夜明けの使者

社菘

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第5章

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陽自身が自分の胸に触れさせている手をするりと動かし、枢の手はそのまま鎖骨や首筋を撫でていく。枢の手の動きに合わせて陽は目を瞑ったり開けたり、小さく声が漏れている様子さえ愛おしい。彼の細い顎を撫で、親指で陽の唇をふにふにと弄んだ。

「電話中になんで噛んだの?ん?頭も顎も撫でてあげてたのに、何が不満だったの」
「おれのせいじゃない……」
「おれのせいじゃない?俺は理由を聞いてるんだよ、ヒナ。〈Speak話して〉」
「ぁっ、だって、あんなのご褒美じゃない……!他の人に意識が集中して、おれのこと見てくれてなかったから!そんなの嫌だ、おれがいるのに、他の人のこと考えないで……いおりってだれ、なんで会うの楽しみとか、ご飯行こうとか、おれの前で話すの?ほしせんせいがそんな人だと思わなかった」

星先生のばか、あほ、最低。と言って陽は唇を尖らせている。正直、陽には独占欲だとか嫉妬だとか、そういうどろどろした汚い感情はないのだと勝手に思っていた。ただ、彼も人並みにそういう汚い感情を持っているのだと分かって、なんだか嬉しく思う。しかもその感情を自分に向けられているかと思うと、あまりの優越感に胸が満たされた。

「……どこを触ってほしいの?キスは?どこにしてほしい?」
「全身、どこでも、枢の好きにして…おれを枢で満たして……」

仰向けになり、無防備に体を晒している陽の胸元をTシャツの上からなぞる。この服の下を暴きたいけど、ここで理性に負けたらただの猿だ。陽のことを大事にしたい、大切にしたい。宝箱にしまったまま、閉じ込めておきたい。

枢は服に隠れていない肌に口付けて、時折柔く食んだ。膝上からつま先までキスをして、汗が滲んで濃い香りを放つ首筋に噛みつくと陽の体が一層跳ねる。あぁ、社会人というのは厄介だ。人前に出る職業だから、キスマークや歯形だらけにして『自分のもの』だという痕を残せないのだから。

「こっち向いて、〈Openくち開けて〉」
「ふ、ぁ……っ」
「ほんと、ヒナの口って大きいね。舌も大きくて分厚くて……舐めたら美味しそう」

口を開けたまま健気に待っている陽は、こくりと小さく嚥下する。

早くきて、舐めて、吸って、ぐちゃぐちゃにして。

そんな陽の声が聞こえてくるようだったが、まだご褒美はあげられないとぐっと堪えた。

「ごめんなさい、しましょうね?」
「へぁ……?」
「ご褒美待てなくて、嫉妬して、指噛んでごめんなさいって。〈Say謝って〉」
「んぅ、う、ぷは、ゆえな……っ」

謝ってと言う割にキスをして攻め立てる枢の胸を叩きながら、息継ぎの合間に「そんなにされたら謝れない」と苦しそうに紡いでいる。謝ってというコマンドを出しているから実行しないといけないのに、同時にご褒美ともいえるキスをされているから陽も訳がわからなくなっているのだろう。

どうしたらいいのか分からない彼は枢の服をぎゅっと掴んで、空気と一緒に吐き出すように「ごめ、ごほうびまてなくて、しっとして、ゆび、ごめん……」と律儀に謝ってくれたので髪の毛を梳くように優しく頭を撫でる。ぐちゃぐちゃと絡めていた舌先をちゅうっと吸って労わるように口付けると、陽の瞳に宿る赤色のハートの色が濃くなった気がする。

「〈Good Boyいい子だね〉、ヒナ。後輩にもちゃんと謝れて、本当にいい子」

唇を離すと二人の間を繋いでいた透明な糸が、ぷつり、クモの糸のように切れてしまう。すっかりとろけてしまった陽はぼーっとしていて、相変わらず枢の服をきゅっと掴んでいる。

そんな彼の様子を見て枢はハッとした。もしかしたら『Sub Space』に入ったのか?
夢の中にいるようにふわふわとろとろしてい陽は、Domの枢を完全に信頼してくれたのかもしれない。『Sub Space』は第一にDomとの信頼関係がないと入れないのだが、枢は今までSubのそんな様子を見たことがないので、これが本当に『Sub Space』なのかは分からなかった。

「ヒナ?俺の声、聞こえてる?」
「う、ん……」
「気持ちよすぎて、とろけちゃった?」
「ん……ほしせんせが、そ、な……」
「俺がなに?」
「おれ好みの、Domだったなんて、しらなか……」

疲れてしまったのか、安心してしまったのか、とろんとしていた陽はそのまま眠りに落ちた。お仕置きとご褒美を同時にやるなんて意味が分からないことを、性急にやりすぎたかもしれない。

Playを始めた頃、それまで寝不足でほとんど眠れていなかった枢のほうが満たされ過ぎて、先に寝落ちすることが多かった。だから初めて、Playのあとに陽のこんな無防備な姿を見られたのだ。

『Playのあとは一緒に寝ましょうか。星先生がよく眠れるおまじないです』

彼の言うように、陽とパートナーになってから初めて深い眠りにつけるようになった。深い夜が訪れて、白く柔い朝が来るのが楽しみになったのは、Playをした日の朝は隣に彼がいるから。

「おれ好みって、本当ですか?朝霧先生……」

彼が言いかけた言葉に、少しくらい自惚れてもいいのだろうか?
自分が陽を『特別』だと思っているように、自分も彼にとって『特別』になれる可能性があるのなら、これほど嬉しいことはない。

「…ていうか、ちょっといじわるなPlayが好きなの、えろすぎですよ……」

陽が眠ってしまったのでPlayは強制終了だが、枢は眠っている彼の体をぎゅっと抱きしめる。そのまま寝室に連れていくと、陽も無意識なのか枢の背中に腕を回して抱きついてきたので、枢も抱きしめ直して目を瞑った。

陽の体温がじわりと体の中に溶けてくるかのようで、自分の中に陽がいるような感覚に、ひどく安心する。今までよくこの体温を知らずに生きてこられたなと不思議に思うほど、ぴったりとパズルのピースがはまるような感覚。

「……運命なんてないと思うけど、あなたとはそうなのかもって…そう言ったら朝霧先生は笑いますか……?」

閉じられた瞼にキスをして。
「おやすみ」と呟いた声が、夢の中にいる陽にも届くといいのだけれど。




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