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四章 月と太陽と彗星

第3話 姉と妹

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「…………」

 自身の境遇を語り終えた陽葵は、力尽きたように眠りについた。

 そんな陽葵の布団をかけ直し、月那は物音を立てないよう静かに退出した。

 リビングへ戻ると、ソファーの上に桃弥が足を組んで座っていた。

「……聞いてたんですか?」

「あぁ、聞こえただけだがな……胸糞悪い話だ」

「……陽葵ちゃん、泣いてました」

 こんな話を平常心で語れるはずがない。姉と義兄の二人に同時に裏切られたのだから。

「とりあえず、俺はしばらく距離を置く。七草の世話、任せてもいいか?」

「もちろんです。でも……これからどうするつもりですか?」

「…………」

 顎に手を当てしばらく考える桃弥。

「英雄の集い、ねー」

「北の大厄災って、私たちが殲滅したあれのことでしょうか?」

「間違いないだろ。あのレベルの災厄、そうそう起きるもんじゃない。時期的にも重なるしな」

「……どんどん胡散臭さが増していきますね」

「あぁ、その集団のことはいずれ調べるとして、まずは越冬だな。食料の調達も兼ねて、少し遠出するか?」

「賛成、と言いたいところですけど、陽葵ちゃんはどうしますか? ここに置いていくわけにもいきませんし」

「そこは本人の意思次第だ。強くなる気があるのなら、七草の強化も兼ねた遠征になる。戦うのが嫌だというなら仕方ない、俺だけでしばらく出かけよう」

「わかりました」

 今後の方針が決まったところで、二人は各々の作業に戻ったのだった。

 
 ◆

 翌日。治癒強化の効果はすさまじく、あれほどの重傷であったにも関わらず、陽葵はすでにベッドを降りることができた。

 そして今、陽葵と桃弥は面と向かって座っていた。

「……助けてくれて、ありがとう」

「……気にすることはない」

 しばらく距離を置こうと決めた次の日に、陽葵から桃弥と話がしたいと申し出た。

 桃弥も今後の方針を決める上で陽葵と話がしたかったため都合はよかったが、どうにも肩透かしを食らった気分である。

「それで、俺に話ってのはなんだ?」

「……ここに居させてほしい」

「ん、わかーー」

「対価は……わたしにできることは全て」

 食い気味な陽葵の発言に、桃弥は僅かに目を見開く。

「……わかった。ただまずは怪我の回復に専念してもらう。これからのことは追々決めていく。いいな?」

「……わかった」

「月那、ここら辺を案内してやってくれ」

「了解です。桃弥さんは?」

「そろそろ残りの電力が怪しい。トレーニングも兼ねて充電してくる」

「わかりました。いってらっしゃいませ」

 短い会話を交わし、桃弥は発電所へ向かう。

 残された月那と陽葵はというとーー

「じゃあ、少しここら辺を見て回りましょうか」

「……うん」

 拠点内を案内することにした。

 ◆

 まずやってきたのは家庭菜園。それほど広くはないが、二人で食べていくには十分すぎる量の野菜が育っていた。

「ここが畑です。怪我が治ったら陽葵ちゃんにも手伝ってもらうと思いますよ……結構育ってますね。私は少し野菜の収穫をしますので、陽葵ちゃんは見学していてください」

「……ううん、手伝う」

「え? でも怪我はーー」

「……大丈夫」

「そ、そうですか? あまり無理はしないでくださいね」

 そう言って、二人は少しの間野菜の収穫を行った。

 三人が今日明日食べる分の収穫を終えると、月那と陽葵は屋内へ戻り、収穫した野菜を保管庫に入れる。

 そしてーー

「一階はリビングとキッチン、あと客室があります。陽葵ちゃんが今いるのが客室ですね。二階は私と桃弥さんの部屋があります。もう一部屋空いてますので、陽葵ちゃんにはそこに入ってもらいます」

