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四章 月と太陽と彗星
第4話 再会
しおりを挟む湯船から上がった月那と陽葵は今、親睦を深めていた。
「私、陽葵ちゃんはこういう髪型が似合うと思うんだよね」
「……照れる」
「桃弥さんにも見せてあげましょう」
「……変じゃ、ない?」
「全然! よく似合ってるよ」
風呂上がりで浴衣を纏った二人。陽葵の新しい髪型を桃弥に見せるべく、発電所へ向かった。
発電所と言っても、物置小屋を少し拡張したものでしかない。しかし、その中身は山奥に似つかわしくないほど現代的だった。
「……すご」
「ねぇ、凄いでしょ。これ、全部桃弥さんが作ったんだよ」
物置小屋の外装はしっかりと防水加工がされており、内部の精密機器にダメージがないように作られている。
内部は無数のギアといくつもの発電機が備え付けられており、充電可能な大容量バッテリに繋げられている。
その中央では、回し車のような装置に乗り、走り続けている桃弥がいた。
桃弥が走る度に、いくつものギアが回転し、電気を生み出し続けていた。
「桃弥さん、大学では機械の勉強をしてたから、こういうのは得意なんだって」
月那は陽葵に解説をしつつ、桃弥に近寄る。
「桃弥さん、お疲れ様です」
「……あぁ、案内はもう終わったのか?」
月那に話しかけられたことで、桃弥は足を止める。月那たちの接近には気づいていたが、話しかけられるまではトレーニングだと思って、反応を示さなかった。
回し車から降りる桃弥。月那はそんな桃弥に着替えとタオルを差し出す。桃弥も、何の迷いもなくそれを受け取る。
「はい、ついでに陽葵ちゃんと風呂に入っちゃいました」
「そうか。まあ、他の場所じゃ滅多に入れないだろうし、いい息抜きにはなったんじゃないか」
タオルで汗を拭きとり、新しい服に着替えなおす桃弥。陽葵もいるということで、着替えは手早く済ませたが。
「ところで、桃弥さん。見てください! 陽葵ちゃんの新しい髪型!」
「……月姉、恥ずい」
陽葵を前に押し出す月那。そこまでされるとさすがに恥ずかしいのか、陽葵もじもじしながら前に出る。
もともとゆるふわ系だった陽葵の髪は丁寧に編まれ、上品なギブソンタックになっていた。
「……どう?」
「いいんじゃないか。よく似合ってる」
「お? 桃弥さんにしては珍しく気が利いた発言」
「戦闘時は髪が邪魔にならないだろうしな。よく考えられている」
「……あー、やっぱいつもの桃弥さんでした」
いつも通り過ぎる桃弥に呆れつつも、月那はどこか嬉しそうだった。あの事件のせいで若干男性が苦手にあっている陽葵が、桃弥を前で自然に振舞っているのだから。
月那なりに、二人の関係を取り持とうとしているのかもしれない。
「二人共、今日はゆっくり休んでくれ」
「はい、そのつもりです。桃弥さんはどうします?」
「俺は都心の方に行くつもりだ。少し気になることもあるし」
「わかりました。昼食までには戻ってきてくださいね」
「善処しよう」
まるで熟年夫婦のような会話を交わし、桃弥は発電所から出る。
しかし、去っていく桃弥の裾を陽葵が掴んだ。
「ん? どうかしたか?」
「……桃弥、わたし、強くなりたい」
陽葵の口から飛び出たのは、そんな言葉だった。
「……わたし、月姉を守れるぐらい、強くなりたい」
「陽葵ちゃん……」
陽葵の発言に、月那は両目をうるうるさせる。
「随分仲良くなったようで何よりだ。まあ、強くなりたい分は問題はない。しばらくすると遠征に行く予定だ。その時に七草を連れて行こう」
「……うん、ありがとう」
短い会話を交わし、今度こそ桃弥は拠点から離れ、都心の方へと向かう。
◆
拠点から出た桃弥はまず、高所を目指していた。昼ご飯までに戻ると約束したので、最速で都心に向かう必要があったのだ。
いつも安全確認に使用していた大樹のてっぺんまで登り、落下と同時に加速。
ブン!
