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第二章 三年前
『悪友』と『私』【4】
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【20】
私の話を聞いていたローズロッテは、自分の腕を私の腕に回し、顔を隠すようにして肩を震わせながら声を押し殺して笑っている。
「ぷっ、ぷぷっ、リルディア様ったら本当に楽しい御方ですわね。私も今度是非、リルディア様に私の似顔絵を描いて頂きたいですわ。ああ、私の父上の似顔絵もお願い致しますわ。そしてリルディア様のご#傑作を是非とも拝見させて下さいませ。それにしてもまさか『例え』で申し上げました事がすでに実証されていらっしゃっただなんて驚きましたわ。さすがはリルディア様ですわね。
ーーねえ? リルディア様? 私、本当にリルディア様が大好きですのよ。ですからリルディア様はこれからも私の一番の美しい『お人形_』でいて下さいね? 私、自分のお気に入りのお人形はとても大切にしておりますのよ? 先ほどは綺麗なものほど汚したくなると申しましたが、それが自分のものであればお話は『別』でしてよ。逆に自分のものであれば決して汚れない様、常に綺麗な状態にしておきたいのですわ」
彼女の言葉に私はああ、と納得する。彼女の趣味は人形やぬいぐるみ集めで特にお気に入りの人形は自分以外の誰にも触れさせず更に自分とお揃いのドレスをあつらえて着せ、常に自分の傍に置いて、まるで生きている人間を相手にするかのように人形に話し掛けたりととても大事にしている。だから彼女が私を『お人形』と比喩するのは、私も彼女の今現在のお気に入りの『お人形』のようなものなのだろう。その感覚は私にはよく分からないのだけれど。
「ふふっ、リルディア様は現実はそんなに甘くはないと仰いましたが、私はそうは思いませんわ。主人公が必ず最後には笑うだなんて、何処のどなたがお決めになられましたの? 魔女が笑っても良いではありませんか。私は断然、妹魔女の方を応援致しますわ。そして主人公がその邪魔をするならば、その“原因元”を潰してしまえば良いだけの事。
もし私がその物話に出てくるならば、大切なご友人である妹魔女の為に いくらでも働きますわよ? ですから私がいる限り、決して主人公が笑う事はございませんわ。そんなものいくらでもねじ伏せてご覧にいれますわよ」
私の隣で悪びれもなく ニコニコと微笑むローズロッテに私は呆れた表情で小さくため息をつく。
「………つくづく、貴女だけは敵に回したくはないわね。………きっとその魔女も良い『友人』を持って喜んでいるわよ。いえ、この場合は似た者同士『類友』もしくは『悪友』とでも呼ぶべきなのかしら?」
するとローズロッテは口角を上げてニヤリと笑う。
「まあ! 素敵!! 『悪友』だなんてすごく親密な感じで大変良いですわ~ そこで早速ですが、その『悪友』からご相談があるのです。それこそ親書の“本題”ですわ」
「………ローズ。貴女のその笑顔はまるで悪巧みでも企んでいるような顔よ?」
私が怪訝そうに見つめるも、そんなローズロッテはどこか楽しそうだ。
「ふふっ、勿論、そうとも言えなくもないですわ。なんと申しましても私達は『悪友』なのですもの。では、あちらのテーブルに参りましょう? 大事なお話は後ほどゆっくりと。まずはお茶とお菓子を楽しんで頂きたいですわ。こちらの方も我が家の料理長が腕によりをかけた特別なお菓子をご用意しておりますのよ」
「はあ………本当にお話だけ聞いたらお暇するつもりだったのにーーこれはいつも以上に長くなりそうだわ」
そんな私は深いため息をつきながらローズロッテに促されるままに『魔女の森』の中にあるテーブルへと向かった。
*****
私達がテーブルにつくと、直ぐに私達と同じ様な格好をした様々な動物の耳や尻尾をつけている若い侍女達が給仕に入__はいる。私はその光景を眺めながら口を開いた。
「ーーそれにしても徹底しているわね。侍女達にまで私達と同じ格好をさせているだなんて。こんな風に皆が同じ格好をしていると見慣れてしまって、自分の姿が恥ずかしいと思わなくなるわ。これって一種の集団心理というものなのかしら?」
