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21.マンフリート
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数日後、領地の外れにある大きな湖の湖畔へ、ルシャナを連れてピクニックに来ていた。
仕事は二十日ほど休んでもいいように準備はしてきたので、ここぞとばかりにリチャードが、あれやこれやと計画を立てているのだ。
正直今は仕事よりルシャナと仲直りするのが先決だ。別にケンカをしたわけではないが、まだ二人の間には大きな壊せぬ溝が横たわっている。
(それにしても、毎晩忍び込んで何をやっているのか……さっぱり目的がわからなん。たまにくすりと笑い声も聞こえてくるし、本当に俺が熟睡していると思っているのだろうな。彼なりに歩み寄ろうとしているのかもしれないが、俺はどうすればいいんだ……起きてみるか? いやでもなあ……)
考えてみればよい傾向にあるかもしれない。本当に小さな一歩ではあるが、こうして自らマンフリートの側にやってくるくらいの気持ちはあるわけだ。何をしたいのかはさっぱりわからないが……。
未だにルシャナが何に拘ってマンフリートを拒否しているのか、原因はわからない。
といっても無理やり抱いたことに関しては、どうあってもマンフリートの責任だ。ただ、それに対しどのように話題に出せばよいのかわからず、謝ることも説明することも出来ず、二人の関係は停滞している。
だから情けないが、こうしてリチャードの画策に乗り距離を詰めようと努力をしているわけだが、会話の糸口がいまだに掴めない。
「ルシャナ様、こちらのハムはいかがです? これも蜂蜜が練り込んでありますよ」
くすりと笑ったルシャナはどこか楽しそうだ。それを見ているだけでマンフリートは心穏やかなのだが、本当は和む前にきちんと話し合いをすべきなのだろうと思うのだが、どうしてもこの雰囲気を壊したくなくて、結局いつものようにずるずる後回しになるのだ。
ここまでお膳立てしてもらったら、今日は夜二人きりになってなんとか会話をしようと奮起する。
結婚して妻になったのだから、俺の言うことを聞け、などという暴君にだけはなりたくないし、そんなことでルシャナを傷つけたくはない。
マンフリートは自分がこんなに腑抜けだとは思いもしなかったが、それでもルシャナを傷つけるくらいなら、周りにどう思われようと気にしないことにしている。人の噂よりも、ルシャナが大切だからだ。
「美味しいね、チャドラ。これは何?」
「これはですね……」
微笑ましい会話も捨てがたいが、一息ついたら散歩する段取りになっている。
(リチャードのやつ、わざとらしくないといいのだが。任せっきりな俺も大概情けないがな……)
「ルシャナ様、郷土料理を気に入って頂けてなによりです。料理長がさぞや喜ぶことでしょう。新作をたくさん考案しているそうですよ」
城中の者は皆、ルシャナの内気で可愛らしいところにメロメロだ。そして、誰もがすでに伝説の白き異界人だということを忘れている。その伝説は広く知られているが、実際には勇ましい絵と愛らしいルシャナではあまりにもかけ離れた存在ゆえに、異世界からやってきた、かわいらしい子と認識されている。
伝説の人だと認識しているのは寿命の秘密を知っているほんの数人だけだ。
こんなか弱いルシャナには、ほかにもっと何か秘められた能力でもあるのだろうか。それは本人にすらわからないようだ。そしていまだにきっかけがないとはいえ、本当はルシャナの寿命のほうが長いことを報せていないのだ。
(おそらくは……命を貰ったと思っているから、逆らえないのかもしれない。でももし、本当のことを知ったら、寿命を得るために騙したのかと思われて、出て行ってしまうかもしれない……)
どんどん悪い方へと思考が流れて行ってしまう。この状況を変えるべく、マンフリートは立ち上がり、散歩へ行くことにした。
「ルシャナ様、この花は摘みますか?」
「うん、こっちのと合わせたら、すごく華やかになるよね。お部屋に飾ってもいいかな?」
