裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

文字の大きさ
上 下
45 / 114
なんでもない話

2

しおりを挟む
 ヨウは幼い頃に両親を亡くし、兄を唯一の家族として育った。ヨウの記憶の中にはほとんど両親の面影は残っていない。身寄りのなくなった二人はスラムで身を寄せ合って生きていくことになったが、兄は決して両親は自分達を捨てたわけではないとヨウに言い聞かせた。
 兄が言うには両親は優しくて善良で、いい家族だったと言う。ヨウは父や母というものを知らないなりにそうだったのかとそれを信じていた。兄は両親はヨウのことを深く愛してくれていたのだと言い、自分が代わりにヨウを守るとよく言っていた。
 子供にまともな仕事ができるわけがなく、兄はヨウを食べさせるためにスリや盗みをしてその日の食事を賄っていた。ヨウも少し成長すると兄と同じように盗みをするようになった。初めのうちは捕まってひどく折檻されたこともあったが、すぐに逃げ足が速くなりスラムの街を自分のもののように駆け回ることができた。ヨウの運動能力と基礎体力はここで養われたと言っていいだろう。
 スラムの隅の小さな家に大切に溜め込んでいた僅かな財産を盗まれたことも数えられないほどあった。治安がいいわけもなく、危ない目に遭わない日の方が少ない。そんな中でヨウは危機管理能力を磨いていった。直感が鋭いのは生まれ持った素質と培った経験の両方であろう。判断を間違えれば死ぬような場面も何度かくぐり抜けてきた。
 ヨウも兄も任される仕事は次第に大きくなっていった。それから色々とあってヨウは友弥と幸介に出会い、殺し屋となった。







「はいおしまい」

 想像よりも短く終わってしまった話に一同は思わず不満そうな声を漏らす。特に最後の方はあまりに投げやりだ。その色々を聞きたいのだが、ヨウはもう口を噤んでしまいこれ以上は話さないという雰囲気を纏っている。

「全然詳しいこと教えてくれないじゃんー」
「おしまいったらおしまい!」

 涼がむすっとして見せてもヨウは子供のようなことを言って教えてくれない。無理に話すこともないと幸介と友弥は苦笑する。過去にいい思い出がない二人には昔を振り返るというのは苦痛を伴うことだからだ。ヨウが口を閉ざした理由は分からないが、本人が言いたくないことをわざわざ聞き出すこともないだろう。

「……お兄さんは元気なの?」

 涼はしばし迷ってから尋ねた。ヨウが語らない理由は彼にあるのではないかと思ったからだ。幸介と友弥もそれを感じていたようで、咎めるような目を涼に送ってくる。ヨウがこんなにも慕っている様子を見せているのに、三人ともヨウの兄の姿を見たことがなかった。

「さあ……元気、じゃねえかなあ……」

 ヨウはふっと遠い目になって小さく言った。その目が無意識か窓の方に向けられ、カーテン越しに空の彼方を見ようとする。ヨウらしくない歯切れの悪い言葉とまるで昔の影を追うような瞳に何も言えなくなる。
 そっか、とかろうじて答えることしかできなかった。先程までの快活さをなくしたヨウに静かな空気が流れる。謝るべきなのか黙っているべきなのか涼が考えあぐねていると、しんみりとした顔つきからなんとか元の明るい顔に戻ったヨウが気にするなというように笑った。それが余計に触れられたくないところに触れてしまったのではないかと思わされて痛ましく感じられる。
 ゲームの続きをやる気分でもなくなってしまい、どこか重い雰囲気のまま夜は深まっていくのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...