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2-30 アイアンクロウぅ…クロウだけに。
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◆アイアンクロウぅ…クロウだけに。
授業をさぼって、王宮に、陛下とともに帰ってしまった日。
学校帰りに、シオンは王宮に寄ってくれたみたいなんだけど。
ぼくは陛下と…アレコレございまして。ヘロヘロで、動けなくて。会うことは出来ませんでした。
サロンに通されたシオンは、ぼくが出てくるのを待っていたのだが。
まぁ、そのとき、陛下ひとりが現れて、シオンにこう言ったらしい。
「翌日、公女を王城へ呼んで、処罰を下す予定だ。次期王妃として、クロウも同席させるので。今宵は、王城へ泊める」
それを聞いたシオンは。いつもの小姑魂全開で。
「わかりました。今日は引き下がりますが。明日、兄上が人前に出られない、生まれたての小鹿状態にでもなっていたら。公爵家として、正式に抗議いたしますからっ」
全く、あの弟は。陛下になんて無礼なことを言うのだろうか。
そして、なんて恥ずかしいことをっ、言っちゃってくれるのかぁぁっ!
兄の、そういう、デリケートな部分を想像とかしないでくれるぅ?
当たらずも遠からじ、ではあるけどぉ…。
それを、陛下から聞いたとき。ぼくは兄として、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりして、陛下に平謝りしたよ。
まぁ、そんな感じで。その日は済んだ。
けど翌日、目を吊り上げたシオンと、父上が、ぼくを王宮へ迎えに来た。ですよねぇ?
その前に。家族に詳しい話をする隙もないままに、謁見の間に出なきゃならなかったんだけど。
学園から、体操着で帰ってしまった、ぼくは。衣装がないなぁ、どうしよう? と思っていたのだけど。
そこはちゃんと、陛下が。いつ、ぼくが来ても大丈夫なように、いろいろ揃えてくれていたのだ。
寝間着とか、普段着とかね。
その中で、謁見の間に出ても大丈夫なくらいの、礼装もあった。ちゃんと、ぼくサイズのやつ。
だけど、陛下が指定したのは。ワインレッドのお衣装。
ちょっと、明るめのワインレッド、ですかぁ?
こんな派手なお色は、ぼくのモブ顔には合わないのですが。
つか、ぼくの、のっぺり顔には。黒が無難です。
派手なお色は、この、もっさり、イケてない顔の印象がすっかり飛んでしまうのです。
だけど…。
「クロウ、我とおそろいの服は、嫌か?」
と、陛下に言われてしまったら。
なんでも着ます。ぼくの顔の印象なんか、どうでもいいです。
どうせ、陛下が隣にいたら、みんな陛下をみつめるでしょ?
隣の、浮いた衣装のモブのことなんか見ないでしょ? なら、いいです。
というわけで。ぼくは初挑戦の、ワインレッドの礼服に、袖を通したのだった。
ラヴェルが、感動で泣きながら、ぼくの着付けを手伝ってくれて。
「お似合いです、美しいです、さすが、私の公爵様」
なんて、褒め倒してくれる。
いや、公爵にはならないけど。
それに、そんなに言い聞かせなくていいから。ぼくはモブだと、ちゃんと勘違いしないで生きていますから、大丈夫ですから。
まぁ、普段なら。着つけは、自分でやれるんだけど。
陛下とひと晩、アレコレがありましたから。ぐったりモードで。全部ラヴェルにお任せしてしまいました。
誉め言葉を子守唄代わりに、右から左に流しつつ、ね。
そして、衣装を着た、ぼくは。
陛下が、ぼくと同じ色の衣装を身に着けているのを見て。眠い目が、バッチリ覚めた。
うわぁ、ゴージャスがはなはだしいっ。
黒シャツに黒マント、黒い刺繍で、派手さはおさえられているのに、生地の光沢と陛下の髪がキラキラしくて。ゴージャスアンドセクシーアンドボンバーダイナマイト。
「あぁ。やはり、クロウはこういう色も似合うな。可愛いぞ」
そんな。目が潰れそうなほどに、お美しい陛下に言われても。説得力がありません。
つか、陛下は美的感覚が、ちょっと、残念なお人でございました。
ラヴェルも、なんでもお似合いだと言うし。えぇ、本気になどいたしませんとも。
ぼくが、ヘラッと笑うと。
陛下も、微妙な顔つきで、フッと笑った。
あれ? もしかして、とうとう、自分の怪しい美的感覚を自覚したのでしょうか?
