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Scene7 被告:桜美七緒

scene7-2 入れ替わる立ち位置 後編

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 ――ガコンッ!

 他の部屋とは明らかに違う重々しい音を響かせて開かれる扉。
 そこは丁度テニスコート位はあろうかというそれなりの広さがある空間。
 しかし、天井はかなり低く精々二m半ほどで窓もなく空気が停滞し、入った瞬間に感じる圧迫感は視覚的以上のモノがあった。
 そんな部屋の真ん中で両手を縛り上げられ天井から吊り立たされた七緒が見覚えの無い白い軍服姿で司を睨み付けて来た。

「あれ? 何、この服?」

 親の仇でも見る様な顔をする七緒の前に歩み寄った司が首を傾げる。
 そして、あとに続く紗々羅とルーツィアは一旦部屋の端に下がり、従僕である曉燕が静かに司の横に並んだ。

「はい、現在七緒には〝錠〟を取り付けておりますので、一切ナノマシンの制御が出来なくなっております。そのため〝Arm's〟も解除されてしまいますので、装備する前のその服が戻ったということになります」

 曉燕の説明でもう一度よく七緒を見てみると、確かに七緒の首には明らかに服のデザインとはコンセプトの違う金のチョーカーの様な物がはめられていた。

「ふ~~ん……あぁ、そういえばあのカスが似た様な服着てたな。まぁ、そのことはどうでもいい。どんな気分だよ先輩。散々ボロカスに言ってた俺に負けて縛り上げられている今の気分は? 聞かせてくれよ」

「…………」

 司の問いに無言のままプイッと横を向いてしまう七緒。
 この状況では下手に喚いても相手に優越感を与えるだけだと分かっている様だ。
 しかし……。

(俺の第二階層の力を喰らった時は泡吹いて気を失うほどビビってたくせに今はこの反応……持続性は無いのか? それとも一過性の催眠術みたいな感じなのかな?)

 良善から言われた宿題も並行して考える司。
 ただ、七緒に元の性格が戻ったのは好ましい。
 あの一瞬でもう完全にこちらへ抵抗しなくなるというのは少々物足りなかったからだ。

「なぁ? こんな目の前にいるのに無視しないでくれませんか~~先輩?」

「…………」

 無言。
 正直、その頑なに意地を張った姿でも十分失笑を誘うのだが、少しくらいは変化が欲しい。

「はぁ~~あ、ダメだなこりゃ」

「うふふ♪ まぁ、仕方ありません。こういうのは気長にやらないといけませんから。司様? をご用意致します」

 すっかり司の副官感が出て来た曉燕が軽く手を叩く。
 すると、四人が入って来た時から少し開いたままだった扉が再び開き……。

「――ッ!?」

 七緒の無反応が早くも崩れる。
 開いた扉からは新たに何人もの女性達が入って来る。
 みんな曉燕と同じ白服を纏い一列に並んでキビキビと歩き、司と七緒の様に踵を揃えてズラリと並ぶ。

「み、みん……な……?」

 そこにいたのは凪神社で司と曉燕に圧縮牢で鹵獲されたデーヴァ達。
 そして、その最前列の中央にいたのは……。

「え、絵里……隊長?」

 唖然として震える七緒。
 全員が死んだ魚の様な目で無表情に整列している。
 目の前で吊るされている七緒にはまるで目もくれずただ黙って起立。
 そして……。

「皆さん、司様は〝椅子〟を御所望しておられるわ」


「「「はい」」」


 曉燕の言葉で一斉にその場で膝を付き四つん這いになる絵里達。
 両手真っすぐに背筋を反らして胸を張るその姿は……。


「「「御縁司様……私達は椅子です。どうかお好きな椅子をお選び下さい」」」


「ひぃぃッ!?」

 一言一句違えず自分達を椅子だと名乗る絵里達。
 壁際で腹を抱えて振り返り壁をドンドンと叩いている紗々羅と、背中を預けて腕組みをしながらクスクスと肩を揺らして笑うルーツィア。

