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突き動かすもの
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条件は明白かつ純一だった。手を貸すのは儀式に関することのみであり、聖女召喚後は一切関与せず、これまで通りマコトを婚約者としてそばに置くこと。今後一切、マコトに危害を加えず、彼が王宮に残ることに口出ししないこと。
それがフェリクスが提示した条件だった。
当初こそその申し出に異議を唱えていた連中も、フェリクスの意思が固く、また自分たちの犯した蛮行が表沙汰になることを恐れ、その条件を飲まざるを得なかった。
そうして、フェリクスの血によって聖女召喚の儀は執り行われたのである。
「本当に、このことをマコト様にお伝えする気はないのですか?」
フェリクスの判断に概ね同意していたカミールだったが、唯一納得できないことがあった。それは、フェリクスが聖女召喚に関することをマコトに黙っていることだった。
マコトを守るためだとは分かっている。それでも、せめて最低限のことは共有しておくべきなのではないか。
そう何度か進言したカミールだったが、フェリクスの考えは変わらなかった。
「俺が自分のために嫌々儀式をしたと知れば、アイツはそのことでも気に病むだろう。儀式が終われば俺たちにはなんの関係もないんだ。知らなければ、余計な心労をかけることもない」
「それはそうですが、殿下が聖女様を召喚したことを知れば、マコト様が勘違いされてしまうかもしれませんよ」
「なんの勘違いだ」
「殿下がマコト様ではなく聖女様を選んだのではないかと、お心を痛めてしまうかも知れないと言うことですよ」
フェリクスの言葉に、「その心配はない」とフェリクスが首を振った。
「俺とアイツはバカップルというやつだからな」
「……はい?」
「アレクシスが言っていた。二人でいる時も、マコトは俺の話ばかりすると。そういうのを巷ではバカップルと呼ぶらしい」
得意げに口角を上げたフェリクスに、頭が痛い、というようにカミールが額を押さえた。
「つまり? 殿下とマコト様は死ぬほどラブラブだから他人が入り込む余地などないと、そういうことですか?」
「ああ」
満足げに頷いたフェリクスに、ついにカミールが天を仰いだ。
「……その割には、殿下は些細なことで嫉妬してマコト様を困らせているようですが」
「嫉妬ではない。アイツが婚約者としての自覚に欠けた行為をするから叱責しているだけだ」
「……左様でございますか」
子供のように拗ねて甘えることのどこが叱責だというのか。
かつては孤高の貴公子様、などと呼ばれていたが、今の彼は恋に浮かれたただ一人の男でしかなかった。
「マコト様と出会ったことで殿下には良い変化が起こっていると思いますが、時折心配になります」
「何が言いたい」
「いえ、忘れてください。……殿下のお考えは分かりました。これ以上何を言っても無駄でしょうから、私は大人しく殿下のお考えを尊重します」
「ああ。間違ってもマコトに余計なことを漏らすなよ」
話は終わりだとばかりに書類に視線を戻したフェリクスに、何か良からぬことが起こりそうだと、カミールは人知れずため息を吐いた。
カミールの予感は的中した。それも、最悪な形で。
「兄様! このままだと大変なことになりますよ! 詳しくは言えませんが、とにかく大変なのです!」
「フェリクス殿下! お願いですからマコト様を離さないでください! 詳しくは言えませんが、絶対に離さないでください!」
いきなり現れてワーワーと騒ぎ始めたアレクシスと、マコトの唯一の従者であるコレット。
先ほどから要領を得ないことばかりを口にする二人を交互に見て、フェリクスは訝しげに眉を寄せた。
「詳しく話せないというのはどういうことだ」
「それはっ、その、マコトに言っちゃダメって言われてるから……とにかく! 兄様でないと、どうしようもできないのです!」
「うっ、マコト様との約束は破れません! でもっ、黙って見てることなんてもっとできません! つべこべ言わずにマコト様をぎゅっとしてずっと離さないでください!」
「……命の恩人だと言う割に俺を舐めているな」
「いえっ、全然そんなことはないです! なんでこんな不器用で甘ったれで嫉妬深い男をマコト様は好きになったんだろうと日に三度は考えますが、フェリクス殿下にはご恩を感じております!」
「犬っころ! 僕の兄様に失礼なことを言うな! 兄様がいなければお前は今頃土に還っていたんだぞ! マコトにだってもう二度と会えないところだったんだぞ!」
今度は仲間割れを始めた二人に、「お二人とも」とカミールが割って入った。
「お静かに。殿下はお仕事を終えられたばかりでお疲れです。お二人がマコト様を案じていらっしゃるお気持ちは痛いほど分かりますが、もう少し冷静になってください」
「う、そうだな。僕としたことがつい取り乱してしまった」
「すみません、つい気持ちが昂ってしまって」
カミールに咎められて、シュンと項垂れるアレクシスとコレット。
一体こいつらは何をしに来たんだ、とフェリクスはいよいよ頭痛がしてきた。
「マコトの所へ行けばいいのか」
「そうです! このままだとマコトがどこか遠くへ行ってしまうかもしれません!」
「どういうことだ」
「ええと、詳しくは言えないんですが、マコト様は今荷物をまとめていらっしゃるんです」
その言葉を聞いた瞬間、フェリクスは無言で立ち上がっていた。そのまま執務室を出て行こうとするフェリクスの背に、カミールが「殿下、どうか冷静に!」と声をかける。
