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Scene5 学ぶ者と学ばぬ者

scene5-6 孤独な身勝手 後編

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『あッ!! お、お待ち下さい! 坊ちゃま!』

『た、多分買い物にでも行っているだけです! すぐに戻ってきますので!!』

『もぉいいって! というかさ、こんなド田舎で一人枯れてる女とかどうせ芋だろ? 親父が言うから会うだけ会ってやろうと思ったけど、マジで時間の無駄だった! 親父に言っとくぞ? わざわざ行ってやったのに、完全な口から出任せだったってな!』

『あぁッ! お、お待ちを!』

『凪梨市議、これ以上そちらの都合に付き合う時間はございません。どうかお引き取り下さい。これ以上付きまとわれるようでしたら、我々も相応の対応をせざるを得ません』

 薄暗い境内でSPを従えた良家の御曹司っぽい青年に縋り付こうとする夫婦がスーツ姿の男に押し止められ、やんわりとした脅しに絶句し、去って行く集団を口惜しげに見送っていた。

『ああああぁぁぁッッ!! なんでよッ!? なんでこんな肝心な時にいないのよぉぉッッ!!!』

 頭を掻き毟りヒステリックを起こす妻。
 そこから次第に夫婦は罵り合いに発展してゆく。
 言葉の端々で娘の不出来の責任を擦り付け合い、醜く喚きその姿はなかなかに見ていてしんどいモノがあった。

「ルーツィア……さん……お願い、もう……止めて……」

 両手で耳を抑え、弱々しく囁く美紗都。
 それに対して良善も映像に映る殴りや蹴りまで出始める夫婦を心底悍ましげに見る様にしたあと、首筋を擦りながらルーツィアに声を掛ける。

「ルーツィア、ここは必要ない。時間を戻して放置して行った四人が回収されたであろうシーンを出せ」

jawohl了解

 ディスプレイに映る現時点リアルタイムの映像が巻き戻されてゆき、司達の姿が映ったところから映像が再生される。
 飛び去って行く司達。
 輪状に繋がれ放置される奏達。
 すると再生してすぐ、恐らく時間にして司達が去ってから五~六分ほどで、二人の女性と例の男デーヴァ達が十数人映像に入り込んで来た。

「あれ、もう来た? ……これ多分、近くにいたんじゃない? 気配は感じなかったけど……」

「恐らくで待機していたのではないでしょうか? 四人の〝Arm's〟を介せば、を越えずとも状況は把握出来ます」

「あぁ、その線が濃厚だろう。おい、デーヴァ。この二人の女は何者だ?」

 映像の中では繋がれた四人が抱え上げられて画角外へ運ばれたり、ルーツィアが銃殺したことで出来た血溜まりの大穴が復元されていったりと事後処理が進んでいる。
 その中で、特に何もせず立つ二人の女性の姿があった。

 一人は明るめの長い茶髪に軽くウェーブを掛けた女性。
 そしてもう一人は黒髪に銀のメッシュが入ったショートヘアで白衣を纏う女性。

「は、はい……ち、茶髪の方が如月菖蒲で、黒髪の方が〝ハーベスト〟の主席研究員である沢崎さわさき悠佳ゆうかです」

「ふむ……なるほど、この二人が私の研究にゴミを混ぜ込んだ不届き者共か……おや?」

 顔を見てまた苛立ちの圧を滲み出し始めていた良善。
 すると、映像の中で一人の男デーヴァが一人の意識が無い様子の青年を肩に担いでやって来て、それに気付いた菖蒲が慌てて駆け寄りその青年を抱き締めて頭を撫でていた。

(あぁ……お察しだ)

 抱き締められていた青年は和成だった。
 それを親馬鹿丸出しで抱き締め頬擦りする菖蒲。
 これはどうやら奏達四人も性悪な姑に上手いこと乗せられた感が出て来た。

(哀れなもんだな)

 自分を地獄のどん底へ貶めたあのプレハブ小屋や廊下での四人の会話。
 和成のことを心から愛している様子ではあったが、実際は自分の悦のためなら幼馴染も殺そうとするクズ息子とその息子に好きなだけ甘い蜜を吸わせたい馬鹿母。

「良善さん……あのクソ親子は俺にやらせてね?」

「あぁ、いいとも。その代わり、あの黒髪は私が処分する。いつ振りだろうか……一個人を標的にするなど」

 さり気なく取り分を決め合う。
 そして、映像の中では完全に撤収作業が終了して無人の境内となり、ルーツィアはディスプレイを消した。

「よし、的は全員確認したね? 今後の戦闘において如月親子は司が、沢崎悠佳という女は私が始末する。間違っても勝手に……」


 ――ドサッ!


