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Scene5 学ぶ者と学ばぬ者
scene5-7 不純な動機 前編
しおりを挟む「これが現状よ……理解出来たかしら、和成?」
白く染めた水に淡い暖色系の絵の具を何色も混ぜてマーブル模様を描いた様な窓の外の光景をバックに、サイバーチックな執務席に座り微笑む母からの説明を受け、如月和成はいよいよ自分も日常から道を逸れた実感を得ていた。
「か、母さん……そんなヤバい奴らと戦っていたんだ。ぼ、僕……その、正直全然そこまで考えてなくて。そ、それに……いざ、こうして見てみると……なんていうか……」
いつも通りの朗らかな笑みを浮かべる母の姿に安堵はするのだが、自分が今座る卵を斜めに切った様な形でフワフワと宙に浮く椅子や、母の後ろにある現実世界から飛び出した異空間など、視界のほぼ全てがこれまで培って来た一般常識をあまりにも逸脱していて、和成は未だ借りて来た猫の様に萎縮していた。
「もぉ……どうしたの? 本当ならこんな穢れた戦いの事なんてあなたは知る必要なんてなかったのよ。それに怖がる必要もないわ。ここは安全だし、この時空間航行艦の艦長はお母さん。あなたには今、特別副艦長権を発行しているから実質この艦の№2。礼儀のなっていない子がいたら言いなさい。お母さんがすぐに懲罰房に叩き込んであげるから♪」
机から立ち上がり歩み寄って来る菖蒲。
ガラスの様に艶めく床を白いハイヒールで踏む度に幾何学模様の波紋が広がり、目の前で屈んで視線を合わせて来た母親が頭を撫でる。
その言葉の通り、今和成が着ている純白に金縁を施したロングコート型の軍服風な服の胸元には女神が剣と盾を携えているエンブレムが刺繍されており、その女神が構える盾には三つの星が描かれている。そして、菖蒲の胸元のエンブレムには四つの星。
恐らくは【修正者】の階級章を表している様で、和成には詳細は分からないがそれなりの高位に収めて貰っているんだと察せられた。
「それにしても、本当にごめんね和成。お母さん、もう少しあの四人がしっかりとやると思っていたんだけど見込み違いだったわ。あんなゴミクズ共にあしらわれて、あなたに地べたで泥だらけになる惨めな思いをさせるだなんて……。でも、もう大丈夫よ。ついていらっしゃい」
「え……?」
肩に手を置き和成を促して部屋を出る菖蒲。
すると廊下に出た瞬間、フワリと身体が床から離れて慌てふためく和成を菖蒲はサッと抱えて廊下の壁に取り付けられたグリップを握ると、それがレールに沿って動き出し二人の身体を運んで行く。
これぞまさしくSF映画の世界だと少し感動する和成。
そこからしばらく進んで扉の前に止まり中へ入ると、そこはいくつもの大きな円柱型のカプセルが並んだパッと見た感じから何らかの研究室なのではないかと思わせる部屋だった。
「悠佳~~! いるかしら~~?」
部屋に入ると同時に重力が回復した様に床に降り立った親子はカプセルの間を抜けて部屋の奥へと進む。
先ほどいた菖蒲の執務室とは打って変わってお世辞にも綺麗な場所とは言い難く、色々な機材が辺り一面に散らばっている。
そんな中を進みつつ、呼び掛けを続ける菖蒲だったが、そこでふと頭上から声が降って来た。
「はいは~~い……ここ~~。もう準備が出来てますよ、如月艦長。あら、こんにちわ……ご子息ぅ」
声に釣られて見上げた二人の頭上には、白衣の裾を広げて口にペンを咥えた一人の女性がゆっくりと逆さまに降って来ていた。
「悠佳ったら……また重力制御を使っていないの? 艦の外に出た時に体力が落ちるからやめなさいって何時も言ってるでしょ?」
「あはは~~だって楽なんだもん」
スッと身体を回転させて二人の前に降り立つ白衣の女性。
一見はごく普通の研究者と言った感じの印象だが、その白衣の下に着た黒いカットソーと七分丈スカートはよく見ると酷く皺が出来ていて、女性的なプロポーションのメリハリはきっちりと出ているものの顔は少々やつれ気味な上に目の下にはくっきりとクマが出来ていていてあまり健康味を感じない。
