【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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番外 モブの弟、シオン・エイデンの悩み ⑥

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 兄上は、トレードマークのマントを脱いで。ぼくに着せ掛けてくれた。
 兄上の体温を、これ以上奪わせたくなかったのだが。
 大事な弟を裸で歩かせられないと、兄上が言うから。頑として意見を曲げないから。仕方がなかった。
 兄上は、王家への忠誠心が馬鹿みたいにあるから。陛下の前に、全裸の弟をさらしたくないのかもしれないが。
 ぼくは、それよりも。兄上の命が大事ですっ。

 でも、問答している時間がもったいないから。とりあえず、マントを羽織り。なるべく兄上にくっついて、ぼくの体温を分けることにした。

 踊り場から、扉を押し開けて、島の中に入ると。そこは、兄上の言うとおり、秘密の通路で。真っ暗だった。
 猫だったときの名残で、暗闇の中で、ぼくは、少しは目が利く。
 通路は、なだらかに登っていて。兄上が、歩くのもつらそうだったので。お姫様抱っこして。急いで坂を駆け上がる。
 目が利くとは言え、ずっと真っ暗だったから。
 薄日がさした場所が見えたときは、やはり、ホッとした。

 建付けの悪い扉を開け、倉庫のような場所から出ると。そこは島の中の城下だ。
 兄上と、たどった道。
 あとは王城へ一直線に向かうだけ。
 しかし、風雨が激しくなっていて、海に浸かっていなくても。頭からびしょ濡れになるくらいに、雨脚が強かった。
 あと五分遅かったら、たぶん、ぼくも兄上も、海が荒れて島には上がってこられなかっただろう。

 兄上は、降りて、自分の足で坂を登ると言ったけど。
 自分で運ぶ方が早いから、と言って。そのまま、兄上を抱いたまま、王城へ向かった。

 腕の中の兄上のぬくもりが、どんどん失われていくのが、怖かった。
 ギュッと抱いて、ぼくのぬくもりを受け取ってもらいたかったけど。
 濡れた衣服が邪魔で。
 兄上が徐々に消耗しているのが、わかる。
 ぼくは力強く、なるべく早く、石畳の坂を登っていった。

 もう少し、頑張って、兄上。

 そして、重いと言って、兄上が開けられなかった防御の門にたどり着く。
 ここは、さすがに兄上を抱っこしたままでは開けられない、と思ったが。立ちはだかる門がウゼェ、と思って。思いっきり蹴り上げたら。
 あれ? 意外と簡単に開いたぞ。

 …兄上、非力過ぎです。

 そうして、王城の敷地内へ入り。住居城館の玄関口まで来た。
「シオン、おろしてくれ。この先は、自分の足で、立たないと。自分の言葉で、陛下に…」
 もう、立つのもやっと、という有様なのに。兄上は、陛下に会うのに、軽く身繕みづくろいまでする。

 兄上ぇ、健気すぎです。

 でも、早く体を休めていただきたいので、急ぎますよ。
 ぼくは兄上に構わず、玄関の扉を拳で激しく叩いた。
 すると中から誰何すいかの声が上がる。ラヴェルの声だ。

「クロウとシオンです。ラヴェル、開けてくれ」
 そうしたら、すぐにも、扉は開いた。
 けれど、兄上は足を動かせず。倒れ込むように、中に入った。
 ぼくも兄上を支えようとして、できなくて。ふたりで城館になだれ込んでしまう。

 今朝方出て行ったぼくらを見て、城の者たちは驚きに目をみはる。
 そんな中、兄上は声を上げた。
「恐れながら、陛下っ」
 顔を上げた兄上は。陛下を目にして、安堵したのか。涙をこぼしながらも、笑っていた。

「愛しています、イアン様っ…」

「…クロウ」
 ぼくを威嚇するための剣を、陛下は捨てて。駆け寄ると、兄上を抱き締めた。

 兄上は…この言葉を、たった一言の、この言葉を、陛下に直接言うためだけに。命を懸けて、泣きながら、海を渡ったのだな。

 ずっと、兄上のそばにいた、ぼくにはわかるよ。
 これが、兄上にとっての、一番大事な言葉なんだってこと。

 陛下に、大切な、大事な、言葉を届けた兄上は。
 そのまま気を失った。
 これからは一刻を争う。

「ラヴェル、サロンの風呂にお湯を入れてくれ。兄上は今までずっと、海を泳いできた。体温が低い」
 すると、陛下が。
 自分の部屋の風呂に入れろと言う。ありがたい。とにかく、早く、兄上を温めないと。

 兄上を抱き締めていた陛下が、そのまま横抱きして、兄上を部屋へ運んでいく。
 その後ろに、ぼくはついて行くが。
 セドリックが、本当に弟なのか? とか、アジャコジャ聞いてくる。
 面倒で、適当な返答をして、あしらっていた。

 詳しい話は、兄上の目が覚めてからにしてください。ぼくが猫のチョンだとか、どうせ、信じられやしないでしょ?

