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番外 モブから略奪? リーリア・ブランの野望 ⑨
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◆モブから略奪? リーリア・ブランの野望 ⑨
王宮から、私への登城要請があった。
私が仮住まいにしている、王都の屋敷に、王宮の使者が現れて。
明日の正午、アルガル公国の公女とその使者は、王宮に来られたし。と高らかに告げたのよ?
これって、そういうことよね?
やったわ。やっぱり、陛下は私を選んでくれたのだわぁ?
学園で、アイリスが。アイキンⅡは起動していない、なんて。馬鹿みたいなことを言っていたけれど。
ちゃんと、私が王妃になるように、動いているじゃない?
アイリスの見解が、おかしかったのね。
それとも、王妃になる私がうらやましくて、あんな、足を引っ張るようなことを言ったのかしら?
そんなの、アイリスが陛下を攻略しなかったのが、いけないんだから。
今更、うらやましがられても、ねぇ?
私と一緒に、使者も呼んだから。きっと、すぐ本国に、婚約の打診ができるようにしているのかもね?
やだぁ、気が早いじゃない? 陛下。
ちゃんと、リーリアを選ぶって、大勢の前で言ってくださらないと、うなずけませんわよ?
私は、使用人に言って、一番良いドレスを出してもらった。
陛下の瞳の色を模した、ブルーサファイアのネックレスも忘れないでね?
王妃に相応しい装いで、登城しなければならないんだから。
その場で、家臣に、次期王妃として挨拶できるように、準備万端にしておかないとね。
「姫様、学園で陛下と、仲良く御成りでしたか? 街中では、陛下とその婚約者様との結婚話で、持ちきりでして。私はあきらめていたのですが…」
公国の使者を務める、外務大臣が、そう言うのに。私はにっこりと、余裕の笑みを浮かべた。
「もちろんよ。それに、陛下の婚約者は、男性なのよ? そのような話は、うまくいくわけがないの」
陛下は。私が、クロウは浮気していると言ったあと。すぐにクロウを連れて、食堂を出て行ってしまったけど。
きっと、あのあとふたりは、大喧嘩になったんじゃないぃ?
からのぉ、婚約破棄? されたんじゃない?
ざまぁ。
学園の生徒、みんなの前で、クロウを断罪できなかったのは残念だけど。
まぁ結局は、そうなるように出来ているのよね、きっと。自然の摂理、みたいな?
それで、以前に提案した。クロウと入れ替わって、私が結婚式に出る、という話に、陛下は乗り気になったのだわ?
そうよ。私は、家格が合うのだし。アイキンの主人公を張る美貌もあるし。魔力も、カザレニアの王族に引けを取らないくらいはあるし。
なんと言っても、お世継ぎを望めるのだからね?
ゲームの強制力も、やっと働いたんじゃないかしら?
モブと陛下が、結婚なんて。公式は許さないでしょう?
だってここは。誰がなんと言おうと、乙女ゲームの世界、なんだからね?
乙女ゲームの世界で、第一攻略対象者である陛下が、モブの男と結婚だなんて。それこそ、バッドエンドじゃない?
私がバッドエンドになる? そんなの、あり得ないわよ。
だって、私は。この世界に選ばれて転生してきた、特別な人間なんだから。
そして、翌日。私はルンルン気分で、王宮に向かい。案内人に、謁見の間に通された。
陛下の黄金色の髪に似た色目の、ゴージャスなレモンイエローのドレスに。陛下の海色の瞳に似た、大粒のサファイアを胸に下げ。装いはバッチリよ。
使者は、着飾った私の横で、膝を床について控え。
私は、優雅なカーテシーで、陛下が現れるのをお待ちする。
あぁ、早く。陛下が現れないかしら?
そして私を王妃にすると、みんなの前で言ってちょうだい?
