【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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番外 モブの弟、シオン・エイデンの悩み ⑦

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 ぼくは、しっかりと兄上が温まったのを確認してから、湯船を上がり。脱衣場で、水滴を布で拭き上げてから。用意されていた寝間着を、兄上に着せた。
 上からすっぽりかぶせるタイプの寝間着。兄上は、このタイプの着替えは持っていなかったから、たぶんラヴェルが。意識のない兄上の世話をしやすいように、客用の寝間着を貸してくれたのだろう。
 兄上至上主義の、いけ好かない執事だが。仕事は出来る奴だ。

 ぼくは、いつもの黒シャツ黒ズボンに着替える。
 兄上を横抱きにして、浴場を出ると。陛下が彼の寝台に寝かせるように、うながしてきた。
 どうやら、陛下は。兄上と離れたくないご様子。
 まぁ。サロンの寝台は、ひとり用の簡易なものだし。王の寝台は、ふかふか布団に天蓋付きの、大の大人が三人寝ても余裕があるくらいの、立派なベッドなので。良いでしょう。
 寝室に入り、兄上をベッドに横たえて。布団を胸までかけて、パフパフすると。兄上はモゾりと動いて、布団の外に手を出した。
 陛下は、その兄上の手にはまる指輪に、目を止める。

「この指輪は?」
 ぼくは、まず右手の指輪をさして、説明する。

「これが、バジリスクの指輪です。兄上が幼い頃、魔力が強すぎたことで。怪我などを恐れた両親が、魔力を封印したのですが。それを解放する鍵となるのが、その指輪でした。バミネに長らく奪われておりましたペンダントに、くっついていたのです」

「ペンダントを奪い返して、クロウに魔力が戻ったのだな? ペンダントを取り戻せば、弟を救う手立てになると、クロウは言っていたが。貴殿が?」
「はい。ぼくは、昼は猫になり、夜は人型に戻る、月影の呪いを誘発する液体を、バミネにかけられ。四歳の頃からそのような生活を送ってまいりました。液体を作った魔女は、バミネによって殺されたので。呪いを解く方法は、魔力で跳ね返すしかないと言われており。兄上の魔力が戻ったら、ぼくのことも直せるだろうと。ペンダントを取り戻すべく、兄上はバミネの依頼を受けて、この島に来たのです」

「おまえが、あの黒猫だったなんて…ちょっと想像つかねぇなぁ?」
 ぼくと陛下の話に、セドリックが割って入るが。
 そのとき、寝室の入り口で、声がした。

「私、クロウが戻ってきたと聞いて、来たのだけど。貴方が、チョンちゃん?」
 シャーロットが、驚愕の眼差しでこちらを見ていた。
「キャーッ…」
 そして、悲鳴を上げて、逃げていく。
 ぼくは、呆気にとられた。
 猫のときは、ぼくになんでも話してくれて、心を開いた友人のような気に、なったこともあったのだけど。

「…シオン、妹が、すまない。シャーロットはまだ子供で、人の心を思いやれない未熟なところがあるようだ」
 陛下が、フォローしてくれるが。
「いいえ、仕方がありません。ぼくは、化け物のようなものです。ありのままのぼくを受け入れてくれるのは。いつだって、兄上と家族だけでしたから」
 愛おしい気持ちで、ぼくは眠る兄上の頬にキスをする。
 ぼくが猫になっても、兄上が態度を変えることはなかった。
 いつだって、ぼくを可愛がってくれた。
 大きな愛を示してくれた。かけがえのない兄上。

「島へ渡る前、王城のかたが兄上の身辺を調べたみたいだけど。でも、なにも出なかったでしょう? 当然です。兄上は。第一には、バミネから身を隠し、これ以上の危害を加えられないよう配慮するため。そして、第二に、ぼくの、猫になる呪いを、誰にも知られぬために。店の最上階にこもって、日がな針仕事をしていたのです。まだ若いのに、外出も、娯楽も、人付き合いも、極力避けて。ひたすらチクチクと。ぼくの…ために」

 本来なら、普通の若者のように、店の者と友達になったり、ランチで外に出掛けたり、女性とデートなんかも、してみたかっただろう。
 でも、兄上は家族のために、いろんなものを我慢して。
 でも、そんなの大したことないと言って、笑うのだ。
 そんな献身の心にあふれた兄を、愛さずにはいられないだろう?