私が忙しなく動き回る侍女達を見つめていると、ローズロッテの方も私の視線の先の光景に視線を向ける。
「クスッ、慣れとはそういうものですわ。ですが本当はもっと違う演出を考えておりましたのに、それを実行出来なかった事だけが、誠に残念でなりませんわ」
そう言いながら本当に残念そうに落胆のため息をつくローズロッテに私は首を傾げる。
「演出?」
「ええ、本来であれば、私が計画しておりましたのは、このような侍女達ではなく、私の選りすぐりの見目の良い若い執事達に耳や尻尾をつけてリルディア様を接待させる予定でしたのよ? その方がずっと楽しいでしょう? ですがそれは父上から『厳禁』されてしまいましたの。なんでも国王陛下の『厳命』でリルディア様には極力『若い男を近付けさせるな』というお達しとの事でしたわ。ですから残念な事にリルディア様とご一緒に異性とのお遊びが出来ませんの。
リルディア様のお父君はあの様にお見えになられても実のところすごく厳しい御方ですのね? 私の父上などはその辺は寛大で『遊びであれば構わない』と、異性との遊びも社会勉強の一つとして容認して下さっておりますのに」
そう言いながら再び残念そうにため息をこぼすローズロッテだったが、私はといえば苦笑いを浮かべるだけだ。異性との遊びが社会勉強とは果たしてそれは深窓のご令嬢のお父上の言葉で良いのだろうか? だからこそローズロッテが“恋多き女”と呼ばれる所以では??とは思ったが、それこそ各家庭のルールである事なので自分の主観は敢えて口には出すまい。
そして私は侯爵家の料理長が腕をふるったという、これまた豪快な特大のホールケーキの中のキャンディを探すゲームや、何の味かを当てる謎の焼き菓子など思いのほか楽しい時間を堪能し、ローズロッテから、この庭の制作秘話などを長らく聞いていたが、ふと空を見ると、かなりの長い時間が過ぎていたようで日が傾きはじめて空も夕陽の色にほんのりと染まってきている。このままだと私は“本題”を聞く前に城に戻らなくてはならない。そこで私は会話のタイミングを見計らって話を割り込ませる。
「ーーところで、ローズ? そろそろ“本題”に入らない? このままだと完全に日が落ちてしまうわ。さすがにそろそろ城に帰らないと皆に心配をかけてしまうし、特にお父様は最近神経質になられていらっしゃるから、こういう事には煩いのよ。あまり心配をかけてしまうと本当に城から出してもらえなくなるわ」
私が帰る時間を気にしながら口を開くとようやくローズロッテも私の話に耳を傾ける。
「まあ、もうそんな時間ですのね? リルディア様とご一緒だと本当に楽しくてつい時間を忘れてしまいますわ。それでしたら是非夕食もご一緒に、とお誘いするところでしたのですけれど、さすがに国王陛下にご心配をおかけするわけには参りませんわね。リルディア様が外出禁止になられては私も困りますもの」
ローズロッテはそう言うなり周りの侍女達に指示を出して、人払いをすると、この場は私達二人だけの空間になった。そんなローズロッテは周囲の状況を確認すると一息つくように紅茶を口に運ぶ。
「ねえ、まさか本当に“悪巧み”なの? 先に言っておくけれど、私はそういう事には一切協力しないわよ? 私は意地悪をするにしても自分一人で実行する主義なの。誰かの手を借りるとか集団でつるんでとか、それは私の性分ではないわ」
人払いとか、やはり碌な話ではないなーーと悟った私は、ここは先手必勝とばかりに敢えて先に釘を刺しておく。しかしローズロッテの方はお構い無しといった表情だ。
「ええ、それは重々承知しておりますわ。リルディア様は曲がった事がお嫌いですもの。ですからこれはあくまで私個人のご相談ですわ。その内容には少々リルディア様も関わっておいでになるものですから、どうしてもお話だけでも聞いて頂きたくて、不躾にもこうしてご足労をおかけしてしまいましたの。本当に私の我儘の為に申し訳ございません」
嘘か本心かは定かではないが、彼女が本当に申し訳なさそうな表情をするので、私はそんな彼女を疑っている自分に対して困惑してしまい慌てて首を横に振る。