「もちろんですよ。花も喜びます! じゃあ、僕ちょっと花を置いてきますから、先に散歩を続けてください。お父様、あとはよろしくお願いします!」
「ああ、気をつけてな」
チャドラは、ルシャナに見えない位置から、しきりにこちらに向かって何度もウィンクをしている。
あれで応援しているつもりなのだろう……。なんとも複雑な気分だ。そして、リチャードもそんな息子に親指をこっそり突き立てて、よくやったというジェスチャーをしている……。
なんだかこの親子に振り回されているような、ひどく滑稽な気がしてきて、脱力する。しかも彼らはあれで真剣に主と妻の仲を取り持とうと画策しているから、無下にもできないのだが、張り切りすぎている親に対して、少々頭痛を覚える。
「ああ、そうだ。マンフリート様、先にあの滝壺まで行っていてもらえますか? 私としたことが、肝心のものを忘れてしまいました! そうそう! 滝壺の岩の上に冷えたワインとお飲み物などが置いてあります。敷布とクッションもありますから、そちらで疲れたらおやすみになっていてください!」
(……ちょっと準備が良すぎて、わざとらしくはないか? さすがのルシャナも気づくかもしれない)
「ああ、あと! 魔力で滝壺は温まっていますから、着替えも置いてありますので、ご自由にお入りくださいませ! 何かありましたら、すぐにベルを鳴らしていただければ、飛んでまいります! では私はちょっとお城まで忘れ物を取りに行ってまいります」
「え、お城まで? そんなに遠くまで? あれ、チャドラはどこまで、花を置きに行ったの……」
さすがにルシャナが驚いてツッコミを入れたのだが、リチャードは聞こえないふりをして、目の前から消えてしまった。
「……と、とりあえず、いろいろと準備をしてくれたらしいから、滝壺まで行こう。疲れたのならいつでも言ってくれ。背負って行くから」
「あ、いえ。僕歩けますから」
と言いつつも、辿々しい歩き方だ。ここから歩いて五分もかからないので、ゆっくりとルシャナに歩調を合わせることにした。
「いい天気だな。こちらの世界には慣れたかな?」
何気ない会話からまずは入ることにする。
「はい……いろいろと、変わっていますけれど、なんとかチャドラのおかげで、学んでいるところです」
「そうか……できれば、俺が教えてやりたいんだが、だめだろうか?」
ルシャナは少し驚いたようにこちらを見上げる。
「マンフリート様は……お忙しいでしょう。僕に時間を割くより他にやることがたくさんおありなのでは」
「いや、今もっとも重要なのは、あなたのそばにいて、あなたの心の内を知ることだ――迷惑だろうか?」
一気に距離を詰め過ぎだろうか?
焦りが出てやしないだろうか?
がつがつしていないだろうか?
言ったそばから後悔してしまうとは、なぜ臆病になってしまうのだろうか。これでもこの国の将軍だというのに、妻に遠慮する夫とはなんとも不甲斐ない。
「……僕の、心?」
「ああ。そして、俺の心も知ってほしい……結婚の儀式をするまでは、俺の勘違いでなければ、あなたも俺と同様に、少なからず好意は持っていたと思いたい。しかし……あれ以降、正直あなたは私との間に壁を作ったように見えた。だから、その原因を知りたい。ストレートな物言いで申し訳ない……頭ではいろいろシミュレートしたんだが、結局こんな言い方しかできない。デリカシーがないのだから、嫌われて当然か」
「そんなこと! ありません! 嫌いなはずがないです! ただ……」
躊躇っているのがわかるのだが、このまま黙って次の言葉を待つ。
「ただ……、あなたは僕の命を救うために、一時的な夫に過ぎないのでしょ? 僕は男なのに、儀式のためとはいえ、男とあ、あんな行為をするのは嫌だったでしょうし……自己犠牲を払わせてしまって、ごめんなさい。そして、僕の命を助けてくれてありがとうございます」
(なんか、かなり歪曲した思い込みの激しさだな。どこから突っ込んでいいのか、正直わからん……これは、最初からすべてを一つずつ解明しなければならないようだな)