 良善が情報共有をしている最中、等々キャパシティをオーバーしたのか、美紗都がその場に倒れ込んでしまった。

「あッ! な、凪梨さんッ!」

「んん……流石にショッキングな出来事を詰め込み過ぎたな。ルーツィア、彼女を何処か空いている部屋で休ませてやってくれ」

「え!? わ、私がでございますか?」

「ん? 定期報告の時から何やら情が湧いている様子だったじゃないか?」

「そ、それは! それはこの娘が〝博士〟様の血族であるからであって、別にこの娘だからという訳では!」

「プフッ……ツンデレだぁ~~♪」

「紗々羅ぁッ!!」

 標的の確認も済んだことでようやく良善が一応の安全域まで下がったと判断したのか、紗々羅のおふざけ感が場の空気を解く。

「はいはい、今後について色々話をするつもりだったが、その子がそんなでは話を進める訳にも行かない。曉燕、この女はもう君と同じで私達の下僕として働くだろう。心得を教えて置け」

「はい、畏まりました。さぁ、絵里……行くわよ?」

「ひぃッ!? い、いやぁ、曉燕義姉様ぁ……い、痛いの嫌ぁ……痛いのしないでぇ……」

「大丈夫よ、痛いのしないわ……安心しなさい」

 呻き泣く絵里を抱える曉燕。
 そして、良善は次に紗々羅を見る。

「紗々羅嬢……君は今回捕まえたデーヴァ達を教育しておいてくれ。言っておくが殺すなよ?」

「はぁ~~い。曉燕ぇ~~圧縮牢の解凍やって~~!」

 エレベーターに向かう曉燕を追う紗々羅。
 残るは司とルーツィアと気を失った美紗都。
 良善はまだ戸惑っているルーツィアを見て顎をしゃくる。

「ほら君も早く行きなさい。それとも私の起源体を看病するなんて雑務は嫌かい?」

「なッ!? そ、そんなことはございませんッ! 責任を持って対応させて頂きます!」

 美紗都を抱えて上げるルーツィアがエレベーターへ向かう。
 ただ、最後に残された司は……。

「彼は少し私と話がある。君達は早く行きなさい」

「え? あ、そうなんですか?」

 一人居残りを言い渡された司。
 するとエレベーターを開けて待っていた曉燕とルーツィアが会釈をし、紗々羅が軽く手を振り扉が閉まる。
 残された二人、すると良善は徐ろに司の頭にポンッと手を置いた。

「――ッッ! うわッ!?」

「おぉッ!? ど、どうした?」

 飛び退く司に驚いた顔をする良善。
 そんな意図は無かったらしいが、つい先ほどその頭に手を置く行為で絵里を壊しておいてその反応は如何なものか?

「び、びっくりした……俺、始末されちゃうのかと」

「心外だな……まぁ、いい。それよりも改めて、今回の作戦はご苦労だった。無事私の起源体を保護出来た」

 労いの言葉を掛けて来る良善。
 ただ、司は一つ思ったことがあった。

「良善さん? ちょっとタイミングが良過ぎやしませんか? 凪梨さんを助けに行く俺への命令が」

「…………はぁ。君、大分頭の回りが戻って来たんじゃないか? いい事だが、少し可愛げが無くなったね」


 ――コン、コン!


