とりあえず天使な義弟に癒されることにした。

４０

　瞼を開けると、いつものように優しい瞳が私の顔を覗き込んでいた。

「もう、朝？」

　私の声は、掠れていた。

「ううん。まだ夜中です。水、いります？」

　ベッドサイドに置いてあったペットボトルを、天馬が掲げる。
　ライトがついてたせいで、明るかったらしい。

「うん。欲しい」

　蓋を開けた天馬が、コクリとペットボトルを傾ける。
　渡されると思ったペットボトルは来なくて、天馬の顔が近づく。
　唇から、液体が喉に流れ込む。

「ちょっと、やってみたくて」

　唇を離した天馬が、イタズラが成功したみたいに笑う。

「……もっと」

　掠れた私の声に、天馬の喉仏が上下する。

「わかりました」

　もう一度水を含んだ天馬が近づいてくる。
　でも、触れたのは唇だけじゃなくて、熱が交じる。
　唇が離れた時には、息が上がっていた。

「……水が欲しいって……言ったのに」
「キスして欲しそうでしたから」

　天馬の手が、そっと私の頬に触れる。

「沙耶が、この世界で生きたいって思ってくれてよかった」

　じわり、と涙が滲む。

「……天馬のおかげだから」

　涙が頬を伝っていく。
　ずっと、生きていくことに、どこか投げやりだった。
　……誰かに、大事にされた記憶がなかったから。
　だけど、本当は誰かじゃなくて、自分が一番、自分を大事にしてなかった。
　だから、私を大事にしてくれなくても、好きだって言ってくれるだけで、体を預けてしまっていたんだと思う。

「俺は……何もしてませんよ？」

　不思議そうな天馬に、私は首を振る。

「天馬が……ティエリがいなければ、私はきっとここにはいないから」

　今も、あの世界で、いろんなことを諦めながら、何かを変えようともせずに、生き続けていたのかもしれない。

「……でも、下心はありましたから」

　気まずそうにもごもごと天馬が呟く。
　私はクスリと笑う。

「でも、私の気持ちを大事にしてくれてたでしょう？　本当は、名乗るつもりもなかったって言ってたよね？」
「そんなの当然じゃないですか」
「そんな天馬だから……信じられたんだよ」

　私の言葉に、ホッと天馬が息をつく。

「……心を読んでたので、信頼されなくても仕方ないと思ってました」
「だけど、悪用はしなかったでしょう？」

　私の質問に、天馬が頷く。

「好きな人なのに、悪用するわけないじゃないですか」
「……ありがとう」

　天馬の力強い声に、頬が緩む。

「沙耶だって、あの力を使えば……もっと生きやすくだってなったのに……してなかったじゃないですか」
「……考えたこともなかったな」

　言われて見れば、人の本音が読めるなんて、ものすごいチートだったのかもしれない。
　だけど、それを使って何かしようとか、思いもしなかった。

「そんな沙耶だから、もっと好きになったんです」
「それなら、あの力を悪用しなくてよかった」
「……これ以上、好きにならせてどうするつもりですか？」

　がくり、と天馬がベッドに突っ伏す。
　その動作が面白くて、クスクスと笑いが漏れる。

「沙耶、笑わないでください。こっちは、真面目なんです」

　ジロリと睨まれても、全然怖くないんだけど。
　私は天馬の手を握る。

「もっと幸せになるんだよ」
「……そうですね」

　天馬が私の手を握り返してくる。
　その手の温かさで、じんわりと心も温まっていくみたいだった。

「好きだよ」

　この幸せが、続いていきますように。
　――この願いは、私の行動で叶えていかなきゃ。
　ギュッと握られた手に、私も力を入れた。

End.