「それはいいのよ。貴女が謝る必要なんてないわ。貴女の所に訪問する、しないは私の自由だし、しかも貴女の家の都合も構わずに、いきなり不躾に押し掛けたのは私の方なのだから、私の事は全く気にしなくとも大丈夫よ。それに私もこうして十分過ぎるほど楽しませて頂いたし、今日は本当にここへ来てよかったわ。私でよければ相談くらいなら受けても構わないのだけれど、それに対して何かを望むのは期待しないで? 私は理由もなく他人に優しく手を差し伸べるほど、お人好しではないの」
身も蓋もない言い方だが私も母と同様に誰彼問わず無償で善を施すような善人にではない。しかしそれを聞いてもローズロッテは全く気にする様子もなくニッコリと微笑んで頷く。
「ええ、それで構いませんわ。ふふっ、リルディア様は他の方々とは違い、本当にハッキリとした物言いをなされるので聞いていて気持ちが良いですわ。もし私が『男性』でありましたなら忽ちリルディア様の魅力の虜になってしまいそう」
ローズロッテはそう言って上目遣いで悪戯な視線を向けてくるので、私はそれを呆れたように目を細めて彼女の額を軽く小突く。
「ーーローズ。私にその手の趣味は無くってよ? 手当たり次第は『男』だけにして頂戴。私は貴女が『女』でよかったわ。貴女が『男』だったらなんてとても怖くて想像なんか出来ないもの」
「う~ん、そうですわね。もし私が『男性』であれば、当然、リルディア様をどんな手段を使ってでも手に入れ、誰の目にも触れさせず屋敷の中にずっと閉じ込めておきますわ。そうでもしないと毎日心配でおちおち屋敷も空けてはいられませんもの。そうして私だけが毎日そのお美しいお姿を愛でますのよ? ーーふふっ、なんて素敵なのかしら?」
うっとりと微笑むローズロッテに私は思わず本能的に逃れようと体を引く。
「前言撤回………『女』でも怖いわ」
するとローズロッテは小さく舌を出すとクスクスと笑い出す。
「クスクス、冗談ですわ。そんなお顔をなさらないで? それにリルディア様を縛れる者なんて、簡単にいらっしゃるわけがありませんでしょう? 世の殿方の間ではリルディア様は美しい女性の頂点に立つ大変麗しい御方ですが、密かにこの世でもっとも“難攻不落”の女性とも言われておりますのよ? ご存知?」
「………知らない」
難攻不落? 何それ? 初耳だ………。
私が複雑そうな表情をしていると、ローズロッテはそんな私の両頬を躊躇なく軽く引っ張る。
「ほら、リルディア様。そこはお笑いになられるところですわよ? リルディア様は本当に巷の“話題の中心”でいらっしゃいますのよ? リルディア様にお近づきになりたい殿方はおそらくリルディア様がご想像すらつかないほど自国はおろか各諸国にも沢山おりますわ。ですがリルディア様にはお父君であらせられる世界最強の国王陛下という“最大の壁”がおありなので、セルリアの王太子様のようにリルディア様からお望みにならない限り、どなたもお側に近寄る事すら出来ないのです。
ですからリルディア様のお相手がユーリウス王太子様で本当によかったのですわ。なんと申しましてもお二人はこの世で一番美しいと称されている者同士の非の打ち所のない大変素晴らしい組み合せなのですもの。本当にお似合いのお二人で羨ましい限りですわ」
そんなローズロッテにユーリウス王子とお似合いだと言われて何故かチクリと胸が小さく痛んだ。
「………本当にそうかしら。お似合いだなんて………私は………」
「リルディア様?」
ぼそりと呟きながら表情を曇らせる私にローズロッテは首を傾げて覗き込んでくる。私はそんな彼女の顔を見てハッと我に返ると慌てて首を横に振る。
「ああ、何でもないわ。それよりもまた“本題”から離れているわよ。これではいつまで経っても帰れやしない。早くお話を始めましょう?」
私の言葉にローズロッテも「ああ、そうでしたわ」と態度を一転させる。どうやら私の先ほどの曇った表情はさほど彼女の気には留まらなかったようで内心、ホッと息をつく。
………周囲からユーリウス王子とお似合いだと言われる事が最近心苦しい。以前の私ならばお似合いと言われれば「そうでしょう?」と自慢するところではあるのにーーー今の私は、ユーリウス王子には相応しくない。私は彼をただ自分の我儘な独占欲だけで縛っているのだと薄々思い始めている。
そんな理不尽な婚約を私から強いられているユーリウス王子はそれでも私との関係をとても大切にしてくれている。彼は本当に優しい人だから尚更、私の為に傷付けたくはない。だから本当は彼を自由にするべきだとーーそう思うのに。
私、このままでいいの?
