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第二章 三年前
悪巧み
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【21】
「えっ? まさかそれ本気で言っているの??」
私は目を見開いたままローズロッテの顔をジッと見つめる。そんな彼女は始終落ち着いたままニッコリと微笑んだ。
「ええ、勿論ですわ。 こんな事、冗談なんかで申しませんわよ? 私達もリルディア様と同様、被害者なのですわ。ですからリルディア様のご心情は痛いほど分かりますの」
そう言ってローズロッテは私の左手を取ると、そっと握りしめて何度も頷く。
「『あの方』こそ真の性悪女ですわよ。あのように虫も殺さぬような善人面をして陰ではこそこそと殿方を誘っては誑かしているのですわ。まるであの本の『主人公』のように」
ローズロッテの言う通り、確かに『彼女』はあの本に出てくる『主人公』に似通ったところはあるが、あの『主人公』ほどには酷くはないだろう。
「ええっと、でも本の『主人公』ほど酷くはないんじゃない? 確かにあの“善人面”というか本で言うなら、その“聖女面”だけはいちいち私の癇に障って苛々するけれど」
するとローズロッテは真剣な眼差しで私を見つめて首を横に振る。
「リルディア様? 本来ならば王室でお育ちの純粋無垢な王女様にこんな事をお教えするのは大変心苦しいのですけれど、これもリルディア様の御為、これが現実であるという社会勉強にもなりますわ。私達の貴族社会では大抵のご婦人方は皆、表と裏の顔がありますのよ? それこそ異性に関しては互いが熾烈な競争相手同士であるのです。特に素晴らしい殿方のお心を掴む為ならば、相手に合わせて如何なる『聖女』にもなりますわ。
そして『あの方』も貴族のご令嬢でありながら、教鞭もとられているくらい頭の賢い方なので、殿方の心の機微はよく熟知されていらっしゃるのでしょう。ですからあのようにどなたにでも良い顔をされて、優しい娘を演じているのですわ。殿方は大概、大人しくて従順な心の優しい女性がお好きですものね」
私はその言葉に疑問を覚える。
「そういうものなの? 私のお父様は気が強くて口も悪い一筋縄ではいかないような性格の悪い女性がお好きよ? 大人しくて従順な女はつまらないと仰っていたわ」
ローズロッテはそれを聞いて一瞬「うっ」と言葉を詰まらせるも直ぐにコホンと一つ咳払いをする。
「リルディア様、それは国王陛下が『特別』なのですわ。“大概”と申しましたでしょう? 私が知る限りでは世の殿方はやはり“性格の悪い方”よりも“性格の良い方”を選ぶのが通りですわ。それは私達女性側でも同じではなくて? “性格の悪い男性”より“性格の良い男性”の方が良いに決まっておりますでしょう?」
「そ、そうよね………確かに貴女の言う通りよ。説得力あるわ」
私が肯定するように頷くとローズロッテもそれに満足そうに頷く。
「世の中そういうものですわ。『あの方』は世渡り上手でいらっしゃるから常に機会を狙っていたんですのよ? “本命”を落とす為に。それはもう、用意周到かつ念入りに着々と準備をされていらしたのですわ。そしてご自分の思惑通りにリルディア様のご身辺にまで入り込んで」
ローズロッテの言葉を聞いている内に、また心の中に立ち上るかのように黒いモヤが生まれる。
「リルディア様は『あの方』に利用されていたのですわ。『あの方』の“本命”であるジェノーデン公に近付く為の手段として」
その言葉は私の中の“何か”を大いに刺激し、“それ”は燻るように引火した。そんな私の内心などまるで知らないローズロッテは火に油を注ぐように更に言葉を続ける。
「ジェノーデン公は本来、ブランノア国の王弟殿下であり、フォルセナ王家の血縁でもあらせられる二つの王家の正統なる血統の第三王子。いくら貴族とはいえど、下流貴族である『あの方』が到底、お近づきになれる御方ではない。それが幸運にも『あの方』の兄上が、たまたま王弟殿下のご学友で仲がよろしかったので、その経緯で王弟殿下はあの一家を懇意にされていただけだというのに。
それを恐れ多くもご自分も王弟殿下の幼馴染みなどと周囲に触れ回り、兄上がご友人であるという立場を利用して我が物顔でクラウス様のお傍に張り付いていたのですわ。そうやってクラウス様のお心を掴もうと優しい娘を演じていらっしゃったのでしょうけれど、所詮『あの方』のご身分ではクラウス様の妃の座は望めない。それでも愛妾くらいであれば『あの方』でも望めるのかもしれませんが、あのクラウス様のご性分では正妃以外に愛妾を持つなどとは、まず考えられませんもの。
そこで『あの方』はリルディア様に目を付けられたのですわ。リルディア様は特に国王陛下から溺愛されておられて、叔父上である王弟殿下のクラウス様にも唯一、可愛がられている王女様ですもの。ですからリルディア様さえ懐柔してしまえば、たとえ身分違いであろうと、クラウス様の妃の座は約束されたようなもの。
それを考えれば『あの方』は本当に賢い方だわ。実際本当にクラウス様との結婚話が持ち上がったのですもの。貴族のご令嬢達の間では『あの方』の計算勝ちだと噂されておりましたのよ? 中には「あのくらい賢ければ私も」ーーと、羨ましがられる方もおりましたわ。
けれど『あの方』の唯一の誤算はリルディア様を甘く見ていらした事ですわね。まだ子供であるとたかを括り簡単に“懐柔”出来ると思われたのでしょうけれど、浅はかな方だわ。リルディア様は聡明で賢く、精神年齢も大人と変わらない洞察力の大変優れた御方。『あの方』の姑息な小細工など聡明な王女様に通用するわけがありませんわ。リルディア様の人の本質を見抜くその洞察力には本当に感服致しましてよ? 私も是非、見習いたいものですわ」
私は無言のままローズロッテの言葉に耳を傾けていたが、その内心では次第に燃え広がり始めた怒りの炎によって、手に触れていた紅茶のカップがカタカタと小刻みに振動している。
ーー私は『利用』されていた? クラウスの妻の座を手に入れる為に? しかも私が子供だから簡単に『懐柔』出来るですって!? そういえばあの女はいつも私を子供扱いして、クラウスの前でも子供扱いをした事があった。それに私の家庭教師になってからクラウスに近付く機会が増えて、私の知らぬ間に二人が一緒にいるのを何人もの侍女達が目撃しているとも聞いた。
ーー誰にでも良い顔しか見せなくて善人面で周囲に親切心を振り撒いて『心優しい娘』と呼ばれているあの所作はーー全てはクラウスを手に入れる為の用意周到な準備だったーーですって!?