 完全に人権が無かったかつての姿に戻っている絵里達。
 おぞましいほどの下劣な光景。
 そして、それに対する司は……。

「う~~ん……まぁ、やっぱりここは絵里にしようか」

「はい、ご指名ありがとうございます」

 指名されて彼の前まで這い出てる絵里。
 司はその絵里を跨いで本当に椅子に座る様な気やすさで絵里の背中に腰を下ろすと、すぐさま曉燕が合いの手を入れて来る。

「まぁ、良かったわね絵里。偉大なる〝Answers,Twelve〟の一員であられる司様に座って頂けるだなんて♪」

「はい、私のこれまでの人生で最高の名誉です。ありがとうございま――」


「やめてぇぇッッ!!!」


 絵里の言葉を遮る様に七緒が絶叫する。
 そして吊るされた身体を振り乱し、七緒は四つん這いのままでいる仲間達に叫び掛けた。

「みんなしっかりしてッ!! 自分達が何をしているのか分かっているのッ!? こんな奴らの言いなりになって、また昔の地獄に戻――」

「うるさいですよ、七緒さん」

「え?」

 一人の少女が四つん這いのまま視線は向けずに七緒を黙らせる。
 すると他の者達も一斉に口を開き始めた。

「偉大なる〝Answers,Twelve〟の方々に失礼な口を利かないで下さい」

「そうですよ、ようやくこれまでの非礼をお許し頂いたのに……」

「またお仕置きされるじゃないですか」

「ホント、やめて下さい……迷惑です」

 無表情のまま黙々と七緒を糾弾する四つん這いの少女達。
 流石に七緒も気付いた。すでに彼女達は心を折られている。
 きっと酷い拷問を受けたのだろう。
 その濁り切った虚ろ目には、もう彼女達が自分の人権を諦めてしまったのが感じ取れた。
 そして……。

「七緒……あんたは頭いいんだから分かるでしょ? これが私達のあるべき姿よ。偉大なる〝Answers,Twelve〟の皆様に忠誠を誓うために産まれたのが私達デーヴァなんだから……」

 七緒の方へ顔を向けることもなく、自分は今司の椅子である以外の何物でも無いと言った風に語る絵里。
 すると……。

「いい子だね、絵里。それに凄く座り心地もいいよ」

「あッ! あぁ…………あ、ありがとう……ございます」

 司の手が絵里の頭を馴れ馴れしく撫でる。
 そして、撫でられた絵里は一瞬驚いた様な顔をしたあと、七緒でさえ今まで一度も見たことのないほどトロンと安心した様な笑みを浮かべて頬を赤らめる。

 その安堵の表情には、このお方に服従していれば自分はもう怖い目に合わなくて済むと思っている様な打算。あの荒々しく勝ち気な絵里をここまで脆弱な存在にするほどの仕打ちなど、七緒には想像も出来ない。
 しかし、これだけは言えた。

「ぐッッ! 御縁司ぁッ!! お前は今のこの状況が分かっているの!?」

 ようやく司と会話をする気になった様で、心の奥から憎悪を滲ませた罵声を向けて来る。

「は? どういう意味だよ?」

「これがということよッ!! 他人を平然と虐げるその悪辣な性根ッ! 今のこの状況こそ、お前がこの世に生きていてはいけない何よりの証拠じゃないッ!!」

「…………」

 なるほど。
 確かに矛盾の無い正論だ。
 他人を四つん這いに椅子として扱ってその上に座る。
 とんでもない精神破綻者だという意見は実にごもっともだ。
 しかし……。


「…………お前がそれを言うか?」


 膝に肘を掛け前屈みになり七緒を下からまくし睨む司。
 その淀んだ目は決して周りで人権放棄したデーヴァ達にも劣らぬ陰鬱とした色をしていて、思わず七緒はグッと息を飲んでしまった。