そんな心の葛藤がふとした言葉で時々起こるからこうして意識もなく胸がチクリと痛む。それは誰にも言えないけれどーーー
【20ー終】
私の話を聞いていたローズロッテは、自分の腕を私の腕に回し、顔を隠すようにして肩を震わせながら声を押し殺して笑っている。
「ぷっ、ぷぷっ、リルディア様ったら本当に楽しい御方ですわね。私も今度是非、リルディア様に私の似顔絵を描いて頂きたいですわ。ああ、私の父上の似顔絵もお願い致しますわ。そしてリルディア様のご#傑作を是非とも拝見させて下さいませ。それにしてもまさか『例え』で申し上げました事がすでに実証されていらっしゃっただなんて驚きましたわ。さすがはリルディア様ですわね。
ーーねえ? リルディア様? 私、本当にリルディア様が大好きですのよ。ですからリルディア様はこれからも私の一番の美しい『お人形_』でいて下さいね? 私、自分のお気に入りのお人形はとても大切にしておりますのよ? 先ほどは綺麗なものほど汚したくなると申しましたが、それが自分のものであればお話は『別』でしてよ。逆に自分のものであれば決して汚れない様、常に綺麗な状態にしておきたいのですわ」
彼女の言葉に私はああ、と納得する。彼女の趣味は人形やぬいぐるみ集めで特にお気に入りの人形は自分以外の誰にも触れさせず更に自分とお揃いのドレスをあつらえて着せ、常に自分の傍に置いて、まるで生きている人間を相手にするかのように人形に話し掛けたりととても大事にしている。だから彼女が私を『お人形』と比喩するのは、私も彼女の今現在のお気に入りの『お人形』のようなものなのだろう。その感覚は私にはよく分からないのだけれど。
「ふふっ、リルディア様は現実はそんなに甘くはないと仰いましたが、私はそうは思いませんわ。主人公が必ず最後には笑うだなんて、何処のどなたがお決めになられましたの? 魔女が笑っても良いではありませんか。私は断然、妹魔女の方を応援致しますわ。そして主人公がその邪魔をするならば、その“原因元”を潰してしまえば良いだけの事。
もし私がその物話に出てくるならば、大切なご友人である妹魔女の為に いくらでも働きますわよ? ですから私がいる限り、決して主人公が笑う事はございませんわ。そんなものいくらでもねじ伏せてご覧にいれますわよ」
私の隣で悪びれもなく ニコニコと微笑むローズロッテに私は呆れた表情で小さくため息をつく。
「………つくづく、貴女だけは敵に回したくはないわね。………きっとその魔女も良い『友人』を持って喜んでいるわよ。いえ、この場合は似た者同士『類友』もしくは『悪友』とでも呼ぶべきなのかしら?」
するとローズロッテは口角を上げてニヤリと笑う。
「まあ! 素敵!! 『悪友』だなんてすごく親密な感じで大変良いですわ~ そこで早速ですが、その『悪友』からご相談があるのです。それこそ親書の“本題”ですわ」
「………ローズ。貴女のその笑顔はまるで悪巧みでも企んでいるような顔よ?」
私が怪訝そうに見つめるも、そんなローズロッテはどこか楽しそうだ。
「ふふっ、勿論、そうとも言えなくもないですわ。なんと申しましても私達は『悪友』なのですもの。では、あちらのテーブルに参りましょう? 大事なお話は後ほどゆっくりと。まずはお茶とお菓子を楽しんで頂きたいですわ。こちらの方も我が家の料理長が腕によりをかけた特別なお菓子をご用意しておりますのよ」
「はあ………本当にお話だけ聞いたらお暇するつもりだったのにーーこれはいつも以上に長くなりそうだわ」
そんな私は深いため息をつきながらローズロッテに促されるままに『魔女の森』の中にあるテーブルへと向かった。
*****
私達がテーブルにつくと、直ぐに私達と同じ様な格好をした様々な動物の耳や尻尾をつけている若い侍女達が給仕に入__はいる。私はその光景を眺めながら口を開いた。
「ーーそれにしても徹底しているわね。侍女達にまで私達と同じ格好をさせているだなんて。こんな風に皆が同じ格好をしていると見慣れてしまって、自分の姿が恥ずかしいと思わなくなるわ。これって一種の集団心理というものなのかしら?」
私が忙しなく動き回る侍女達を見つめていると、ローズロッテの方も私の視線の先の光景に視線を向ける。
「クスッ、慣れとはそういうものですわ。ですが本当はもっと違う演出を考えておりましたのに、それを実行出来なかった事だけが、誠に残念でなりませんわ」