良い傾向だと思いますよっ。
あ、公女は。厳重注意って感じ? あと、接近禁止命令、みたいな?
ぼくに敵意を持つのはともかく、それで、そばにいる陛下に、もし危害でも加わったら。本当に危ないからね。
早く、主人公ちゃんⅡには、心を入れ替えていただきたいものです。
攻撃はあかんよ、攻撃は。
ま、バミネも、かなりあくどかったから。アイキンは、そういうデンジャラスな世界なのかもしれないけどさ?
主人公ちゃんが、目を吊り上げて、攻撃するのは、違うものね? 悪役じゃないんだから。
ぼく的には。主人公ちゃんが、ぼくや陛下に、ちょっかいをかけてこなければ。それでいいので。
陛下にも、穏便に済ませてもらったんだ。
でも、問題はそのあとに起きた。
謁見の間で、処断の場面を見ていた、バジリスク公爵である父が。それはもう、怒りまくっちゃって。
ぼくに危害を加えた公女には、もちろん。甘い差配をした陛下にも、怒ってしまったのだ。
公女との謁見が終わったあと、サロンに移動した、ぼくと陛下。
そこに、父上とシオンが入ってきて。
陛下への挨拶もなおざりに、父上がぼくを抱き締めた。
「あぁ、クロウ。公女に、穴に落されたと聞いたときは。心臓が止まるかと思ったぞ? 大丈夫だったのか? 怖かっただろう? 怪我はないか?」
手のひらを擦りむいたけど、面倒な予感しかしなかったから、言わなかった。
ぼくは、父をなだめて。ソファにみんなで座るよう、うながした。
「大丈夫ですよ、父上。御心配をおかけして、申し訳ありません」
「クロウが謝ることなどない。しかし。陛下っ、なぜ公女を、国外追放にしなかったのですか? あぁ、そうだ。まず、隣国の国境を閉鎖しましょう。いや、もう滅ぼしてしまえばいいのです、あのような小国はっ」
ぼくを気遣い、陛下を怒って、ここにいない公女へ憤りを高ぶらせ、と忙しい父上を。
ぼくは、睨みましたよ。ジロリ、とね?
「…父上? ぼくが陛下に、そのようにしてくださいとお願いしたのですから、陛下を責めないでください。国外追放などしたら、アルガルと交易できなくなるのですよ? 国境閉鎖? 滅ぼせ? 人の上に立つ公爵閣下が、軽々しく、そんなことを言ってはなりませんんんっ」
激昂する父上を、なんで、ぼくが諫めなくてはならないのですか?
つか、公爵である父の発言力が、ヤバい効力を持つことは、子供でも知っているのです。
実際に、父上が言えば、その通りになりかねない、力も財力もあるのだから、シャレにならないっつうの。
なに、軽率全開になっているのですか?
大人なんだから。ちゃんと考えて、発言してください?
っていう目で見れば。
父上はシュンとして。猫ならイカ耳になっている感じだ。
やめてください。シオンがイカ耳になっているみたいで。
ぼくは、それに激烈に弱いのですから。
「し…しかしな? クロウ。私の大事な息子が、そのような目に遭って、黙っているわけには…」
父上はなんだか、子供のぼくの機嫌を取るようにうかがってくる。
「もう、父上は公爵なのだから、ぼくなんかに、下手に出ないで。もっと、毅然とっ。シャンとしてください、シャンとっ」
すると、父上は背筋を伸ばすのだが。涙目である。
最初から、父上は、ぼくに甘かったが。なにゆえ、こんなにもヨワヨワなのだろう?
泣く子も黙る公爵閣下、のはずなのに。
以前、兄のように接して、などと言ったが。
これでは、弟のシオンを通り越して、末っ子扱いになってしまいますよっ?
