アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene8 反転攻勢の狼煙

scene8-2 別格 後編

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「さて、そろそろ本題に入りたいのだが、生憎四人はそれどころではないね。全く……やり過ぎなのだよ」

 場を仕切り直す良善は片手を横へ伸ばす。
 それと同時に、紗々羅・ルーツィア・曉燕、そして七緒を合わせた四人が、一瞬微かに見えた円柱状の光に包まれて談話室から忽然と消えてしまう。

「え? り、良善……さん? ……あ、あの四人はどこへ?」

 口元の血を拭い良善を見る司。
 その一言に良善、そして達真の顔が「ほぉ」と感心した様な表情になる。

「心配するな。君が前に入った治療用カプセルがある部屋へ飛ばしただけだよ」

「と、飛ばしただけって……」

 簡単に言ってのける良善だが、未来の技術を使ったというよりはもはや魔法の域にある所業。

(そういえば達真もさっき瞬間移動みたいなことしてたよな? 〝D・E〟の階層が上がれば、空間さえ自由自在なのか?)

 常人の域を超えた司から見てもさらに異次元。
 改めて感じる〝Answers,Twelve〟のツートップがいる高み。
 ただ……。

「それより……なんだ、じいちゃんはがしっかり見えたのかよ。なかなかいい目してるじゃねぇか」

「だろ? 彼の能力は〝目〟を基軸にしている。丁寧に育てればいずれ一角の存在になり得ると見ている」

「え?」

 自分の席まで戻るのが面倒なのか、そのまますぐ隣のテーブルに腰掛けて足を組む達真。
 良善も自分の席に座り直し、一人認識が取り残される司は二人の顔を交互に見ながら困惑する。

「司……自信を持つといい。今の私の能力は発動すれば紗々羅嬢やルーツィアさえ躱せるかどうかの速度なんだよ? 今の君ではまだ躱せないだろうが、それでも視界に捉えることは出来ていたのなら正直大したモノだ」

「あ……は、はい。ありがとうございます」

 二人に比べて現時点での自分の脆弱さを痛感して自信を失いかけていた司だったが、こうして軽くフォローされると少し気力が戻ってきた。

「さぁ、司。君も席に着きたまえ。それと、君の場合血縁的に彼を敬い平伏するのは些か気が進まないだろうが、でも一応我らの首領だ。組織の一員である以上、上役はある程度立てておくれよ? 無論、私もフォローする。首領……金輪際、司が自分で手に入れた配下に余計な真似はするな」

 間を取り持つ良善。
 司と達真は横目でお互いを見るが、その雰囲気は実に苦々しいモノだった。

「はいはい……分かったよ。ったく、俺はわざわざ弱いあの女をじいちゃんの側近に相応しいレベルに高めてやっただけだってのに……」

「え? レベルを……高めた?」

 やはりいくら首領でも副首領の言葉は簡単には無碍に出来ないらしい。
 しかし、一応は大人しく従う様だが、その言葉の後半にイマイチ要領を得ないモノがあり司は首を傾げる。
 するとその点も良善が補足してくれた。

「首領は曉燕が体内に保有しているナノマシンを強化したのさ。そうでなければ紗々羅嬢やルーツィアと連動して彼と模擬戦などとても出来はしない。原理はこの前の和成や七緒が君の〝D・E〟で強化されていたのと同じだね。ただ、それも所有者の承諾を得ずに独断で行ってはただ恩着せがましいだけだ」

「そ、そういうことか……いや! だったら俺の方が早とちりだったですよね。すみません……首領」

 曉燕が強くなるのは司にとってもメリットの大きな話だ。
 子孫なりに先祖である自分のことを気にかけてくれたのであれば、先ほどの食って掛かる態度は少々頂けないと思い、司は素直に頭を下げた。
 だが……。

「――おぇ!?」

 司の理解と謝罪の眼差しに気持ち悪そうに口元を押さえて腕に鳥肌を立てる達真。
 単なる性格の悪いジェスチャーかと思ったが、実際に少々顔色が悪くなった様に見受けられる。

