裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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雨のお届けもの

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 一刻も早くと足を急がせている明け方近く、運の悪いことに鉛色の空からぱたぱたと雫が落ちてきた。雨の中を走る男は、癖のない黒髪を跳ねさせていた。前髪はやや右寄りの中央で分けられている。右目の下に縦に二つ並んだほくろが特徴的だった。彼は自らをレプリカと名乗っていた。
 突然の雨に打たれながらレプリカはだるい足をなんとか動かして早歩きから小走りへと足を早める。それでもずっしりと重たい体はたいして速度も変わらず、いたずらに濡らされながら思うように進めないでいた。視界もふらついて少し暗い。それでも鞄だけは濡らさぬようにと抱き込むようにして庇いながら道を急いだ。
 通いなれた建物の裏に回り、裏口を叩く。事務所の入り口は二階だが、長年の付き合いからレプリカは住居である一階の扉から出入りしていた。連絡をしてあったため、すぐに扉が開く。扉の隙間から眠気のせいで不機嫌そうなヨウの顔が覗き、レプリカが肩で息をしているのを見るとぎょっと目を見開いた。

「うわ、ずぶ濡れじゃん」

 ヨウはレプリカを玄関に招き入れながら部屋の奥に向かって幸介タオル、と彼にしては控えめに叫んだ。レプリカはありがたくヨウに続いて玄関に入ると後ろ手で扉を閉める。雨音が遠くなり、湿度の高い室内の空気に包まれた。

「仕方ないでしょ、急に降ってきたんだから」

 レプリカはまだ息切れしたままそう言う。幸介がすぐにタオルを持ってきてくれてレプリカは乱雑に髪を拭った。靴の中まで濡れなかったのは不幸中の幸いだろう。

「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「へーき」

 幸介はどこぞの赤髪とは違って心配してくれる。レプリカは軽く手を振って部屋に上がった。促されるままにソファーに座る。なかなか呼吸が整わないのが煩わしい。幸介は温かい茶を淹れてくれると言ってキッチンに消えていった。

「これ、急ぎなんでしょ」

 レプリカはすぐに本題に入り、鞄の中から一冊のファイルを取り出すとローテーブルに置いた。向かいに座ったヨウはそれに手を伸ばすとパラパラと捲る。
 レプリカは裏の世界に生きてはいるが、ヨウ達のような殺し屋とは違う。言うならば盗み屋だろう。今回はこの機密の詰まったファイルを取ってくるというのが依頼だった。セキュリティーを突破し、金庫の鍵を破り、望みのものを取ってくる。それがレプリカの仕事だ。その鮮やかな仕事ぶりから怪盗という呼び名がつくほどだ。
 ヨウは目を通しながら、確かに、と仕事の時の真剣な声色で答えた。レプリカは品が間違っていなかったことに安堵してふっと力を抜く。三日以内という厳重な警備にしてはきつい期限内にきっちりと依頼主に届けることができた。これで短くも長かったレプリカの仕事は終わったのだ。

「すげえ大変だったー」

 はあ、とひとつ息を吐く。建物の構造を知り、警備の数を調べ、セキュリティーコードを手に入れて侵入し誰にも気づかれぬようにファイルを取ってくる。ほとんど休みもなく二晩動き続けたせいですっかりくたびれていた。つい先ほどまで敵の腹の中で神経を研ぎ澄ませていたのだから疲労も尋常ではない。
 やはり余程時間のない仕事なのだろう。ヨウは集中して資料に目を走らせ、必要な事柄が全て揃っているか確認している。ファイルを捲る音と雨音が明かりをつけていてもどこか薄暗い部屋に響いている。力の抜けた背は柔らかくソファーに沈み、やっと呼吸が元の静かさに戻ったかと思えば瞼が急速に重みを増していた。
 少しだけ、ほんの少しだけだ、と自分を誤魔化すようにして目を閉じてしまう。そうすればずぶずぶと体が沈んでいくような錯覚がして意識が遠のいていった。とさりとソファーに崩れたことすら気づかないまま、一瞬で眠りに落ちてしまった。
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