そんな怒りモードのぼくを、なだめるように。陛下が、父上に助け舟を出した。
「クロウ、バジリスク公爵はおまえのことを心配しておっしゃっているのだ。そう目くじらを立てるな。公爵、我ももちろん、公女を国外退去にしたかったが。クロウが、このように言うのでな。クロウはカザレニアのことを真摯に考えている、君子であるから。今回は、我もクロウの言に従ったのだ。未熟な差配ですまぬ」
陛下も、なんでか、ぼくに怒られている態になっていたから。慌ててしまう。
「陛下は、いいのですよ。まだ年もお若く、人生経験は少ないのですから。でも父上は。公爵家当主として、年長の者として、貴族の長として、陛下に助言をする立場なのです。ちゃんとしてください」
父上は、項垂れて。しばし、無言だったが。
顔を上げたら、また怒っていた。
「それはそれとして。クロウ、嫁入り前の者が、はしたなく王宮に泊まるのは駄目だと言っただろう? 清らかな体で王家に嫁ぐのが、望ましいのだ」
うぇ、矛先がこっちに来たよ。
まぁ、無断外泊…ではないけど。突然、王宮に泊まるというのは、怒られても仕方がない案件なので。仕方がないのですが。
「でも、父上。ぼくはすでに、清らかではなく、陛下といた…」
陛下と父上の大きな手が、ぼくの口を塞いだ。
なんですか? もう。
「クロウ。おまえは…黙っていれば、清らかに見えるのだ」
真剣な、必死な顔で、父上がそう言うので。
ぼくは、ふたりの手を外して、たずねる。
「黙っていれば?」
「そうだ。黙って、優雅に微笑んでいれば…そのような、艶事など知らぬ顔に見えるのだ」
「でも、ぼくはエロエロビーストの兄ですから。そこはかとなく、エロエロな空気が…」
ぼくの言葉にかぶせるように、シオンが言う。
「兄上には、エロエロはありませんし。ぼくも、エロエロビーストではありませんっ」
シオンの反撃に、ぼくは唇をとがらせる。
むぅ、親子で結託するとはっ。
つか、エロエロビーストがエロエロじゃないと言っても、説得力に欠けるというか? なんというか?
「そんなわけあるか? ぼくは陛下と、エロエロ…」
そのぼくの口を。またもや陛下が止めた。
陛下ッ、昨夜のエロエロをお忘れですかっ?
「クロウ。ちょっと…エロは置いておこうか? 父上が卒倒しそうだからな? その辺にしておこうか?」
ぼくは、陛下に、目で訴えていたけど。
そう言われてしまえば。うなずくしかない。むぅ。
それで、気を取り直した父上が。ぼくに、こんこんと説教するのだった。
「…つまり。おまえは清楚に見えるが。結婚前に王宮に入り浸っていては、奔放で、だらしない男だと、思われてしまうだろう? 陛下は、ふしだらな男を娶るのか、などと。噂されてしまうかもしれないのだ。陛下が、そのような悪口を受けるのは、クロウも嫌だろう?」
「それは、いけません。陛下のような気高いお方に、そんな中傷は許されませんっ」
「だろう? だから。公爵家に帰るぞ。結婚式まで、清い体でいなさいっ」
もう、清くはないから無理だと思いますけどぉ…。と思いながら。
ぼくは父上に引きずられて、家に戻され。
陛下との蜜月は、たったひと晩で終了したのだった。あぁあ。
そんなこんなが、ありましたが。なんだかんだで、もうすぐ七月になります。
結婚式まで、長いなぁ、なんて思っていたけど。
あと一ヶ月。もう少しですね。
しかし。そんなぼくの目の前に、暗雲が立ち込めるのだった。
陛下をお守りするくらいの剣術は、ぼくには無理。と、剣術の先生に言われてしまったのです。
なんでそうなるのっ? これでは卒業できません。
「クロウ様。もっと機敏に、剣が抜けませんと。陛下に、暴漢の剣が当たってしまいます」
屋内の剣闘技場。陛下を守る、というシチュエーションで。ぼくは剣術の先生と相対しているのですが。
そう。ぼくは。剣を抜くところから、もう駄目だったのだ。
ぼく的には、シュッとして、サッとしてるつもりなのだけど。
暴漢役の先生が、なんでか、ぼくが剣を抜く前に、陛下の前に立ってしまわれて。うーん、早すぎ。
ま、剣を抜いた状態でも、ひと振りで剣を弾かれてしまって、駄目なんだけど。握力ないんで。
それで、剣術の先生は、悩んでしまった。
いや、陛下も。
ぼくを見守っていた、ベルナルドもカッツェもシオンも、悩んでしまった。
あ、ちなみに。体操着の、名前を書いた胸のゼッケンは取りました。
陛下が人前で、狼になったらいけないですからね?
