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第3章
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しおりを挟むそれから大学4年間はひたすら勉学に励んで、高校の国語教師になった。
就職先は青春時代を過ごした地元の高校。うちの学校では一応職員のダイナミクスを提示する義務があるのだが、それを知っているのは校長先生と保健医のみ。この学校にはDomの生徒もSubの生徒も、Normalな生徒も平等に入り混じっているので職員のダイナミクスにも寛容らしい。陽は自分がSubだということを知られることなく平和に教員生活を送っていた。
ただ一つ困っているのは、Subだという女性の先生たちから迫られること。幼馴染の真白と同じように、陽のダイナミクスを聞かなくてもDomだと思っている人が多いらしい。それだけは困っているので飲み会にはあまり参加しないし、いつもやんわり断るのだ。
生徒たちと年齢が近いからか打ち解けるのも早く、ありがたいことに慕われ始めた頃。
運命は突然、姿を現した。
「今年からお世話になります、星枢です。よろしくお願いします」
英語の教師だという彼が新卒で入ってきた時、冗談抜きに心臓が止まるかと思った。ただ、記憶の中に留まっている星枢とは随分雰囲気が変わっていて、あの頃かけていた分厚いフレームの眼鏡はコンタクトになり、重い前髪が印象的な髪の毛はかき上げられて爽やかなイケメンになっていた。
そんな枢を見て特に女性の先生たちは歓喜していたが、陽だけは心にずっしりと重みが乗っかった。彼がここまで変わった理由は一体何なのか。その理由は陽にとって衝撃的なものなのかもしれない。
十中八九、いい人に出会って、いいパートナーがいるのだろう。ここまで枢が変われたのはそのパートナーのおかげで、きっと幸せな生活を送っているんだろうなと、そう思っていたのに。
「――あれっ、え!?あ、あ、朝霧先生……っ!?」
どんな運命のいたずらなのか、陽が住んでいるマンションの同じフロアに枢が住んでいた。隣同士というわけではなくて、向かいの部屋に。引っ越し作業をしているなとは思っていたのだけれど、最近は近所の人に引っ越しの挨拶なんてする文化も廃れてきているので、全く知らなかった。
こんな偶然、偶然というか奇跡にも近いようなこと、あるんだな。
しかもこの階は単身者専用のフロアなので、枢が結婚はしていないことが分かって内心ほっと胸を撫でおろした。ただ、恋人やパートナーがいるかどうかは分からないけれど。
「星先生も同じマンションだったなんて驚きですね。よろしくお願いします」
「あ、よ、よろしくお願いします……!」
何だか随分緊張しているというか、変な様子だった枢とはその翌日から全くフロアで会わなくなった。見事なまでに避けられている。朝は通勤時間をずらしているのか、早くに出ていく玄関の音が聞こえて陽は毎朝目が覚めるのだ。帰りもまるで学生の時と同じようにいつの間にかいなくなっていて、話すチャンスなんてほとんどない。
朝型なのかなと思っていたが、彼は毎日目の下に濃いクマを作って出勤している。仕事を抱え込んで徹夜している、というわけでもなさそうだ。枢も陽と同じように頻繁に飲み会には参加しないようなので、飲み歩いているという可能性も低い。なんせ夜にドアの開閉音がしないから。
なので可能性としては、普通に陽が枢に嫌われていて避けられている。
担当学年が違うというのを差し置いても、同じ教員で、同じマンションに住んでいるのにまともに話したことがないのはおかしな話だ。
絶対に避けられている、嫌われている……。
そう思っていたところで、神様は自分の味方なのだなと感じた。
酔っていた勢いで飲み会の帰りに枢を家に誘ったのだ。そして、そこで判明したのは枢がDomで、陽のこともDomだと思っていたということ。彼は多分、同じDom同士だと思っていたから高校生のあの冬、陽を避け始めたのだろう。
それが分かれば、あとは利害が一致している。
枢はまともにPlayをしていないことによるストレスと睡眠不足で、いつも辛そうにしているのだ。だからあとは、自分でもずるい方法だとは思ったけれど、甘い誘惑をした。
そして彼は、まんまとその甘い誘惑に堕ちてくれたのだ。
真白が昔言っていた。
『神様は人を選んでいる』のだと。
神様は運命すら操れるのだと、陽は感謝した。
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