「……わかった」

「うーん、案内とそんなに広くないんですよね。他に見てないところと言えばーー」

「……二人はいつもこの時間、何してる?」

「え? うーん、そうですねぇ……この時間ですと昼ご飯の下拵えでしょうか」

「……じゃあ、それ、しよう」

「え、あ、うん。陽葵ちゃんがそれでいいなら、いいけど」

 月那の返事を聞いた陽葵は、てくてくとキッチンの方へ走り出す。

「……何からやる?」

「そうですね、今日は和食にしたいので……肉じゃがとかでどうでしょうか?」

「……ん? わたしに聞いてる?」

「はい。桃弥さんに聞いても、どうせ『消費期限が近いもの』しか言いませんので。大体のものは冷凍してありますので、消費期限も何もないのに」

「……肉じゃが」

 月那の問いに、しかし陽葵は沈黙で返した。そのことを、月那はこう受け取る。

「あれ? もしかして肉じゃが嫌い? 別のものにしますか?」

「……ううん、肉じゃが、いいと思う」

「ほんとですか? 無理はしないでくださいね」

「……大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

「びっくり? なぜです?」

「……こんな世界で、食べたいものが食べられる。すごいこと」

 確かに、言われて見れたそうかもしれない。

 桃弥と月那にとって餓鬼はおろか、馬頭や牛頭さえも脅威にはなりえない。食後の散歩で狩られる程度の存在でしかない。

 だからこそ、どこか麻痺していたのかもしれない。この世界の現状に。

(気、引き締めなおさないといけませんね)

 陽葵の言葉に、月那は密かに決意を固めなおす。

「……何からすればいい?」

 月那がそんなことを考えている間に、陽葵は冷凍庫からジャガイモを取り出した。

「あ、私がやるので、陽葵ちゃん休んでいてください」

「……平気、手伝う」

「でもーー」

「……大丈夫、手伝わせて」

 月那の言葉を遮るように、陽葵は粛々と下拵えを進める。その動きに、どこか焦りのようなものが感じられる。

 実際焦っていたのだろう。慣れない包丁で、解凍すら済ませていないジャガイモを切ろうとしたのだから。

 表面が凍り、普通よりもすべりやすくなったジャガイモに包丁の刃を当てる。

 ずるり。

「……っあ」

 だから、こうなるのも必然だったのかもしれない。

 ジャガイモから滑り落ちた包丁はそのまま陽葵の手に傷をつける。

「陽葵ちゃん!?」

 慌てて救急セットを持ち出す月那。そんな月那から、陽葵は傷を隠す。

「……平気。かすり傷」

「ダメです。ちゃんと見せてください」

 差し出された陽葵の両手。それは確かに陽葵の言う通り、かすり傷だった。

 そして、治癒強化が発動し、すでに傷跡は癒え始めている。

 それを見た月那はそっと胸をなでおろす。

「はぁ、よかった。気を付けてくださいね」

「……ごめんなさい」

 本気で落ち込む様子を見せる陽葵。ここまで落ち込まれると、さすがに叱ることもできない。

 どうしたものかと悩んでいると、ある場所のことを思い出す。
 
「あ、陽葵ちゃん、ちょっとこっちに来てください」

「……??」

 首を傾げる陽葵を連れて、月那たちは風呂場へ向かった。

 ◆

「はぁ、生き返るぅ」

「…………」

 少し大きめな檜風呂にたっぷり湯を張り、今月那と陽葵は二人でお湯につかっている。

 檜の香りと温かい湯。肌寒くなってきたこの頃、少し冷えた体の芯を温めてくれる。

 今は湯を張っていないが、外には露天風呂もある。とても怪物溢れる世界の風景とは思えない。

 しかし、陽葵も二カ月ぶりの風呂ということもあり、じっくり堪能していた。

「湯加減はどうですか? 陽葵ちゃん」

「……極上」

「それはよかったです」

「……でも、なんで急に風呂?」

「ん? まあ、まだ紹介してないところと言えばここと発電所ぐらいですし、折角なら浸かろうと思っただけです。昨日の陽葵ちゃんは満身創痍でしたし、今日こそはと思いまして」