 ただ、顔が似ていない、と言われたときは。ちょっとムッとしてしまった。
 兄上は、母上似。ぼくは…父親似。
 ぼくらを捨てた親父に、顔が似ているのが、ぼくは嫌で。それを誰かに言うのも、なんとなく嫌だったが。
 ウゼェけど。ぼくと兄上は兄弟だ。
 そう、認めてもらいたかった。

 そして、浴場に案内してもらったぼくは。陛下から兄上を奪い取って、服を着たまま湯船に入った。
 脱衣の時間も、もどかしいのだ。

「ここからは兄弟のぼくが、兄上の面倒を見ます。兄上が意識を戻すまで、しばしお待ちください」
 一応、敬語で相対する。
 王家への礼を失すると、あとで兄上に怒られるからな。
 王家への純粋な敬意ではなく。兄上に怒られるから、というのが。すでに敬意がないようには思うが。
 とにもかくにも。敬語だ。

 でも、陛下は。ぼくの悪意を感じ取っているようだ。
 いや、悪意、というほどのものはないぞ?
 でも、思うところはあるから、チクリと感じさせたい気は、あるけどな?

「クロウは、我の伴侶だ。我が世話をしても良いのではないか?」
 ちょっと、不快そうな様子で、陛下はぼくに言ってくる。
「ラヴェルがいないとなにもできない貴方に、お世話などできませんよ。クソ陛下」

 そう言ったら。陛下は『おまえ、チョンだな?』と聞いてきた。

 おおぉ、すごいな。なかなか、そこは結びつけられないと思っていたが。
 ま、兄上を好きで。兄上の周りを、つぶさに観察しているゆえの、洞察力ってわけかな?
 兄上好きのぼくにも、その気持ちは、わからなくもなくもなくもない。

 肯定も否定もせずに、ただ、ニヤリと笑い返すと。陛下はおとなしく、浴場を出て行った。
 入れ替わりに、ラヴェルが入ってくる。

「シオン様、脱衣場に、着替えと拭くものを用意しております」
 サロンには、あとで別便で送る予定だった、衣類や大物の荷物が、まだ残されたままだった。そこから、ぼくと兄上の着替えを、持ってきてもらったのだ。

「ラヴェル、ぼくらがバジリスクの者だと。陛下にお話してくれ」
「しかし、クロウ様から口止めをされております」
 バジリスクの執事見習いだったラヴェルだが。優先順位は断然、主である兄上なわけで。同じ公爵子息であっても、ぼくの言うことなど聞きやしないのだ。
 つまり、ぴしゃりと、断るという姿勢である。

 だが、ここを出る前と、事情は変わった。
「兄上は、魔力を取り戻した。これで、陛下のお役に立てるだろう」
「本当でございますか? あぁ、良かった」
 ラヴェルは、湯船に肩まで浸かる、ぼくと兄上の顔をのぞき込んで。それはそれは嬉しそうに、破顔した。
 彼にしてみれば、主である兄上が、バジリスクの魔力を取り戻すこと、それこそが、公爵家の後継の証のようなものだから。
 嬉しいだろうし。
 長年仕えてきた王に、救いの兆しが見えたことも、望外の喜びなのだろう。でも。

「良かった、じゃない。兄上は、死にかけたんだ。バミネに、海に捨てられたんだぞっ」
 ぼくは、文字通り、バミネに捨てられた。
 首を摘ままれて、ポイッとなっ。
 腹立つぅ。許さんぞ、バミネっ。

「それは…大変でございました。でも、嬉しいのは嬉しいです。これでクロウ様は、誰が見ても、バジリスク家の嫡子と認められるのですから」
「まぁ、それで。兄上が目を覚まされたら、陛下にいろいろお話されるだろう。でも、面倒だろうから、基本情報は今のうちに、陛下にお伝えしてくれ。疲労困憊の兄上に、ベラベラ、なにもかも、話させるわけにはいかないだろう?」
「承知いたしました。シオン様の指図で、陛下にお話いたします」
 兄上に口止めされているから、ラヴェルは言質げんちが欲しいのだな?
 ぼくは、鼻でフと笑う。

「おまえも、兄上が怖いのだな?」
「大事な主様の、機嫌をそこねるような真似を、したくないだけでございます」
 ラヴェルは一礼して、浴場から出て行く。
 たぶん、兄上が目覚める頃には。ぼくらがバジリスクで。陛下をお助けする手立てがみつかったと、知れているだろう。

 兄上は、それよりも。愛していると、伝えたかったみたいだけど。

 それからしばらくして、兄上の体が温まってきたと感じられて。
 ぼくは、兄上の衣服をようやく脱がしにかかった。
 水を含んでいるから、ボタンも紐も外しにくかったが。なんとか脱がしていく。

 あっ、首筋、かまれている。昨夜の…でか?
 くそぉ、兄上の真っ白な柔肌を、歯型がつくほどかむなんて。クソ陛下め。
「…シオン」
 そうしたら、兄上が意識を取り戻した。
 良かった。これで、命の危機は脱したかな?

「兄上、目が覚めましたか? どこか、痛いところはありますか? 苦しいとか?」
 たずねると、まだ、朦朧としている感じだが。首を横に振った。
 意志疎通は出来ている。
「なぁ、シオン。僕は、陛下に。ちゃんと、お伝えできたっけ?」
「えぇ。陛下に愛していると。ちゃんと、お伝えしていましたよ」
 言うと、少し血色の戻ってきた頬を、ほんのり赤らめて。微笑む。

「…良かった」

 湯気を、吐息でフッと吹いて。兄上は、また寝てしまった。
 でも、笑みを浮かべて、なんだか幸せそうな顔をしているから。それでいい。

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