裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

文字の大きさ
上 下
19 / 114
私の体

3

しおりを挟む
「ただいまあ」

 ゆるく言いながら玄関を開けると、おかえり、と口々に返ってきた。涼以外の三人は揃っていたようでリビングで各々好きなことをしている。そのテーブルに食べ終えた後の食器があるのを見て涼は嘆きを漏らした。

「あー、俺夕飯まだなのに……」

 先に食べてしまったのなら買ってくればよかったと後悔する。涼が不満そうに近寄っていくと、ヨウが眉根を寄せた。嗅ぎ慣れぬ匂いに気づいたからだろう。

「知らねえよ」

 冷たく返してヨウはまた手元に目を落としてしまう。涼が夜遊びに行けば朝まで帰ってこないこともしばしばなので先に食べるのも当然なのだが。

「涼、俺コンビニにアイス買いに行くからさ、一緒に行かない?」

 知らないふりの幸介とヨウとは違い、友弥はそんな言葉をかけてくれる。なんていいやつなんだと感動して涼はありがたくその言葉に乗らせてもらうことにした。

「俺のもよろしくー」
「え、やだ」

 幸介から投げかけられた言葉を友弥はバッサリと切り捨てて財布を持つ。拗ねる幸介を無視して行く友弥に続き、再び外に出た。
 近くには数種類コンビニがあって非常に便利だ。静かな夜道を並んで歩いていると、 友弥が前を向いたままぽつりと言った。

「煙草吸ったの?」

 涼から他の人間の匂いがすることは珍しくないが、煙草の匂いは移っただけではないと気づいたのだろう。涼は少し前の口内を思い出して苦く笑う。ざらついた舌の感覚と慣れない味は珈琲で洗い流したにも関わらずまだ少し残っている。
 涼はポケットに手を突っ込んで空を見上げると、自嘲するように笑みを貼り付けた。

「お説教のために背伸びしてみただけ」

 指先に箱の角とライターのつるりとした感触が触れる。今日の男が今度の約束にと手渡したものだった。次に会う時まで持っていてくれという戯れの約束だ。
 夜の街に似つかわしくない初心な少女の前で少し大人らしいところを見せようとしたら苦いわ煙はおかしなところに入るわで最悪だった。らしくなく偽善ぶったことをしてみたが、思ったより強そうな子で何よりだ。

「やっぱ慣れないことするもんじゃないね」

 涼は冗談めかして言いながら足を早めてコンビニの方へ向かって行く。友弥が追いつくまでの間に、ポケットの中に入っていた煙草の箱とライターをゴミ箱に落とした。
 友弥は何を言うこともなく、ただ涼を見て早く行こうというようにコンビニの扉を開けただけだった。友弥が引き開けてくれた扉をくぐって眩しいほど明るい店内に入る。
 なんだかんだで幸介やヨウの分のアイスも買ってやるのだろうと思って涼はカゴを持った。友弥がちらっと棚を見たかと思えば迷わずカゴの中に小さな箱が投げ込まれる。涼が最近気に入っているチョコレート菓子だった。気づいて友弥を見れば、すたすたとアイスの方へ向かってしまっていた。
 友弥なりの労りかと涼はくすぐったい気持ちで少し笑う。アイスを選ぶのが遅いのは気恥ずかしさを感じているからだろう。不器用な優しさが嬉しくて頬が緩む。みんなで分けられるようにもう一箱同じものをカゴに放り込むと、涼も夕飯を探しに友弥の方へと歩いていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...