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Scene7 被告:桜美七緒

scene7-3 危険な横槍 前編

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『どうやら閣下は身体への苦痛より精神への苦痛で責める方針のご様子です。なかなか効果的らしく黒髪のデーヴァは目に見えて狼狽え初めております』

 いくつものマルチモニターが並び、その光だけに照らされた薄暗い室内にルーツィアの声が響く。

「なるほど、安易に痛みを与えて意見を変えさせるのではなく、論破により自己肯定感を切り崩すというのは知的で私好みだ。〝常に考えろ〟……教えた事を素直に実行する教え子というのは愛着が湧く」

 スピーカーから聞こえて来るルーツィアの報告にコーヒーを啜りつつほくそ笑む良善。
 ここは彼の自室兼研究室。
 談話室から引き上げたあと、良善はすぐにここへ戻り早速雑務処理に取り掛かっていたのだが、他人を責めるなど初めてであろう司ではあの賢しい小娘に言い負かされしないかと思い、密かにルーツィアに状況の監視と場合によっては司のサポートを命じておいたのだが、どうやら杞憂で済んだ様だ。

『隣で紗々羅がつまらなそうにしておりますよ。私も若干手緩い気が否めませんが、これはこれで楽しめております。先に堕ちた仲間や上官の醜態も見せ付けて心を乱させてから話し出すという運びもセンスを感じる。やはりあのお方の先人といったところでしょうか』

 体内にナノマシンを保有するということは、その身体を一種にコンピュータにする感覚に近い。
 そのため専用のデバイスを用いれば、周りには口を閉じて無言に見えても頭の中で想像した言葉や目で見た物を外部の機器にリンクさせることが出来る。
 今のルーツィアは七緒の拘束室で暇潰しに司の尋問を眺めているフリをしつつ、良善に逐一情報を伝えていたのだ。

「ははッ、しかしあれが二人になるのは避けたいね。きっと心労でどちらか片方を鑑賞用に標本化したくなってしまうよ。さて、ではあとは…………ん?」

 ルーツィアからの報告を聞きつつも、実際にはちゃんと今後の拠点に関してや、こちらに向かっている途中であるらしい首領の現在時間のチェックなど、マルチタスクを進めていた良善が一つのモニターに目を奪われて口を閉ざす。

『ん? 如何なされましたか?』

「…………いや、気にするな。引き続き司をサポートしろ。今後の事を考えれば多少残虐な行為にも慣れさせておきたい。上手く促してくれ」

Jawohl承知しました

 一方的に話を終わらせようとする良善。
 しかし、忠臣であるルーツィアは何ら引き摺ることはなくすぐに通信を終了した。
 そして、静かになった室内で良善は違和感を感じた一つのモニターに釘付けになる。
 そこに表示されていたのは……司の年表。

 未来から持参したそのデータの一番上は誕生日が記され、以降司の軌跡が順に羅列されている。
 そして、その内容は元々は司が当初は醜悪な犯罪者になっていく過程が記されていたが〝ロータス〟が過去改変を起こしたことで内容が全て書き換わり、見ているだけでも辛くなる様な悲しく孤独な内容になっていた。

 ただ、その書き換えは本来誰にも認識出来るモノではない。
 司が天涯孤独の身として生きることになったということは、もうその時点で司の犯罪者へ進むという記録はこの世から完全に消失していることになる。

 当然、存在しない記録を覚えていられる者がいる筈も無い。
 しかし、記録がどの様にして書き換わったのか、その要因を知っていれば記憶が過程を繋ぐことで元々あった前の記憶を覚えていられる。

 書き換わった司の記録。
 良善はその要因を知っているため、今目の前にある文字の羅列が更新された記録であると認識出来る。
 だが……。

「……ッ………くッ!?」

 おかしい。
 そのモニターの表示された文字の羅列に、良善は
 椅子の背もたれから身体を浮かせ、机に肘を立てて手を口元に添えて血走るほどに目を見開き、モニターの文字を凝視する。

 その姿は明らかに普通ではない。
 死んでいるのではないかと思うほどに微動だにせず、己の生命活動の大半を犠牲にして良善はモニターを睨み付ける。
 そんな視線の先にあった文字とは……。



 〝御縁司、保護施設××園退所。同日、鷺峰さぎみねまどかと出会い鷺峰家へ居候。翌年、恋仲となり交際を開始するも鷺峰家が経営する喫茶店に強盗が侵入し、店主:鷺峰いさお・妻:鷺峰香澄かすみ・娘:鷺峰円……死去。御縁司・強盗を撲殺後自殺未遂の場に居合わせた良善正志の手引きにより〝Answers,Twelve〟へ加入〟



「間違って……いない? 私は、? ……いや待て! 違うッ! こ、これは……絶対に…………」

 良善はすぐに自分の頬を殴り意識を集中した。
 違う。自分は司とこの様な出会い方はしていない……はずだ。
 しかし、ならばどの様にして出会った?
 否定はするが、その本当の出会い方が良善には思い出せなかった。

「くそ! あいつめ!! 〝砂時計タイムグラス〟を弄ったな!? ま、間違いない……そうだ。そのせい……で……そ、……!」

 これまで常に論理的に自信を持って語っていた良善らしからぬ不確定さで、まるで自分に言い聞かせる様に呟き続けている。
 だが、どんなに思い出そうとしても、記憶の中にはがくっきりと浮かんでいた。

 あまりにも鮮明なたった数日前の記憶。
 だが、良善はその記憶に辛うじて指先に引っ掛ける程度の違和感を感じることが出来た。
 今の良善は、その微かな引っ掛かりを手放すまいと必死に歯を食い縛っている。

「違う……。わ、私は……確か廊下、で……彼と…………どこだ? でだ?」

 その顔は強い意志を宿した表情をしていたが、人によっては〝自信なさげ〟と捉える人もいるかも知れないひどく曖昧な顔をしていた。
 だが、その時……。


 ――ヴォンッ!


「――ッッ!?」

 机に突っ伏しかけながら脂汗すら滲ませてモニターを睨んでいた良善。
 するとその視線の先で、突如何の操作もしていないのにモニターの画面が暗転して一度ノイズが走ったかと思えば、いきなり巨大な砂時計をバックに四~五人は座れそうな大きなソファーに寝転ぶ一人の青年が映し出された。


『あひゃひゃひゃひゃッッ!!! 流石だぜ〝先生〟! まさかとはな!」


 こんなにも不快に感じる人の笑い声がこの世に存在したのか?
 そして声だけでなく、茶色を帯びた黒髪、丸縁のサングラス、白いシャツ、黒いジーンズ。
 一見どれも普通に日常で目にすることくらいあるだろう物のはずなのに、その青年と関連付けると異様なほどに全てが癇に障る。

 まさに存在そのものが不快。
 そんな青年が、モニター前の良善へニヤリと笑みを向けていた…………。


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