまうことが多い。それでネガティブな思考から抜け出せなくなることもしょっちゅうだった。

   でも、湖城なら……どんな僕でも受け入れてくれるのではないだろうか……
   実際、今までも颯の情けない部分を散々見せつけてしまってもいたから今更かもしれない……そんな思いが、重い口を開かせた。


「あ、いや、その……なんていうか……両親のこと思い出して……」

「うん……」と湖城が声を出すと、頭から振動が伝わってくる。

「でも、普段は……思い出さないようにしてて……忘れた訳じゃないんだけど……なんていうか……でも、それって、なんか……薄情だなって思って……」

「薄情?」

「父さんとも母さんとも喧嘩したり、やな事だってあったけど……でも楽しかったことの方がたくさんあって……たくさんあるのに……なのに、2人のことを思い出すのは苦しい……から、思い出さないようにしてる……」


   少しの間があり、やっぱりこんな事言うんじゃなかったかなと思ったところで、また、頭から振動と声が響いて来た。

「2人のことが大好きだったから、苦しいんだよ。だから薄情なんかじゃなくて、思い出したくてもうまくできないだけなんだよ。それに、今は、自分ことばっかりでいいんじゃないかな?お父さんもお母さんも、颯くんがリハビリ頑張って元気になって、退院することを1番に望んでいると思うよ」


   そうなのかな……そんな都合よく思ってもいいのかな……
   でも、湖城が言うからそうなのかもしれない。またそっと、父さんのことも母さんを胸の奥にしまい込む。ごめんね……決して2人のこと忘れた訳じゃないから……と思いながら。



   強く風が吹き込み「うっ……」と小さく声が漏れる。

「泣くなよ~」

「なっ……泣いてないです!!」

「じゃあ、俺の言葉に感動して言葉も出ないか……」

「べつにっ……」そんなことないっと続けようとしたけど、言葉が出てこない。湖城の言葉に心が少し軽くなったのも事実だ。だけど、それをそのまま認めてしまうのも気恥ずかしく、別の言葉を繋いでしまう。


「あ……たま、重いんですよ……どけてください……」

「えー、こうやってたら、少しあったかいでしょ。もう少しいいじゃん」

「べつに、寒くないですから……」


「俺はあったかかったのにな……」と呟きながら湖城が離れると、優しいぬくもりに名残惜しさを感じる。もう少しあのままでいればよかったと寂しさと少しの後悔を残した。
「じゃあ、そそろそ部屋に戻ろうか」と声をかける湖城を見上げるといつものように笑っていて、ドキッと胸が鳴る。いつもと変わらない湖城の笑顔とゆっくり車椅子を押しなら、いつものように他愛もない話をしてくる湖城の声を、先程の高鳴った心臓を落ち着かせながら聞いていた。
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