しかしながら、もうすぐ夏なのに、長袖長ズボンは暑いんですけどぉ。
「陛下は、お強いのですから、クロウ様は守られていれば良いのでは? 私もっ、ま、守りますしっ」
カッツェが張り切って、そう言ってくれるが。
そうではないのだ。
「陛下がお強いのは存じていますが。もしも、ぼくが足手まといになったらと思うと。ぼくが強くないと。陛下がぼくを庇って、不利になったりしないようにって。思って…」
しょぼんと、項垂れると。
今度はベルナルドが助言してくれた。
「クロウ様は魔力が多いのですから。剣で対抗するよりも、魔法で暴漢に対峙できるようにしたらどうですか? 己の身を護る術があれば、陛下もクロウ様を庇って、傷つくようなことはありませんよ」
あぁ、それならできそう。と、期待に目を輝かせると。
みんなが、んんっ、と咳払いした。
それ、なんか、久々ですね。
「それなら、できそうです。ど、ど、どういうのが良いでしょうか?」
これは、必殺技、みたいな?
氷の剣で、アイスソー――ドッ、とか?
氷の壁でアイスシーールドッ、とか?
あっ、あっ、これだ。
「アイアンクローーーウッ!」
ぼくは魔力バリバリで、ドラゴンの爪みたいな氷、先のとがった氷柱を、バゴバゴバゴッと床から生やした。
陛下のそばにいた、剣術の先生が。鋭くとがった氷の爪に当たりそうになって、驚いて、腰を抜かし。
辺りは急激な空気の冷え込みで、白霞で、もやった。
「なにやってんですか? 兄上」
突然、現れた氷柱に驚いたシオンが、ぼくをたしなめる。
「なにって? アイアンクロウぅ…クロウだけに」
てへっ。ぼくの名前とかかっているんだよ?
良いアイデアだよね?
なんで誰も笑ってくれないのかなぁ?
「そういう、派手なことはしなくていいのですよ。大体、たとえば、謁見の間とかで、何者かが陛下に襲い掛かろうとするときに、こんな、天井に届きそうなでっかい氷柱を、部屋の中で出すのですか? 身を守るためだったら、熱湯ぶっかけるだけで、だいぶ効果はありますから」
「熱湯? それだけ? そんな簡単なやつ?」
シオンは呆れた顔をして、ぼくを見やる。
「簡単じゃないですからね? 水に温度をつける魔法は、普通に難しいですからね? ぼくも父も、できませんからね?」
「そうなのか?」
水魔法ができれば、みんなできるのだと思っていた。
だから、シオンは。ドラゴン出さないんだな?
「でも、熱湯ぶっかけるだけって。地味じゃないか?」
そんなの、つまんなーいって、つぶやいたら。
陛下が、ぼくの両手を握って。言った。
「クロウ。我が危ないとき、おまえの身に危険が迫ったときは。ぜひ、暴漢に熱湯をぶっかけてほしい」
キラキラのエフェクトがかかったみたいな、イケてるお顔で、陛下はぼくを魅了する。
はわわ。これは、ズルいですよ?