私の心の中でピキビキッとヒビの入るような音がした。しかもローズロッテの言葉は容赦なくヒビの入った“それ”に槌を打ち込む。
「しかもそれだけではございませんわ。『あの方』は“本命”であるクラウス様の他に別の殿方の心も操って誑かしていたのです。
ーーこれはまことにお恥ずかしい話なのですが、実は我が弟もその被害者なのですわ。父上や姉である私の与り知らぬ間に弟は『あの方』に誑かされて散々気を持たせられた挙げ句、それで弟が想いを伝えた途端、手のひらを返すように弟の純真な恋心を傷付けられて、それはもう手酷く振られたのですよ? その“振り言葉”もまるで真綿で首を絞めるかの如く、このような言葉でーーー
『貴方のようなご立派な御方が私のような者に好意を持って頂けるのは大変光栄です。ですが私には長い間お慕いしている御方がいるので、貴方のお気持ちにお応えする事は出来ません。その御方は私には遠い存在の御方なので、私のこの想いは届かないかもしれませんが、それでも私はその御方を愛しているのです。
それに貴方ほどの御方ならば私のような家柄も低く何の取り柄もない、ただの平凡な娘よりも、もっと他に家柄のつり合う美しく素晴らしい女性が沢山いらっしゃいますわ。どうかその御方とお幸せにおなり下さい。私は貴方の良き『ご友人』であるだけでそれ以上は何も望みません。貴方のお気持ちに応えられぬ事をどうかお許し下さい』
ーーですわよ!? これってどう思われます!? しかも散々貢がせ、その気があるような態度を取っておきながらーーの言葉ですわよ? その気がおありでないのなら初めから優しくするな! ですわ! 可哀想な我が弟は傷心のあまり女性不振に陥ってしまい、今は母上と共に傷心旅行中ですの。『あの方』は一見大人しそうな優しい笑顔で笑いながら男心を弄ぶ真に質の悪い本物の『悪女』ですわよ!」
そんなローズロッテの『彼女』の再現会話に私の頭の中の糸がブチブチと数本切れたのは言うまでもない。私はガタンと勢いで席を立つと、沸き上がる怒りから思わずテーブルを叩く。
「………どう思うも何もーー怒りで言葉が出てこないわ! それにローズ、気付いて? あの本の主人公は『あの女』よ。間違いないわ。言葉回しがまるっきり同じだもの。ーーふっ、何が「遠い存在」?「愛している」ですって? まるで悲劇の主人公気取りね。笑わせるわ! 隙あらば私に隠れてクラウスに近付いていた女の言葉とも思えないわね。しかも何? 何の取り柄もない平凡な自分よりも、もっと美しい女と幸せになれ? いったい何様のつもり? それに振った直後に相手の心情もお構い無しに『友人』を主張して取り敢えずキープして置こうとでも? なんて女なの!! ーーローズ、貴女の言葉通りよ。あの女は男を誑かす最低の『悪女』だわ!」
するとローズロッテも私の怒りに賛同するように席を立つ。
「ええ、仰る通りですわ! しかも被害を受けたのは我が弟だけではなく、ロシェット伯爵令嬢のご婚約者やオーメ男爵令嬢の兄上も我が弟と同じような被害にあっておりますのよ。それで私達は憤慨していたのですわ。しかも世の殿方はまだ『あの方』の本性も知らずに、あの表の顔に騙され続けているのです。ですから私達はこの度、被害者同盟を結びましたの。もうこれ以上『あの方』の思い通りになどさせては置けませんもの!