 賢くて、美しくて、優しい兄上を、ぼくもみんなに自慢したかった。
 でも。隠れているしかなかったのだ。

「だから、兄上の姿を見る者は、数少なく。情報も、ほぼなかったはずだ」
 そして、ぼくは左の薬指にはまる指輪をさした。

「こちらのシロツメ草の指輪は。兄上は、陛下の頂き物を大層喜んで、すぐにも枯れるとわかっていても、その日のうちに巾着を作って、大事に取っておいたのです。ネックレスにして、肌身離さず持ち歩いていた。たぶん、兄上は。ほんの少し魔力の発露があったのでしょう。シロツメ草を無意識に枯らさぬようにして。今回の魔力解放で、氷のようなダイヤのような、硬い物質でコーティングした」

 ぼくは、鋭い眼差しを陛下に向けて、憤りをあらわにした。
 はっきり言ってやらないと、このクソ陛下に、兄上の純粋で、優しすぎる、愛情は伝わらないのだっ。

「道端の草を、結晶化するくらい。兄上は、陛下を愛しているんだっ。陛下のために、命を懸けて、海を泳いだんだっ。これほどの愛情を示しても、まだ、その重い腰を上げないというのなら。唯々諾々と、死の運命をのみ込むというのなら。ぼくは、兄上と陛下の結婚を認めない。兄上を、世界で一番、幸せな王妃にしてくださらないのなら。ヘタレのクソ陛下なんかに、ぼくの大切な兄上を渡せるものかっ」

 すると、ぼくの言葉に、陛下のそばにいたセドリックが怒った。
「はぁ? ヘタレのクソ陛下だと? 不敬が過ぎるぞっ」
「シオン。クソ陛下って言っちゃダメって、いつも言ってるでしょっ?」
 セドリックの言葉に同調して。突然、兄上も、そう叫んだから。
 ぼくは反射的に、頭を下げる。
 ぼくは、兄上に怒られるのが、一番こたえるのだっ。
「すみません、兄上。しかし、ぼくは…」

 そして、ぼくもセドリックも陛下も、一斉に兄上の顔を見やるが…。
 でも、兄上は、まだ目をつぶっていて。
 口の中で、むにゃむにゃ言っている。
「おとなしくしていないと、島に連れて行ってやらないからなっ」

 寝言だ。

 ぼくは。猫耳があったら、イカ耳にしていただろう。
 ついさっきまで憤っていた、ぼくが。兄上に怒られて、ペションとなっているところを見て。
 セドリックが、笑いを吹き出した。

「ふはっ、クロウのやつ、夢の中で弟を怒っている。マジで、兄弟なんだな?」
 ぼくは、さっきセドリックに…いや、誰にでも。ぼくと兄上は、確かに兄弟なのだと認めてもらいたかった。
 顔つきが、似ていなくても。
 ぼくは。兄上に育ててもらった。兄上の弟なのだ。

 大好きな兄上と、似ていないとか。本当に兄弟か、なんて疑われるのが。ぼくは心底嫌なのだが。
 そんな憂いを、兄上はたった一言で吹き飛ばしてしまう。
 あぁ、やはり。ぼくの兄上はすごい。
 ぼくの兄上なのだっ。

 兄弟だと認められ、内心で誇らしい気分になっているぼくに。陛下が告げた。
「シオン、確かに我は腑抜けだ。自分では、この状況を打破できなかった。クロウの献身には、もちろん報いよう。ここで立たねば、王以前に、男ではない。万一、クロウがこの先、憂うことがあるようなら。我を殴りに来い!」

 威厳と風格を漂わせた、この国の王が。ぼくに向かって、決然と言い放った。
 さすがに、喉になにかが詰まるような、畏怖がある。兄上的に言うと、圧がすごい。

 それに、セドリックが苦言を呈する。
「陛下? シオンに陛下を殴らせるなんて…」
「良い。我を殴る権利を、シオンに与える。無論、我がクロウを不幸にするなど、万にひとつもないことだがな?」

 ぼくと、陛下は。
 いけ好かないと思いながらも、向かう先は同じだ。
 兄上の幸せを、一番に望む、同志。
 兄上が、陛下と一緒でなければ、幸せではないと言うのなら。ぼくは、それをのみ込むしかないのだ。

「ところで、シオン。ずっと気になっていたのだが。夜は人型になると言っていたが、サロンのあの小さいベッドに、クロウと寝ていたのか?」
 は? そこに引っかかるんですか? 陛下よ。

 先ほどは王の風格とやらを感じたのに。なんか…小さいな。

 ぼくは、兄上が言うところの、エロっぽい挑発的な笑みを浮かべて。うなずいた。
「えぇ。小さいベッドだったから。毎晩。ギューッ、と抱き合って、寝ていましたけど?」
「…だ、だき?」
 陛下はこめかみをヒクヒクさせながら、絶句した。
 いいね。溜飲が下がりますっ。

「待て、食事はどうしていたんだ? 一食分しか出していなかったぞ」
 居間で軽食を用意していたアルフレドが、ぼくに質問してきた。
「兄上は少食なので、一食をふたりで分けて食べていましたけど? 足りない分は、パンを多めにもらっていたので、それで食いつなぎました」
「マジかっ? 俺はクロウがこの城にいる間、大きくなってもらいたくて、多めに食事を出していたのに。ふたりで食べていたら、太るわけねぇ!」
 青色の短い髪をかきむしって、アルフレドはノーッと叫んだ。
 料理人の誇りが傷ついてしまったかな? ごめんな。
 パンはとても美味しかったよ。

「モグラは? 弟がモグラを捕まえてきたと、クロウが…」
 陛下が、つぶやくように口にする。
 先ほどから、引っかかる点が少しおかしいんですけど? 兄上に似てきましたね?