陛下の、全力の、口説き文句と。きらめく海色の瞳ぃ。
「承知しました、イアン様。熱湯をぶっかけますぅ」
ぼくの厨二心は、陛下にトロトロに溶かされて、唯々諾々と従ってしまうのだった。
それで、陛下を守れる剣術を身につける…ことは出来なかったものの。
陛下を守れる魔法を、瞬時に出すという目標は、一応達成し。
卒業の見込みは、立ったのだった。
しかし。ぼくの渾身のアイアンクロウぅ…クロウだけに、は。封印されたのだった。
授業をさぼって、王宮に、陛下とともに帰ってしまった日。
学校帰りに、シオンは王宮に寄ってくれたみたいなんだけど。
ぼくは陛下と…アレコレございまして。ヘロヘロで、動けなくて。会うことは出来ませんでした。
サロンに通されたシオンは、ぼくが出てくるのを待っていたのだが。
まぁ、そのとき、陛下ひとりが現れて、シオンにこう言ったらしい。
「翌日、公女を王城へ呼んで、処罰を下す予定だ。次期王妃として、クロウも同席させるので。今宵は、王城へ泊める」
それを聞いたシオンは。いつもの小姑魂全開で。
「わかりました。今日は引き下がりますが。明日、兄上が人前に出られない、生まれたての小鹿状態にでもなっていたら。公爵家として、正式に抗議いたしますからっ」
全く、あの弟は。陛下になんて無礼なことを言うのだろうか。
そして、なんて恥ずかしいことをっ、言っちゃってくれるのかぁぁっ!
兄の、そういう、デリケートな部分を想像とかしないでくれるぅ?
当たらずも遠からじ、ではあるけどぉ…。
それを、陛下から聞いたとき。ぼくは兄として、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりして、陛下に平謝りしたよ。
まぁ、そんな感じで。その日は済んだ。
けど翌日、目を吊り上げたシオンと、父上が、ぼくを王宮へ迎えに来た。ですよねぇ?
その前に。家族に詳しい話をする隙もないままに、謁見の間に出なきゃならなかったんだけど。
学園から、体操着で帰ってしまった、ぼくは。衣装がないなぁ、どうしよう? と思っていたのだけど。
そこはちゃんと、陛下が。いつ、ぼくが来ても大丈夫なように、いろいろ揃えてくれていたのだ。
寝間着とか、普段着とかね。
その中で、謁見の間に出ても大丈夫なくらいの、礼装もあった。ちゃんと、ぼくサイズのやつ。
だけど、陛下が指定したのは。ワインレッドのお衣装。
ちょっと、明るめのワインレッド、ですかぁ?
こんな派手なお色は、ぼくのモブ顔には合わないのですが。
つか、ぼくの、のっぺり顔には。黒が無難です。
派手なお色は、この、もっさり、イケてない顔の印象がすっかり飛んでしまうのです。
だけど…。
「クロウ、我とおそろいの服は、嫌か?」
と、陛下に言われてしまったら。
なんでも着ます。ぼくの顔の印象なんか、どうでもいいです。
どうせ、陛下が隣にいたら、みんな陛下をみつめるでしょ?
隣の、浮いた衣装のモブのことなんか見ないでしょ? なら、いいです。
というわけで。ぼくは初挑戦の、ワインレッドの礼服に、袖を通したのだった。
ラヴェルが、感動で泣きながら、ぼくの着付けを手伝ってくれて。
「お似合いです、美しいです、さすが、私の公爵様」
なんて、褒め倒してくれる。
いや、公爵にはならないけど。
それに、そんなに言い聞かせなくていいから。ぼくはモブだと、ちゃんと勘違いしないで生きていますから、大丈夫ですから。
まぁ、普段なら。着つけは、自分でやれるんだけど。
陛下とひと晩、アレコレがありましたから。ぐったりモードで。全部ラヴェルにお任せしてしまいました。
誉め言葉を子守唄代わりに、右から左に流しつつ、ね。
そして、衣装を着た、ぼくは。
陛下が、ぼくと同じ色の衣装を身に着けているのを見て。眠い目が、バッチリ覚めた。
うわぁ、ゴージャスがはなはだしいっ。
黒シャツに黒マント、黒い刺繍で、派手さはおさえられているのに、生地の光沢と陛下の髪がキラキラしくて。ゴージャスアンドセクシーアンドボンバーダイナマイト。
「あぁ。やはり、クロウはこういう色も似合うな。可愛いぞ」
そんな。目が潰れそうなほどに、お美しい陛下に言われても。説得力がありません。
つか、陛下は美的感覚が、ちょっと、残念なお人でございました。
ラヴェルも、なんでもお似合いだと言うし。えぇ、本気になどいたしませんとも。
ぼくが、ヘラッと笑うと。
陛下も、微妙な顔つきで、フッと笑った。
あれ? もしかして、とうとう、自分の怪しい美的感覚を自覚したのでしょうか?