 そう言って、もう少しだけ体を湯船に沈める。口元で泡をぶくぶくさせながら、どこか寂しそうな表情を見せる。

「それに……陽葵ちゃん、ちょっと焦ってたみたいですし、いい気分転換になるかなぁ、と」

 その言葉に、陽葵は僅かに目を見開く。

「……気づいてたの?」

「ん、まあね。私は桃弥さんみたいに人の心を読むのは得意ではありませんが、なんとなく雰囲気で」

「……ごめんなさい」

「あ、いえ、全然謝ることは……でも、どうしてなのかなぁって思って」

 今度は陽葵の方が体を湯船に深く沈める。それこそ顔の半分も湯につかった状態に。
 
 しばらくブクブクさせていると、口だけ湯船から上げーー

「……早く、存在価値を、証明したかった」

「え?」

「……居場所が、欲しかったから」

「…………」

 陽葵の目に、僅かな涙が浮かぶ。

 その答えに、月那は目を見開いた。今までの心のよりどころだった姉に裏切られた衝撃は、陽葵にとっては大きすぎたのかもしれない。

 しっかりしているように見えて、まだ15、6の少女だ。今までの生活が奪われ、親族にも裏切られ、居場所から追い出された少女。

 その心細さは、月那たちが思っているよりもずっと深刻だった。いや、桃弥は薄々気づいていたかもしれないが。

 自身の能天気さを呪いつつ、月那は陽葵に近寄る。反射的に逃げようとする陽葵の腕を掴み、懐に抱き寄せる。

「……何ーー」

「私はね、一人っ子だったんです。両親は離婚してしまって、父は酒に溺れてしまったので、姉妹がいても面倒は見れなかったかもしれませんが……時々思うんです。妹がいたらいいなぁって」

「…………」

「きっと私はダメダメで、妹の方がしっかりしていて、いつも叱られてばっかりで。それでも、かっこいいお姉ちゃんになりたくて、たくさん悩んで、でもすれ違って……なんて妄想を時々します」

「…………」

「桃弥さんと出会って色々分かったんですけど、人を繋ぐの血だけじゃありません。赤の他人なのに気にかけてくれる人もいれば、血のつながった家族なのに10年間一言も交わさない人だっています」

「…………」

「人は様々な形で繋がっているのです。だから、陽葵ちゃん。陽葵ちゃんさえよければーー私の妹になりませんか」

「……っ!?」

 月那の発言に、陽葵は体をビクンと反応させ、驚愕した。

 この言葉は間違いなく本心から来たもので、この優しさはきっと本物の優しさなのだ。懐にいる陽葵だからこそわかる。

 実をいうと、陽葵と星夜にはこのようなスキンシップはなかった。

 なんでもうまくこなす陽葵を、星夜は妬んでいたのかもしれない。わずかだが、星夜には陽葵を避ける気配があった。

 それを爆発させたのが、あの事件。

 だから、陽葵は人を恐れていた。人の嫉妬が怖かった。家族さえ殺す嫉妬をという感情が、理解できなかった。

 でも、月那は言った。

 ーーきっと私はダメダメで……それでも、かっこいいお姉ちゃんになりたくて、たくさん悩んで、でもすれ違って

 陽葵から見た月那は、とてもダメダメには見えなかった。

 初めて会ったときは、100匹いた餓鬼を容易く撃破。桃弥と二人だけで、これほどの生活基盤を築き上げた。

 あの亘桃弥の傍に立っていてなお霞むことのない光を放っているように思えた。それでいて優しく、物腰は軟からい。

 ダメダメどころか、年上の女性で初めて尊敬できるような人だった。

 そんな人が、果たして自分に嫉妬するだろうか。むしろ、自分が嫉妬する側になるのではないか。

 そんな風に悩んだり、すれ違ったりする。きっと、それも月那は楽しみたいのだろう。言葉の端々からそんな思いを感じる。

 ーー人を繋ぐの血だけじゃありません

 その言葉の通り、今少しだけ、陽葵は月那を理解した気がする。

 一方、月那は素直な思いを打ちかけたものの、すぐに自分の軽率さに気づく。

 姉に裏切られたばかりの少女に、「妹にならないか」など、傷に塩を振るようなもの。

「あ、違うんですよ。その、これは物の例えと言いますか、陽葵ちゃんにはここにいても大丈夫だってことを伝えたかっただけで、大意はないんですぅ」

 慌ててフォローを入れる月那。普段よりも、随分と早口になっている。

 それを見た陽葵は、新鮮に感じると同時に少し微笑んだ。

「……敬語」

「え?」

「……姉は妹に、敬語を使わない」

「え、それってーー」

「……あと、月姉って呼んでも、いい?」

「っ!? もちろんです、あ。も、もちろん!」

 こうしてここに、血のつながりはないが、確かにつながっている姉妹が誕生した。
 
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