ーーそこで私達は『あの方』への報復行動を『計画』したのですわ。今こそ善人面をした厚顔無恥な『あの方』に一泡吹かせてやるのです! そうしてご自分も少し嫌な目におあいになれば、きっと改心されて今までの所業を改めますわよ。『あの方』には反省が必要ですわ! その為にも私達は正義の鉄槌を下すのです。これ以上、他の殿方への被害を出させない為にーーー」
そう力説するローズロッテは非常に残念そうな表情を浮かべて私を見つめてくる。
「ーーそこでリルディア様にも少々ご協力を仰ぎたかったのですけれど………お話だけを聞いて頂くお約束でしたので、それは諦めますわ。それにこうしてお話を聞いて頂いただけでも、私も少し気分が晴れてスッと致しました。ありがとうございます。
それにしても我が愚弟に女性を見る目が無かった事にも原因はありますが、結果的には我が侯爵家はあの家に恥をかかされたも同然。然らば今度はあちら側に恥をかいてもらいますわ。貴族社会の序列を甘く見られては周囲に示しが付きませんから。
『計画』は近々決行予定ですわ。勿論、リルディア様の分もこの私がきちんと仇を取っておきますのでご安心なさって? 私の大事なご友人であるリルディア様にこんなにおやつれになられてしまうほどのご心痛を与え、不安を煽った不敬な酷い『悪女』などこの私が成敗してやりますわ!」
ローズロッテは勇んで拳を握りしめていた腕を私の腕に絡めて、その耳元に小声で囁く。
「リルディア様? あの『悪女』はまだクラウス様の事を諦めてはおりませんのよ? リルディア様にクラウス様との結婚話を阻止されて傷心のあまりご病気になって伏せっているとの事ですが、騙されてはなりません。これもあの『悪女』の策略なのですもの。
ご自分がリルディア様のせいで病気になったのだと世間から同情を買い、リルディア様を悪者にして結婚話を潰された仕返しをされているのです。しかもそうやって、ご自分の病気を口実に何としてでも再びクラウス様の気を引こうと必死なのですわ。
本当にさすがは賢いだけあって頭の回る『悪女』ですわね。ご自分の念願成就の為でしたら手段は選ばず、という事ですかしら? そうとは知らないクラウス様はこの度の責任を感じられての事なのか、それこそあの『悪女』の思惑通りに毎日男爵家にお顔を出されているそうですのよ。ご存じでしたかしら?」
その言葉は突如として放たれた弓矢のようにグッサリと私の胸を貫通した。彼女は悪気があって言っているわけではない。ただーー出来る事なら
ーー知らないままの方がよかった。
いつもは何でも直ぐに知りたがる私らしからぬ思考が浮かぶ。そしてそれはーー私の中でずっと否定していた事実がはっきりと肯定された瞬間でもあった。
あの時のアニエスの言葉が頭の中に反芻する。
『ーーには毎日会いに行かれているのですって。ああ、きっとあなたは叔父上に嫌われてしまいましたのね?』
『もう、クラウス叔父上はあなたに会いに来る事はないのではないかしら? 自分と愛する女性の幸せを壊した酷い人間になど誰も会いたくなどないですものね?』
ーー思い出したくない………そう思っているのに、アニエスのあの時の声がくっきりと耳に張り付いて離れない。
「………やっぱり、あの話は本当だったんだ………そう、クラウスは………毎日彼女の所に行っているの………」
ーー私の所には殆ど顔を出す事は無いのにーーだけど彼女の所には『毎日』………
俯いたまま静かな低い声でぼんやりと呟く私の様子に雰囲気の異変を感じ取ったのか、ローズロッテは慌てて場を取り成すように身振り手振りで口を開く。
「リ、リルディア様! 大丈夫ですわ。『あの方』とクラウス様の結婚話は完全に無くなりましたし、『あの方』はこの先クラウス様と結ばれる事は一生ありませんもの。いずれクラウス様が他の女性とご結婚されるのを『あの方』は外からご覧になって、さぞ悔しがる事でしょう。市井の言葉で申せば「ざまぁみろ」ですわ!
それに私達はこの『計画』で、あの『悪女』の隠された本性を白日の下に晒して差し上げますから、もうリルディア様がお心を痛める事も無くなりましてよ。ですからご心配なさらないで? リルディア様の不安の芽は、この私が確実に摘み取って差し上げますから、ね?」
次の瞬間ーーー
私が持っていた紅茶のカップの柄がバキッっと粉々に砕けて粉砕し、残ったカップだけがテーブルの上に落ちて転がる。
ーーいや、この場合、正確に表現するならば、この私によってカップは“破壊された”
「きゃあ!? リ、リルディア様っ! お怪我は!?」
ローズロッテは慌てて私の手を心配するも私はと言うと不気味なほど、にこやかな笑顔で手の中の砕けた破片をテーブルの上にパラパラと落とす。
「ふふっ……ローズ。“それ”は私がやるわ。自分の事は自分でやらないと駄目だと、いつも言われているのよ……」
そんな私の豹変した様子にローズロッテは掛ける言葉を失ったのか口を開いたまま固まっている。私は自分の中で沸き上がる高陽感にクスクスと笑いながら、テーブルの上の壊れたカップの残骸を見つめる。
ーーあ~あ、ずっと『封印』してきたのに。お父様との“約束”をとうとう違えてしまったわね。怒られてしまうかしら?
「ああ、ごめんなさいね? 思わずカップを壊してしまったわ。これって高級品よね? お家の方に怒られてしまうかしら?」
にこやかに微笑みながら問う私の様子にローズロッテは動揺しつつも首を横に振る。
「い、いえ、だ、大丈夫ですわ。そ、そんなものいくらでもありますもの。壊れても全然構わないですわ。ええ、全く。それよりも代わりをお持ち致しましょうか? 何でしたらリルディア様がお気の済むまで、いくつでも壊して頂いてもーーー」
そんな初めて見るローズロッテの動揺ぶりが思いの外楽しくて、クスクスと笑っていると、ますますローズロッテの表情に焦りが見える。
「まあ? それではこの屋敷中の食器が全て無くなってしまうわよ? ーーふふっ、そんな事よりも、ねえ、ローズロッテ? 私、初めに自分が言った言葉を撤回するわ。今更だけれど、私も貴女達の『計画』に一役買ってもいいかしら? 本来私は、他人を苛めるにしても一人でやる主義だけれど、貴女達の『計画』に乗っかった方が面白そうだから」
私の言葉を聞くなりローズロッテは今までの動揺の表情からパッと表情を明るくすると、私の両手をギュッと握りしめる。
「ああ、勿論ですわ!! リルディア様がご協力して下されば、この『計画』はより完璧なものになりますの。本当によくご決断下さいましたわ! リルディア様がこういう事を好まないのは十分に分かってはおりましたが、実のところはどうしてもリルディア様のお力添えが欲しかったんですの。ですから本当に助かりましたわ!」
