裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

文字の大きさ
上 下
20 / 114
雨のお届けもの

1

しおりを挟む
 一刻も早くと足を急がせている明け方近く、運の悪いことに鉛色の空からぱたぱたと雫が落ちてきた。雨の中を走る男は、癖のない黒髪を跳ねさせていた。前髪はやや右寄りの中央で分けられている。右目の下に縦に二つ並んだほくろが特徴的だった。彼は自らをレプリカと名乗っていた。
 突然の雨に打たれながらレプリカはだるい足をなんとか動かして早歩きから小走りへと足を早める。それでもずっしりと重たい体はたいして速度も変わらず、いたずらに濡らされながら思うように進めないでいた。視界もふらついて少し暗い。それでも鞄だけは濡らさぬようにと抱き込むようにして庇いながら道を急いだ。
 通いなれた建物の裏に回り、裏口を叩く。事務所の入り口は二階だが、長年の付き合いからレプリカは住居である一階の扉から出入りしていた。連絡をしてあったため、すぐに扉が開く。扉の隙間から眠気のせいで不機嫌そうなヨウの顔が覗き、レプリカが肩で息をしているのを見るとぎょっと目を見開いた。

「うわ、ずぶ濡れじゃん」

 ヨウはレプリカを玄関に招き入れながら部屋の奥に向かって幸介タオル、と彼にしては控えめに叫んだ。レプリカはありがたくヨウに続いて玄関に入ると後ろ手で扉を閉める。雨音が遠くなり、湿度の高い室内の空気に包まれた。

「仕方ないでしょ、急に降ってきたんだから」

 レプリカはまだ息切れしたままそう言う。幸介がすぐにタオルを持ってきてくれてレプリカは乱雑に髪を拭った。靴の中まで濡れなかったのは不幸中の幸いだろう。

「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「へーき」

 幸介はどこぞの赤髪とは違って心配してくれる。レプリカは軽く手を振って部屋に上がった。促されるままにソファーに座る。なかなか呼吸が整わないのが煩わしい。幸介は温かい茶を淹れてくれると言ってキッチンに消えていった。

「これ、急ぎなんでしょ」

 レプリカはすぐに本題に入り、鞄の中から一冊のファイルを取り出すとローテーブルに置いた。向かいに座ったヨウはそれに手を伸ばすとパラパラと捲る。
 レプリカは裏の世界に生きてはいるが、ヨウ達のような殺し屋とは違う。言うならば盗み屋だろう。今回はこの機密の詰まったファイルを取ってくるというのが依頼だった。セキュリティーを突破し、金庫の鍵を破り、望みのものを取ってくる。それがレプリカの仕事だ。その鮮やかな仕事ぶりから怪盗という呼び名がつくほどだ。
 ヨウは目を通しながら、確かに、と仕事の時の真剣な声色で答えた。レプリカは品が間違っていなかったことに安堵してふっと力を抜く。三日以内という厳重な警備にしてはきつい期限内にきっちりと依頼主に届けることができた。これで短くも長かったレプリカの仕事は終わったのだ。

「すげえ大変だったー」

 はあ、とひとつ息を吐く。建物の構造を知り、警備の数を調べ、セキュリティーコードを手に入れて侵入し誰にも気づかれぬようにファイルを取ってくる。ほとんど休みもなく二晩動き続けたせいですっかりくたびれていた。つい先ほどまで敵の腹の中で神経を研ぎ澄ませていたのだから疲労も尋常ではない。
 やはり余程時間のない仕事なのだろう。ヨウは集中して資料に目を走らせ、必要な事柄が全て揃っているか確認している。ファイルを捲る音と雨音が明かりをつけていてもどこか薄暗い部屋に響いている。力の抜けた背は柔らかくソファーに沈み、やっと呼吸が元の静かさに戻ったかと思えば瞼が急速に重みを増していた。
 少しだけ、ほんの少しだけだ、と自分を誤魔化すようにして目を閉じてしまう。そうすればずぶずぶと体が沈んでいくような錯覚がして意識が遠のいていった。とさりとソファーに崩れたことすら気づかないまま、一瞬で眠りに落ちてしまった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~

扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。 (雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。 そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス ※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...