裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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なんでもない話

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 ヨウは幼い頃に両親を亡くし、兄を唯一の家族として育った。ヨウの記憶の中にはほとんど両親の面影は残っていない。身寄りのなくなった二人はスラムで身を寄せ合って生きていくことになったが、兄は決して両親は自分達を捨てたわけではないとヨウに言い聞かせた。
 兄が言うには両親は優しくて善良で、いい家族だったと言う。ヨウは父や母というものを知らないなりにそうだったのかとそれを信じていた。兄は両親はヨウのことを深く愛してくれていたのだと言い、自分が代わりにヨウを守るとよく言っていた。
 子供にまともな仕事ができるわけがなく、兄はヨウを食べさせるためにスリや盗みをしてその日の食事を賄っていた。ヨウも少し成長すると兄と同じように盗みをするようになった。初めのうちは捕まってひどく折檻されたこともあったが、すぐに逃げ足が速くなりスラムの街を自分のもののように駆け回ることができた。ヨウの運動能力と基礎体力はここで養われたと言っていいだろう。
 スラムの隅の小さな家に大切に溜め込んでいた僅かな財産を盗まれたことも数えられないほどあった。治安がいいわけもなく、危ない目に遭わない日の方が少ない。そんな中でヨウは危機管理能力を磨いていった。直感が鋭いのは生まれ持った素質と培った経験の両方であろう。判断を間違えれば死ぬような場面も何度かくぐり抜けてきた。
 ヨウも兄も任される仕事は次第に大きくなっていった。それから色々とあってヨウは友弥と幸介に出会い、殺し屋となった。







「はいおしまい」

 想像よりも短く終わってしまった話に一同は思わず不満そうな声を漏らす。特に最後の方はあまりに投げやりだ。その色々を聞きたいのだが、ヨウはもう口を噤んでしまいこれ以上は話さないという雰囲気を纏っている。

「全然詳しいこと教えてくれないじゃんー」
「おしまいったらおしまい!」

 涼がむすっとして見せてもヨウは子供のようなことを言って教えてくれない。無理に話すこともないと幸介と友弥は苦笑する。過去にいい思い出がない二人には昔を振り返るというのは苦痛を伴うことだからだ。ヨウが口を閉ざした理由は分からないが、本人が言いたくないことをわざわざ聞き出すこともないだろう。

「……お兄さんは元気なの?」

 涼はしばし迷ってから尋ねた。ヨウが語らない理由は彼にあるのではないかと思ったからだ。幸介と友弥もそれを感じていたようで、咎めるような目を涼に送ってくる。ヨウがこんなにも慕っている様子を見せているのに、三人ともヨウの兄の姿を見たことがなかった。

「さあ……元気、じゃねえかなあ……」

 ヨウはふっと遠い目になって小さく言った。その目が無意識か窓の方に向けられ、カーテン越しに空の彼方を見ようとする。ヨウらしくない歯切れの悪い言葉とまるで昔の影を追うような瞳に何も言えなくなる。
 そっか、とかろうじて答えることしかできなかった。先程までの快活さをなくしたヨウに静かな空気が流れる。謝るべきなのか黙っているべきなのか涼が考えあぐねていると、しんみりとした顔つきからなんとか元の明るい顔に戻ったヨウが気にするなというように笑った。それが余計に触れられたくないところに触れてしまったのではないかと思わされて痛ましく感じられる。
 ゲームの続きをやる気分でもなくなってしまい、どこか重い雰囲気のまま夜は深まっていくのだった。
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