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【12、惑溺】
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「もぉぉぉぉ!怖かった!!
見るんじゃなかったあの映画!!」
里佳子さんは、車の助手席でそう叫んだ。
さっき見たホラー映画、ガチで怖い作りで、彼女がそう叫ぶ意味が俺にもよくわかってた。
「俺もしばらく、家の押し入れ開けらんねーわ」
「だよね!もぉ、一人で部屋にいたくない…!」
そう言った彼女の目と、俺の目が合った。
彼女は、また少し困ったように笑ってこう言った。
「…今夜、うちに泊まる?」
「……なにそれ、怖いから?」
「う、うん…」
「小学生かよ!」
「だって怖いものは怖いんだもん!!」
この時、彼女が本気で『怖いから泊まって』と言ったのか、それとも別な意味合いがあったのか、俺にはわからない。
ただ、浮気がバレてしまう、なんて心配しながらも、自宅に俺を泊まらせるなんて、その矛盾が不思議で仕方なかった。
もしかすると、この時彼女も、自分の中の複雑な気持ちに、翻弄されていたのかもしれない。
彼女の部屋のリビングには、コーヒーの香りがしていた。
テーブルにはコーヒー。
ソファーには彼女。
そんな彼女の隣に俺は座っていた。
「俺、泊まってもいいの?まじ?」
「なんで?」
「なんでって…色々バレたら困るんだろ?」
そう言うと、彼女の顔が突然曇った。
彼女は、テーブルの上のマグカップを見つめたまま、少しの間押し黙る。
「あたし…ずるいよね…
自分で何してるんだろって思う…
前に言ったかもしれないけど、信ちゃんと付き合って10年。
樹くんとこうやって出かける感じみたいな、デートぽいっ事、ほんと全然したことなくて。
信ちゃんは自分の行きたいとこに、好きなように行くし。
映画の趣味も合わないから、映画とかも行ったことなかった…
だから、樹くんと居ると楽しくて…」
なんとなく、彼女のその言葉に傷ついた俺は、つい刺々しく彼女の名前を呼んだ。
「里佳子さんはさ…」
「……ん?」
「里佳子さんは、俺が都合いい存在だから一緒にいんの?」
「それは違うよ!」
「じゃあ、なんで、こうしてんの?」
「それは…っ!」
「うん」
「それは……」
どこか躊躇いがちに、どこか切なそうに、彼女はうつむいて言葉を止めた。
「あたしがこれを言ったら…
多分、もっとずるくなっちゃう…
だから、言えない……」
「………」
俺は思わずため息をついた。
そして、テーブルに置きっぱだった車のキーと財布を持って、ソファーを立つ。
「俺、帰るわ」
「え?」
「帰るよ」
「樹くん!」
玄関へと歩く俺の腕を、慌てたように彼女が掴んだ。
自分でも、一体何が気入らなくて怒りが沸いたのか、よくわかってなかった。
ただ、彼女の言葉尻には彼氏と別れられない躊躇いがあり、そこから、10年という時間を埋めてきた恋人同士の、絆のようなものもを、ひしひしと感じていた。
趣味も違う、性格も違う、デートらしいデートもしたことがないのに、それでも付き合っている。
嫉妬したのだとしたら、多分、その絆に対してだ。
「待って樹くん!あたし、こういうの嫌!」
今にも泣きそうな顔をして、彼女は俺の腕に抱きついてくる。
「どうせ帰っちゃうなら、ちゃんと話て、ごめんねって言ってからにして!