そして何より、真っすぐこちらを向いて確かに目は合っているのに、ちゃんとこちらを認識しているのか不安になる感情が欠落した様な瞳。
和成に言い表せない不穏な気分にさせられ、思わず萎縮してしまう。
「あ、どうも……えっと……」
「えぇ、初めまして、沢崎悠佳よ。よろしくね。それにしても……へぇ、確かに目元とか鼻のラインが似ている。これが遺伝というものなのね。自由に形をデザインされて生まれて来るデーヴァの身としてはとても興味深いモノがあるわ」
鼻先が触れそうになるほど顔を寄せ見つめて来る悠佳。
あまりに距離感が壊れているが、そこでも彼女のまるで無機物を見るかの様な目が動揺や緊張というよりもゾッと寒気がする様な感覚にさせて来た。
「こら、私の息子にいつもの実験動物を見る様な目を向けないで頂戴。例の精製準備は出来ているのよね? 案内してくれるかしら?」
「はいはい、それでは艦長様とご子息様をごあんな~~いってね」
基本無気力なのか、単にその目のクマが示す通り寝不足なだけなのか。
フラフラと歩き出す悠佳の後に続いてさらに部屋の奥へ向かう一行。
そしてしばらく進むと、思わず怖気を感じてしまう新たな装置が目の前に現れる。
「こ、これは……」
立ち尽くす和成の前には、全身真っ黒なボディスーツを着て首から上も黒いフルフェイスヘルメットを被った筋骨隆々の男性達が直立不動で入れられた透明な円柱カプセル。
それが五つで計五人の男達が、まるで理科室で保管される標本の様に並べられていた。
「和成、覚えておいて。こいつらは〝デークゥ〟元は〝Answers,Twelve〟傘下の組織にいた構成員達で、今は私達、そしてあなたの〝家畜〟こいつらは全員未来では死刑判決を受けている人類のゴミ達。人権なんて無いから気にしなくていいわ」
「か、家畜……?」
穏やかな笑みを浮かべる母の口から語られる不穏な言葉。
改めてそのデークゥ達を見る和成だったが、身体はまるでただのマネキンの様に動かないのに対し、首から上は小刻みに震えていて、時折カプセル越しでも苦しそうな呻き声が聞こえて来る。
「あ、大丈夫ですよ~~ご子息。こいつらは首から下は頸部に埋め込んだマイクロチップで完全に動きをコントロール出来るんです。というか神経を物理的に切り離しているんで、絶対にもう自分では身体は動かせません。その上で脳だけは本来のまま残しているんで、口を開けば「殺してくれ」とうるさいし、すぐに舌を噛んで自殺しようとするので、それらを防止するために口枷をしてあるんですぅ」
何気ない日常会話のトーンでコンソールを操作しながら語る悠佳。
しかし、その内容は和成から見てもあまりにも残酷過ぎるのではないかと思うが、顔を向けられた菖蒲は失笑を浮かべて哀れなデークゥ達を眺める。
「いい気味でしょ? 私達が受けた屈辱と苦悩をこいつらは今味わっている。でも、私達はただこの技術を悪趣味な愉悦に使っている訳じゃない。私達の手でこいつらは今世界を平和にするための活動に従事させてあげている。感謝こそされど恨まれる筋合いなんて無い。あなたも同情なんてする必要無いし、何かあれば好きなだけ使い潰せばいい。まだ未来には何億とこいつらを収容所にストックしてあるからね」
優しく語る菖蒲。
和成は気圧されながら、自分が圧倒的優位な立場になっていることを再認識出来て、少し気持ちが大きく戻り始めていた。
しかし……。
「じゃあ、やるよぉ~~? 艦長?」
「えぇ、始めて頂戴」
菖蒲が許可を出し、悠佳がコンソールのパネルを押す。
すると、三人の前に並べられていた五人のデークゥが一斉に痙攣し始め、唯一本人が動かせるという首から上が激しく振り乱される。
「な、何をしているの?」
「んふ♪ もう少し待ってねぇ~~♪」
悠佳がコンソールに指を滑らせる。
するとデークゥ達の苦しみ具合が一段と激しくなり、そして……。
――パンッッ!!