「俺は冷静だ」
そう言い放ったフェリクスは、とても冷静とは思えない荒々しい足取りで執務室を後にした。
それがフェリクスが提示した条件だった。
当初こそその申し出に異議を唱えていた連中も、フェリクスの意思が固く、また自分たちの犯した蛮行が表沙汰になることを恐れ、その条件を飲まざるを得なかった。
そうして、フェリクスの血によって聖女召喚の儀は執り行われたのである。
「本当に、このことをマコト様にお伝えする気はないのですか?」
フェリクスの判断に概ね同意していたカミールだったが、唯一納得できないことがあった。それは、フェリクスが聖女召喚に関することをマコトに黙っていることだった。
マコトを守るためだとは分かっている。それでも、せめて最低限のことは共有しておくべきなのではないか。
そう何度か進言したカミールだったが、フェリクスの考えは変わらなかった。
「俺が自分のために嫌々儀式をしたと知れば、アイツはそのことでも気に病むだろう。儀式が終われば俺たちにはなんの関係もないんだ。知らなければ、余計な心労をかけることもない」
「それはそうですが、殿下が聖女様を召喚したことを知れば、マコト様が勘違いされてしまうかもしれませんよ」
「なんの勘違いだ」
「殿下がマコト様ではなく聖女様を選んだのではないかと、お心を痛めてしまうかも知れないと言うことですよ」
フェリクスの言葉に、「その心配はない」とフェリクスが首を振った。
「俺とアイツはバカップルというやつだからな」
「……はい?」
「アレクシスが言っていた。二人でいる時も、マコトは俺の話ばかりすると。そういうのを巷ではバカップルと呼ぶらしい」
得意げに口角を上げたフェリクスに、頭が痛い、というようにカミールが額を押さえた。
「つまり? 殿下とマコト様は死ぬほどラブラブだから他人が入り込む余地などないと、そういうことですか?」
「ああ」
満足げに頷いたフェリクスに、ついにカミールが天を仰いだ。
「……その割には、殿下は些細なことで嫉妬してマコト様を困らせているようですが」
「嫉妬ではない。アイツが婚約者としての自覚に欠けた行為をするから叱責しているだけだ」
「……左様でございますか」
子供のように拗ねて甘えることのどこが叱責だというのか。
かつては孤高の貴公子様、などと呼ばれていたが、今の彼は恋に浮かれたただ一人の男でしかなかった。
「マコト様と出会ったことで殿下には良い変化が起こっていると思いますが、時折心配になります」
「何が言いたい」
「いえ、忘れてください。……殿下のお考えは分かりました。これ以上何を言っても無駄でしょうから、私は大人しく殿下のお考えを尊重します」
「ああ。間違ってもマコトに余計なことを漏らすなよ」
話は終わりだとばかりに書類に視線を戻したフェリクスに、何か良からぬことが起こりそうだと、カミールは人知れずため息を吐いた。
カミールの予感は的中した。それも、最悪な形で。
「兄様! このままだと大変なことになりますよ! 詳しくは言えませんが、とにかく大変なのです!」
「フェリクス殿下! お願いですからマコト様を離さないでください! 詳しくは言えませんが、絶対に離さないでください!」
いきなり現れてワーワーと騒ぎ始めたアレクシスと、マコトの唯一の従者であるコレット。
先ほどから要領を得ないことばかりを口にする二人を交互に見て、フェリクスは訝しげに眉を寄せた。
「詳しく話せないというのはどういうことだ」
「それはっ、その、マコトに言っちゃダメって言われてるから……とにかく! 兄様でないと、どうしようもできないのです!」
「うっ、マコト様との約束は破れません! でもっ、黙って見てることなんてもっとできません! つべこべ言わずにマコト様をぎゅっとしてずっと離さないでください!」
「……命の恩人だと言う割に俺を舐めているな」
「いえっ、全然そんなことはないです! なんでこんな不器用で甘ったれで嫉妬深い男をマコト様は好きになったんだろうと日に三度は考えますが、フェリクス殿下にはご恩を感じております!」
「犬っころ! 僕の兄様に失礼なことを言うな! 兄様がいなければお前は今頃土に還っていたんだぞ! マコトにだってもう二度と会えないところだったんだぞ!」
今度は仲間割れを始めた二人に、「お二人とも」とカミールが割って入った。
「お静かに。殿下はお仕事を終えられたばかりでお疲れです。お二人がマコト様を案じていらっしゃるお気持ちは痛いほど分かりますが、もう少し冷静になってください」
「う、そうだな。僕としたことがつい取り乱してしまった」
「すみません、つい気持ちが昂ってしまって」
カミールに咎められて、シュンと項垂れるアレクシスとコレット。
一体こいつらは何をしに来たんだ、とフェリクスはいよいよ頭痛がしてきた。
「マコトの所へ行けばいいのか」
「そうです! このままだとマコトがどこか遠くへ行ってしまうかもしれません!」
「どういうことだ」
「ええと、詳しくは言えないんですが、マコト様は今荷物をまとめていらっしゃるんです」
その言葉を聞いた瞬間、フェリクスは無言で立ち上がっていた。そのまま執務室を出て行こうとするフェリクスの背に、カミールが「殿下、どうか冷静に!」と声をかける。
「俺は冷静だ」
そう言い放ったフェリクスは、とても冷静とは思えない荒々しい足取りで執務室を後にした。
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