しばらくして、陛下が入られたことを、臣下が告げ。
陛下と他の者たちが、位置につく気配がした。
いよいよだわ。私が、次期王妃として、指名される。この日を待っていたのよっ。
顔がゆるんで、ニヤニヤしちゃうわぁ。
「アルガル公国の者たちよ。顔をあげよ」
威厳のある、陛下の低い声が響いて。私は、凛と顔を上げた。誇らしげに、胸を張る。
赤いじゅうたんが敷かれた、私がいる下段から。幅広の階段状に、三段あって。
その一番上段に、陛下が座る玉座がある。
あぁぁ、陛下。とてもお美しい。
光沢のある、ワインレッドの正装姿。派手な色味になりそうなところを、黒シャツと、黒糸の刺繍で締めて、上品に見せている。
襟元にファーのついた、ビロードの黒いマントが豪華ね。陛下の黄金色の髪が、後光がさしているみたいにキラキラ輝いて。
凛とした眼差しに、みつめられると。私の恋心が、どんどん高まっていくわぁ。
それはいいとして。驚いたのは、その隣の椅子に、陛下と似た衣装を身につけるクロウが、ぽやっと座っていたことだ。
…まぁ、いいわ。すぐに私が、そこに座ることになるから。
その高みの景色を、じっくり目に焼きつけておいたらいいんじゃない?
陛下とクロウの両脇を、濃いえんじ色の騎士服を着用する、頑健な騎士が立って守護している。
ひとつ下の段には、前王妃である陛下のお母様と。妹のシャーロット殿下が椅子に座っていて。
殿下のそばには、シオン様が守護するように立っていた。
つか、なんで、クロウがこの王族たちの居並ぶ場にいるの?
本当に空気の読めないモブね?
あぁ、ここで断罪をするのかしら?
臣下の前で、クロウがいかに、王妃として相応しくないか。その罪をここで暴露すればいいのね? おっけー。
「昨日、アルガル公国公女によって、我の婚約者、クロウ・バジリスク公爵子息が危害を加えられた。相違ないか?」
そばにいる公国の使者は、ギョッとして身をすくませたが。
大丈夫よ。シナリオ通りなのだから。
「いいえ、陛下。私が、クロウ様にネックレスを奪われたのです。そして…」
「我の前で虚言を吐けば、罪は重くなるばかりであるぞ、公女よ」
虚言と言われたら、全部嘘だから。私は、つい、息をのんでしまう。
でも、ここでクロウを断罪するんじゃないのぉ?
陛下は、それをお望みなのに。なぜ、私の話を遮ってしまうのよぉ。
戸惑っていると、陛下は続けた。
「クロウには、我の影が、常に張り付いているのだ。彼らの証言によると、クロウは公女によって、大きな穴に落され。怪我をした。公女は穴の中に、ネックレスを自ら放り投げた。クロウがネックレスを奪い。クロウがベルナルドと浮気をした。そう、我に言う…などと、クロウを脅したそうだな?」
「脅すなんて…クロウ様が、そのようなことを? 言いがかりです」
「クロウが言ったのではない。我の腹心の部下である影が、そう言った」
証拠があるのだと、示され。私は、どう、この場を乗り切ればいいのか、わからなくなって。困惑しかできなかった。
だって、王妃になる気満々だったのよ?
陛下とクロウは、あのあと、絶対に喧嘩したって、思っていたのに。
なにがどうしてこうなっちゃうのよぉ?
「我は、公女の即刻退去を命じたかった。しかし、クロウが。公女の勉学の機会を奪うのは、忍びないと言うのでな。クロウの恩情に感謝して。これ以後は、おとなしく勉学に励むことを、我は望む」
えっ、なんで。クロウが私を助けるの?
クロウを害した私を助けることで、自分は聖人であるとでも、アピールしたいわけ?
本当に、あざといわね?
そんなことを思っていたら、王妃様が口を開いた。
「もうすぐ王族の一員になる者が、怪我をしたというのに。その処分は甘いのではありませんか? 陛下」
ギョッとした。まさか、王妃が私を批難するようなことを言うなんて。
王妃は、陛下が男と結婚するのを、反対する第一人者だと思っていた。なのに、クロウ寄りなの?
間違っているわよ、王妃様?
今、動かないと、陛下が男と結婚しちゃうよ?
そして、陛下に一番相応しいお嫁さんを、逃がしちゃうのよ?
気づいて、王妃様?
