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二章

17a

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「すみません」

 
 振り返れば、見知らぬ男がにこやかに佇んでいた。

 男は喪服のような黒いスーツを身に纏い、同色のタイを締めている。整った鼻梁は銀縁の眼鏡を支え、知的な雰囲気を漂わせているが、冷たい印象はなく、柔らかい顔立ち、そして癖っ毛らしいふわふわとした短い黒髪が親しみやすさを感じさせた。


「……?」


 …誰だ……?

 目を瞬かせていると、彼は口を開く。


「うっわ。こりゃ酷いな」
 

 彼から溢れた声は、柔和な表情から想像がつかない投げやりなものだった。独特の抑揚は、関西の訛りだろうか。彼は眼鏡をくいっと上げてから、「ああ失礼」とゆっくりとした足取りで寄ってくる。


「真山ヒロさん、ですよね?驚かせてしまい申し訳ございません。私はこういう者です」


 彼は流れるように名刺を差し出す。


「……」


 名前を呼ばれた手前、応えないわけにはいかない。取引先の重要人物の可能性もある。
 怪しい声掛けに不審に思いながら、恐る恐る名刺を受け取り、何者か確認すべく目を落とした。
 

「……うん…?」


 しかし首を傾げる。

 名刺には何も書かれていなかった。否、そもそも名刺じゃない。

 名刺のような小さな紙の表面には回路のような青い線が浮かび上がり、触れた指に反応するかのように淡く光る。

[照合結果:指紋一致]

 紙の上にそんな文字が現れた瞬間、キィン…という甲高い音が鼓膜を刺激した。


「っ、……」


 すると突然、カメラのフラッシュを焚いたような、そんな眩しい白光に包まれる。


「ゆっくりと挨拶をさせていただきたいところですが、少しばかり眠っていてください。…貴方に張り付くを剥がさないといけないので」


 男は笑顔で言う。

 言葉遣いは丁寧であるが、気怠さを滲ませた言い方だった。一体何が起きているのか。何も確認できないまま、全身の力が抜ける。やがて、白光に飲み込まれるように、意識を手放した。

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