その言葉に私はフッと笑いながらやや自嘲気味に答える。
「貴女達だけに泥を被せて私は高見の見物だなんて、そんな事は出来ないわ。事情を知ってしまった以上、既に私も共犯よ。『毒を食らわば皿まで』と言うじゃない。貴女も知っているように私は『彼女』のように優しい良い子の演技は出来ないの。それで性格が悪いと言われても仕方がないわ。だってそれが『私』なのだもの。
私にとって『彼女』は今、一番気に入らない女。この私を不快にする何より大嫌いな存在。だから自らの手で鉄槌を下す。ーー所詮、私は“悪い魔女”ですものね。『悪役』が一番性に合っているのよ。ーーふふっ、本当。適役すぎて笑っちゃうわ」
すっかり開き直ってしまった私は母の言葉を思い出し、それを引用しながらも、まるで悪者が『悪巧み』を企みながら、ほくそ笑むように静かに微笑んでいると、すかさずローズロッテが私の腕に自分の腕を絡めて同じ様に微笑む。
「リルディア様? 最後に笑うのは魔女の方ですのよ? 主人公が笑う事など、この私がいる限り決して“あり得ない”と申し上げました事をお忘れにならないで? 勿論、リルディア様は何もなさらないでよろしいの。ほんの少しだけご協力さえ頂ければ、後は働くのは私達だけで十分ですわ。
私、リルディア様には綺麗な『お人形』のままでいて頂きたいの。私の一番の“お気に入り”なのですもの少したりとも汚したりなどしたくはないのですわ。ですからリルディア様はいつものようにそのままでいらして? 私達にとってはあちらが『悪』リルディア様の邪魔な存在など、この私がねじ伏せて差し上げますからね?」
本当に悪びれもなく満面の笑顔で微笑むローズロッテに、私は深いため息をつくと小さく肩を竦める。
「ーーローズ。 貴女は私のお父様にどことなく似通った思考の持ち主だわ。ーーつくづく敵には回したくない人間ね」
するとローズロッテは私に絡めていた腕を外すと、ドレスの両裾をつまんで淑女の礼を取る。
「ふふっ、国王陛下に似ているだなんて、大変、光栄至極ですわ。ーーねえ? リルディア様? 私のリルディア様への忠誠心を示す為にも………少しだけ、私の本心を申しますわ。
私がリルディア様の敵に回るなどと、そのような事はまずあり得ませんわ。リルディア様は私の一番の“お気に入り”であり、大切な『ご友人』ですのよ? しかもリルディア様のお側にいれば私も大いに“大成”出来ますし、良い事ずくめで正直、笑いが止まりませんことよ? 無論、リルディア様にしても私が『必要』でしょう?」
ふわりと優しく微笑みながらもそんなローズロッテの口からは策略を含むような言葉が零れ出る。彼女がこのように自分の“本音”を他人に話すなどと大変珍しい事だが、私はそんな彼女が“駆け引き重視”の人間だと分かっている事もあり、自分への“損得勘定”発言をされても特に不快には感じない。
「………ええ、そうね。 正確に言えば私達親子はデコルデ侯爵家が『必要』よ。でもローズ? 私の側にいて貴女が大成するとは限らないわよ? 過大評価は時に“命取り”だわ」
そんな私の言葉にローズロッテは一瞬、驚いた顔を見せたものの直ぐにクスクスと笑い出す。
「ふふっ、リルディア様には本当に年齢詐称疑惑を持ってしまいますわ。実のところは私よりもずっと年上ではありませんの? とても御歳12歳の御方のお言葉とも思えませんわ。ーーと言うのは冗談ですけれど、今の発言は国王陛下からのご不興を買ってしまいますわね。どうかご内密のほど失言をお許し下さいませ。それに過大評価とはご謙遜を。
ーーそうですわね。これでリルディア様が男性であれば我が侯爵家も考えたのかもしれませんが、リルディア様は女性であり、それも女性の中でも大変希少価値のある『最上級の一級品』ですのよ? リルディア様ならばどこの国の王妃にも愛妾にもおなりになれるし、そうなればその国の権力などはリルディア様の思いのままーー
どう考えてもリルディア様側に付いた方が役得というもの。ですが他の貴族の皆様は愚かにもそれが分かりませんのよ? 高貴な血筋だの家柄などに拘って貴族のプライドを矜持されておりますけれど、たとえどんなに血筋や家柄が良くとも財力が枯渇して没落してしまえば、下手をすれば市井の民達よりも元は貴族であった分、尚更惨めな生活を強いられますわ。
その点、我が父上は元より商業優先のお考えの御方。ですので我が侯爵家は上流階級に位置する貴族ではありますが、我が家に“利”をもたらす美味しい物件であれば、それが市井だろうと貴族だろうと、それに伴う血統の良し悪しなどは特に拘ってはいないのですわ。私と致しましても我が父上のそのお考えには全く同意見ですの。だからこそ我が家はどこの貴族の家よりも大成し、繁栄しておりますもの。我が父上ながらその才には、娘の私でも感服してしまいますわ」
私はそんなローズロッテを真っ直ぐに見据えた。
「ーーええ、そうね。 そんな貴女も“商売人気質”よね? だからなのかしら? 貴女が普通のご令嬢達とどこか違うのは………だからこそ………油断ならない」
私の真顔の言葉にローズロッテはクスクスと笑いながらも、そんなお互い腹を割った話とは裏腹に、何とも呑気な態度で私の頬をまた軽く引っ張る。
「ふふっ、ほら、また難しいお顔だわ? そこは笑って下さるところですわよ? 結論から申せば私とリルディア様はそういう『関係』でよろしいのですわ。リルディア様は私の事が“お嫌い”でしょう? ですが私の方はリルディア様が“大好き”ですわ。ですので、これからもリルディア様とは私達親子共々末長くお付き合いさせて頂きますので、どうか仲良くして下さいませね。そして私はこれからもずっとリルディア様の『味方』ですわ」
ローズロッテはニッコリと微笑みながら再び私の腕に自分の腕を絡めてくる。私はそんな無邪気に振る舞う彼女を見つめながらも首を傾げる。
「自分を嫌っている人間を『大好き』だなんてーー貴女、相当変わっているわ? お察しだろうけれど、私にとって貴女は『友人』ではなく『悪友』の位置にいるのよ?」
「うふふ、それは大変光栄ですわね。『悪友』と呼べる者は世間でもそうそうおりませんのよ? 『親友』などという在り来たりな存在よりも特別な感じで何より優越感がありますわ」
「………本当、変わってる」
