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一番の被害者

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「懐かしいなぁ」
「は?」
「いえ、この世界に来たばかりの頃を思い出して、やっぱりちょっと寂しいなって」

 偽物の聖女である僕を厭う人ももちろんいた。陰で穀潰しと呼ばれていることも知っているし、面と向かって暴言を吐かれたこともある。
 頭目掛けて馬糞を落とされた時には流石に傷ついた。でも、滅多にできない経験ができたと思えば案外悪くない。いや、やっぱり悲しいかも。

「やっぱり、辛いのか?」

 馬糞事件を思い出してしょんぼりしてしまったからか、アレクシス殿下がバツが悪そうに視線を彷徨わせた。
 口調こそキツイけど、根は優しい子なのだ。

「ふふ、ありがとうございます。殿下とお会いできなくなると思うと寂しいですが、楽しかった思い出があるので大丈夫です」
「なっ……べ、別に、僕がそうしたいというわけじゃないぞ? ただその、お前の泣き顔を見るのは暇潰しにはちょうどいいからな。お前がど~~~してもというなら、内緒で僕の側仕えにしてやらなくもないぞ?」
「いえ、それは大丈夫です」
「少しは考える素振りくらいしろ! またそうやって僕のことを子供扱いして、僕はもう十分大人なんだぞ!」
「あ、すみません、そういうつもりじゃないんです。殿下のお気持ちは本当に有り難いんですけど、僕を匿ったことがバレたら、王宮内での殿下の立場が悪くなってしまうと思うので」

 僕が聖女様じゃないと分かった以上、もうこの国の人たちが僕を匿う必要はない。
 僕の存在自体を亡き者にしようと企む人もいるとかいないとか聞いたし、王様に内緒で僕を側仕えにしたことがバレたら殿下の立場がなくなってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
 僕の気持ちが伝わったのか、アレクシス殿下が悔しそうに口元を歪めた。

「お前に心配される謂れはないな!」
「ふふ、そうですね」
「笑い事じゃないと言っているだろう! 下手をしたら罪人として捕えられて断罪されるかもしれないんだぞ! 国を騙した大罪人として、晒し首にされるかもしれない! お前は……っ、マコトは何にも悪くないのに……」
「殿下……でも、このお城に残ると決めたのは僕自身なので」
「それはっ、父上に言われて仕方なくだろ!」
「僕はもう大人なので、自分の行動の責任は自分で取ります」

 この世界の人から見たら僕は随分若く見えるみたいだけど、こう見えてもう二十八のいい大人なのだ。なんならアラサーのおじさんと呼ばれる年齢である。
 誰かのせいにしても今更どうしようもないってことは、短くはない人生の中で嫌というほどに学んだ。

「この半年間、辛いことももちろんありましたけど、それ以上に楽しいことが沢山ありました。元の世界にいた頃の僕はお城に住めるような身分じゃなかったんです。そう考えたら、国を騙して贅沢三昧をしたと責められても仕方ないと思います」
「嘘をつくな。お前は歴代の聖女からは考えられないくらい質素な暮らしをしていたと聞いているぞ。それに時間を見つけては使用人の手伝いをしていたそうじゃないか。父上から渡された生活費の殆どを孤児院に寄付したという話も僕の耳に入っているんだからな」

 どうやら僕の行動の殆どはアレクシス殿下に筒抜けらしい。
 この半年間、良かれと思ってやったことを非難されることが多々あった。その度に自分はダメな奴なんだと自己嫌悪に陥ってきたけど、こうして僕のことをちゃんと知ってくれている人がいると思うと少しだけ救われた。

「殿下は僕のことをちゃんと見ていてくださったんですね」
「そ、それは……お前が僕以外の奴に苛められて泣きついてきてもつまらないからな! 仕方なくだ! 勘違いするなよ!?」
「はい、勘違いしません」

 耳まで真っ赤にして捲し立てる殿下を見て、なんだか胸の辺りがぽかぽかした。

「ありがとうございます。殿下が会いに来てくださったおかげで元気になれました! 短い間でしたが、本当にお世話になりました」
「ふん、この程度で大袈裟な奴だな」
「あはは、すみません」
「……本当に、いいのか。僕だけではどうにもならなくても、フェリクス兄様ならなんとかしてくれるかもしれない」

 フェリクス──王様の気まぐれで無理やり僕の婚約者にされてしまった、いわば一番の被害者だ。
 思えば、この半年間で一番心に残ったのは、フェリクスと過ごした忘れがたい時間だった。
 初めて会った日のことを今でもはっきり覚えている。あの時の僕は、彼のことを「フェリクス」なんて気安く呼べるような間柄になれるなんてつゆほども思っていなかった。
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