裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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茶飯事を一捲り

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 古びたアパートの一室、薄い扉を前に二人の男が佇んでいた。佐々木はベルを押し、中に声をかける。

「すみませぇん、こんちわー」

 気怠げに間延びした声をかけるが、返答はない。今度は扉をノックし、何度か声をかける。

「いるのは分かってるんですよぉ」

 関西訛りの抑揚で言葉が続く。つい先程まで中で生活音が聞こえていたのは確認済みだ。居留守を使っているらしい相手に、佐々木は後ろに控えていた乾を振り返って肩を竦める。慣れていることだが、仕事が滞るのは喜ばしくない話だ。

「借りたお金、返してくださいよー」

 佐々木はわざとらしく周囲の住民に聞こえるような声量で声かけを続けた。乱暴になったノックの音にも反応がなく、どうやら知らぬ存ぜぬを通すつもりらしい。
 集金の仕事はたいてい外部に委託するのだが、今回は運悪く捕まらず彼らがわざわざ出向く羽目になってしまった。10日で5割の金利がつく闇金融でも利用者は後を絶たないのだから不思議なものだ。

「サッキー、ちょっとどいて」

 ラチがあかないと判断した乾がノックを続ける佐々木に声をかける。ええよな、と目で確認されて佐々木は呆れたそぶりを見せながらもニヤリと笑った。止めるという選択肢はどこにもない。次の瞬間には乾の長い足が振り上げられ、粗末な扉を蹴破っていた。







 表通りから外れた細い道に面したビルの一室。それが安居金融事務所だった。4人のデスクが並んだ部屋の中、苦しげな呻き声が聞こえる。

「なんで金が出せねえんだよ!」

 目を血走らせ、常軌を逸した様子で怒鳴り散らしているのは以前金を借りていった顧客だ。客は息を荒げ、全力で安居に掴みかかっていた。凄まじい力で喉を絞められ安居は顔を歪める。
 安居は名の通りこの事務所の代表人物だ。体重三桁に届かんとする巨体も役に立っていない。細い垂れ目を覆う眼鏡がずれてしまっていた。
 さらなる借金を申し出てきた客を、現在借りている金すら返せていないのだから金の回収ができなくなると踏んで断ったのだ。ここに金を借りに来るほとんどの客がそうであるように、男も切羽詰まっていたらしい。これ以上貸せる金はないと聞いて激昂し、安居を襲ってきた。

「そもそも金利がおかしいだろうが! こんなの訴えりゃすぐ捕まるぞ!」

 安居はなんとか引き剥がそうとするが男の力は凄まじい。口の端に泡を溜めながら怒鳴り散らす姿は異様で、正常な状態とは思えなかった。さてはドラッグに金を注ぎ込んでいるのかと朦朧とする頭で安居は思い至る。

「こんな事務所潰してやるよ! 仲間呼んできたからよ、覚悟しやがれ!」

 ヒャハハ、としわがれた声で狂ったように笑う。呼吸が苦しく、視界が狭まっていく。男の手を引き剥がそうとしていた両手を離し、何か武器になるものはないかと探るが間に合いそうにない。抵抗がなくなったことで一層強く締め付けられ、意識が遠のく。

「っ、がっ! げっほ! ごほっ…はぁっ……!」

 もう限界だと足から力が抜けた瞬間、強い衝撃があって急激に酸素が入り込んできた。床に崩れ落ちそうになり、膝をつく。落ちかけた眼鏡を直して顔を上げれば、息苦しさに滲んだ視界の中に頼もしい背中が見えた。

「そんなんしたらあかんやろ」

 床に倒れた男を見下ろして淡々と告げる冴島に、安居は安堵の息を吐く。冴島は柔らかく下りた茶髪の隙間から鋭く男を見ていた。瞳を縁取る長いまつ毛が冴島の目力をより強くしている。

「サエニキ……」

 安居は掠れた声で冴島のあだ名を呼ぶ。冴島の冷えた視線が気遣うようなものに変わって安居に向けられた。

「やっすん、大丈夫か?」

 冴島もまた安居を普段のあだ名で呼び返した。人の良さそうな垂れ目に心配げな色を乗せて安居を覗き込む。
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