 良善が爪先で床を叩く。
 するとその床の一部が正方形にせり上がり、座るのに丁度いい台座になり二人は揃って腰を下ろす。

「ご名答だ。わざわざルーツィアに守らせつつ、彼女には今日まで普通の女の子として生きて貰うつもりだった。デーヴァの襲撃が重なったのは単なる偶然。そうでなくとも今日には彼女にここへ来て貰うつもりだった」

「意外……でもないか。自分の御先祖なら、多少贔屓も仕方ないですよね」

「あぁ、私も先祖の記録として今日以降彼女がどうなるかは知っている。怨霊が殴り書きした様な手記が残っていたからね。親に対して、自分を買った男に対して、そしてその後に関して……ホラー映画が七本は作れそうな内容だ。聞くかい?」

「やめときます。聞いたら心が穢れそうですし……」

「賢明だ」

 帽子を脱ぎ髪を撫で付ける良善。
 わざわざ自分を残したのなら何か話があるのだろうが、その前に司には聞きたいことがあった。

「あの、良善さんがさっきやってた拷問みたいな力って、俺もいずれ出来たりするんですか?」

 あの勝ち気そうな絵里を時間にすればたった十数分で完全屈服させた力。
 非殺傷でありながら威力は絶大。
 司が今後しようとしていることには非常に有効な手段に思えた。

「あぁ、さっきのかい? 残念だが君には出来ないよ? あれは私の固有能力だ」

「固有の能力?」

「うむ。〝階層〟の話は誰かから聞いたかい?」

「あ、はい。曉燕から少し聞きました。俺は今第一階層だってことも」

「結構。ナノマシンの能力にはその適合度合いに応じて〝階層〟分けをしている。君が今いる第一階層は〝基本的な身体能力向上〟初歩の初歩だ。これすら発現しない者は、そもそもナノマシンに身体が適応しないと結論付けている。例の四人は第二階層だね。ここに達すると各々が固有の能力に目覚め始める。精神的身体的様々な要因で発現するため、ある程度その者の特徴で予測は出来るが、確証を持って「こういう能力に目覚める」とは言い切れない」

「へぇ……じゃあ俺もいずれはってことですか?」

「そうだね。まぁ、こればかり私より君の方が読めるんじゃないか? 自分ならどんな力に目覚めるか」

 そう言われて少し考えてみる司だが、正直全く予測が付かない。
 自分らしいと言っても、脳を弄られていた頃と今では司が思う自分は大分違ってしまっている。
 とりあえず、あのお手軽な強制反省促しの力は自分には使えないと分かった。

「それで、俺を残したのはどうしてですか? 何か話があるんですよね?」

「フフッ、本当に察しがよくなって来たね」

 膝に肘を掛けて前屈みになる良善。
 そして少し下からあおり見る様にしてその視線が司の目を射抜く。


「司、先ほど君は私が能力を使う所を見て疑問を感じたね? 何故これだけ明確に力の差がありながら〝Answers,Twelve〟はデーヴァ達の反乱を止められなかったのかと」


「――――ッ――」

 動揺は隠し切れなかった。
 まるで心の中を覗かれて思ったことを言い当てられて顔が強張る司。

「な、なんで……それを?」

「フフッ……企業秘密だ」

 してやったりな表情を見せる良善は口元に指を立ててウザいはぐらかし方をしてそのまま話を続けた。

「お察しの通りだ。本当ならデーヴァの反乱など未然に防げた。つまり私は……あえてという訳だね。まぁ、起源体狩りなんて恥知らずな手段に出るのは少々がっかりしたが、まぁ、現にこうして十分対応出来る範囲の誤差だったがね」

「見逃がし……た? な、なんで?」

 まるで意味が分からない。
 そのせいでわざわざ過去にまでやって来ないといけなくなるほど面倒な事態となったのに、司には良善の意図がまるで読めなかった。

「司、君は私が自分をどういう者と位置付けていると思う? 悪党うんぬんの話ではない。肩書き的な意味合いでの話だ」

 唐突だが、いつもの良善の考えさせる話し振りからして何らかの意味があるのだろうと思い、司はしばし良善を見て考える。

「肩書き……肩書き……えっと……発明家、とか? デーヴァを作ったとか言ってましたし……」

「惜しいな! だが、いい線は突いている!」

 膝を叩いて笑う良善だったがまだ答えは教えてくれない。
 たまにいる鬱陶しい先生みたいで若干面倒臭いが、多分それを言うと前任者の二の舞になりかねないので司はもう一度思考を巡らせる。
 そして、ようやく捻り出て来たのは……。