良い傾向だと思いますよっ。
あ、公女は。厳重注意って感じ? あと、接近禁止命令、みたいな?
ぼくに敵意を持つのはともかく、それで、そばにいる陛下に、もし危害でも加わったら。本当に危ないからね。
早く、主人公ちゃんⅡには、心を入れ替えていただきたいものです。
攻撃はあかんよ、攻撃は。
ま、バミネも、かなりあくどかったから。アイキンは、そういうデンジャラスな世界なのかもしれないけどさ?
主人公ちゃんが、目を吊り上げて、攻撃するのは、違うものね? 悪役じゃないんだから。
ぼく的には。主人公ちゃんが、ぼくや陛下に、ちょっかいをかけてこなければ。それでいいので。
陛下にも、穏便に済ませてもらったんだ。
でも、問題はそのあとに起きた。
謁見の間で、処断の場面を見ていた、バジリスク公爵である父が。それはもう、怒りまくっちゃって。
ぼくに危害を加えた公女には、もちろん。甘い差配をした陛下にも、怒ってしまったのだ。
公女との謁見が終わったあと、サロンに移動した、ぼくと陛下。
そこに、父上とシオンが入ってきて。
陛下への挨拶もなおざりに、父上がぼくを抱き締めた。
「あぁ、クロウ。公女に、穴に落されたと聞いたときは。心臓が止まるかと思ったぞ? 大丈夫だったのか? 怖かっただろう? 怪我はないか?」
手のひらを擦りむいたけど、面倒な予感しかしなかったから、言わなかった。
ぼくは、父をなだめて。ソファにみんなで座るよう、うながした。
「大丈夫ですよ、父上。御心配をおかけして、申し訳ありません」
「クロウが謝ることなどない。しかし。陛下っ、なぜ公女を、国外追放にしなかったのですか? あぁ、そうだ。まず、隣国の国境を閉鎖しましょう。いや、もう滅ぼしてしまえばいいのです、あのような小国はっ」
ぼくを気遣い、陛下を怒って、ここにいない公女へ憤りを高ぶらせ、と忙しい父上を。
ぼくは、睨みましたよ。ジロリ、とね?
「…父上? ぼくが陛下に、そのようにしてくださいとお願いしたのですから、陛下を責めないでください。国外追放などしたら、アルガルと交易できなくなるのですよ? 国境閉鎖? 滅ぼせ? 人の上に立つ公爵閣下が、軽々しく、そんなことを言ってはなりませんんんっ」
激昂する父上を、なんで、ぼくが諫めなくてはならないのですか?
つか、公爵である父の発言力が、ヤバい効力を持つことは、子供でも知っているのです。
実際に、父上が言えば、その通りになりかねない、力も財力もあるのだから、シャレにならないっつうの。
なに、軽率全開になっているのですか?
大人なんだから。ちゃんと考えて、発言してください?
っていう目で見れば。
父上はシュンとして。猫ならイカ耳になっている感じだ。
やめてください。シオンがイカ耳になっているみたいで。
ぼくは、それに激烈に弱いのですから。
「し…しかしな? クロウ。私の大事な息子が、そのような目に遭って、黙っているわけには…」
父上はなんだか、子供のぼくの機嫌を取るようにうかがってくる。
「もう、父上は公爵なのだから、ぼくなんかに、下手に出ないで。もっと、毅然とっ。シャンとしてください、シャンとっ」
すると、父上は背筋を伸ばすのだが。涙目である。
最初から、父上は、ぼくに甘かったが。なにゆえ、こんなにもヨワヨワなのだろう?