「はっはっはッ! 司、やめておけ。彼は他人から感謝されたり好意的な感情を向けられるのが大嫌いなんだ。あんまり言うと本当に吐くくらい体調を崩すから、崇拝する忠臣であるルーツィアでさえも彼本人の前では極力事務的な態度を心掛けているくらいだ」

「えぇ……」

 相手に平伏を強いるが、内心は屈辱に咽び泣いていてくれないとダメで、本当に心から崇められるのは寧ろ苦手。
 そんなことがあるのか?
 他人から嫌われていないと本調子になれないとは、ある意味確かに産まれながら悪辣。
 真っ当な世の中ではとても生きて行けない悪の完成形。
 だが、それほどだからこそ世界を征服出来たのかと考えると不思議としっくり来てしまう。

(まさに落ちるとこまで落ちた上でそこに適応したって感じだな……あ)

 司の中でいらぬ閃きが起きた。

「首領様……あなた様のお力に大変感服致しました。これからは偉大なるあなた様を仰ぎ見て目標として〝Answers,Twelve〟に誠心誠意お仕えしま――」

「お゛え゛え゛え゛え゛ッッッ!!!!」

 片膝を付いて胸に手を当てながらキラキラとした眼差しを向けてみた司だったが、自分なりに考えた敬いの言葉を最後まで言い切る前に達真は激しく嘔吐きながらテーブルの上を転がり司から離れて行った。

「ああああああぁぁッッ!! キモッ! キモいキモいキモいキモいッ!! マジ止めろ! マジで止めろってッッ!!!」

 まるで質の悪い苛めの様な反応だが、どうやら本当に生理的に受け付けないらしく、達真は首を掻き毟り苦虫を噛み潰した様な顔になっていた。

「うはぁ……面白ろぉ~~♪」

「はぁ、血の繋がりを感じるね」

 すこぶる溜飲が下がった満足げな顔になる司と呆れ項垂れる良善。
 そしてその後、達真の鳥肌が収まるまで間をおいてから三人は各々の席に付き直して場の空気を仕切り直す。

「…………おい、司」

「なんだよ、達真?」

「よし」

 №Ⅰの席で両足を大股に開いてテーブルに乗せた達真の呼び掛けに、司は№Ⅺの席で頬杖を付きながら良善の入れたコーヒーを啜りつつ敬いゼロの返事をして、その態度に達真はようやくしっくり来た様子で頷いた。

「これは必要な行程かい?」

 あまり続けてもくどいと思い司は達真の要望通りの態度になったが、傍から見る良善にしてみればうんざりするほどの茶番だった。

「うるせぇよ……ったく! たまに出るルーツィアの態度もキツいのに、その上さらにメンバーにキモい奴が増えて堪るかよ!!」

 ダンダンと足でテーブルを蹴り鳴らす達真。
 人の善意が毒に等しいこの体質。
 絶対に一般社会では生きて行けないだろうなと、司はある意味子孫に同情してしまった。

「さぁ、そろそろ本当に話を始めるぞ。とりあえずよくやくこちらも時元間を本来の形で移動出来る様になった。さっそくだが私から作戦を一つ立案したい」

 談話室内の照明が消え、司と達真の前にモニターが浮かび上がる。
 その画面には一本の横棒が引かれ、左端に赤い丸が浮かび、その横棒をなぞり半分を少し超えた所に青い丸が表示される。

「司にも分かりやすく説明する。この赤い丸は今我々がいる時間軸だ。そして、この青い丸が今一番近時間軸にいる〝ロータス〟側の時元航行艦の反応だ。恐らく先日の強襲部隊の本隊はこれで間違いないだろう。時間距離にして約千九十五Tmタイムメートル。司、覚えておきなさい。Tmとは時間移動距離の単位であり、一Tmは一日という意味だ。つまり敵は今、ここからおおよそ三年後辺りにいるということになる」

