本物の聖女が現れてお払い箱になるはずが、婚約者の第二王子が手放してくれません

井之口みくに

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守りたい

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「ど、どうして、会ったばかりの貴方にそこまで言われなきゃいけないんですか? 私のこと、何も知らないくせに失礼だと思わないんですか? 貴方こそ、ちょっと顔がいいからって何を言っても許されるなんて思い上がりです!」
「……」
「どうして黙っているんですか? 何か言ったらどうなんですか! 私、貴方なんかにもう構ってあげませんからね!」

 頬を膨らませてふんっとそっぽを向いたかと思うと、少女は長い髪を翻してフェリクスに背を向けた。そのまま大股で歩み去る背中を、フェリクスは無言で見送るだけだった。
 二人の距離が随分と空いた頃、焦ったように少女が駆け戻ってきた。

「て、いうのは冗談です! ……おかしいわね、こういうじゃじゃ馬系が好きなんじゃないのかしら」
「なんの話だ」
「いえ、なんでもないです! ところで、これから私はどうなるんでしょうか? あの男の人たちは私のこと聖女様って呼んでましたけど……」
「これ以上は付き合っていられん。下手な小芝居を続けたいなら神官どもの前でやれ」
「う……っ、でも……」

 食い下がろうとする少女の声を遮って、フェリクスが面倒くさそうに手を振った。

「もういい。貴様の好きにしろ」
「え?」

 きょとんと顔を上げた少女に、フェリクスはつまらなそうに息を吐いた。

「貴様がどうしようと勝手だが、俺を手中に収めようと画策したところで時間の無駄だ」
「……もしかして、もう他に心に決めた方がいるんですか?」

 何かを探るような目になった少女に、「察しはいいらしいな」とフェリクスが一瞥をくれた。

「生憎と、貴様が付け入る隙は微塵もない」

 その時初めて、フェリクスの瞳に生気が宿った。その目は見れば、彼に意中の相手がいることは誰の目にも明らかだった。

「……その方とは、どういったご関係なんですか?」
「時間の無駄だと言っただろう。これ以上話すことはない」

 それだけ言って背を向けようとしたフェリクスを、少女はなおも引き留める。

「お願いします! 少しでいいので……」
「くどい」

 一喝して歩き出したフェリクスの背中からは、それ以上の問答は不要とばかりの拒絶が漂っていた。


「──面白くないわね」

 ボソリと呟かれた少女の本音は、誰の耳に届くこともなく空気に溶けて消えた。



 聖女召喚の知らせを受け、王宮内はどこもかしこもお祭りムード一色だった。だがしかし、例外はある。
 聖女を召喚した張本人であるフェリクスの執務室もまた、その例外の一つだった。

「チッ……」

 癇性に舌打ちしたフェリクスに、執務机に向かっていた文官達の体がぎくりと強張った。
 この部屋に入ってきてからというもの、フェリクスの機嫌は底辺を彷徨っている。その原因には、室内の全員が心当たりがあった。

「殿下、冷静になってください。苛立つ気持ちは分かりますが、それを我々にぶつけるのは筋違いでしょう」

 勇気ある一声を放ったのは、フェリクスの側近であるカミールだった。
 フェリクスはちらりと視線だけをそちらにやり、「そんなことは分かっている」と苛立たしげに吐き捨てた。

「俺は冷静だ」
「どこがですか。殿下が不機嫌なせいで執務効率が著しく低下しているんですよ。少しは周囲を気遣ってください」
「……ああ」

 苦々しく頷いたフェリクスに、「分かっていたことでしょう」とカミールが肩を竦めた。

「本物の聖女様が現れれば面倒になることは火を見るより明らかです。それでも良いからと儀式に協力することにしたのは、全てマコト様のためなのでしょう。であれば、マコト様のためにこの苦痛にも耐えてください」

 マコト、という単語にフェリクスの表情が和らいだ。
 分かりやすいその変化に、カミールはつい苦笑してしまう。

「殿下は余程マコト様のことが大切なのですね。まさかご自身やマコト様の身を危険に晒した連中に手を貸すとは思いもしませんでしたよ」

 フェリクスと、その婚約者を狙った犯行。
 犯人の目星はついていた。フェリクスを次期国王にと推す派閥の過激派が、自分たちに手を貸さなければマコトのみを危険に晒すことになると警告したのだ。
 それを知りながら、フェリクスはあえて聖女召喚の儀に手を貸すことにした。

「かつての殿下なら、問答無用で極刑に処していたでしょうに、どういう心境の変化ですか?」
「命を奪うことは容易い。だが、一度この手を血で汚せば、それを消し去ることはできない」

 二度とマコトに危害を加えることがないよう、見せしめに処刑することもできた。それをしなかったのは、マコトの心にほんの僅かでも傷がつくことが耐え難かったからだ。
 フェリクスが愛したただ一人の人は、例え自分の身が危険に晒されようとも、平和的な解決策を模索するようなお人好しの善人だった。

「性根の腐った連中のためにマコトが苦心する必要はない」
「……ええ、全くです。殿下がご自分のためにその手を血に染めたと知れば、マコト様は生涯そのことを悔やみ、責任を感じ続けるでしょうからね」
「ああ、アイツはそういう人間だ」

 だからこそ、マコトを守るために聖女召喚の儀を執り行った。
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