泣く子も黙る公爵閣下、のはずなのに。
以前、兄のように接して、などと言ったが。
これでは、弟のシオンを通り越して、末っ子扱いになってしまいますよっ?
そんな怒りモードのぼくを、なだめるように。陛下が、父上に助け舟を出した。
「クロウ、バジリスク公爵はおまえのことを心配しておっしゃっているのだ。そう目くじらを立てるな。公爵、我ももちろん、公女を国外退去にしたかったが。クロウが、このように言うのでな。クロウはカザレニアのことを真摯に考えている、君子であるから。今回は、我もクロウの言に従ったのだ。未熟な差配ですまぬ」
陛下も、なんでか、ぼくに怒られている態になっていたから。慌ててしまう。
「陛下は、いいのですよ。まだ年もお若く、人生経験は少ないのですから。でも父上は。公爵家当主として、年長の者として、貴族の長として、陛下に助言をする立場なのです。ちゃんとしてください」
父上は、項垂れて。しばし、無言だったが。
顔を上げたら、また怒っていた。
「それはそれとして。クロウ、嫁入り前の者が、はしたなく王宮に泊まるのは駄目だと言っただろう? 清らかな体で王家に嫁ぐのが、望ましいのだ」
うぇ、矛先がこっちに来たよ。
まぁ、無断外泊…ではないけど。突然、王宮に泊まるというのは、怒られても仕方がない案件なので。仕方がないのですが。
「でも、父上。ぼくはすでに、清らかではなく、陛下といた…」
陛下と父上の大きな手が、ぼくの口を塞いだ。
なんですか? もう。
「クロウ。おまえは…黙っていれば、清らかに見えるのだ」
真剣な、必死な顔で、父上がそう言うので。
ぼくは、ふたりの手を外して、たずねる。
「黙っていれば?」
「そうだ。黙って、優雅に微笑んでいれば…そのような、艶事など知らぬ顔に見えるのだ」
「でも、ぼくはエロエロビーストの兄ですから。そこはかとなく、エロエロな空気が…」
ぼくの言葉にかぶせるように、シオンが言う。
「兄上には、エロエロはありませんし。ぼくも、エロエロビーストではありませんっ」
シオンの反撃に、ぼくは唇をとがらせる。
むぅ、親子で結託するとはっ。
つか、エロエロビーストがエロエロじゃないと言っても、説得力に欠けるというか? なんというか?
「そんなわけあるか? ぼくは陛下と、エロエロ…」
そのぼくの口を。またもや陛下が止めた。
陛下ッ、昨夜のエロエロをお忘れですかっ?
「クロウ。ちょっと…エロは置いておこうか? 父上が卒倒しそうだからな? その辺にしておこうか?」
ぼくは、陛下に、目で訴えていたけど。
そう言われてしまえば。うなずくしかない。むぅ。
それで、気を取り直した父上が。ぼくに、こんこんと説教するのだった。
「…つまり。おまえは清楚に見えるが。結婚前に王宮に入り浸っていては、奔放で、だらしない男だと、思われてしまうだろう? 陛下は、ふしだらな男を娶るのか、などと。噂されてしまうかもしれないのだ。陛下が、そのような悪口を受けるのは、クロウも嫌だろう?」
「それは、いけません。陛下のような気高いお方に、そんな中傷は許されませんっ」
「だろう? だから。公爵家に帰るぞ。結婚式まで、清い体でいなさいっ」
もう、清くはないから無理だと思いますけどぉ…。と思いながら。
ぼくは父上に引きずられて、家に戻され。
陛下との蜜月は、たったひと晩で終了したのだった。あぁあ。
そんなこんなが、ありましたが。なんだかんだで、もうすぐ七月になります。
結婚式まで、長いなぁ、なんて思っていたけど。
あと一ヶ月。もう少しですね。
しかし。そんなぼくの目の前に、暗雲が立ち込めるのだった。
陛下をお守りするくらいの剣術は、ぼくには無理。と、剣術の先生に言われてしまったのです。
なんでそうなるのっ? これでは卒業できません。
「クロウ様。もっと機敏に、剣が抜けませんと。陛下に、暴漢の剣が当たってしまいます」
屋内の剣闘技場。陛下を守る、というシチュエーションで。ぼくは剣術の先生と相対しているのですが。
そう。ぼくは。剣を抜くところから、もう駄目だったのだ。
ぼく的には、シュッとして、サッとしてるつもりなのだけど。
暴漢役の先生が、なんでか、ぼくが剣を抜く前に、陛下の前に立ってしまわれて。うーん、早すぎ。
ま、剣を抜いた状態でも、ひと振りで剣を弾かれてしまって、駄目なんだけど。握力ないんで。
それで、剣術の先生は、悩んでしまった。
いや、陛下も。
ぼくを見守っていた、ベルナルドもカッツェもシオンも、悩んでしまった。
あ、ちなみに。体操着の、名前を書いた胸のゼッケンは取りました。
陛下が人前で、狼になったらいけないですからね?
