裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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危うきに近寄る

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 ふらついた幸介を見て不良達は見たことかと勝者の笑みを浮かべていた。獲物を見ているような見下した笑いが続く。次いで二撃目が腹に叩き込まれ、今度は後ろへと体が弾かれた。抵抗もなくされるがままになっている幸介に得意げになって拳と蹴りを叩き込んでいく。

「オラァ! ぶっ殺してやんぞ!」

 打たれっぱなしになっている幸介を嗤いながら不良は高らかに叫ぶ。その言葉に、顎を跳ね上げられていた幸介がそのままギロリと視線を下げた。

「殺す……?」

 幸介の纏う雰囲気が変わり、好き勝手に殴打を繰り返していた不良達も手を止める。いくら馬鹿でも様変わりした空気には気づいたらしい。それでもまだ自分達が相手にしているのが何者なのかも分からずにただ立ち尽くしている。

「聞き捨てなんねえなぁ。黙って殴られてやろうと思ったのによ」

 幸介はゆっくりと正面に向き直り、明らかに獰猛になった目で不良達を捉える。ビクッと不良達が後ずさったのは視線の強さにだけではない。

「なんで……あんだけ殴ったのに……」

 人を壊すことなどなんとも思わない男達が全霊の力を込めて暴力を振るったはずだった。それなのに、幸介はふらついているどころか殴られた痕すら見られない。
 確かに手応えはあったはずなのだ。それなのに、なぜ目の前の男が平気で立っていられるのか分からない。不良達は何か嫌な感覚を覚え始める。腹の奥にひゅうっと風が吹き込んでくるようだった。それが臆病風であると気がつかない三人は未だ強気な態度を繕い続ける。
 それでもなお引かない男達に幸介は気配の違う笑みを浮かべた。薄暗い微笑みにゾッと足元が消えるような心地がする。

「人を殺したこともないくせに」

 笑みを含んだ声だったが確かにそれはとどめだった。不意に恐怖が押し寄せてきて男達はがくっと足の力を失う。今すぐに逃げなければ無事では済まないという危機感があるのに体は怯えて動いてくれなかった。呼吸が浅くなり、震えが止まらなくなる。膝が笑って立ち上がれない。
 変わらずそこに立っている男があまりに大きく見えた。見下ろしてくる瞳が恐ろしすぎて目を逸らせない。自分が相手にしている男が強大であることに初めて気がついたがもう遅い。命乞いをする暇もなく牙の届く場所で膝をつかされている。
 震えが頂点に達したところで体を押しつぶさんばかりだった圧力がふっと無くなった。体の自由が戻ったと分かった瞬間、男達は慌てて立ち上がる。

「今度からは相手見て喧嘩売れよ」

 ひぃ、と悲鳴をあげて転げそうになりながらよたよたと逃げていく背中に幸介は面白そうに声をかける。すいませんでした、とでも言ったのだろうか、言葉にならなかった高い声が返ってきてまた呆れたように笑った。

「殺気出してやるなよ、可哀想に」

 男達の背中が見えなくなったあたりで完全に気配を消して見守っていたヨウが哀れむように言う。本物の殺し屋が放つ殺気はあまりに明確に死の恐怖を味合わせてしまったらしい。
 たかが不良を跪かせるのに強い言葉も暴力も必要ないのだ。実際幸介がその気になれば数秒足らずで死体が三つできていたことだろう。両者が同じレベルでないと喧嘩にならないとは誰が言ったことだったか。まさに獣に挑んだ赤子のような愚かさだった。無傷で逃がしてやっただけでも優しいだろうと幸介はなんて事はなさそうに再び歩き出した。
 幸介の歩みはいつも通りで、少しも怪我を負ったようには見えない。三人それぞれに数発ずつは受けていたように見えたのだがとヨウは舌を巻く。幸介は幼い頃に培った技術なのか、殴られたふりをするのがあまりに上手い。ギリギリのところで流しているのだろうが、相手に手応えを与えながらも自分は痛みのないラインを見極めるなどヨウでもできそうになかった。
 初めて見た男達には幸介が鉄でできているように思えだろう。やり返さずにされるがままになってやったのは優しさだというが、立派にトラウマになりそうだと苦笑した。

「さっさと帰って飯食おうぜ」

 幸介は札束の入ったポケットに無造作に両手を突っ込んでそう笑う。その笑顔は彼らに見せた陰のあるものではなく人懐っこいいつも通りのものだった。
 おう、と返してヨウも隣に並んで歩き出す。涼からはまだ帰ってこないのかと呑気なメッセージが入っていた。幸介相手に喧嘩を売るような命知らずもいるものだなあとしみじみ思いながらヨウはもう帰ると返信をするのだった。
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