ぽつりと呟くとローズロッテは気を悪くするでもなく「よく言われますわ」と微笑みながら私の手を引いて意味もなくその場でクルクルと回った。そんな彼女を見て今更ながらに思う。
ーー本当に何を考えているのかよく分からない人だわーーー
【21ー終】
「えっ? まさかそれ本気で言っているの??」
私は目を見開いたままローズロッテの顔をジッと見つめる。そんな彼女は始終落ち着いたままニッコリと微笑んだ。
「ええ、勿論ですわ。 こんな事、冗談なんかで申しませんわよ? 私達もリルディア様と同様、被害者なのですわ。ですからリルディア様のご心情は痛いほど分かりますの」
そう言ってローズロッテは私の左手を取ると、そっと握りしめて何度も頷く。
「『あの方』こそ真の性悪女ですわよ。あのように虫も殺さぬような善人面をして陰ではこそこそと殿方を誘っては誑かしているのですわ。まるであの本の『主人公』のように」
ローズロッテの言う通り、確かに『彼女』はあの本に出てくる『主人公』に似通ったところはあるが、あの『主人公』ほどには酷くはないだろう。
「ええっと、でも本の『主人公』ほど酷くはないんじゃない? 確かにあの“善人面”というか本で言うなら、その“聖女面”だけはいちいち私の癇に障って苛々するけれど」
するとローズロッテは真剣な眼差しで私を見つめて首を横に振る。
「リルディア様? 本来ならば王室でお育ちの純粋無垢な王女様にこんな事をお教えするのは大変心苦しいのですけれど、これもリルディア様の御為、これが現実であるという社会勉強にもなりますわ。私達の貴族社会では大抵のご婦人方は皆、表と裏の顔がありますのよ? それこそ異性に関しては互いが熾烈な競争相手同士であるのです。特に素晴らしい殿方のお心を掴む為ならば、相手に合わせて如何なる『聖女』にもなりますわ。
そして『あの方』も貴族のご令嬢でありながら、教鞭もとられているくらい頭の賢い方なので、殿方の心の機微はよく熟知されていらっしゃるのでしょう。ですからあのようにどなたにでも良い顔をされて、優しい娘を演じているのですわ。殿方は大概、大人しくて従順な心の優しい女性がお好きですものね」
私はその言葉に疑問を覚える。
「そういうものなの? 私のお父様は気が強くて口も悪い一筋縄ではいかないような性格の悪い女性がお好きよ? 大人しくて従順な女はつまらないと仰っていたわ」
ローズロッテはそれを聞いて一瞬「うっ」と言葉を詰まらせるも直ぐにコホンと一つ咳払いをする。
「リルディア様、それは国王陛下が『特別』なのですわ。“大概”と申しましたでしょう? 私が知る限りでは世の殿方はやはり“性格の悪い方”よりも“性格の良い方”を選ぶのが通りですわ。それは私達女性側でも同じではなくて? “性格の悪い男性”より“性格の良い男性”の方が良いに決まっておりますでしょう?」
「そ、そうよね………確かに貴女の言う通りよ。説得力あるわ」
私が肯定するように頷くとローズロッテもそれに満足そうに頷く。
「世の中そういうものですわ。『あの方』は世渡り上手でいらっしゃるから常に機会を狙っていたんですのよ? “本命”を落とす為に。それはもう、用意周到かつ念入りに着々と準備をされていらしたのですわ。そしてご自分の思惑通りにリルディア様のご身辺にまで入り込んで」
ローズロッテの言葉を聞いている内に、また心の中に立ち上るかのように黒いモヤが生まれる。
「リルディア様は『あの方』に利用されていたのですわ。『あの方』の“本命”であるジェノーデン公に近付く為の手段として」
その言葉は私の中の“何か”を大いに刺激し、“それ”は燻るように引火した。そんな私の内心などまるで知らないローズロッテは火に油を注ぐように更に言葉を続ける。
「ジェノーデン公は本来、ブランノア国の王弟殿下であり、フォルセナ王家の血縁でもあらせられる二つの王家の正統なる血統の第三王子。いくら貴族とはいえど、下流貴族である『あの方』が到底、お近づきになれる御方ではない。それが幸運にも『あの方』の兄上が、たまたま王弟殿下のご学友で仲がよろしかったので、その経緯で王弟殿下はあの一家を懇意にされていただけだというのに。
それを恐れ多くもご自分も王弟殿下の幼馴染みなどと周囲に触れ回り、兄上がご友人であるという立場を利用して我が物顔でクラウス様のお傍に張り付いていたのですわ。そうやってクラウス様のお心を掴もうと優しい娘を演じていらっしゃったのでしょうけれど、所詮『あの方』のご身分ではクラウス様の妃の座は望めない。それでも愛妾くらいであれば『あの方』でも望めるのかもしれませんが、あのクラウス様のご性分では正妃以外に愛妾を持つなどとは、まず考えられませんもの。
そこで『あの方』はリルディア様に目を付けられたのですわ。リルディア様は特に国王陛下から溺愛されておられて、叔父上である王弟殿下のクラウス様にも唯一、可愛がられている王女様ですもの。ですからリルディア様さえ懐柔してしまえば、たとえ身分違いであろうと、クラウス様の妃の座は約束されたようなもの。
それを考えれば『あの方』は本当に賢い方だわ。実際本当にクラウス様との結婚話が持ち上がったのですもの。貴族のご令嬢達の間では『あの方』の計算勝ちだと噂されておりましたのよ? 中には「あのくらい賢ければ私も」ーーと、羨ましがられる方もおりましたわ。
けれど『あの方』の唯一の誤算はリルディア様を甘く見ていらした事ですわね。まだ子供であるとたかを括り簡単に“懐柔”出来ると思われたのでしょうけれど、浅はかな方だわ。リルディア様は聡明で賢く、精神年齢も大人と変わらない洞察力の大変優れた御方。『あの方』の姑息な小細工など聡明な王女様に通用するわけがありませんわ。リルディア様の人の本質を見抜くその洞察力には本当に感服致しましてよ? 私も是非、見習いたいものですわ」
私は無言のままローズロッテの言葉に耳を傾けていたが、その内心では次第に燃え広がり始めた怒りの炎によって、手に触れていた紅茶のカップがカタカタと小刻みに振動している。
ーー私は『利用』されていた? クラウスの妻の座を手に入れる為に? しかも私が子供だから簡単に『懐柔』出来るですって!? そういえばあの女はいつも私を子供扱いして、クラウスの前でも子供扱いをした事があった。それに私の家庭教師になってからクラウスに近付く機会が増えて、私の知らぬ間に二人が一緒にいるのを何人もの侍女達が目撃しているとも聞いた。
ーー誰にでも良い顔しか見せなくて善人面で周囲に親切心を振り撒いて『心優しい娘』と呼ばれているあの所作はーー全てはクラウスを手に入れる為の用意周到な準備だったーーですって!?