ちょうどよいタイミングで滝壺の前に出たので、いかにもセットしました風な敷布の上にルシャナを座らせてから、じっくりと話すことにする。
仕事は二十日ほど休んでもいいように準備はしてきたので、ここぞとばかりにリチャードが、あれやこれやと計画を立てているのだ。
正直今は仕事よりルシャナと仲直りするのが先決だ。別にケンカをしたわけではないが、まだ二人の間には大きな壊せぬ溝が横たわっている。
(それにしても、毎晩忍び込んで何をやっているのか……さっぱり目的がわからなん。たまにくすりと笑い声も聞こえてくるし、本当に俺が熟睡していると思っているのだろうな。彼なりに歩み寄ろうとしているのかもしれないが、俺はどうすればいいんだ……起きてみるか? いやでもなあ……)
考えてみればよい傾向にあるかもしれない。本当に小さな一歩ではあるが、こうして自らマンフリートの側にやってくるくらいの気持ちはあるわけだ。何をしたいのかはさっぱりわからないが……。
未だにルシャナが何に拘ってマンフリートを拒否しているのか、原因はわからない。
といっても無理やり抱いたことに関しては、どうあってもマンフリートの責任だ。ただ、それに対しどのように話題に出せばよいのかわからず、謝ることも説明することも出来ず、二人の関係は停滞している。
だから情けないが、こうしてリチャードの画策に乗り距離を詰めようと努力をしているわけだが、会話の糸口がいまだに掴めない。
「ルシャナ様、こちらのハムはいかがです? これも蜂蜜が練り込んでありますよ」
くすりと笑ったルシャナはどこか楽しそうだ。それを見ているだけでマンフリートは心穏やかなのだが、本当は和む前にきちんと話し合いをすべきなのだろうと思うのだが、どうしてもこの雰囲気を壊したくなくて、結局いつものようにずるずる後回しになるのだ。
ここまでお膳立てしてもらったら、今日は夜二人きりになってなんとか会話をしようと奮起する。
結婚して妻になったのだから、俺の言うことを聞け、などという暴君にだけはなりたくないし、そんなことでルシャナを傷つけたくはない。
マンフリートは自分がこんなに腑抜けだとは思いもしなかったが、それでもルシャナを傷つけるくらいなら、周りにどう思われようと気にしないことにしている。人の噂よりも、ルシャナが大切だからだ。
「美味しいね、チャドラ。これは何?」
「これはですね……」
微笑ましい会話も捨てがたいが、一息ついたら散歩する段取りになっている。
(リチャードのやつ、わざとらしくないといいのだが。任せっきりな俺も大概情けないがな……)
「ルシャナ様、郷土料理を気に入って頂けてなによりです。料理長がさぞや喜ぶことでしょう。新作をたくさん考案しているそうですよ」
城中の者は皆、ルシャナの内気で可愛らしいところにメロメロだ。そして、誰もがすでに伝説の白き異界人だということを忘れている。その伝説は広く知られているが、実際には勇ましい絵と愛らしいルシャナではあまりにもかけ離れた存在ゆえに、異世界からやってきた、かわいらしい子と認識されている。
伝説の人だと認識しているのは寿命の秘密を知っているほんの数人だけだ。
こんなか弱いルシャナには、ほかにもっと何か秘められた能力でもあるのだろうか。それは本人にすらわからないようだ。そしていまだにきっかけがないとはいえ、本当はルシャナの寿命のほうが長いことを報せていないのだ。
(おそらくは……命を貰ったと思っているから、逆らえないのかもしれない。でももし、本当のことを知ったら、寿命を得るために騙したのかと思われて、出て行ってしまうかもしれない……)
どんどん悪い方へと思考が流れて行ってしまう。この状況を変えるべく、マンフリートは立ち上がり、散歩へ行くことにした。
「ルシャナ様、この花は摘みますか?」
「うん、こっちのと合わせたら、すごく華やかになるよね。お部屋に飾ってもいいかな?」
「もちろんですよ。花も喜びます! じゃあ、僕ちょっと花を置いてきますから、先に散歩を続けてください。お父様、あとはよろしくお願いします!」
「ああ、気をつけてな」