でも、王妃は。私の処断を、もっと厳しくしろと言うのだ。信じられない。
クロウったら、王妃様までたらし込んでいるのかしら?
本当に、邪魔なモブね。
「クロウは優しい君子なので。我も、彼の心の広さには、脱帽なのですよ。母上」
陛下がハハハと笑い。王妃様も『陛下もクロウには形無しね』と言ってホホホと笑い。クロウがエヘヘと笑う。
一瞬、和やかな空気が流れたが。
陛下が、口元を引き締めて。告げる。
「しかし、甘い恩情はここまでだ。公女は、クロウとの対面を禁止する。公女の学園での警護は、アルガル側で、責任を持って行うがよい。ゆえに、ランチでの同席も許さぬ」
クロウのやつ。陛下に、うまく取り入ったってことね?
まさか、体で篭絡とか? あり得るわ。いやらしいわね?
そういう気持ちで、クロウを睨むと。
クロウは、いつもの、のほほんとした顔と声で、言った。
「陛下のお怒りがすさまじく、ぼくも、これ以上は庇いだてできません。もしも、ぼくを守ったベルナルドが、大怪我をしていたら? もしも、なにも知らない生徒が、あの大穴に落ちていたら? あの穴の存在を知っていた貴方は、すぐにも学園に報告するべきだったのです。公女様には、他者や民に及ぶ被害というものを、重く考えていただく、機会にしていただきたいと思います」
すでに、ぼくが王妃です、という顔つきで。クロウが言う。
悔しくて、奥歯をかみしめた。
「アルガル側から、なにか言い分はあるか?」
陛下が、私たちにたずねてきて。使者は。
「状況の把握ができておりませんが。こちらの不調法を重く受け止め。謝意を表します」
と、平謝りし。
私も、謝罪するしかなかった。
「申し訳ありませんでした。陛下とクロウ様のご恩情に感謝いたします」
そうして、淑女の礼を取り、頭を下げている間に。
陛下たち一同は、謁見の間から退出していったのだった。
私は、言葉では殊勝なことを言ったが。
怒りで、はらわたが煮えくりかえる思いだった。
王妃になれた、と思った矢先の急転直下に。心がついてこないわ。
それに、公女である、一国の姫君である私が。どうして、大勢の者の前で頭を下げなければならないの?
考えられないわっ。
屋敷へ戻る馬車の中で、私はしょんぼりと項垂れている。
あぁ、本当なら今頃は、次期王妃に選ばれたことを本国に報告しなきゃ。とか、ウキウキしながら考えていたはずなのに。
やっぱり、アイリスの言うとおり、アイキンⅡは発動していないの?
でも、つまりは。あのモブさえいなければ、アイキンⅡは始動していたはずよね?
やっぱり、あのモブが、一番の元凶なのよ。
諸悪の根源のクロウを、亡き者にしたら…そう思っていたとき、使者が私に聞いてきた。
「姫様、先ほどのことは、どういうことなのですか? 陛下のご婚約者様に危害を…というのは?」
まぁ、やっぱり、問い質してくるわよね? めんどくさっ。
「…大袈裟なのよ。ちょっと転んで、怪我しただけでしょ? 男のくせに、女々しいんだから」
「穴に落したと、陛下はおっしゃっておられましたが? それに、盗みや浮気の濡れ衣を着せようとしたのですか? 本当に、そのような下劣なことを? 姫様は、国を代表しているというご自覚はあるのですか? そのようなことをなされては、外交問題に響きかねませんよ」
「それも、これも、みんな、大袈裟なのぉ」
使者は、重いため息をつくと。お説教のような口調で、私に告げた。
「陛下のご婚約者様は。男性ですが。国内で、とても人気のある方なのです。眉目秀麗にして、人格にも優れ、なにより、陛下の命の恩人。そう、もっぱらの噂です。姫様は、カザレニア国の王妃になると言って、学園に留学を決めましたが。陛下は、ご婚約者様をご寵愛されていて。とてもではないが、姫様が陛下と結ばれる余地があるとは思えません」
「そ、それは…これからよ。これから、陛下との関係を深めていくのよ」