しかしながら、もうすぐ夏なのに、長袖長ズボンは暑いんですけどぉ。
「陛下は、お強いのですから、クロウ様は守られていれば良いのでは? 私もっ、ま、守りますしっ」
カッツェが張り切って、そう言ってくれるが。
そうではないのだ。
「陛下がお強いのは存じていますが。もしも、ぼくが足手まといになったらと思うと。ぼくが強くないと。陛下がぼくを庇って、不利になったりしないようにって。思って…」
しょぼんと、項垂れると。
今度はベルナルドが助言してくれた。
「クロウ様は魔力が多いのですから。剣で対抗するよりも、魔法で暴漢に対峙できるようにしたらどうですか? 己の身を護る術があれば、陛下もクロウ様を庇って、傷つくようなことはありませんよ」
あぁ、それならできそう。と、期待に目を輝かせると。
みんなが、んんっ、と咳払いした。
それ、なんか、久々ですね。
「それなら、できそうです。ど、ど、どういうのが良いでしょうか?」
これは、必殺技、みたいな?
氷の剣で、アイスソー――ドッ、とか?
氷の壁でアイスシーールドッ、とか?
あっ、あっ、これだ。
「アイアンクローーーウッ!」
ぼくは魔力バリバリで、ドラゴンの爪みたいな氷、先のとがった氷柱を、バゴバゴバゴッと床から生やした。
陛下のそばにいた、剣術の先生が。鋭くとがった氷の爪に当たりそうになって、驚いて、腰を抜かし。
辺りは急激な空気の冷え込みで、白霞で、もやった。
「なにやってんですか? 兄上」
突然、現れた氷柱に驚いたシオンが、ぼくをたしなめる。
「なにって? アイアンクロウぅ…クロウだけに」
てへっ。ぼくの名前とかかっているんだよ?
良いアイデアだよね?
なんで誰も笑ってくれないのかなぁ?
「そういう、派手なことはしなくていいのですよ。大体、たとえば、謁見の間とかで、何者かが陛下に襲い掛かろうとするときに、こんな、天井に届きそうなでっかい氷柱を、部屋の中で出すのですか? 身を守るためだったら、熱湯ぶっかけるだけで、だいぶ効果はありますから」
「熱湯? それだけ? そんな簡単なやつ?」
シオンは呆れた顔をして、ぼくを見やる。
「簡単じゃないですからね? 水に温度をつける魔法は、普通に難しいですからね? ぼくも父も、できませんからね?」
「そうなのか?」
水魔法ができれば、みんなできるのだと思っていた。
だから、シオンは。ドラゴン出さないんだな?
「でも、熱湯ぶっかけるだけって。地味じゃないか?」
そんなの、つまんなーいって、つぶやいたら。
陛下が、ぼくの両手を握って。言った。
「クロウ。我が危ないとき、おまえの身に危険が迫ったときは。ぜひ、暴漢に熱湯をぶっかけてほしい」
キラキラのエフェクトがかかったみたいな、イケてるお顔で、陛下はぼくを魅了する。
はわわ。これは、ズルいですよ?
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ぼくの厨二心は、陛下にトロトロに溶かされて、唯々諾々と従ってしまうのだった。
それで、陛下を守れる剣術を身につける…ことは出来なかったものの。
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