「はい、分かりました」

 近時間軸だの時間距離だのとタイムトラベルが出来る前提の用語だが、要するに物理的な距離の話ではなく時間の流れの話と置き換えればそれほど複雑な話ではない。

「よろしい。そこで作戦だが、こちらから普通に敵艦を追ってもただのいたちごっこになるだけだ。そこで敵がいる三年後の時間軸からさらに二年先にある〝側流世界〟へ敵を追い込み、その〝側流世界〟で一度本腰を入れて戦闘を行う」

 良善の指が青い丸の少し右側を指差すと横棒から斜め上に短い線が伸びて、赤い丸と青い丸がその短い線へと流れ動いて行く。

 〝本流世界〟で激しく戦闘を行うより〝本流世界〟に影響を与える別世界である〝側流世界〟でなら周りを気にする必要は無いと言う目算。
 良善の意図は分かる。
 ただ……。

「あの、良善さん? 確か〝側流世界〟が出来るのには大量の人の死が必要だって聞いたんですけど、五年後に何かあるんですか? それともデーヴァがまた自分達の都合で人為的に〝側流世界〟を作ったとか?」

「いや、これは自然発生の〝側流世界〟だ。この時間軸から五年後、某国が大きな戦争を起こして多数の死者を出すと記録が残っている。まぁ、我々には関係の無いことだ」

「おぉぅ……」

 未来人が隣にいるとこういう知りたくもない未来をサラリと聞いてしまうのかと司は少々げんなりしながら背後を振り返る。
 窓の外はもう真っ暗で砂金を散りばめた様な夜景が見えた。

 教科書の中だけの話かと思った出来事がきっとこれから先の未来でも繰り返し起きるのだろうなと考えると、真面目に生きる意味を問いたくなってしまう。

「この戦闘を行い、ついでに戦場となる〝側流世界〟を汚染した後は、一旦今いるこの時間軸まで戻ろう。そのまま未来まで攻め戻るのもありだが、一旦落ち着いて相手の次の出方を窺いたい。それに時元空間での艦隊戦になってしまうと流石に面倒臭くなる。物量は依然として向こうの方が圧倒的だからね。どうかね、首領? 何か意見はあるかい?」

 とりあえず目先を叩き深追いはしない。
 良善らしい堅実な作戦だと思った司だが、やはり最終決定は首領である達真に委ねられた。

「あぁ、いいんじゃねぇ? 先生の策なら間違いはないだろ」

 見た目通りの軽い返答。
 らしいといえば実にらしい。
 恐らく、如何に達真が強大とは言っても、良善というブレーンが居てこそ〝Answers,Twelve〟は未来の覇権を握っていたのだろう。

「承知した。では、敵艦に動きが無い限り作戦決行は三日後とする。明日にはこのビルを退去して私が手配した別の拠点に移ろう。司……宿題の件もあるが、恐らく私の見立てでは今夜中に美紗都が目覚める。先輩として手解きをしてやってくれ」

「えッ!? お、俺がですか!? いや、でも……〝D・E〟に目覚めた最初はやっぱり良善さんが説明した方が間違いないんじゃ……」

「甘ったれたことを言ってはいけない。他人に教えられて三流、自分で出来て二流、他人に教えて一流。それに他人に教えるという行為は非常に有効な自己理解方法だ。与えた宿題の質もより高まることだろう。……しっかり向上したまえよ?」

 朗らかに言ってはいるが目は笑っていない良善。
 譲れないその一線にこの男は一切妥協せず、仮にここで拒否などしようものなら恐らく命は無いだろう。
 司には他に選択肢は無かった。

「うぐぅ……は、はい」

「キヒヒッ! 相変わらず先生はいつも変わらず先生だな? まぁしっかりやれや司。お前の教えで先生の起源体が使えるレベルになれば、首領権限でお前を一つ繰り上げてそいつを№Ⅻにしてやるよ」

「――ッ!? わ、分かった。やってみせる」

 同じ境遇の美紗都の今後に関しては司の気を揉んでいた。
 何もかも奪われてしまった彼女にも居場所を与えてやりたい。
 司は真剣に頷き、その悪の組織らしからぬ反応に、達真と良善は司に隠して含みのある笑みを深めていた…………。
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