「その過程が、強引だったから、今日のようなことになったのでは? このことは、本国に報告しなければなりません。カザレニアの王族を、我が小国が敵に回すことは出来ませんから」
毅然と言われてしまい。私は、困って。とにかく愛想笑いをして、使者をなだめた。
「待って、待ってちょうだい。報告は…やめて。あと、少しだけ」
外務大臣が、本国に報告なんかしたら。有無を言わさず強制送還だわ。
そうしたら、陛下と縁をつなぐことは叶わなくなる。
そして、見知らぬ者と結婚させられてしまうわ。
結婚相手くらい、自分で決めたいの。私は、絶対に陛下がいいんだからっ。
「では、留学期間を全うされたいのであれば。陛下のおっしゃる通り、クロウ様への接触はなさらないことです。陛下の、あの怒りようでは。関係を深めるなど、もう望めないでしょうから。王妃の夢など見ないで、おとなしく、穏便に、勉強に励んでください。アルガル公国のために、くれぐれも軽率な行動は控えてくださいね?」
使者にも、目を吊り上げて怒られて。
私は、返事のような、そうでないような、ため息をつく。
モブを亡き者にして、私が彼の立場に成り代わる…というのは。難しそうね。
まぁ、さすがに。私には、人殺しはできないし。
使者も、この感じでは手を貸してくれそうもないわ。外部に委託しても、使者にみつかりそうだし。
あぁ、面倒なことになったわね。
「わかったわ。おとなしくしています。クロウには近づかないわ」
クロウには、ね。
でも、陛下には、近づくわ。陛下なら、良いのでしょう?
言葉だけは、あきらめたようなことを言ったけど。まだ、王妃の座をあきらめていないんだから。
だって、お世継ぎの件は、どうしたってクロウには無理でしょう?
そこを突けば、陛下だって絶対に折れるわよ。王族って、そういうものでしょう?
えぇ、もうわかったわ。アイキンⅡは発動していないのね?
だったら…アイキンなんか、クソ喰らえよ。
私は私で、陛下を攻略する。カザレニア国の王妃の座を、私が掴んでみせるのよっ。
王族の責務を盾にして、最後の決戦をしてやろうじゃないのっ。
王宮から、私への登城要請があった。
私が仮住まいにしている、王都の屋敷に、王宮の使者が現れて。
明日の正午、アルガル公国の公女とその使者は、王宮に来られたし。と高らかに告げたのよ?
これって、そういうことよね?
やったわ。やっぱり、陛下は私を選んでくれたのだわぁ?
学園で、アイリスが。アイキンⅡは起動していない、なんて。馬鹿みたいなことを言っていたけれど。
ちゃんと、私が王妃になるように、動いているじゃない?
アイリスの見解が、おかしかったのね。
それとも、王妃になる私がうらやましくて、あんな、足を引っ張るようなことを言ったのかしら?
そんなの、アイリスが陛下を攻略しなかったのが、いけないんだから。
今更、うらやましがられても、ねぇ?
私と一緒に、使者も呼んだから。きっと、すぐ本国に、婚約の打診ができるようにしているのかもね?
やだぁ、気が早いじゃない? 陛下。
ちゃんと、リーリアを選ぶって、大勢の前で言ってくださらないと、うなずけませんわよ?
私は、使用人に言って、一番良いドレスを出してもらった。
陛下の瞳の色を模した、ブルーサファイアのネックレスも忘れないでね?
王妃に相応しい装いで、登城しなければならないんだから。
その場で、家臣に、次期王妃として挨拶できるように、準備万端にしておかないとね。
「姫様、学園で陛下と、仲良く御成りでしたか? 街中では、陛下とその婚約者様との結婚話で、持ちきりでして。私はあきらめていたのですが…」
公国の使者を務める、外務大臣が、そう言うのに。私はにっこりと、余裕の笑みを浮かべた。
「もちろんよ。それに、陛下の婚約者は、男性なのよ? そのような話は、うまくいくわけがないの」
陛下は。私が、クロウは浮気していると言ったあと。すぐにクロウを連れて、食堂を出て行ってしまったけど。
きっと、あのあとふたりは、大喧嘩になったんじゃないぃ?