私の心の中でピキビキッとヒビの入るような音がした。しかもローズロッテの言葉は容赦なくヒビの入った“それ”に槌を打ち込む。
「しかもそれだけではございませんわ。『あの方』は“本命”であるクラウス様の他に別の殿方の心も操って誑かしていたのです。
ーーこれはまことにお恥ずかしい話なのですが、実は我が弟もその被害者なのですわ。父上や姉である私の与り知らぬ間に弟は『あの方』に誑かされて散々気を持たせられた挙げ句、それで弟が想いを伝えた途端、手のひらを返すように弟の純真な恋心を傷付けられて、それはもう手酷く振られたのですよ? その“振り言葉”もまるで真綿で首を絞めるかの如く、このような言葉でーーー
『貴方のようなご立派な御方が私のような者に好意を持って頂けるのは大変光栄です。ですが私には長い間お慕いしている御方がいるので、貴方のお気持ちにお応えする事は出来ません。その御方は私には遠い存在の御方なので、私のこの想いは届かないかもしれませんが、それでも私はその御方を愛しているのです。
それに貴方ほどの御方ならば私のような家柄も低く何の取り柄もない、ただの平凡な娘よりも、もっと他に家柄のつり合う美しく素晴らしい女性が沢山いらっしゃいますわ。どうかその御方とお幸せにおなり下さい。私は貴方の良き『ご友人』であるだけでそれ以上は何も望みません。貴方のお気持ちに応えられぬ事をどうかお許し下さい』
ーーですわよ!? これってどう思われます!? しかも散々貢がせ、その気があるような態度を取っておきながらーーの言葉ですわよ? その気がおありでないのなら初めから優しくするな! ですわ! 可哀想な我が弟は傷心のあまり女性不振に陥ってしまい、今は母上と共に傷心旅行中ですの。『あの方』は一見大人しそうな優しい笑顔で笑いながら男心を弄ぶ真に質の悪い本物の『悪女』ですわよ!」
そんなローズロッテの『彼女』の再現会話に私の頭の中の糸がブチブチと数本切れたのは言うまでもない。私はガタンと勢いで席を立つと、沸き上がる怒りから思わずテーブルを叩く。
「………どう思うも何もーー怒りで言葉が出てこないわ! それにローズ、気付いて? あの本の主人公は『あの女』よ。間違いないわ。言葉回しがまるっきり同じだもの。ーーふっ、何が「遠い存在」?「愛している」ですって? まるで悲劇の主人公気取りね。笑わせるわ! 隙あらば私に隠れてクラウスに近付いていた女の言葉とも思えないわね。しかも何? 何の取り柄もない平凡な自分よりも、もっと美しい女と幸せになれ? いったい何様のつもり? それに振った直後に相手の心情もお構い無しに『友人』を主張して取り敢えずキープして置こうとでも? なんて女なの!! ーーローズ、貴女の言葉通りよ。あの女は男を誑かす最低の『悪女』だわ!」
するとローズロッテも私の怒りに賛同するように席を立つ。
「ええ、仰る通りですわ! しかも被害を受けたのは我が弟だけではなく、ロシェット伯爵令嬢のご婚約者やオーメ男爵令嬢の兄上も我が弟と同じような被害にあっておりますのよ。それで私達は憤慨していたのですわ。しかも世の殿方はまだ『あの方』の本性も知らずに、あの表の顔に騙され続けているのです。ですから私達はこの度、被害者同盟を結びましたの。もうこれ以上『あの方』の思い通りになどさせては置けませんもの!
ーーそこで私達は『あの方』への報復行動を『計画』したのですわ。今こそ善人面をした厚顔無恥な『あの方』に一泡吹かせてやるのです! そうしてご自分も少し嫌な目におあいになれば、きっと改心されて今までの所業を改めますわよ。『あの方』には反省が必要ですわ! その為にも私達は正義の鉄槌を下すのです。これ以上、他の殿方への被害を出させない為にーーー」
そう力説するローズロッテは非常に残念そうな表情を浮かべて私を見つめてくる。
「ーーそこでリルディア様にも少々ご協力を仰ぎたかったのですけれど………お話だけを聞いて頂くお約束でしたので、それは諦めますわ。それにこうしてお話を聞いて頂いただけでも、私も少し気分が晴れてスッと致しました。ありがとうございます。
それにしても我が愚弟に女性を見る目が無かった事にも原因はありますが、結果的には我が侯爵家はあの家に恥をかかされたも同然。然らば今度はあちら側に恥をかいてもらいますわ。貴族社会の序列を甘く見られては周囲に示しが付きませんから。
『計画』は近々決行予定ですわ。勿論、リルディア様の分もこの私がきちんと仇を取っておきますのでご安心なさって? 私の大事なご友人であるリルディア様にこんなにおやつれになられてしまうほどのご心痛を与え、不安を煽った不敬な酷い『悪女』などこの私が成敗してやりますわ!」
ローズロッテは勇んで拳を握りしめていた腕を私の腕に絡めて、その耳元に小声で囁く。
「リルディア様? あの『悪女』はまだクラウス様の事を諦めてはおりませんのよ? リルディア様にクラウス様との結婚話を阻止されて傷心のあまりご病気になって伏せっているとの事ですが、騙されてはなりません。これもあの『悪女』の策略なのですもの。
ご自分がリルディア様のせいで病気になったのだと世間から同情を買い、リルディア様を悪者にして結婚話を潰された仕返しをされているのです。しかもそうやって、ご自分の病気を口実に何としてでも再びクラウス様の気を引こうと必死なのですわ。
本当にさすがは賢いだけあって頭の回る『悪女』ですわね。ご自分の念願成就の為でしたら手段は選ばず、という事ですかしら? そうとは知らないクラウス様はこの度の責任を感じられての事なのか、それこそあの『悪女』の思惑通りに毎日男爵家にお顔を出されているそうですのよ。ご存じでしたかしら?」
