【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

文字の大きさ
上 下
106 / 176

番外 モブの弟、シオン・エイデンの悩み ⑤

しおりを挟む
     ◆モブの弟、シオン・エイデンの悩み ⑤

 バミネに、船から突き落とされて。どのくらいの時間が経っただろう。
 水が嫌いな猫である、ぼくを気遣いながら。兄上は、もう長いこと、海を泳いでいた。
 たまには、元気だというアピールなのか。歌を歌ったりして。ぼくを励ましてくれる。
 チョンは~どうしてぇ~か~わいいのぉ~、なんて、創作の、変な歌だけど。

 でも、そろそろ限界なんじゃないか、というときに。砂洲に上がれたことは。本当に幸運だった。
 きっと、兄上の日頃の行いが良いから、神が味方をしてくださったに違いない。

 ぼくは兄上に、本土へ行こうと提案した。
 本土の方が近いように見えたし、一刻も早く兄上を休ませたかったのだ。

 でも、兄上は。島へ行きたいと言って。ひと粒涙を落とした。

 あああぁぁぁ、兄上ぇ、泣かないでくださいっ。島でいいです。兄上が行きたいのなら、そうしましょう。

 兄上は、そんなにも。陛下のことを想っているのだな。
 こんなに、真摯に、一途に、陛下を救うことだけを考えている、兄上の想いが。
 強くて、熱い、想いが。
 少しでもクソ陛下に伝わっていれば良い。

 だけどさぁ。あいつは。クソ陛下は。重い腰を上げず。自分が死ねば、なにもかも穏便に済むと思っているみたいじゃん?
 それでは、駄目なのだ。
 バミネが政権を握ったら。この国は、終わりだろう?
 そんなの、学のないぼくにもわかることだ。

 国は、洪水を免れるかもしれなくても。
 いずれ滅ぶことに変わりはない。

 兄上は。陛下のことをお好きなのかもしれないが。
 たぶん、カザレニアの将来のことも考えている。
 国の頂点に、バミネではなく、クソ陛下に立ってもらいたいのだ。
 そうでなければ、国が滅ぶから。
 だから、こうして頑張っているのだ。
 それを…クソ陛下は。わかっているのかなぁ? ムカッ。

 砂洲のおかげで、島に取り付けるくらいのところまでやってきたが。兄上はもう限界だった。
 溺れる者は、わらをも掴む、感じで。島に上がれる、階段の手摺りを掴んだっ。
 と、いうのに。
 兄上は、すでに体力を消耗していて。階段を登ることができなくなっていた。
 海から頭を出す状態で、ただ、手摺りを握っているだけ。

 兄上は、ぼくに先に上がれと言う。
 ぼくは、兄上を海の中へ置き去りにするのは気が引けたが。ぼくひとりの重みがないだけでも、兄上の負担は減るだろうと思って。言うとおり、階段の踊り場に上がった。
 そのとき、兄上は。それで、ホッとしたみたいな顔をした。

 ダメですっ。まだ、気を抜かないでください。

 だけど、兄上はぼくに。人型に戻ったら、王城へ行けなんて言うんだ。
 そして、魔力解放のキーとなる大事なネックレスを首から外して、ぼくの方に投げる。
 ネックレスは、階段の途中に落ちた、けど。

「ペンダントを、拾って…」
 兄上が、か細い声で、言うけど。
 嫌です。
 ぼく、ひとりでなんて。兄上が、一緒でなければっ。

 そのうち、雨が降ってきて。荒れる波に揉まれて。兄上は、顔にかかる海水に、アップアップしながら。
 愛してると、何度も口にしていた。

 右手で手摺りを掴んで、左手は、なにかにすがるように。空をかいて。
 ぼくの目には、兄上がもがいているようにしか、見えなかったのだ。

 子猫である、ぼくが兄上を助けに行っても。波にさらわれるのがオチで。
 そうしたら、兄上はきっとぼくを助けようとして、手摺りから手を離すだろう?
 それがわかっているから、助けに行けない。

 あぁ、このときほど。猫である小さな体を、忌まわしいと感じたことはない。

 兄上の助けになるような、情報を入手してくることができた、この体には。どちらかというとメリットを感じていたが。いざというときに、兄上を助けられないのであれば。

 そんなもの、いらないっ。

 今、兄上を助けたいのだっ。そう思って。イライラと、踊り場の上を歩き回った。
 そうしたら、いきなり。ピンク色の雷が、ドーンと兄上の上に落ちてきたのだ。

 ぎゃあーーっ、兄上ぇぇぇっ!