からのぉ、婚約破棄? されたんじゃない?
ざまぁ。
学園の生徒、みんなの前で、クロウを断罪できなかったのは残念だけど。
まぁ結局は、そうなるように出来ているのよね、きっと。自然の摂理、みたいな?
それで、以前に提案した。クロウと入れ替わって、私が結婚式に出る、という話に、陛下は乗り気になったのだわ?
そうよ。私は、家格が合うのだし。アイキンの主人公を張る美貌もあるし。魔力も、カザレニアの王族に引けを取らないくらいはあるし。
なんと言っても、お世継ぎを望めるのだからね?
ゲームの強制力も、やっと働いたんじゃないかしら?
モブと陛下が、結婚なんて。公式は許さないでしょう?
だってここは。誰がなんと言おうと、乙女ゲームの世界、なんだからね?
乙女ゲームの世界で、第一攻略対象者である陛下が、モブの男と結婚だなんて。それこそ、バッドエンドじゃない?
私がバッドエンドになる? そんなの、あり得ないわよ。
だって、私は。この世界に選ばれて転生してきた、特別な人間なんだから。
そして、翌日。私はルンルン気分で、王宮に向かい。案内人に、謁見の間に通された。
陛下の黄金色の髪に似た色目の、ゴージャスなレモンイエローのドレスに。陛下の海色の瞳に似た、大粒のサファイアを胸に下げ。装いはバッチリよ。
使者は、着飾った私の横で、膝を床について控え。
私は、優雅なカーテシーで、陛下が現れるのをお待ちする。
あぁ、早く。陛下が現れないかしら?
そして私を王妃にすると、みんなの前で言ってちょうだい?
しばらくして、陛下が入られたことを、臣下が告げ。
陛下と他の者たちが、位置につく気配がした。
いよいよだわ。私が、次期王妃として、指名される。この日を待っていたのよっ。
顔がゆるんで、ニヤニヤしちゃうわぁ。
「アルガル公国の者たちよ。顔をあげよ」
威厳のある、陛下の低い声が響いて。私は、凛と顔を上げた。誇らしげに、胸を張る。
赤いじゅうたんが敷かれた、私がいる下段から。幅広の階段状に、三段あって。
その一番上段に、陛下が座る玉座がある。
あぁぁ、陛下。とてもお美しい。
光沢のある、ワインレッドの正装姿。派手な色味になりそうなところを、黒シャツと、黒糸の刺繍で締めて、上品に見せている。
襟元にファーのついた、ビロードの黒いマントが豪華ね。陛下の黄金色の髪が、後光がさしているみたいにキラキラ輝いて。
凛とした眼差しに、みつめられると。私の恋心が、どんどん高まっていくわぁ。
それはいいとして。驚いたのは、その隣の椅子に、陛下と似た衣装を身につけるクロウが、ぽやっと座っていたことだ。
…まぁ、いいわ。すぐに私が、そこに座ることになるから。
その高みの景色を、じっくり目に焼きつけておいたらいいんじゃない?
陛下とクロウの両脇を、濃いえんじ色の騎士服を着用する、頑健な騎士が立って守護している。
ひとつ下の段には、前王妃である陛下のお母様と。妹のシャーロット殿下が椅子に座っていて。
殿下のそばには、シオン様が守護するように立っていた。
つか、なんで、クロウがこの王族たちの居並ぶ場にいるの?
本当に空気の読めないモブね?
あぁ、ここで断罪をするのかしら?
臣下の前で、クロウがいかに、王妃として相応しくないか。その罪をここで暴露すればいいのね? おっけー。
「昨日、アルガル公国公女によって、我の婚約者、クロウ・バジリスク公爵子息が危害を加えられた。相違ないか?」
そばにいる公国の使者は、ギョッとして身をすくませたが。
大丈夫よ。シナリオ通りなのだから。
「いいえ、陛下。私が、クロウ様にネックレスを奪われたのです。そして…」
「我の前で虚言を吐けば、罪は重くなるばかりであるぞ、公女よ」
虚言と言われたら、全部嘘だから。私は、つい、息をのんでしまう。
でも、ここでクロウを断罪するんじゃないのぉ?
