君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

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【11、猛毒】

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 彼女は、俺の周りにいる女とはどこか違ってた。
 七歳も年上だったせいなのか、彼女自身の雰囲気のせいなのか、それは俺にもわからないけど、彼女が賢い女だったのは確かなことだった。

 彼女は相変わらず、店の常連だった。

 俺は一度、『店長いないのに、常連のままなんだな』って聞いた事があった。
 俺がいるから…と答えてくれたら良かったのに、彼女は『信ちゃんがあの店に来る前から、あたしは常連なの』ってクールに答えた。

 彼女らしいと言えば彼女らしいが、なんとなくがっかりした覚えがある。

 俺と彼女の関係は、秋口に入る頃には以前より深くなってた気がする。
 あくまでそんな気がするだけで、彼女がどう思ってたかなんて俺は知らない。
 少なくとも、表面上、彼女はいつも通り、物静かで地味な女のままだった。

 一つ変わったことがあるとすれば…

 化粧っ気がなくて口紅すらしなかった彼女が、気づくと赤い口紅をつけ、赤いネイルをしてることぐらい。
 
「樹くん、聞いて聞いて。
今日ね、『並木くんが転勤してからなんか雰囲気変わった?』とか、同期に言われてしまったよ」

 レイトショー間際の映画館は、平日のせいか閑散としていた。
 俺は、困ったように笑う里佳子さんの顔を覗き込んできょとんとした。

「え?そうかな?
ああ…でも、微妙に色っぽくなった??」

「微妙ってなによっ?それはお姉さんに言う言葉じゃないでしょ!」

 里佳子さんは拗ねたように唇を尖らすと、ばしっと俺の腕を叩いた。
 俺は思わず笑った。

「だってほんとの事じゃん!」

「もぉ!!可愛いんだか可愛いくないんだか!」

「可愛いっていうなよ、嘘でもいいからカッコいいって言えよ!」

「だって可愛いじゃん!」

「なんかそれムカつく!」

 「バカにされてあたしもムカつく!」

 どんっと体当たりしてくるから、その体を両腕で抱き止めてやった。
 彼女はハッとして、慌てて逃げる。

「…もぉ!」

 その仕草を見て更に笑った。
 賢い女。
 確かにその通り。
 だけど、天真爛漫で無邪気なとこが、彼女を愛しく思う理由の一つだった気がする。

 まだ灯りがついたままの席に座りながら、彼女はふと、何か思い詰めた顔つきをして、小さくため息をつく。
 俺には、そのため息が妙に気になった。

「……どうしたん?」

「え?」

「ため息とか…」

「……うーん…
あたし、そんなに雰囲気変わったかなぁって…」

「俺には変わったように見えないけど?」

「樹くんは、わからないかもしれないけどさ…っ!
もし、そんな極端に雰囲気変わったとしたら…
あのね、女って怖いんだよ?」

「は?ナニソレ?」

「信ちゃんが転勤してから変わったとか…ね。
バレちゃうじゃない…」

「何が?」

「あたしに、信ちゃん以外に……誰かいること」

「………」

 俺はその時初めて気がついた。
 この関係が、里佳子さんにとっては『浮気』であり『二股』であるから、周りの目は彼女を批判的に見るということを。
 
 彼女は、困ったように笑って、ふと、俺の顔を覗き込む。

「あたし自分で、こんなことできる人間とは思ってなかったから…
樹くんといるとカルチャーショックばっかり!」

「後悔してんの?」

「してないよ!だってあたしが…
あたしが、そうしたかったんだから…
……なんか、ごめんね…」

 彼女は時折、こうして俺に謝ることがあった。
 なんで謝ってるのか、その意味が、俺にはまるでわからなかった。

 場内の灯りが消えて、周りが暗くなる。

 俺は、なんとなくいたたまれなくなって、薄明かりの中に浮かび上がった彼女の頬に手をおいた。
 彼女がゆっくりこちらを振り返る。

 俺は、そんな彼女の唇にキスをした。

 彼女の存在は、心を侵食してじわじわと俺の心を痺れさせ、麻痺させていく、まるで静かな猛毒のようだった。
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