「なッ!?」
カプセルの中で五体のデークゥが一斉に木っ端微塵に弾け飛んでしまった。
千切れたボディスーツと砕けたヘルメット、そして骨が浮かび、あとは悍ましい赤黒い液体がカプセルの中に波打っている。
「よしよし……じゃあ次」
スプラッタ―映画も真っ青な人間爆発を見すらせず、悠佳はさらにコンソールを打つ。
するとカプセル内部に満たされていた人だった液体が底に吸い込まれて回収され、今度は上部から新たな五人のデークゥがカプセル内に装填される。
そして、先ほどと全く同じで悠佳の操作で苦しみ始め……。
――ボキボキボキッッ!!
今度は五人の身体が一斉に手も足も首もグルグルと捻じれ曲がり、最後に胴体も二回転してグチャグチャと内容物がまたカプセルの底側に溜まる。
「血液……骨……適合完了。続いて神経系行っとこうか~~」
また装填されるデークゥ。
そこから何らかの項目ごとにカプセルの中で惨たらしく殺されて行くデークゥ達。
和成は両手で口を押えて必死に吐き気を堪えているが、そんな和成の背中を擦る菖蒲は一惨殺ごとに恍惚と目を細めて胸が空く様な晴れ晴れとした顔をしていた。
そして、そんな悍ましい行為がその後も数回繰り返されてようやく工程が済んだのか、悠佳がコンソールを目にも留まらぬ速さでタイピングし、そのコンソール横にある小さな円柱から一錠の白い薬をせり上げさせてそれを摘み和成の元へ歩み寄って来る。
「お待たせ~~。ごめんね、汚いモノ見せて。実はあの五体ずつ出て来ていたデークゥ達は、全員君が寝ている間に口の中をコリコリして採取させて貰った細胞片で、その身体の99.999%を君の細胞に入れ替えてあったの。つまりさっきまでの奴らは〝疑似・如月和成〟って訳だね。そして、なんでそんなことをしたかというと、そのほぼ君な身体に桜美小隊長が回収して来た〝博士〟が作った最新型ナノマシンを強制的に投与させて細胞促進剤も追加投与し、君の身体に適合した最新版ナノマシンを作る為。そしてそれがこの薬。ほら……手、出して」
勝手に話を進める悠佳から手渡される白い錠剤。
このたった一錠のために、悪党とはいえ数十人が惨たらしく殺されたと考えると異様な重みを感じてしまう。
そして、そんな一錠の薬に震えていた和成の両肩に背後から菖蒲がゆっくりと手を置く。
「大丈夫よ、和成……見ての通り、そのまま摂取していたら起きていたであろう副作用は全部ゴミ共が肩代わりしてくれた。その薬はあなたの身体に最適に調整された物。これを飲めば、あなたは何のデメリットも無く、あのゴミ共を圧倒する超人になれる……あなたは本物の救世主になるのよ」
「こ、ここ……この、く、薬……で?」
優しく耳元で囁く母の言葉。
未だ震えが止まらぬ和成は、勝手に口元へ近付いて来るその薬を凝視しながら、自分が誰もに敬われる輝かしい姿を無意識の内に脳裏へ思い描き、勝手に口が開いていくのを感じていた…………。
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