陛下は、それをお望みなのに。なぜ、私の話を遮ってしまうのよぉ。
戸惑っていると、陛下は続けた。
「クロウには、我の影が、常に張り付いているのだ。彼らの証言によると、クロウは公女によって、大きな穴に落され。怪我をした。公女は穴の中に、ネックレスを自ら放り投げた。クロウがネックレスを奪い。クロウがベルナルドと浮気をした。そう、我に言う…などと、クロウを脅したそうだな?」
「脅すなんて…クロウ様が、そのようなことを? 言いがかりです」
「クロウが言ったのではない。我の腹心の部下である影が、そう言った」
証拠があるのだと、示され。私は、どう、この場を乗り切ればいいのか、わからなくなって。困惑しかできなかった。
だって、王妃になる気満々だったのよ?
陛下とクロウは、あのあと、絶対に喧嘩したって、思っていたのに。
なにがどうしてこうなっちゃうのよぉ?
「我は、公女の即刻退去を命じたかった。しかし、クロウが。公女の勉学の機会を奪うのは、忍びないと言うのでな。クロウの恩情に感謝して。これ以後は、おとなしく勉学に励むことを、我は望む」
えっ、なんで。クロウが私を助けるの?
クロウを害した私を助けることで、自分は聖人であるとでも、アピールしたいわけ?
本当に、あざといわね?
そんなことを思っていたら、王妃様が口を開いた。
「もうすぐ王族の一員になる者が、怪我をしたというのに。その処分は甘いのではありませんか? 陛下」
ギョッとした。まさか、王妃が私を批難するようなことを言うなんて。
王妃は、陛下が男と結婚するのを、反対する第一人者だと思っていた。なのに、クロウ寄りなの?
間違っているわよ、王妃様?
今、動かないと、陛下が男と結婚しちゃうよ?
そして、陛下に一番相応しいお嫁さんを、逃がしちゃうのよ?
気づいて、王妃様?
でも、王妃は。私の処断を、もっと厳しくしろと言うのだ。信じられない。
クロウったら、王妃様までたらし込んでいるのかしら?
本当に、邪魔なモブね。
「クロウは優しい君子なので。我も、彼の心の広さには、脱帽なのですよ。母上」
陛下がハハハと笑い。王妃様も『陛下もクロウには形無しね』と言ってホホホと笑い。クロウがエヘヘと笑う。
一瞬、和やかな空気が流れたが。
陛下が、口元を引き締めて。告げる。
「しかし、甘い恩情はここまでだ。公女は、クロウとの対面を禁止する。公女の学園での警護は、アルガル側で、責任を持って行うがよい。ゆえに、ランチでの同席も許さぬ」
クロウのやつ。陛下に、うまく取り入ったってことね?
まさか、体で篭絡とか? あり得るわ。いやらしいわね?
そういう気持ちで、クロウを睨むと。
クロウは、いつもの、のほほんとした顔と声で、言った。
「陛下のお怒りがすさまじく、ぼくも、これ以上は庇いだてできません。もしも、ぼくを守ったベルナルドが、大怪我をしていたら? もしも、なにも知らない生徒が、あの大穴に落ちていたら? あの穴の存在を知っていた貴方は、すぐにも学園に報告するべきだったのです。公女様には、他者や民に及ぶ被害というものを、重く考えていただく、機会にしていただきたいと思います」
すでに、ぼくが王妃です、という顔つきで。クロウが言う。
悔しくて、奥歯をかみしめた。
「アルガル側から、なにか言い分はあるか?」
陛下が、私たちにたずねてきて。使者は。
「状況の把握ができておりませんが。こちらの不調法を重く受け止め。謝意を表します」
と、平謝りし。
私も、謝罪するしかなかった。
「申し訳ありませんでした。陛下とクロウ様のご恩情に感謝いたします」
そうして、淑女の礼を取り、頭を下げている間に。
陛下たち一同は、謁見の間から退出していったのだった。
私は、言葉では殊勝なことを言ったが。
怒りで、はらわたが煮えくりかえる思いだった。
王妃になれた、と思った矢先の急転直下に。心がついてこないわ。
それに、公女である、一国の姫君である私が。どうして、大勢の者の前で頭を下げなければならないの?