 兄上が、死んじゃったぁ。と、一瞬思い。
 尻尾がビビビッとなって、背中の毛も逆立って、顎が外れそうなほどに驚愕したが。

 それは、雷ではなくて。
 兄上が解放した、膨大な魔力だったのだ。
 その力が。ピンク色の温かい光が、ぼくにも降り注ぐ。

 なんて、愛に満ちた、心地よい魔力だろう。
 そして、優しい、ふんわりとした光をまとう兄上の、なんて神々しい美しさか。

 ぼくは、ぼくだけが見られたその光景を、目に焼き付け。この場にいられたことを、神に感謝した。
 そうしたら、いつの間にかぼくは。

 人の姿に、戻っていたのだ。

 まだ、昼間であるのに。小さな丸い手が。人の、大きな手に変わっている。
「どうなっているのですか? 兄上、今、なにが起きているのですか?」
「わからない、わからない、けど…シオンの呪いが解けたんだーっ、マジかっ? ややや、やったーっ」
 ぼくが人型に戻ったことを、呪いが解けたと言って、喜び。勢いで手摺りから手を離してしまった兄上を、ぼくはとっさに捕まえる。
 そうだ、もう、兄上を助けられる。そういう体になっている。
 兄上を掴むこの手を、絶対に離さない。

 でも、兄上をさらおうとする海までも、引いていき。
 兄上の周りには、なにもなくなった。

 ぼくは、奇跡に感動する間もなく。今のうちにと思って。兄上を踊り場に引き上げたのだった。
 つか、喜んで、命綱を離すなんて、駄目でしょう? 兄上っ。
 それに、ぼくを守るために、自分を犠牲にするなんて駄目でしょう? 兄上っ。

 ぼくは大事で、大切な、宝物である、兄上の小さな体を抱き締めて。切々と訴えた。
 ムカつくが、陛下の名を出せば、兄上は反省してくれるので。嫌々ながら、口にする。

「兄上ぇ、死んだらおしまいでしょ? 兄上が死んだら、ぼくも陛下も、おしまいなんだ。兄上が死んで、ぼくらが、生きていけるわけ、ないでょ?」
「わかった、もう、しない」
 兄上は、約束を違えないので。そう言ったら、そうなのだろう。
 ホッとして、ぼくは兄上の顔にいっぱいキスした。

 好き好き、兄上。どうか、もう二度と、ぼくから離れていかないでっ。

 そんな気持ちを込めていたが。
 兄上から漏れ出て、ぼくを包む魔力は、とても暖かいのに。
 兄上の体が、凍るように冷たいことに、このとき気づいた。

 海の中に長時間いたことで、体が冷えてしまったのだろう。
 兄上はぼくの腕の中でぐったりしている。
 早く体を温めないと、兄上が本当に死んでしまう。

 ぼくは、兄上の指示通り、扉のロックを外して島の中へ入り。兄上とともに王城を目指したのだ。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

出来損ないアルファ公爵子息、父に無限エンカウント危険辺境領地に追放されたら、求婚してきた国王一番の愛息、スパダリ上級オメガ王子がついて来た!

みゃー
BL
同じく連載中の「アンダー(底辺)アルファとハイ(上級)オメガは、まずお友達から始めます!」の、異世界編、スピンオフです! 主人公二人が、もし異世界にいたらと言う設定です。 アルファ公爵子息は恒輝。 上級オメガ王子様は、明人です。 けれど、現代が舞台の「アンダー(底辺)アルファとハイ(上級)オメガは、まずお友達から始めます!」とは、全く、全くの別物のお話です。 出来損いアルファ公爵子息、超危険辺境領地に追放されたら、求婚してきた上級オメガ王子が付いて来た! 只今、常に文体を試行錯誤中でして、文体が変わる時もあります事をお詫びします。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...