「俺を殺そうとしていたお前がそれを言うのか? 俺はここに来なかったら何も分からないままお前らに殺されてたんだぞ? それとも何か? 悪側へ歩み寄るくらいなら潔く死ぬべきだったとか、血生臭い綺麗事でも言う気か?」

「うくッ!? そ、そうよ……それが正常な人間がするべき判断よ」

「人でもないお前が人を語るのかよ?」

「――くッ!」

 次第に言葉が切れ味を持ち始める。
 相手の根幹に踏み躙る血も涙も無い言い草だが、司は自分にその言葉を口にする資格が無いとは思わなかった。

「おい、傷付いた顔すんなよ? 逆に俺は人だったのにお前らが殺しに来るから人外になったんだぞ? もう何もかもに絶望して、どうにでもなってしまえって……。まぁ、俺が弱いだけみたいな言い方も出来るかもしれねぇけどさ。そうなる様に仕組んだのもお前らで……あ、お前は知らない話だったな」

「え?」

 蘇った記憶では七緒は席を外されていた。
 しかし、七緒の罵声にもうそんなことを懇切丁寧に説明してやる気にはなれ無いし、そもそもずっと裏で黙って自分を殺そうとしていた相手にこっちだけ説明してやる義理は無い。
 司は絵里の背中から腰を上げて七緒に歩み寄る。

「とにかく、何もかも全部お前らの行動が俺をそうさせたんだよ……――こっちを見ろ!」

「うぐッ!?」

 七緒の髪を掴んで正面を向かせる司。
 能力は使わない……ここからの話は彼女に正気のまま答えさせないといけないからだ。

「別にさ「だったらうまく誘導してくれたらよかったじゃんか」なんて厚かましい言い方はしねぇよ。でもさ、人類を正しく修正するっていう名目で自作の殺人許可証まで発行したてめぇらの行動で、結果俺はよりヤバい物になってるんだが、その辺はどうお考えで? 人類史はより悪い方向へ進んだんじゃね?」

 七緒達が司を殺す大義名分は平和で正常な人類史を再構築すること。
 〝Answers,Twelve〟の産まれない世界を作るためにその祖先を殺すという論理の正当性は、ただの犯罪者になるより遥かに危険な存在になった今目の前にいる〝D・E〟に覚醒した司が生まれたことで破綻しているのだ。

「おかしいよな? これじゃあお前らのせいで御縁家が〝千年前から異能の力を持つ脅威の一族〟になっちまったぞ?」

「そ、それは……」

 七緒の表情が歪む。
 視線が落ち着かず、彼女の中でも上手く司の言葉への返しが組み立てられていない様だ。

「おいおい迷ってんのか? ウチの大学一の秀才様が俺でも考え付く疑問に答えられない? そんな訳はないだろ。言い当ててやる……お前、そんなに?」

「えッ!?」

「俺もそうだった。お前と戦う前にあのカスと戦った時……俺は途中から殆どあいつのことなんて考えずテキトーに戦ってた。だってあいつそこまでする必要も無いくらい弱かったもん。だから「曉燕の方に瓦礫が飛ばない様に」とか「あんまりうるさくして凪梨さんが寝てるの邪魔しないかな」とか、全然別のこと考えてた」

 そこで司はさらに七緒を引き寄せ、その耳元に小さく囁く。

「お前さ……人間だった時の俺があまりにも惨めで雑魚だったから「いつでも簡単に殺せる」って全く眼中になかっただけだろ? 一番手っ取り早くてその上スカッと気持ちいい結果が見え見えだったから、もうそれだけを頭に浮かべて「自分達の行動次第で俺の在り方が変わるかも」なんてことは全く考えなかった。思いもよらなかったんじゃない……そもそもそこまで俺の事をわざわざ考える気が無かっただけだろ?」

「あ、あぁ……」

 七緒の気勢は完全に止められてしまった…………。
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