「研究……者? 俺の事を観察するとか言ってましたし、向上心とか言ってたのが探究とかそっち方面的な意味なんだとしたら……」

「…………正解だ」

 噛み締める様にそう言った良善はとても嬉しそうな顔をしていて、そんなに静かに深く喜ばれてしまうとなんだか頑張って考えてよかったという気になってしまう。

「そうだ……私は研究者を自称している。これまで様々な難題を解き、研究を重ね、君が言った通り自己を高める探究を続けた。一つ一つぶつかった問題を克服する度に、私は自分が向上していくのを感じ、その刺激を常に追い求めて来た。これでも悪党になる前は未来の大学で教鞭を執っていたんだよ?」

 納得だ。
 実にらしい前職だと司は思った。

「しかしだね……普通の生活を続けていると、段々と克服する問題も無くなって来る。難病奇病の特効薬作りなどにも取り組んだことがあったが、どうにも〝他人のため〟感が強くて冷めてしまった。私は私を高めたいだけなのでね。ただそうなるといよいよやる事が無くなった。だから私は全世界を敵に回してみることにした。そしたらどうだ! 毎日が困難の連続だ! 私は自分が殺されないために日夜様々な思考を巡らさねばならなくなった。刺激的だったよ」

 懐かしむ様に目を細める良善。
 しかし、それに反比例して司はジトッとした目付きになっていく。

「……俺の事言えないじゃないですか。良善さんも十分マゾいですよ」

「ははッ、そうかもしれないね。だが、そうして世界を敵に回して日夜生き残るために戦ってきたんだが、結局は世界も私に屈服してしまった」

 世界が自分に屈服した。
 凄いパワーワードだし、本気で残念そうにしている良善はやはり色々と人外を極めている気がする。

「もう私は自分をさらに高める難題には出会えないのかもしれないと思った。だが、そこでふと思い立った。自分を高めるそうした刺激が周りになくなったのなら、自分でその刺激を作ればどうだろうかとね」

「じ、自分で……作る?」

「そう、私は自分で自分へ難題を課した。それはすなわち難題を出して来た自分を越えられるかどうか。これはまさに天啓だったね。難題を越えたらそれはすなわち自己を向上させたことになり、もしもその難題を越えられなかったとしたら〝私は自分を越えるほどのモノを生み出した〟ということになる。つまり自分の枠を超えたということさ」

「そ、それって……いいんですか? なんか化物を生み出す研究をしていて、その化物が突然暴れ出して制御出来ずに食い殺されたみたいな間抜けさがありません?」

「解釈の違いだね。それは君の肩書きが研究者ではないからだ。私にとってそれは何も間抜けな事はない。何せ、ちゃんと制御して自分を喰い殺す様に作り上げたモノなんだからね」

 やっぱりこの男は狂っている。
 他人には理解出来ない世界に生きている正真正銘の変人だ。

「はぁ……つまり本当の所、デーヴァはいずれ良善さんを仇なすべく、反乱を起こす前提だったってことですか?」


「デーヴァだけじゃない。紗々羅嬢もルーツィアも〝Answers,Twelve〟も、いずれ私を殺そうとしてくれることを熱望している。そして……君もだ、司」


「…………」

 ゾッとした。
 この男は一体どこまで行く気なんだ?

「え? そ、それは……おかしくありません? じゃあどうして今俺とこうして普通に喋ってるんです? というよりも、俺にとって良善さんは恩人ですよ? そんな人をどうして俺が殺そうとするんです?」

 計画が破綻している。
 そもそも、その熱望に対して現時点の良善の行動が全く噛み合っていない。

「はははッ、今の君とこうして話している理由は簡単さ。今の君は例え百万人集まろうが私を苦しめる難題にはなり得ない。だから今は色々とアドバイスをして育てている最中。そして、丹精込めて色々と教えて君が強くなった時、たくさん私に恩義を感じてくれていれば、君はきっと……をしてくれるんじゃないかと思ってね?」

 良善の目が血色に輝く。
 本当に心底イかれている。
 自分を高めるためなら世界が不幸になっても知ったことではない。
 正に厄災を振り撒くとはこういうことなのだろう。
 そして、そうまでして求める自己向上の極地は自分を越える存在の確立。

 司には理解出来ないと思ったが、きっと良善は別に理解してくれなくても結構だと思っているのだろう。
 何故ならこの男は自分の考えを誰にも変えさせないだけの力を持っているのだから…………。

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