急停止する必要がないため、陽葵を助けた時よりもさらに早く駆け出す。時速は優に100kmを超え、200kmに迫る速さである。
それでもなお、桃弥は加速を続ける。やがて時速は200kmも超え、新幹線の最高速に達しようとしたとき、桃弥は急激に減速する。
目的地である都心がすぐ目前に迫ったからである。出発からの時間は僅か15分。近所のスーパーへ行くような感覚で、桃弥は数十キロを行き来できるのだ。
超速で駆ける中、桃弥は慣性に身を任せつつ、風によって徐々にスピードを落とす。そして、近くで最も高いビルに着地する。
ビルの屋上に腰をかけ、今度は聴力を最大限強化する。風纏で雑音を散らし、周囲の情報を的確に取り込む。とりわけ、人間の声を注意深く聞き取る。
(陽葵は、「英雄の集い」が関東五大勢力って言ってたな。だったら他の勢力もあるはずだ。うまく他の勢力に近づければ、情報も手に入、る? ……ん?)
情報収集を始めてほんのわずかな時間で、桃弥は気になる情報を、というより気になる声を耳にする。
(偶然か? まあ、確かにここら辺は奴らの縄張りかもしれないが……行ってみるか)
気乗りしないが、気になる相手がいるのも事実。
高層ビルから一歩踏み出し、桃弥は再び動き出した。
◆
その日、ある集団は目的もなく彷徨っていた。いや、目的がないというのは少し違うが、その目的の人物に会う手段がまったくなかったのだ。
「司さーん、帰りましょうよ。もう何日もここら辺をうろついてますけど、一向に見つかりませんよ。やっぱあの目撃情報、ガセネタじゃないっすか?」
「そういうわけにはいきません」
「大体、おれは反対っすよ。そんなわけわかんない相手に頼るのは。おれたちでやりましょう。坂本さんの仇を、みすみす他人やるなんざ気分が悪いっす」
「そんな感情論で判断を下すのは論外ですよ、三谷くん」
「っう」
「あれは、私たちの手には負えません。坂本さんが命に代えて私たちにもたらした情報を無駄にするつもりですか」
「で、でも! 今探してる相手だって、どれぐらい役に立つかわかんないっすよね。おれにはそいつが司さんや京極さんより強いとは到底思えないっす」
「強いですよ、亘くん。少なくとも、1ヶ月前の時点では私よりもずっと」
「でも、たった2人で出ていったって言うじゃないですか。今頃死んでいてもおかしくないっすよ。その亘なんちゃらって人ーー」
僅かに、気流が乱れる。
「ーー俺が、なんだって?」
「「「っ!?」」」
司一団のすぐ後ろから、声が響く。それを受けて、一人がすぐさま身を翻し、銃を構える。
しかし、現れた男の姿を見て、凛々しい顔が一瞬にして驚愕に代わる。
そして、銃を下げ、司たちの後ろに隠れる。
「ど、どうしたんっすか、沢城隊長? お前、隊長に何をした!?」
突然現れた桃弥に、三谷と呼ばれた青年は銃を突きつける。しかし、桃弥はどこ吹く風だ。今更銃器で傷がつくわけもないのだから、当然と言えば当然だろう。
一方、相手側のリーダー、司界人もようやく状況を飲み込む。
「……三谷くん、銃を下げなさい」
「し、しかし!」
「私の知人です。銃を下げなさい」
「っく」
渋々銃を下ろした三谷を見て、司は最悪な事態にならずにすんだと、胸をなでおろす。
そして深呼吸をし、ゆっくり吐き出しーー
「ふぅ、お久しぶりです、亘くん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「お前は相変わらず臭い芝居が好きだな。それで俺の耳を誤魔化せるとでも?」
「……はぁ、全く。ほんと、君には敵いませんね」
ポリポリと後頭部をかきながら、司界人はため息を溢す。
「お察しの通り、亘くん。私たちは貴方を探していました」
そこで一度言葉を区切り、司はこう言い放つ。
「私たちを、助けてほしい」
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