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王様は大雑把

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 緩くウェーブしたプラチナブロンドの髪に、空を切り取ったように澄んだ碧眼。正しく絵に描いたような完璧な美少年である。

「こんにちは」
「ふんっ、呑気に挨拶なんかして、今日にでもこの国を追い出されるというのに危機感のない奴だな」
「お別れの挨拶に来てくださったんですか? ありがとうございます」
「なっ、違うに決まってるだろ! お前が犬っころと戯れてる間に大変なことになってるから教えに来てやったんだ」
「ふふ、ありがとうございます」
「呑気に笑ってる場合じゃないと言ってるだろ! というかお前、本当に状況を理解しているのか!? お前が兄様の婚約者でいられたのは、聖女の可能性が一ミクロン程度残っていたからなんだぞ! 本物の聖女が現れた今、お前の存在価値はゼロになったんだからな?」

 もちろんそれは理解している。
 おそらくはバグみたいなもので、誤ってこの世界に召喚されたのだ。
 伝承によると、聖女様は聖なる力と類稀なる美貌を持ち合わせた少女とされているらしい。
 それなのに、実際召喚されたのは男で、その上冴えない普通の男だなんてガッカリされて当然だ。



「聖女、様……?」

 俺を目にした神官さんたちが、一様にポカンと口を開けていたのを今でもハッキリ覚えている。
 聖女召喚の知らせを受けて飛んで来た第一王子のエヴァン殿下も、僕の姿を一目見るなり美しい顔を忌々しげに歪めた。

「これが、聖女だと……? この私を謀るとは、余程死に急ぎたいようだな」

 どうやら新手のドッキリと勘違いされてしまったらしい。
 その後神官さんたちを処刑しようとするエヴァン殿下を皆で宥めたりなんやりてんやわんやして、気づいたら罪人として捕らえられていた。
 後ろ手に縛られて王様の前に引っ張り出された時には流石に死を覚悟した。

「ふむ、面白い。男の聖女など聞いたことがないが、暫く様子を見てみるというのも一興だな」

 玉座に肘をついて笑う王様は楽しそうだった。
 まさかの王様の発言に、僕を含めてその場の全員がポカンと口を開けることになった。そこに追い打ちをかけるように、王様がさらなる爆弾発言を投下した。

「本来であれば次期国王たるエヴァンの伴侶としたいところだが、どうやらエヴァンはどうしても其方を聖女とは認めたくないらしい。だが、聖女の力の源は王族の精力だ。枯渇すれば命を脅かしかねないからな。其方には、エヴァンの代わりにフェリクスと婚約してもらう」

 ざわっと周りが騒がしくなった。
 皆が何やらヒソヒソと耳打ちし合っている。
 一方の俺は相変わらずぽかんとしたままだった。その反応が意外だったみたいで、王様が不思議そうに首を傾げた。

「なんだ、不満か?」

 不満というか、色々ついていけていないだけです。なんて素直に言う勇気はないので、とりあえず一番気になることを聞いてみた。

「……えーと、フェリクスさんというのはどなたでしょうか?」
「ああ、私の二番目の息子だ。側室の子だからな、正当な王位継承者ではないが、私に似て大層な男前だ。伴侶としては申し分ないぞ」

 確かに王様はTHE・イケおじという感じの渋いお方だ。この方が認めた側室の方も相当お綺麗なんだろうし、その息子さんとあらばそれはもう大層な美男子なんだろう。
 とはいえ、だ。

「すみません。有難いお話なのですが、見ず知らずの方といきなり婚約というのはちょっと……お相手の方も、相手が僕ではガッカリするでしょうし」

 より取り見取りの王子様が見ず知らずの異世界人の男と婚約させられるなんて可哀想すぎる。
 僕なりの配慮だったけど、王様は「なんだそんなことか」と笑い飛ばした。

「安心するといい。聖女が王家の血を愛するように、王族もまた聖女に惹かれる運命だ。いわば本能で惹かれ合うというやつだな。其方が聖女であるならば、フェリクスもたちまち其方に心奪われるだろう」
「いやでも、エヴァン殿下曰く僕は偽物のようですが……」
「うむ、もし偽物の聖女なら、フェリクスが其方を愛することはないだろうな。まあそうなればその時にまた考えれば良い。他に懸念はあるか?」

 王様は割と大雑把な性格だった。
 他にと聞かれても色々あるわけだけど、もう一つ大事なことがある。

「あの、僕は生まれてこの方男性に好意を抱いたことがないんです」
「なんだ、そんなことか。先も言ったように、其方が聖女であるなら本能で王家の血を継ぐ者に惹かれるようになっておる。性別など瑣末なことだ」
「いやでも、僕は聖女様ではないんですよね……?」
「そうかもしれんな。本当のことはまだ分からぬ。どちらにせよ元の世界に帰る方法も見つかっておらぬしな、嫌でも私の決定に従ってもらうことになるぞ」
「え!? 日本に帰れないんですか!?」

 サラッと爆弾発言を投下されて、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 驚きのあまり仰け反る俺を見て、「おや?」と王様が顎を撫でた。

「なんだ、誰も説明してやらなかったのか」
「え、え、本当なんですか?」
「ああ。どの伝記にも、聖女が元の世界に帰ったという記述はないな」
「そ、そんな……」
「そう落ち込むな。案外この世界での暮らしも悪くないかもしれんぞ。少なくとも、この城にいる間は衣食住の不自由はさせんからな」

 流石王様というべきか。強い口調じゃないのに有無を言わせない圧があった。

「……お世話になります」
「はっはっ、礼儀正しい奴だな」

 上機嫌な王様の笑い声が広間に木霊する。王様以外の全員がなんとも言えない顔をしていたのは言うまでもない。
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