「猫のときに決まっているでしょう? この住居城館の花壇に、よくいるんですよ。猫になると、愛する人に貢ぎたくなるんですよねぇ?」
「あ、愛する人…」
 またもや、ショックを受けたような顔でつぶやく陛下と。
「モグラが貢物…」
 と、つぶやいて、腹を抱えて笑うセドリック。変な人たちだな。

「…イアン、さま」
 そうしたら、ようやく兄上が、本当に目覚めた。
 ぼくは嬉しくなって、声をかけようとしたが。
 セドリックに肩を抱かれて、寝室から連れ出されてしまう。

 くそぉ、わかっていますよ。恋人の時間を邪魔しちゃダメだってことでしょ?
 でも、ぼくは兄弟ですよ? 身内っ。

 しかし、まぁ。兄上が、命を懸けて会いに来たのは、陛下なのですから。ここは譲りましょう。
 ちょっと、ですよ? ほんのちょっとの時間だけですからね?

「シオン様、少々、よろしいですか?」
 居間に入ると、眉毛を下げた情けない顔のアイリスが、声をかけてきた。
 うなずくと、手で、おいでおいでされる。
 こういう仕草が、なんとなく、兄上と似ている感じがするな?
 でもアイリスは、宇宙人だから。気は許さない。
 兄上を気に入って、宇宙に連れ帰ってしまうかもしれないだろう? 怖い怖い。

 そして、アイリスについて行くと。階段のところで、シャーロットが座り込んでいた。
 王族の女性が、床に座るなんて。はしたないと、ぼくの母上なら怒るところです。

「ぼくが顔を出したら、気持ち悪がられるのではありませんか?」
 女性を怖がらせる趣味はないです。
 ちょっと拗ねた気持ちもあるが。ツンとして、言うと。アイリスは首を横に振る。

「殿下はチョン様に、内心を打ち明けていたのでしょう? でも、心の友であった子猫が、このような美男子だったと知って、恥ずかしくなったのです。決して、チョン様のことを、化け物だとか、怖いだとか、思って逃げたのではないのですよ?」

 本当かよぉ? と、疑いの眼差しで、アイリスを見やる。
 でも、まぁ。階段で丸くなっているシャーロットが可哀想にも思って。とりあえず、声をかけてみた。
「シャーロット殿下」
 振り返ったシャーロットは、ぼくの顔を見て、顔をトマトみたいに真っ赤にして。
 立ち上がると、ドレスの裾を払って身繕いした。

 ああぁ、そんな、乱暴にするな。兄上は、この国一番のドレス職人である。そのそばにいつもいたぼくは、ドレスがぞんざいに扱われると、気が気でない。
 兄上のように、ふわりと、やんわりと、指先で優しくしわを整えなさいっ。

「ごめんなさい、つい、びっくりして、逃げてしまって。だって、勉強が嫌で、さぼっちゃったところとか、もっとお兄様と遊びたいの、とか。子供っぽい、恥ずかしいところばかり、見られてしまったのだもの」
 そう言いながら、両手で頬をおさえるが。トマト顔は、さらに赤くなっていく。

「アイリスのお菓子を食べちゃったところも、見ていたわよね? ああぁぁ、恥ずかしいわっ。チョンちゃん、人間なら、もっと早く言ってよぉ」
 そんな無茶な、とぼくは思うが。
 でも、アイリスが言うように、本当に怖がっているわけではないようだ。

 それだけで、なんだか心が軽くなる。
 シャーロットのこと、高飛車な小娘だと思っていたけど。拒否られて、それなりにがっかりしていたみたいだ。

 なので。ぼくは…どういう意味かはわからないが。麗しいえろえろぼんばーだと、兄上が身悶える、とっておきの笑みを浮かべて。殿下に言った。

「フッ、シャーロット殿下、大丈夫ですよ。殿下が半泣きで刺繍ができないと叫んで、ベッドの上に大の字になって、足をバタバタさせていたことは。誰にも言いません」
 すると、シャーロットは。赤い顔を、見事に青く変化させて。またもや、いやあぁぁぁーっと叫びながらどこかへ逃げていった。
 どうした? 大丈夫か?

「もう、シオン様は女心がわかっていませんね? 陛下とクロウ様のラブラブチュッチュを見習って、勉強してください」
 アイリスにも怒られてしまったが。
 え? 嫌です。
 つか、なんで怒られた? さっぱりわかりません。

 まぁ、それは良いとして。
 ぼくの悩みは、まだまだ尽きない。
 兄上が危なっかしいのは、変わらないし。のほほんとして、ぽややんとして。放っておくと、ご飯を食べるの忘れて仕事しているし。暗くなっても気づかないで、いつまでもチクチクしているし。

 ぼくがそばにいないと、本当に駄目なんだから。

 それに、兄上が結婚したって。弟は一生、弟。
 ぼくらは一生、兄弟なのですからね?
 離婚したら即、縁が切れる陛下より、一生縁が切れないぼくの方が、上ですっ。
 だから、そう簡単に、陛下に兄上を渡しはしませんよ。

 ぼくの大切な、愛する兄上ですから。

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