こういうの嫌なの…っ」
真剣な顔をして、彼女は、上目遣いに俺の顔を見る。
胸の中ある、もやもやしたこの嫌な感覚。
焦げ付くようなこの感覚に、俺自身が潰されそうになっていく。
彼女は俺のもののようであって、別な人間の恋人だ。
そんなことは、わかっていたはずだった。
彼女の手を振り払って、帰ることも出来た。
でも…
この焼け付くような気持ちを抑え込むには、彼女の肌に触れることしかないと、あの時の俺はそう思った。
里佳子さんの細い腕を掴んで、そのまま引き寄せると、嫉妬する感情ごと彼女の体を強く抱き締める。
「どうして…っ」
「樹くん…っ、痛いっ」
そう言った彼女の唇に、強引にキスをする。
逃げられないように抱き締めたまま、首筋にも顎にも乱暴にキスをして、彼女の服の中に手を滑り込ませて、その白い肌に触れる。
「あ…っ」と短い悲鳴を上げながらも、彼女は、抵抗しなかった。
見るんじゃなかったあの映画!!」
里佳子さんは、車の助手席でそう叫んだ。
さっき見たホラー映画、ガチで怖い作りで、彼女がそう叫ぶ意味が俺にもよくわかってた。
「俺もしばらく、家の押し入れ開けらんねーわ」
「だよね!もぉ、一人で部屋にいたくない…!」
そう言った彼女の目と、俺の目が合った。
彼女は、また少し困ったように笑ってこう言った。
「…今夜、うちに泊まる?」
「……なにそれ、怖いから?」
「う、うん…」
「小学生かよ!」
「だって怖いものは怖いんだもん!!」
この時、彼女が本気で『怖いから泊まって』と言ったのか、それとも別な意味合いがあったのか、俺にはわからない。
ただ、浮気がバレてしまう、なんて心配しながらも、自宅に俺を泊まらせるなんて、その矛盾が不思議で仕方なかった。
もしかすると、この時彼女も、自分の中の複雑な気持ちに、翻弄されていたのかもしれない。
彼女の部屋のリビングには、コーヒーの香りがしていた。
テーブルにはコーヒー。
ソファーには彼女。
そんな彼女の隣に俺は座っていた。
「俺、泊まってもいいの?まじ?」
「なんで?」
「なんでって…色々バレたら困るんだろ?」
そう言うと、彼女の顔が突然曇った。
彼女は、テーブルの上のマグカップを見つめたまま、少しの間押し黙る。
「あたし…ずるいよね…
自分で何してるんだろって思う…
前に言ったかもしれないけど、信ちゃんと付き合って10年。
樹くんとこうやって出かける感じみたいな、デートぽいっ事、ほんと全然したことなくて。
信ちゃんは自分の行きたいとこに、好きなように行くし。
映画の趣味も合わないから、映画とかも行ったことなかった…
だから、樹くんと居ると楽しくて…」
なんとなく、彼女のその言葉に傷ついた俺は、つい刺々しく彼女の名前を呼んだ。
「里佳子さんはさ…」
「……ん?」
「里佳子さんは、俺が都合いい存在だから一緒にいんの?」
「それは違うよ!」
「じゃあ、なんで、こうしてんの?」
「それは…っ!」
「うん」
「それは……」
どこか躊躇いがちに、どこか切なそうに、彼女はうつむいて言葉を止めた。
「あたしがこれを言ったら…
多分、もっとずるくなっちゃう…
だから、言えない……」
「………」
俺は思わずため息をついた。
そして、テーブルに置きっぱだった車のキーと財布を持って、ソファーを立つ。
「俺、帰るわ」
「え?」
「帰るよ」
「樹くん!」
玄関へと歩く俺の腕を、慌てたように彼女が掴んだ。
自分でも、一体何が気入らなくて怒りが沸いたのか、よくわかってなかった。
ただ、彼女の言葉尻には彼氏と別れられない躊躇いがあり、そこから、10年という時間を埋めてきた恋人同士の、絆のようなものもを、ひしひしと感じていた。
趣味も違う、性格も違う、デートらしいデートもしたことがないのに、それでも付き合っている。
嫉妬したのだとしたら、多分、その絆に対してだ。
「待って樹くん!あたし、こういうの嫌!」
今にも泣きそうな顔をして、彼女は俺の腕に抱きついてくる。
「どうせ帰っちゃうなら、ちゃんと話て、ごめんねって言ってからにして!
こういうの嫌なの…っ」
真剣な顔をして、彼女は、上目遣いに俺の顔を見る。
胸の中ある、もやもやしたこの嫌な感覚。
焦げ付くようなこの感覚に、俺自身が潰されそうになっていく。
彼女は俺のもののようであって、別な人間の恋人だ。
そんなことは、わかっていたはずだった。
彼女の手を振り払って、帰ることも出来た。
でも…
この焼け付くような気持ちを抑え込むには、彼女の肌に触れることしかないと、あの時の俺はそう思った。
里佳子さんの細い腕を掴んで、そのまま引き寄せると、嫉妬する感情ごと彼女の体を強く抱き締める。
「どうして…っ」
「樹くん…っ、痛いっ」
そう言った彼女の唇に、強引にキスをする。
逃げられないように抱き締めたまま、首筋にも顎にも乱暴にキスをして、彼女の服の中に手を滑り込ませて、その白い肌に触れる。
「あ…っ」と短い悲鳴を上げながらも、彼女は、抵抗しなかった。
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