裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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私の体

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 なんだか馬鹿にされてるみたいでじとっと見ていると、駄々っ子を相手にしてるみたいに困った笑顔をする。

「俺ね、姉ちゃんと妹がいんだけどさ。どっちも父親が違うんだよね」

 男の人は首の後ろを撫でながらそんなことを言う。長くなっていた煙草の灰が勝手に落ちてふわふわと舞っていた。

「俺も父親が誰だかわかんないんだってさ。だから、生まれつきっていうか血っていうか、そういうのなの」

 彼が言う通りなら、母親から譲り受けた性質みたいだ。それでいろんな相手と寝まくるなんて、なんか呪いみたいだ。もしくは復讐とか、そういう怖いやつ。男の人は相変わらず優しそうな顔をして少し眉を下げた笑顔を向けてくる。

「俺は楽しくやってるけどさあ、そうじゃないならやめときなって」

 冗談っぽい口調で言われたけど私の中には重く響いた。誰にもこのことを言ったことがなかったから、こんな風に止めてくれる人なんていなかった。お金が欲しいならあげるよって誘われては体を明け渡して、そういうものだと思っていた。まるで私が大事なものみたいに言ってくれる人がいるとは思わなかった。

「……なんで、優しくしてくれるんですか?」

 なんの対価もなく心配したり叱ったりしてくれるなんて。無償の優しさが不思議でそう聞くと、男の人はふっと目を細めた。

「俺が優しく見えるの?」

 急に変わった雰囲気に息を飲む。流し目で見られただけで動けなくなるみたいだった。笑顔だって、さっきまでの人畜無害な感じじゃない。今にも牙を剥きそうな、危険なものになっていた。
 私が固まっていると男の人はその一瞬が夢だったみたいにさっきの笑顔に戻ってくすくすと笑っていた。

「ほら、そろそろ帰った方がいいんじゃない」

 まるでこの男の化けの皮が剥がれる前に立ち去れと言われてるみたいだった。夜の街に飲み込まれてしまう前に。きっと、もうここは私のいる場所じゃないんだと思う。

「これついでに持ってってよ」

 男の人はそう言って怠そうな仕草でシワになった札を差し出してきた。お金をもらったこと自体が迷惑で持ち帰りたくないんだって風に見せてるけど、そんなの騙されない。募金ってことでしょ、それって。

「いりません」

 自分がどうやってお金を稼いでるか知ってるからそんなことできない。すごく嫌な思いして、でも耐えて耐えて、やっと手に入るものなのに。
 男の人はちょっと眉を寄せてさっき一瞬見せたような暗い目をした。手から煙草が落ちたかと思うと気づけば距離を詰められていて、真近に彼の顔があった。大きな手が私の顎から頬を包み込んでいて、目が逸らせない。

「じゃあ俺に抱かれてみる?」

 それで支払うならいいでしょ、と低くなった声で言う。笑顔を消してじっと見てくる目は冷たいものだったけど、なんだ、やっぱり優しいんじゃん。
 私は怖いのを堪えて笑ってみせる。こうやって表情を作るのは少し慣れたんだから。

「こんなガキには興味ないって顔してますよ」

 反撃するように言い返せば、男の人は数秒黙って見つめた後にふっと張り詰めていた空気を解いて手を離した。参ったというようにへにゃっとした顔になっている。私が嫌だって言ってたら無理やりお金持たせて逃げさせる気だったりして。そうやって悪者になろうとするのを、優しいっていうんじゃないの。

「女の子も好きだよ?」

 男の人はそう言って落とした煙草を踏みにじって火を消した。煙草の匂いだけが残っている。ろくに吸われなかった煙草は靴底ににじられて平たくなってしまっていた。

「一服に付き合ってくれたお礼だと思ってさ」

 そう言ってもう一度差し出されたお金を今度は素直に受け取った。そうまでして自分を救ってくれようとする人を押しのけるなんてできない。男の人は満足そうに目を細めて、それじゃあと背中を見せてしまった。
 その背中を少し見送って、私も反対方向に歩き出す。多分、私はもうここには来ないような気がする。まだどうなるか分からないけど、止めてくれる人に出会えたから。二人分のお金をぎゅっと握りしめて、私は夜の街から出て行く。
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