その言葉は突如として放たれた弓矢のようにグッサリと私の胸を貫通した。彼女は悪気があって言っているわけではない。ただーー出来る事なら
ーー知らないままの方がよかった。
いつもは何でも直ぐに知りたがる私らしからぬ思考が浮かぶ。そしてそれはーー私の中でずっと否定していた事実がはっきりと肯定された瞬間でもあった。
あの時のアニエスの言葉が頭の中に反芻する。
『ーーには毎日会いに行かれているのですって。ああ、きっとあなたは叔父上に嫌われてしまいましたのね?』
『もう、クラウス叔父上はあなたに会いに来る事はないのではないかしら? 自分と愛する女性の幸せを壊した酷い人間になど誰も会いたくなどないですものね?』
ーー思い出したくない………そう思っているのに、アニエスのあの時の声がくっきりと耳に張り付いて離れない。
「………やっぱり、あの話は本当だったんだ………そう、クラウスは………毎日彼女の所に行っているの………」
ーー私の所には殆ど顔を出す事は無いのにーーだけど彼女の所には『毎日』………
俯いたまま静かな低い声でぼんやりと呟く私の様子に雰囲気の異変を感じ取ったのか、ローズロッテは慌てて場を取り成すように身振り手振りで口を開く。
「リ、リルディア様! 大丈夫ですわ。『あの方』とクラウス様の結婚話は完全に無くなりましたし、『あの方』はこの先クラウス様と結ばれる事は一生ありませんもの。いずれクラウス様が他の女性とご結婚されるのを『あの方』は外からご覧になって、さぞ悔しがる事でしょう。市井の言葉で申せば「ざまぁみろ」ですわ!
それに私達はこの『計画』で、あの『悪女』の隠された本性を白日の下に晒して差し上げますから、もうリルディア様がお心を痛める事も無くなりましてよ。ですからご心配なさらないで? リルディア様の不安の芽は、この私が確実に摘み取って差し上げますから、ね?」
次の瞬間ーーー
私が持っていた紅茶のカップの柄がバキッっと粉々に砕けて粉砕し、残ったカップだけがテーブルの上に落ちて転がる。
ーーいや、この場合、正確に表現するならば、この私によってカップは“破壊された”
「きゃあ!? リ、リルディア様っ! お怪我は!?」
ローズロッテは慌てて私の手を心配するも私はと言うと不気味なほど、にこやかな笑顔で手の中の砕けた破片をテーブルの上にパラパラと落とす。
「ふふっ……ローズ。“それ”は私がやるわ。自分の事は自分でやらないと駄目だと、いつも言われているのよ……」
そんな私の豹変した様子にローズロッテは掛ける言葉を失ったのか口を開いたまま固まっている。私は自分の中で沸き上がる高陽感にクスクスと笑いながら、テーブルの上の壊れたカップの残骸を見つめる。
ーーあ~あ、ずっと『封印』してきたのに。お父様との“約束”をとうとう違えてしまったわね。怒られてしまうかしら?
「ああ、ごめんなさいね? 思わずカップを壊してしまったわ。これって高級品よね? お家の方に怒られてしまうかしら?」
にこやかに微笑みながら問う私の様子にローズロッテは動揺しつつも首を横に振る。
「い、いえ、だ、大丈夫ですわ。そ、そんなものいくらでもありますもの。壊れても全然構わないですわ。ええ、全く。それよりも代わりをお持ち致しましょうか? 何でしたらリルディア様がお気の済むまで、いくつでも壊して頂いてもーーー」
そんな初めて見るローズロッテの動揺ぶりが思いの外楽しくて、クスクスと笑っていると、ますますローズロッテの表情に焦りが見える。
「まあ? それではこの屋敷中の食器が全て無くなってしまうわよ? ーーふふっ、そんな事よりも、ねえ、ローズロッテ? 私、初めに自分が言った言葉を撤回するわ。今更だけれど、私も貴女達の『計画』に一役買ってもいいかしら? 本来私は、他人を苛めるにしても一人でやる主義だけれど、貴女達の『計画』に乗っかった方が面白そうだから」
私の言葉を聞くなりローズロッテは今までの動揺の表情からパッと表情を明るくすると、私の両手をギュッと握りしめる。
「ああ、勿論ですわ!! リルディア様がご協力して下されば、この『計画』はより完璧なものになりますの。本当によくご決断下さいましたわ! リルディア様がこういう事を好まないのは十分に分かってはおりましたが、実のところはどうしてもリルディア様のお力添えが欲しかったんですの。ですから本当に助かりましたわ!」
その言葉に私はフッと笑いながらやや自嘲気味に答える。
「貴女達だけに泥を被せて私は高見の見物だなんて、そんな事は出来ないわ。事情を知ってしまった以上、既に私も共犯よ。『毒を食らわば皿まで』と言うじゃない。貴女も知っているように私は『彼女』のように優しい良い子の演技は出来ないの。それで性格が悪いと言われても仕方がないわ。だってそれが『私』なのだもの。
私にとって『彼女』は今、一番気に入らない女。この私を不快にする何より大嫌いな存在。だから自らの手で鉄槌を下す。ーー所詮、私は“悪い魔女”ですものね。『悪役』が一番性に合っているのよ。ーーふふっ、本当。適役すぎて笑っちゃうわ」
すっかり開き直ってしまった私は母の言葉を思い出し、それを引用しながらも、まるで悪者が『悪巧み』を企みながら、ほくそ笑むように静かに微笑んでいると、すかさずローズロッテが私の腕に自分の腕を絡めて同じ様に微笑む。