そう言いながら本当に残念そうに落胆のため息をつくローズロッテに私は首を傾げる。
「演出?」
「ええ、本来であれば、私が計画しておりましたのは、このような侍女達ではなく、私の選りすぐりの見目の良い若い執事達に耳や尻尾をつけてリルディア様を接待させる予定でしたのよ? その方がずっと楽しいでしょう? ですがそれは父上から『厳禁』されてしまいましたの。なんでも国王陛下の『厳命』でリルディア様には極力『若い男を近付けさせるな』というお達しとの事でしたわ。ですから残念な事にリルディア様とご一緒に異性とのお遊びが出来ませんの。
リルディア様のお父君はあの様にお見えになられても実のところすごく厳しい御方ですのね? 私の父上などはその辺は寛大で『遊びであれば構わない』と、異性との遊びも社会勉強の一つとして容認して下さっておりますのに」
そう言いながら再び残念そうにため息をこぼすローズロッテだったが、私はといえば苦笑いを浮かべるだけだ。異性との遊びが社会勉強とは果たしてそれは深窓のご令嬢のお父上の言葉で良いのだろうか? だからこそローズロッテが“恋多き女”と呼ばれる所以では??とは思ったが、それこそ各家庭のルールである事なので自分の主観は敢えて口には出すまい。
そして私は侯爵家の料理長が腕をふるったという、これまた豪快な特大のホールケーキの中のキャンディを探すゲームや、何の味かを当てる謎の焼き菓子など思いのほか楽しい時間を堪能し、ローズロッテから、この庭の制作秘話などを長らく聞いていたが、ふと空を見ると、かなりの長い時間が過ぎていたようで日が傾きはじめて空も夕陽の色にほんのりと染まってきている。このままだと私は“本題”を聞く前に城に戻らなくてはならない。そこで私は会話のタイミングを見計らって話を割り込ませる。
「ーーところで、ローズ? そろそろ“本題”に入らない? このままだと完全に日が落ちてしまうわ。さすがにそろそろ城に帰らないと皆に心配をかけてしまうし、特にお父様は最近神経質になられていらっしゃるから、こういう事には煩いのよ。あまり心配をかけてしまうと本当に城から出してもらえなくなるわ」
私が帰る時間を気にしながら口を開くとようやくローズロッテも私の話に耳を傾ける。
「まあ、もうそんな時間ですのね? リルディア様とご一緒だと本当に楽しくてつい時間を忘れてしまいますわ。それでしたら是非夕食もご一緒に、とお誘いするところでしたのですけれど、さすがに国王陛下にご心配をおかけするわけには参りませんわね。リルディア様が外出禁止になられては私も困りますもの」
ローズロッテはそう言うなり周りの侍女達に指示を出して、人払いをすると、この場は私達二人だけの空間になった。そんなローズロッテは周囲の状況を確認すると一息つくように紅茶を口に運ぶ。
「ねえ、まさか本当に“悪巧み”なの? 先に言っておくけれど、私はそういう事には一切協力しないわよ? 私は意地悪をするにしても自分一人で実行する主義なの。誰かの手を借りるとか集団でつるんでとか、それは私の性分ではないわ」
人払いとか、やはり碌な話ではないなーーと悟った私は、ここは先手必勝とばかりに敢えて先に釘を刺しておく。しかしローズロッテの方はお構い無しといった表情だ。
「ええ、それは重々承知しておりますわ。リルディア様は曲がった事がお嫌いですもの。ですからこれはあくまで私個人のご相談ですわ。その内容には少々リルディア様も関わっておいでになるものですから、どうしてもお話だけでも聞いて頂きたくて、不躾にもこうしてご足労をおかけしてしまいましたの。本当に私の我儘の為に申し訳ございません」
嘘か本心かは定かではないが、彼女が本当に申し訳なさそうな表情をするので、私はそんな彼女を疑っている自分に対して困惑してしまい慌てて首を横に振る。
「それはいいのよ。貴女が謝る必要なんてないわ。貴女の所に訪問する、しないは私の自由だし、しかも貴女の家の都合も構わずに、いきなり不躾に押し掛けたのは私の方なのだから、私の事は全く気にしなくとも大丈夫よ。それに私もこうして十分過ぎるほど楽しませて頂いたし、今日は本当にここへ来てよかったわ。私でよければ相談くらいなら受けても構わないのだけれど、それに対して何かを望むのは期待しないで? 私は理由もなく他人に優しく手を差し伸べるほど、お人好しではないの」
