ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第4章 歴史と現実

第33話

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「せんせ、」

「こっちに来たということは、……今日は、金か?」

「……」

「菱屋も我慢の限界、ということか」



仕方ない、と平山さんに何かを言いつけようとした、刹那。

お梅さんがするりと立ち上がって、その腕を芹沢さんの首に絡ませる。



「……嫌や」

「お梅、」

「お金なんて、ないって、言って……」



――――私はまだ、貴方の傍に居たい。

涙交じりにそう呟いて、お梅さんは、その大きな肩口に顔を埋める。



「お梅……、離れなさい」

「せんせっ、嫌や、」

「お梅!」



ぴしゃりとその名を呼んで、芹沢さんは、お梅さんを自分の身体から引き離す。

そして、その細い肩をその腕でしっかりと掴む。二人視線が重なった。

その成り行きに、目が離せなかった。



「お梅、お前は、菱屋の妾だろう? そんなことを言って、許されるとでも思っているのか」



冷たく言葉を落とす芹沢さん。



「平山、金を用意しろ。あと、大和屋に、今後も金を貸してくれるよう頼みに行け」

「御意」



目線はお梅さんに固定したまま、芹沢さんは指示を出す。




「お前は、壬生浪士組に借金の取り立てに来た、菱屋の女だ」

「……っ」

「それ以上でも、以下でもないだろう」

「……そうでありんした。失礼しました」



嗚咽を堪えながらも、必死に、凛と胸を張るお梅さん。

その頬を伝う涙の筋は、さらに彼女を強く見せていた。



「菱屋をご利用いただき、ありがとうございました」



きっと、心は壊れそうなほどに傷ついているだろうに、それを微塵もみせずにお辞儀をした。

そんな彼女を見て、ふっと笑った芹沢さんは、一言。



「俺が、心底欲しいと思うのは、そういう強気なお前だ」



お梅さんは、その言葉に驚きで目を見開く。



「意地っ張りで、本当は脆くて、けれどそれを見せようとしない」

「……せんせ、」

「お梅、我と一緒になる覚悟はあるか」

「……っ!」



次の瞬間、その瞳からころりと涙の雫が転がった。



「あります……っ、先生、と、……一緒に、」



涙でほとんど聞き取れないお梅さんの言葉に、芹沢さんはにこりと笑い、その矮躯を抱き寄せる。



「我に、任せろ」



そうお梅さんの耳元に優しく囁く芹沢さんは、まるでいつもの姿が嘘のように、ただ、一人の女を想う男の人。

由緒正しい武家に生まれた生粋の武士の姿が、初めて見えた。





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