裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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私の体

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 気持ち悪い。ただただ、気持ち悪い。ホテルを出るとやっと私の体に触れていた手が離れていった。いかにもそういったことをする場所だというように周りには似たようなホテルがたくさん並んでいる。いわゆるラブホテルというやつは、入るのはまだ数回目だ。そして今日初めて会った男はやっと何枚かの札を渡してきた。何事か話しかけてきたけど聞きたくもない。お金さえくれればそれでいい。男が行ってしまった後も、私はまだその場から動けなかった。自分の値段分のお金を握りしめて、泣きたい気持ちでアスファルトを睨む。
 だって私、高校生なんだよ。本当はこんな風に知らない人とエッチなことしてお金もらうなんてありえない。普通は好きな人とドキドキしながらするんでしょ、こういうこと。汚いお金だけど、嫌で仕方がないけど、それでも大切だからぎゅっと札を握りしめた。お金のためなんだから仕方ないって言い訳しながら死にたくなってくるのを堪える。
 どうしよ、泣いちゃいそう。突っ立って俯いていたら急に隣のホテルから誰かが出てきてびくっとした。思わずそちらを見てまた驚く。並んで出てきたのはどちらも明らかに男の人だった。背が高くてしっかりした体の、大人の男の人だ。ホテルから出てきたってことはそういうことなんだろう。そういうものがあるって知ってはいたけど、見るのは初めてだった。
 片方の人が何か手渡している。もう一人はいらないって断ったみたいだけど、強引に渡されて受け取ったみたいだ。私にはすぐわかった。あれは、今私の手の中にあるのと同じ、お金だ。お金を渡した方の男の人はそのまま歩き去ってしまう。残された方は私と同じように立ち尽くして手の中のお金を見て、そして、目が合ってしまった。
 じっと見つめていたのがバレたみたいで、バツが悪くて焦る。でも目を逸らすにはもう遅くて、ただ見返すしかできなかった。そこに立ってた男の人はなんとなく私と同じ匂いがしたから。

「どうしたの?」

 男の人は不思議そうに言って私を見てくる。多分、知り合いじゃないのを確認してるんだと思う。そんなに離れてるわけじゃないから大きな声を出さなくてもちゃんと聞こえた。顔だってホテルの明かりのせいではっきり見えている。
 男の人は上も下も黒い服を着ていて、開けすぎなくらいの胸元から白い肌が見えている。髪の毛だって真っ黒で、前髪は目に被るくらいに長い。首とか腕は太くてしっかりしてて、男らしい体つきなのになんだか変だ。男の色気っていうには纏っている空気がちょっと違う感じがする。

「あ、あの……えっと……」

 私はどうしたらいいかわからなくなってしまう。別に何か話したいことがあったわけでもないし。私がおどおどとしていると、男の人はちょっと笑ってこっちに近づいてきた。あんまり男の人に寄られるのは好きじゃないんだけど、なんだかこの人は嫌な感じはしなかった。

「それ、お仕事?」

 男の人は私がぎゅっと握っていたお金を指差して軽く聞いてくる。私はギクリとして男の人を見返した。彼はいつのまにかもっていた札をポケットにねじ込んでいる。私は小さく頷くことしかできない。仕事だなんて言われると悲しくなってまた泣きたくなってきてしまった。
 ふーん、と言って男の人はちょっと考えるように口元を触った。それからお金が入ってるのとは逆の方のポケットを探って潰れかけた煙草の箱とライターを取り出した。ちらっとこっちを気にしたみたいだからどうぞって会釈で応える。今日の人だってベッドで平気で吸ってたんだし、今更関係ない。
 男の人はなんだか不器用に煙草を一本取り出すと口に咥えた。数度空回りしてからやっと火をつけたライターに恐る恐る煙草の先を近づけて長いこと時間をかけて火を移す。ふわっと煙が出てきたかと思うとすぐに指で挟んで口から離してしまった。

「っと、俺がなんか言うことじゃないんだけど、さ」

 けほ、と軽く煙を吐き出して彼は少し苦しそうに言った。邪魔になった煙草の箱とライターをまたポケットに押し込んで、言葉を探すように煙の先を見ている。

「好きでやってるわけじゃないんでしょ? その仕事」

 そう視線を向けられて唇を引き結ぶ。誰がこんなこと望んでやるものか。金が必要でなければすぐにやめたい。ただ、この歳で簡単にたくさん稼げるものなんてそうそうなくて、仕方なくやっているだけだ。
 私が涙目で睨みつけているのが分かったのか、男の人は困ったように少しだけ笑った。

「だったら早くやめたほうがいいよ」

 無責任な言葉にカッと頭に血が上る。白い煙の向こう側でなんでもお見通しみたいな顔をして、大人の顔をして、こっちを見てくるのが気にくわない。私の痛みも苦しみも何にも知らない、他人のくせに。

「それができたらっ……」

 簡単にやめられるなら最初から始めてなんかいない。私が押し殺した声で怒りを見せると、男は煙が目に染みたみたいに少し目を細めた。

「そんなにお金が必要ならさ、助けてくれるちゃんとしたところがあるでしょ」

 男はほんの少し煙草に口をつけて一度言葉を切る。

「若いってだけで助けてもらえるんだからさ。歳とったら勝手に責任取らされるようになるよ?」

 男は何を知っているのか、煙と共にそんなことを言ってまた煙草を離した。もしかして、この人も責任とやらを取らされてこんなことをしているんだろうか。大人になってしまったから助けてもらうこともできなくなって、私みたいなやり方でお金をもらってるんだろうか。

「ああ、俺のはただの趣味」

 私がそんなことを考えていたのが分かったのか、男はそう言ってくすっと笑う。ますます意味がわからなかった。だってお金をもらってたってことはさっきの人はこの人の恋人じゃない。私が嫌で仕方ないことを、喜んでやってるって言うんだろうか。

「どうしてそんなこと……」

 思わず非難がましい声が出てしまう。する必要もないのに、どうして。学校で噂の先輩は彼氏をとっかえひっかえしてたけど、寂しいからって言ってた。よくわからないけど、性行為で寂しさを埋めようとする人間がいるんだってことは知ってる。

「寂しい、から?」

 そっと聞いてみたら男の人はちょっと目を丸くしてそれからくしゃっと顔を崩してけらけらと笑った。心底おかしいみたいに笑うから私が変なことを言った気分になる。そんなに笑うことないじゃんってムッとしたら、男の人はまだ体を震わせながらごめんごめんと謝った。
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