「リルディア様? 最後に笑うのは魔女の方ですのよ? 主人公が笑う事など、この私がいる限り決して“あり得ない”と申し上げました事をお忘れにならないで? 勿論、リルディア様は何もなさらないでよろしいの。ほんの少しだけご協力さえ頂ければ、後は働くのは私達だけで十分ですわ。
私、リルディア様には綺麗な『お人形』のままでいて頂きたいの。私の一番の“お気に入り”なのですもの少したりとも汚したりなどしたくはないのですわ。ですからリルディア様はいつものようにそのままでいらして? 私達にとってはあちらが『悪』リルディア様の邪魔な存在など、この私がねじ伏せて差し上げますからね?」
本当に悪びれもなく満面の笑顔で微笑むローズロッテに、私は深いため息をつくと小さく肩を竦める。
「ーーローズ。 貴女は私のお父様にどことなく似通った思考の持ち主だわ。ーーつくづく敵には回したくない人間ね」
するとローズロッテは私に絡めていた腕を外すと、ドレスの両裾をつまんで淑女の礼を取る。
「ふふっ、国王陛下に似ているだなんて、大変、光栄至極ですわ。ーーねえ? リルディア様? 私のリルディア様への忠誠心を示す為にも………少しだけ、私の本心を申しますわ。
私がリルディア様の敵に回るなどと、そのような事はまずあり得ませんわ。リルディア様は私の一番の“お気に入り”であり、大切な『ご友人』ですのよ? しかもリルディア様のお側にいれば私も大いに“大成”出来ますし、良い事ずくめで正直、笑いが止まりませんことよ? 無論、リルディア様にしても私が『必要』でしょう?」
ふわりと優しく微笑みながらもそんなローズロッテの口からは策略を含むような言葉が零れ出る。彼女がこのように自分の“本音”を他人に話すなどと大変珍しい事だが、私はそんな彼女が“駆け引き重視”の人間だと分かっている事もあり、自分への“損得勘定”発言をされても特に不快には感じない。
「………ええ、そうね。 正確に言えば私達親子はデコルデ侯爵家が『必要』よ。でもローズ? 私の側にいて貴女が大成するとは限らないわよ? 過大評価は時に“命取り”だわ」
そんな私の言葉にローズロッテは一瞬、驚いた顔を見せたものの直ぐにクスクスと笑い出す。
「ふふっ、リルディア様には本当に年齢詐称疑惑を持ってしまいますわ。実のところは私よりもずっと年上ではありませんの? とても御歳12歳の御方のお言葉とも思えませんわ。ーーと言うのは冗談ですけれど、今の発言は国王陛下からのご不興を買ってしまいますわね。どうかご内密のほど失言をお許し下さいませ。それに過大評価とはご謙遜を。
ーーそうですわね。これでリルディア様が男性であれば我が侯爵家も考えたのかもしれませんが、リルディア様は女性であり、それも女性の中でも大変希少価値のある『最上級の一級品』ですのよ? リルディア様ならばどこの国の王妃にも愛妾にもおなりになれるし、そうなればその国の権力などはリルディア様の思いのままーー
どう考えてもリルディア様側に付いた方が役得というもの。ですが他の貴族の皆様は愚かにもそれが分かりませんのよ? 高貴な血筋だの家柄などに拘って貴族のプライドを矜持されておりますけれど、たとえどんなに血筋や家柄が良くとも財力が枯渇して没落してしまえば、下手をすれば市井の民達よりも元は貴族であった分、尚更惨めな生活を強いられますわ。
その点、我が父上は元より商業優先のお考えの御方。ですので我が侯爵家は上流階級に位置する貴族ではありますが、我が家に“利”をもたらす美味しい物件であれば、それが市井だろうと貴族だろうと、それに伴う血統の良し悪しなどは特に拘ってはいないのですわ。私と致しましても我が父上のそのお考えには全く同意見ですの。だからこそ我が家はどこの貴族の家よりも大成し、繁栄しておりますもの。我が父上ながらその才には、娘の私でも感服してしまいますわ」
私はそんなローズロッテを真っ直ぐに見据えた。
「ーーええ、そうね。 そんな貴女も“商売人気質”よね? だからなのかしら? 貴女が普通のご令嬢達とどこか違うのは………だからこそ………油断ならない」
私の真顔の言葉にローズロッテはクスクスと笑いながらも、そんなお互い腹を割った話とは裏腹に、何とも呑気な態度で私の頬をまた軽く引っ張る。
「ふふっ、ほら、また難しいお顔だわ? そこは笑って下さるところですわよ? 結論から申せば私とリルディア様はそういう『関係』でよろしいのですわ。リルディア様は私の事が“お嫌い”でしょう? ですが私の方はリルディア様が“大好き”ですわ。ですので、これからもリルディア様とは私達親子共々末長くお付き合いさせて頂きますので、どうか仲良くして下さいませね。そして私はこれからもずっとリルディア様の『味方』ですわ」
ローズロッテはニッコリと微笑みながら再び私の腕に自分の腕を絡めてくる。私はそんな無邪気に振る舞う彼女を見つめながらも首を傾げる。
「自分を嫌っている人間を『大好き』だなんてーー貴女、相当変わっているわ? お察しだろうけれど、私にとって貴女は『友人』ではなく『悪友』の位置にいるのよ?」
「うふふ、それは大変光栄ですわね。『悪友』と呼べる者は世間でもそうそうおりませんのよ? 『親友』などという在り来たりな存在よりも特別な感じで何より優越感がありますわ」
「………本当、変わってる」
ぽつりと呟くとローズロッテは気を悪くするでもなく「よく言われますわ」と微笑みながら私の手を引いて意味もなくその場でクルクルと回った。そんな彼女を見て今更ながらに思う。
ーー本当に何を考えているのかよく分からない人だわーーー
【21ー終】
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