身も蓋もない言い方だが私も母と同様に誰彼問わず無償で善を施すような善人にではない。しかしそれを聞いてもローズロッテは全く気にする様子もなくニッコリと微笑んで頷く。
「ええ、それで構いませんわ。ふふっ、リルディア様は他の方々とは違い、本当にハッキリとした物言いをなされるので聞いていて気持ちが良いですわ。もし私が『男性』でありましたなら忽ちリルディア様の魅力の虜になってしまいそう」
ローズロッテはそう言って上目遣いで悪戯な視線を向けてくるので、私はそれを呆れたように目を細めて彼女の額を軽く小突く。
「ーーローズ。私にその手の趣味は無くってよ? 手当たり次第は『男』だけにして頂戴。私は貴女が『女』でよかったわ。貴女が『男』だったらなんてとても怖くて想像なんか出来ないもの」
「う~ん、そうですわね。もし私が『男性』であれば、当然、リルディア様をどんな手段を使ってでも手に入れ、誰の目にも触れさせず屋敷の中にずっと閉じ込めておきますわ。そうでもしないと毎日心配でおちおち屋敷も空けてはいられませんもの。そうして私だけが毎日そのお美しいお姿を愛でますのよ? ーーふふっ、なんて素敵なのかしら?」
うっとりと微笑むローズロッテに私は思わず本能的に逃れようと体を引く。
「前言撤回………『女』でも怖いわ」
するとローズロッテは小さく舌を出すとクスクスと笑い出す。
「クスクス、冗談ですわ。そんなお顔をなさらないで? それにリルディア様を縛れる者なんて、簡単にいらっしゃるわけがありませんでしょう? 世の殿方の間ではリルディア様は美しい女性の頂点に立つ大変麗しい御方ですが、密かにこの世でもっとも“難攻不落”の女性とも言われておりますのよ? ご存知?」
「………知らない」
難攻不落? 何それ? 初耳だ………。
私が複雑そうな表情をしていると、ローズロッテはそんな私の両頬を躊躇なく軽く引っ張る。
「ほら、リルディア様。そこはお笑いになられるところですわよ? リルディア様は本当に巷の“話題の中心”でいらっしゃいますのよ? リルディア様にお近づきになりたい殿方はおそらくリルディア様がご想像すらつかないほど自国はおろか各諸国にも沢山おりますわ。ですがリルディア様にはお父君であらせられる世界最強の国王陛下という“最大の壁”がおありなので、セルリアの王太子様のようにリルディア様からお望みにならない限り、どなたもお側に近寄る事すら出来ないのです。
ですからリルディア様のお相手がユーリウス王太子様で本当によかったのですわ。なんと申しましてもお二人はこの世で一番美しいと称されている者同士の非の打ち所のない大変素晴らしい組み合せなのですもの。本当にお似合いのお二人で羨ましい限りですわ」
そんなローズロッテにユーリウス王子とお似合いだと言われて何故かチクリと胸が小さく痛んだ。
「………本当にそうかしら。お似合いだなんて………私は………」
「リルディア様?」
ぼそりと呟きながら表情を曇らせる私にローズロッテは首を傾げて覗き込んでくる。私はそんな彼女の顔を見てハッと我に返ると慌てて首を横に振る。
「ああ、何でもないわ。それよりもまた“本題”から離れているわよ。これではいつまで経っても帰れやしない。早くお話を始めましょう?」
私の言葉にローズロッテも「ああ、そうでしたわ」と態度を一転させる。どうやら私の先ほどの曇った表情はさほど彼女の気には留まらなかったようで内心、ホッと息をつく。
………周囲からユーリウス王子とお似合いだと言われる事が最近心苦しい。以前の私ならばお似合いと言われれば「そうでしょう?」と自慢するところではあるのにーーー今の私は、ユーリウス王子には相応しくない。私は彼をただ自分の我儘な独占欲だけで縛っているのだと薄々思い始めている。
そんな理不尽な婚約を私から強いられているユーリウス王子はそれでも私との関係をとても大切にしてくれている。彼は本当に優しい人だから尚更、私の為に傷付けたくはない。だから本当は彼を自由にするべきだとーーそう思うのに。
私、このままでいいの?
そんな心の葛藤がふとした言葉で時々起こるからこうして意識もなく胸がチクリと痛む。それは誰にも言えないけれどーーー
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