チャドラは、ルシャナに見えない位置から、しきりにこちらに向かって何度もウィンクをしている。
あれで応援しているつもりなのだろう……。なんとも複雑な気分だ。そして、リチャードもそんな息子に親指をこっそり突き立てて、よくやったというジェスチャーをしている……。
なんだかこの親子に振り回されているような、ひどく滑稽な気がしてきて、脱力する。しかも彼らはあれで真剣に主と妻の仲を取り持とうと画策しているから、無下にもできないのだが、張り切りすぎている親に対して、少々頭痛を覚える。
「ああ、そうだ。マンフリート様、先にあの滝壺まで行っていてもらえますか? 私としたことが、肝心のものを忘れてしまいました! そうそう! 滝壺の岩の上に冷えたワインとお飲み物などが置いてあります。敷布とクッションもありますから、そちらで疲れたらおやすみになっていてください!」
(……ちょっと準備が良すぎて、わざとらしくはないか? さすがのルシャナも気づくかもしれない)
「ああ、あと! 魔力で滝壺は温まっていますから、着替えも置いてありますので、ご自由にお入りくださいませ! 何かありましたら、すぐにベルを鳴らしていただければ、飛んでまいります! では私はちょっとお城まで忘れ物を取りに行ってまいります」
「え、お城まで? そんなに遠くまで? あれ、チャドラはどこまで、花を置きに行ったの……」
さすがにルシャナが驚いてツッコミを入れたのだが、リチャードは聞こえないふりをして、目の前から消えてしまった。
「……と、とりあえず、いろいろと準備をしてくれたらしいから、滝壺まで行こう。疲れたのならいつでも言ってくれ。背負って行くから」
「あ、いえ。僕歩けますから」
と言いつつも、辿々しい歩き方だ。ここから歩いて五分もかからないので、ゆっくりとルシャナに歩調を合わせることにした。
「いい天気だな。こちらの世界には慣れたかな?」
何気ない会話からまずは入ることにする。
「はい……いろいろと、変わっていますけれど、なんとかチャドラのおかげで、学んでいるところです」
「そうか……できれば、俺が教えてやりたいんだが、だめだろうか?」
ルシャナは少し驚いたようにこちらを見上げる。
「マンフリート様は……お忙しいでしょう。僕に時間を割くより他にやることがたくさんおありなのでは」
「いや、今もっとも重要なのは、あなたのそばにいて、あなたの心の内を知ることだ――迷惑だろうか?」
一気に距離を詰め過ぎだろうか?
焦りが出てやしないだろうか?
がつがつしていないだろうか?
言ったそばから後悔してしまうとは、なぜ臆病になってしまうのだろうか。これでもこの国の将軍だというのに、妻に遠慮する夫とはなんとも不甲斐ない。
「……僕の、心?」
「ああ。そして、俺の心も知ってほしい……結婚の儀式をするまでは、俺の勘違いでなければ、あなたも俺と同様に、少なからず好意は持っていたと思いたい。しかし……あれ以降、正直あなたは私との間に壁を作ったように見えた。だから、その原因を知りたい。ストレートな物言いで申し訳ない……頭ではいろいろシミュレートしたんだが、結局こんな言い方しかできない。デリカシーがないのだから、嫌われて当然か」
「そんなこと! ありません! 嫌いなはずがないです! ただ……」
躊躇っているのがわかるのだが、このまま黙って次の言葉を待つ。
「ただ……、あなたは僕の命を救うために、一時的な夫に過ぎないのでしょ? 僕は男なのに、儀式のためとはいえ、男とあ、あんな行為をするのは嫌だったでしょうし……自己犠牲を払わせてしまって、ごめんなさい。そして、僕の命を助けてくれてありがとうございます」
(なんか、かなり歪曲した思い込みの激しさだな。どこから突っ込んでいいのか、正直わからん……これは、最初からすべてを一つずつ解明しなければならないようだな)
ちょうどよいタイミングで滝壺の前に出たので、いかにもセットしました風な敷布の上にルシャナを座らせてから、じっくりと話すことにする。
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