考えられないわっ。
屋敷へ戻る馬車の中で、私はしょんぼりと項垂れている。
あぁ、本当なら今頃は、次期王妃に選ばれたことを本国に報告しなきゃ。とか、ウキウキしながら考えていたはずなのに。
やっぱり、アイリスの言うとおり、アイキンⅡは発動していないの?
でも、つまりは。あのモブさえいなければ、アイキンⅡは始動していたはずよね?
やっぱり、あのモブが、一番の元凶なのよ。
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「姫様、先ほどのことは、どういうことなのですか? 陛下のご婚約者様に危害を…というのは?」
まぁ、やっぱり、問い質してくるわよね? めんどくさっ。
「…大袈裟なのよ。ちょっと転んで、怪我しただけでしょ? 男のくせに、女々しいんだから」
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「それも、これも、みんな、大袈裟なのぉ」
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「陛下のご婚約者様は。男性ですが。国内で、とても人気のある方なのです。眉目秀麗にして、人格にも優れ、なにより、陛下の命の恩人。そう、もっぱらの噂です。姫様は、カザレニア国の王妃になると言って、学園に留学を決めましたが。陛下は、ご婚約者様をご寵愛されていて。とてもではないが、姫様が陛下と結ばれる余地があるとは思えません」
「そ、それは…これからよ。これから、陛下との関係を深めていくのよ」
「その過程が、強引だったから、今日のようなことになったのでは? このことは、本国に報告しなければなりません。カザレニアの王族を、我が小国が敵に回すことは出来ませんから」
毅然と言われてしまい。私は、困って。とにかく愛想笑いをして、使者をなだめた。
「待って、待ってちょうだい。報告は…やめて。あと、少しだけ」
外務大臣が、本国に報告なんかしたら。有無を言わさず強制送還だわ。
そうしたら、陛下と縁をつなぐことは叶わなくなる。
そして、見知らぬ者と結婚させられてしまうわ。
結婚相手くらい、自分で決めたいの。私は、絶対に陛下がいいんだからっ。
「では、留学期間を全うされたいのであれば。陛下のおっしゃる通り、クロウ様への接触はなさらないことです。陛下の、あの怒りようでは。関係を深めるなど、もう望めないでしょうから。王妃の夢など見ないで、おとなしく、穏便に、勉強に励んでください。アルガル公国のために、くれぐれも軽率な行動は控えてくださいね?」
使者にも、目を吊り上げて怒られて。
私は、返事のような、そうでないような、ため息をつく。
モブを亡き者にして、私が彼の立場に成り代わる…というのは。難しそうね。
まぁ、さすがに。私には、人殺しはできないし。
使者も、この感じでは手を貸してくれそうもないわ。外部に委託しても、使者にみつかりそうだし。
あぁ、面倒なことになったわね。
「わかったわ。おとなしくしています。クロウには近づかないわ」
クロウには、ね。
でも、陛下には、近づくわ。陛下なら、良いのでしょう?
言葉だけは、あきらめたようなことを言ったけど。まだ、王妃の座をあきらめていないんだから。
だって、お世継ぎの件は、どうしたってクロウには無理でしょう?
そこを突けば、陛下だって絶対に折れるわよ。王族って、そういうものでしょう?
えぇ、もうわかったわ。アイキンⅡは発動していないのね?
だったら…アイキンなんか、クソ喰らえよ。
私は私で、陛下を攻略する。カザレニア国の王妃の座を、私が掴んでみせるのよっ。
王族の責務を盾にして、最後の決戦をしてやろうじゃないのっ。
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ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑)
本編完結しました!
『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル
『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びに来る、舞踏会編はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
舞踏会編からお読みいただけるよう、本編のあらすじをご用意しました!
おまけのお話の下、舞踏会編のうえに、登場人物一覧と一緒にあります。
ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話を連載中です。もしよかったらどうぞです!
第12回BL大賞10位で奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。
心から、ありがとうございます!
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
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