ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第4章 歴史と現実

第32話

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「芹沢先生、いいお人なのに、ちょっと怒鳴ると怖いんでしょうね、うちの番頭が尻尾を巻いて帰ってきてしまうの。だから、代わりに私がこちらに来させていただいております」

「こちらに来られるのは、何度目くらいですか?」

「そうねぇ、もう10回ほどになるかしら。でも、前川邸に来るのは、まだ2回目」



そう言って華奢な掌を口元に添え、くすりと笑う。



「こんなおぼこい方に言うのもあれですけれど……お金を払ってもらう為だけで来ている訳じゃありませんの。そういう時は、八木邸へ直接行くのです」

「っ」



そういう時って、つまり、男女の。

真っ赤に染まる私の頬を見て、哀しそうにお梅さんは笑う。

その笑い方を見て、ふと、思う。

え、……もしかして、お梅さんって本当は。



「芹沢さんのこと、」

「……それは言いんせん」



にこりと妖艶な笑みを落としながら、廓言葉でそう言って、私の唇を指で塞ぐ。



「けんど、本当に芹沢先生は優しいお人なのよ。皆さん、誤解してしまう」

「……お梅さんは、芹沢さんと、一緒に居たいですか……?」



そっと尋ねれば、驚いたように目を見張り、その後、自嘲気味に笑って、頷いた。



「私なんかが、一緒に居ていいお人じゃないのよ」

「……っ」

「不思議ね……私、いつもは自分の気持ちを見せるのが苦手なのだけど。でも……沖田様にはどこか魔法の力のようなものがあるみたい」



お梅さんは、ふふ、と笑いながら、その綺麗な唇で言葉を紡ぐ。



「私は、ただの廓落ち」



だから、と彼女は哀しそうに微笑む。



「良くしてくれている菱屋さんを裏切ることなんて、出来ない。芹沢先生に囲ってもらうなんて、夢でしかないのよ」



菱屋の妾で居続ければ、彼に会いに来ることが出来る。

お金をもらって帰らなければ、ずっとここに足を運ぶことが出来る。



「それで、十分」



その言葉に、ずきりと心が痛んだ。まるで、自分を見ているようだった。



「でも、もう……菱屋の旦那様も、待てないみたい」



だから、ここに来れるのは……今日が最後、かしら。

そう言って、長い睫毛を伏せる。その瞳には、薄く涙の膜が張っていた。



「お梅」



突然ガラリと開いた襖の先には、いつもなく複雑な表情の芹沢さんが立っていた。





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